第15話 匠の技
カノンは背中の剣を抜かれて安心したものの、その巨体はぐったりと地面に伏せていた。
黄金色の瞳がかすかに開く。
『……魔力が……足りません……』
アークはしゃもを杖代わりに突きながら近づき、口元をゆるめた。
「ふむ、そういうことか。よし、わしが分けてやろう」
しゃもが光り、控えめに言う。
「注ぎすぎ注意ですよ」
「ほれほれ、気にするでない」
アークはカノンの鱗に手を当て、魔力を流し込んだ。
淡い光がアークの掌から滲み、ドラゴンの体内へと注ぎ込まれていく。
「ほれほれ……どうじゃ、力が湧いてくるじゃろう……」
『……あ、あたたかい……体が……軽く……』
「ほれほれほれほれ……遠慮はいらん、もっと入れてやるわい」
しゃもが光り、冷静に。
「だから注ぎすぎ注意って言いましたよ!」
しかしアークは昨日のグランエールでご機嫌なまま、どんどん魔力を注入し続けた。
「ほれほれほれほれほれ……」
その瞬間──
ボワァン!!
カノンの体がまばゆい光に包まれ、魔力が暴走しはじめた。
「ぬおっ!?」
次の瞬間、巨体のドラゴンがぱん、と弾け飛ぶように消え、
光の中から“肉の塊”がどすん、と現れた。
表面はつやつや、脂がじゅわり、見た目はどう見ても極上のローストミートのようだ。
「な、な、なにぃぃぃぃ!?」
しゃもが光り、ため息をつく。
「……アーク様の“食”のイメージが強すぎて、変換されましたね」
「し、食のイメージ?」
「昨日のグランエールと肉宴の記憶が強かったせいでしょう。
注入した魔力が、ドラゴンの姿を“理想の食材”に変換してしまったのです」
アークは真っ赤な顔で頭を抱えた。
「ぬぅぅぅぅ……わしはそんなつもりでは……!」
肉塊から、かすかにカノンの声がする。
『あ、あの……これ……どうしたら……』
アークはしゃもじを頭に乗せ、深いため息をついた。
「……またしても、わしの尻拭いが増えたようじゃ……
しかし、うまそう……いや、これはカノンじゃ……」
しゃもがぼそり。
「アーク様、よだれ」
アークは慌てて口元を拭い、空を仰いだ。
「……わし、ほんとに勇者じゃないのう……よし、もう一度魔力を調整じゃ」
アークがしゃもじをかざすと、極上肉の塊はふわりと光に包まれ、元の巨大なドラゴンの姿に戻った。
カノンは長い首を振り、黄金の瞳をぱちぱちさせる。
『……戻れた……ありがとうございます、アーク様』
「まったく、わしのせいで変なことになってすまんの」
しゃもが光り、ぼそり。
「食欲を注ぎ込み過ぎた結果ですね」
「うるさいわい……」
カノンは首を低くし、アークを見上げた。
『住処まで案内します。背中にお乗りください』
「おお、飛行ドラゴンの背中とは貴重な体験じゃの」
アークはしゃもじを杖にしてよじ登り、鞍のようにカノンの首の付け根にまたがった。
一声の咆哮とともに、巨体はふわりと宙に浮き、翼が大空を切り裂く。
「ひゃっほぉぉぉう!! これぞ異世界フライトじゃぁぁぁ!!」
しゃもがぼそり。
「グルメ探究のはずが、どんどん冒険旅行になってますね」
「うるさいわい!」
しばらくして、雲を抜けるような高い岩山に到着した。
洞窟の入り口は崩れ、内部はがらんどう。
勇者に荒らされたのか、家具や宝物の残骸が散乱していた。
「……なんじゃこれは。わしの予想以上にひどいのう……」
それでも、アークの瞳には闘志の光が宿っていた。
「ふむ、この程度ならば……わしが何とかしてやろう」
カノンが申し訳なさそうに口を開く。
『私も手伝います』
だがアークはしゃもじを突き、きっぱりと首を横に振った。
「シロウトが手を出すでない! こういうのは職人……いや、千年魔法使いの腕の見せどころじゃ」
しゃもがぼそり。
「魔法使いというより大工ですね」
「黙っとれぃ!」
アークは土魔法で崩れた床を整地し、岩壁を削り、魔力で柱を生やし、天井を補強する。
魔力の糸でカーテンのような布を織り、光を集める魔法灯を天井に浮かせる。
しゃもじはサイズを変えてハンマー代わり、スコップ代わり、ノギス代わりと大活躍した。
完成したモダン空間
やがて洞窟の奥には、この世界にはまったく不釣り合いなほどモダンな空間が広がっていた。
磨かれた大理石の床、柔らかく光る魔法ランプ、整然と並ぶ棚や調理台。
まるで王都の上級貴族の屋敷をそのまま岩山に移築したかのようだ。
「ふぅ……完了じゃ。これぞ“しゃもじリフォーム”の真髄よ」
カノンは信じられないという顔で、翼をぱたぱたさせた。
『……こんな……すごい……私の家が……』
アークはしゃもじを肩に担ぎ、にやりと笑った。
「ふふふ、これでおぬしも快適に暮らせるじゃろう。……それにしても我ながらやりすぎたかもしれんのう」
しゃもが光り、ぼそり。
「もう完全に異世界リフォーム番組ですね」
「やかましいわい!」
ドラゴン“カノン”のために、この世界に不釣り合いなほどモダンな住処を完成させたのだった──。
モダンに生まれ変わった洞窟で、カノンはそわそわと身をもぞもぞさせていた。
そのとき──
ぐぅぅぅぅ……!
巨大な腹の奥から、雷鳴のようなお腹の音が響き渡った。
アークは目を丸くしてカノンを見上げた。
「おぬし……腹が減っておるのか?」
カノンは恥ずかしそうに視線をそらし、翼で顔を隠す。
『……い、いえ、その……』
「(まぁ、言いにくいのじゃろうな)」
アークはしゃもじを肩に担ぎ、にやりと笑った。
「よし、わしに任せておけ。食材を探してくるわい」
しゃもが光り、ぼそり。
「またグルメモードですね」
「うるさいわい。リフォームの後は腹ごしらえじゃ!」
アークは洞窟を出て、岩山のふもとまで降りた。
魔力感知で周囲を探ると、獣の気配が群れをなしているのがわかる。
「ふむ……これは“穴グ魔(穴熊)”か。肉はクセがないし、脂もほどよい。
カノンの回復食にはぴったりじゃな」
しゃもが光り、鑑定結果を示す。
【穴グ魔:魔力を帯びた穴熊。肉は滋養強壮に優れる。】
「決まりじゃ」
アークはしゃもじを両手に構え、魔力を込めた。
「《捕縛結界》!」
光の縄が地面から伸び、群れの穴グ魔たちを絡め取る。
さらにしゃもじを大きく振りかぶり、軽く叩くようにして昏倒させていく。
「ふぅ……これで今夜のメインディッシュ確保じゃ」
しゃもがぼそり。
「完全に狩猟生活ですね」
「やかましいわい! カノンにうまいもん食わせて元気にさせてやるんじゃ!」
アークは大量の穴ク魔を収納魔法でしまい込み、洞窟へ戻っていった。
「さぁ、しゃも。今夜はごちそうじゃぞ」
リフォームしたばかりの洞窟のキッチンスペースに、香ばしい匂いが立ち込める。
アークはしゃもじを片手に、下処理した穴ク魔を串に刺し、焚き火にかざしていた。
脂がパチパチと弾け、火花が散るたびに肉から黄金色の肉汁がしたたり落ちる。
「ふむ……表面が色づいたのう」
アークはしゃもじを器用に変形させ、長いフライ返しのようにして肉をひっくり返した。
その瞬間、しゃもじが淡く光る。
《神器しゃもじ効果発動》
【料理の美味しさ上昇】【脂のしつこさ軽減】
「おお……これは……!」
肉の表面の脂がふわりと真っ白に輝き、湯気のように軽やかな香りが立ち昇る。
火にかけるたびに脂が“サクサク”という音を立て、軽やかさに変わっていく。
「これぞしゃもじマジックじゃな……!」
しゃもが光り、ぼそり。
「魔法調理器具ですね、もはや」
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いざ、いただきます
皿に盛りつけられた肉を、アークはしゃもじで豪快に取り分けた。
カノンは人間の姿に変わり、恐る恐る皿を手に取る。
「さぁ、遠慮せず食うがよい」
アークは肉をひとかけ口に運んだ。
じゅわっと真っ白に輝く脂が弾け、サクサクとした不思議な食感とともに野趣あふれる香りが舌の奥へと広がる。
脂なのにしつこくなく、むしろスープのようにさらりと飲めそうなほど軽い。
「ぴぇぇぇぇぇ……うんまい!!」
しゃもが光り、ぼそり。
「感動のリアクション出ましたね」
「これは感動せずにおられんわい! 脂なのに飲める……いや、飲んでしまいそうじゃ!」
千年エルフ時代には口にしたことのない、濃厚でいて軽やかな魔獣肉の旨味。
アークの目尻に光るものが浮かんだ。
カノンも恐る恐る口に運び──
『……お、おいしい……こんなに美味しい肉は初めてです……!
脂がサクサクして……身体の奥から力が湧いてくる……!』
カノンの黄金色の瞳が、歓喜にきらめいた。
二人は焚き火を囲み、しゃもじを介して次々と肉を頬張っていく。
リフォームした洞窟は魔法灯の光に照らされ、まるで高級レストランのような雰囲気だ。
鼻歌まじりのアークは、しゃもじで自分の皿にもう一切れ肉をよそった。
「ふむ……尻拭いの合間に食う飯は格別じゃのう」
しゃもが懐で光り、ぼそり。
「……それ、完全に“グルメ旅”の台詞ですね」
アークは笑いながら肉を噛みしめ、カノンの皿にもう一切れよそってやった。
こうして──
“しゃもじいさん”ことアーク・エルディアは、ドラゴンのカノンと並んで穴ク魔の晩餐を楽しみ、
しゃもじの新たな調理能力を発見しながら、疲れた心と体をゆっくり癒やしていったのだった。
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