第17話 一人 一器 1匹
アークは天を仰いだまま、長いため息を吐いた。
ドラゴンのカノンは必死に涙をこらえ、黄金色の瞳を揺らしている。
「……はぁ……わしは何をやっとるんじゃ」
しゃもじがふわりと光り、冷静な声を放つ。
「結局、拾っていくんですね」
「う、うるさい! わしはただ……見捨てきれんだけじゃ!」
カノンはパッと顔を上げ、嬉しそうに翼をばさりと広げた。
『ありがとうございます! あたし、絶対にお役に立ちます!
空も飛べますし、索敵もできます! 魔法も多少なら使えます!』
アークはじろりと睨み、腕を組んだ。
「……しかしのう、このままでは旅ができん。
おぬし、ドラゴンの姿では目立ちすぎる。人間どもが腰を抜かすわ」
カノンは一瞬考え込み、それから小さく頷いた。
『……じゃあ、人の姿になります』
黄金の光がふわりと舞い──
そこに立っていたのは、十代半ばほどの娘だった。
肩まで流れる銀がかった金髪に、竜の面影を残す黄金色の瞳。
背丈はアークよりもわずかに高く、肩の位置がアークの頭より少し上にある。
まだ幼さを残しながらも、芯の強さを秘めた表情を浮かべていた。
アークはむっと眉をひそめ、じろりと見上げた。
「……わしより背が高いではないか。なんじゃこの違和感は」
しゃもじが小さく光って冷静に告げる。
「ドラゴンですからね。人型になってもサイズ補正はかかるようです」
「むぅ……妙に目立つではないか。今度は別の意味でな」
しゃもじがぼそり。
「ドラゴンよりはマシですが、かわいさで視線を集めますね」
「うるさいわい! まあ、巨大な竜よりは確かにマシじゃ……」
カノンは照れくさそうに裾を握りしめながら、それでも楽しげに笑った。
『これで、一緒に歩けますね、アーク様!』
アークは鼻を鳴らし、背を向ける。
「……飯は1日3食、出るとは限らんからな!」
『……!』
カノンの顔がぱっと明るくなった。
しゃもじがふわりと光り、ぼそり。
「ツンデレ老人ですね」
「誰がツンデレじゃ! わしは千年生きた大魔法使いじゃぞ!」
アークはしゃもじを杖にして歩き出す。
人の姿になったカノンが、十代半ばの娘の姿で隣に並び、楽しそうにアークを見た。
「(勇者の尻拭いは面倒じゃが……飯を食うなら人の集まる街が一番じゃ)」
しゃもじがふわりと光り、冷静に告げる。
「結局“飯優先”ですね」
「当たり前じゃ! わしの旅の目的はグルメ探索じゃからな!」
かくして──
しゃもじいさん、ドラゴン少女カノン、そして神器しゃもじ。
妙な取り合わせの一行は、次なる街を目指し歩き出した。
「ふむ……次はどこへ向かうべきかのう」
しゃもが淡く光って冷静に言葉を挟む。
「西に行けば王都や勇者の足跡に近づくでしょう。尻拭い確率、跳ね上がりますよ」
「むぅ……やはり勇者関連は避けたいのう。あやつと関わればまた余計な苦労を背負うことになる」
アークは渋い顔をしながら東の空を見上げた。
そこでカノンに視線を向ける。
「お主、東に魔法が盛んな土地はないか?」
カノンは少し考えた後、頷いた。
「あります。東には《エルメシア魔導国》という国があります。魔法学舎があり、魔導書や研究者も集まると聞いたことがあります」
「ほう……魔導国か。なるほど、なかなか面白そうじゃのう」
アークの瞳がきらりと輝いた。
「ならば決まりじゃ。次の目的地は《エルメシア魔導国》!
勇者などほっぽって、わしはわしのグルメと魔法を追い求めるのみじゃ!」
カノンは小さく笑みをこぼし、その横顔を見つめる。
しゃもはやれやれと呟いた。
「……結局、食欲と好奇心が最優先なんですね」
アークとカノンは並んで東へと歩みを進めていた。
風は爽やかで、道の両脇には小さな森が続いている。
「ふむ……旅はやはりこうでなくてはならんのう。腹も満ち、目的地もある」
アークは上機嫌でしゃもじを杖のように突きながら歩く。
一方、カノンはまだ人の姿に慣れていないようで、足取りが少しぎこちない。
「カノン、歩きにくいか?」
「い、いえ……人間の足って、こんなにすぐ疲れるんですね」
アークは吹き出した。
「ふぉっふぉっふぉ。わしは背が低い分、歩幅がちと楽じゃぞ」
しゃもが冷静に突っ込む。
「つまり“ちんまり体型の利点”ですね」
「うるさいわい!」
そんなやりとりをしていると、茂みの中からがさり、と音がした。
アークはしゃもじを軽く構える。
「む……魔物か?」
飛び出してきたのは──大きなイノシシ型の魔物。
牙を剥き、低く唸っている。
しゃもが鑑定を行う。
【魔物:魔イルドボア】
【特徴:肉は濃厚で旨味たっぷり。ただし硬い】
【調理法:煮込み、または低温でじっくり焼く】
アークの目がきらりと光る。
「……これは当たりじゃ!」
「アーク様、戦う前に“食べ方”を考えるのやめてください!」
しゃもの突っ込みを無視して、アークはしゃもじを振り上げた。
魔イルドボアは突進してきたが、アークの土魔法で足元を崩され、派手に転倒。
そこへしゃもじの一撃が炸裂し、見事に討伐成功。
カノンは拍手して笑った。
「さすがです、アーク様!」
アークは胸を張り、獲物を指差す。
「よし、今夜のディナーは決まったのう!」
しゃもがぼそっと付け加える。
「……勇者の尻拭いより食材探しの方が本気度高いですね」
アークは満面の笑みを浮かべ、魔イルドボアを収納魔法で器用に収納した。
森の外れに焚き火を起こし、アークは腕をまくった。
「ふむ……今日は煮込みにしてみるかの」
しゃもがため息まじりに呟く。
「どう見ても戦利品より料理に夢中ですね」
「食は戦じゃ! わしに任せておけ!」
アークは収納魔法から魔イルドボアのバラ肉を取り出し、余分な脂をそぎ落とす。
しゃもが光り、鑑定結果を示した。
【部位:バラ肉】
【適正調理:長時間煮込みで旨味増大】
「ほぅ、やはり煮込み向きか。よし、任せておけ!」
大きめに切った肉を鍋に入れ、軽く炒めて香りを出す。
続いて玉ねぎ、にんじん、じゃがいもを切り分けて加え、水と少量のエールを注ぐ。
焚き火の上に鍋をかけ、ことこと煮込む。
アークはしゃもじを取り出し、ゆっくり鍋をかき混ぜた。
その瞬間、しゃもじが淡く光る。
《神器しゃもじ効果発動》
【料理の美味しさ上昇】
【脂のしつこさ軽減】
鍋の中から立ち昇る香りは濃厚で、それでいて澄んだ甘みを帯びていく。
脂は白く輝きながら表面に浮かぶが、嫌な重さはなく、むしろ旨味の塊に変わっていた。
「……これは期待できるぞ……」
煮込みが完成し、アークは器によそってカノンに差し出した。
カノンは恐る恐るひと口──
「……っ!? や、柔らかい……! 脂なのに全然しつこくなくて……むしろ体に染みわたる感じです!」
アークも味わい、目を見開いた。
「ぴぇぇぇぇぇ! 飲める肉じゃぁぁぁ! これは肉汁のスープと言ってもええ!」
肉はとろけるように柔らかく、野菜の甘みと溶け合って深いコクを生んでいる。
脂は重さを失い、後味は軽やか。まるで滋養強壮の薬湯のように体を芯から温めてくれる。
カノンは器を抱え込み、夢中で食べている。
「アーク様……こんなご馳走、もう一生分食べた気がします……!」
アークはしゃもじを掲げ、鼻を鳴らした。
「ふぉっふぉっふぉ、これぞ神器しゃもじの力じゃ!」
しゃもが冷静に返す。
「……いえ、半分以上は食欲の力です」
アークは聞こえないふりをして、幸せそうに二杯目をよそった。
「のうカノンよ、目的地のその国まで、あとどれくらいじゃ?」
カノンはにこりと笑顔で答える。
「そうですね……人の足なら二週間ほどでしょうか」
「……は?」
アークの口がカパァッと開き、そのまま閉じなくなった。
「に、二週間!? わしはてっきり一日か二日で着くと思っておったわ!」
しゃもが冷静に補足する。
「アーク様は地図も距離も確認していませんでしたからね」
「うるさいわい!」
アークは頭を抱え、地面に崩れ落ちる。
「なんで早く言わんのじゃ!」
するとカノンが困ったように人差し指を唇に当てて言った。
「えっと……だって、わたしなら飛んでしまえばすぐなので。そんなに遠いとは思わなかったんです。それに……アーク様が歩くのが好きなのかと……」
「誰が歩くの好きじゃあああ!」
アークの絶叫が山道に響き渡り、カラスがばさばさと飛び立っていった。
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