第14話 抜けない剣
アークは街を後にし、とぼとぼとしゃもじを杖代わりにして歩いていた。
目的地も決めず、石畳をひたすら進みながらぶつぶつと呟く。
「もうだまされないぞ……わし、知らない人信用せんからな……」
しゃもが光り、淡々と答える。
「決意表明ですね」
「しゃも、あの街がボッタクリの街だと知っておったのか?」
「知っていました」
「なぜ言わんのじゃ!」
「聞かれていないので」
「……ぬぅ、確かに」
アークはため息をつき、しゃもを軽く叩いた。
「次はちゃんと何か怪しいときは、なんでもいいから教えるんじゃぞ」
しゃもは長い溜息を吐いた。
「……はいはい」
アークはもはやホームレスのように、あてもなく半日ほど歩いていた。
そのとき、突然空から影が落ちてきた。
「ぬおっ!?」
巨大なドラゴンがジタバタと地面に背中をこすりつけ、もがいている。
アークは目を白黒させた。
「……なんじゃ、夢でも見ておるのか?」
無視しようか迷ったが、試しに念話を通して声をかけてみた。
『おい、ドラゴンや。どうしたんじゃ?』
すると、逆にドラゴンがびくっとして大きな目を見開いた。
次の瞬間、おとなしくなり、弱々しい声が頭に響く。
『す、すみません……背中が……手が届かなくて……“孫の手(背中をかく棒)”のようなものでかいてほしいのです』
「……は?」
アークは一瞬固まり、心の中で思った。
「(これしゃもじなんじゃが……孫の手扱いか……)」
だが、話しかけたのは自分だし、仕方ないかと思い、しゃもじを伸ばして背中をかいてやった。
「ほれほれ、ここか? かゆいのは」
ドラゴンがうっとりした声を出す。
『あああ……そこです……そこ……まさに求めていた“孫の手(背中をかく棒)”です……』
アークは呆れながらもしゃもじを動かしていると、背中に何か光るものが見えた。
「む? これは……剣じゃな」
アークは剣が原因だと突き止め、ドラゴンに尋ねた。
「これが原因じゃろう? 抜いてもよいか?」
『……お願いします』
アークは頷き、剣に手をかけた。
ぐっと力を込めるが、びくともしない。
「ぬぬぬ……意外と固いのう……」
さらに顔を真っ赤にして力を込めた瞬間──
ゴギィッ!!
「ぐえぇぇぇぇぇ!! わ、わしの腰がぁぁぁ!!」
腰に激痛が走り、アークは「あばばばばば」と情けない声を上げ、奇妙な格好でうずくまった。
しゃもが光り、冷静に突っ込む。
「年甲斐もなく無理をするからです」
「う、うるさいわい……」
アークは歯を食いしばり、額の汗をぬぐった。
「(そうじゃ……わしはただのじじいではない。千年生きた大魔法使いじゃった……)」
その瞬間、指先に魔力の感触がよみがえる。
アークは深呼吸し、自分の腰に手を当てた。
「……《ヒール》」
緑の光がふわりと身体を包み、砕けかけた腰の痛みがすっと消えていく。
「ふぅ……やはり魔法は便利じゃのう」
しゃもがぼそり。
「やっと思い出しましたか」
アークは顔をしかめ、剣を睨みつけた。
「……もうこうなったら、力ずくじゃ」
両手をかざし、魔力を込める。
「出でよ──《魔力増幅・しゃもフルパワー》!!」
剣が光に包まれ、次の瞬間──
すっポーーーン!!!
見事に抜けた。
「ふぅぅぅ……ようやく抜けたわい」
ドラゴンは安堵のため息をつき、頭を下げる。
『……ありがとうございました。あの剣、ずっとかゆくて……』
アークはしゃもじを杖代わりにして立ち上がり、腰をさすりながらため息をついた。
「全く……酒の後にドラゴンの介護までやるとは、わしの人生どうなっとるんじゃ……」
しゃもが小さく光り、ぼそり。
「尻拭いの範囲がどんどん広がってますね」
アークは肩をすくめ、剣を眺めながらにやりと笑った。
「……まあ、これも何かの縁じゃろう」
剣を抜いたアークは、息を整えながらドラゴンに向き直った。
「さて、これで楽になったじゃろう。……ところで、なぜ背中に剣が刺さっておったんじゃ?」
ドラゴンはうつむき、長い睫毛を伏せながら答えた。
『……勇者にやられました』
「ぬ? 何か悪さでもしたのか?」
『違います……私はただ、眠っていただけなのに……』
かすれた声で、ドラゴンは経緯を語り始める。
『勇者は“龍の鱗の盾”という伝説の装備を探しに、私の住処に押し入りました。
ですがそんなものは実在しません。
それなのに、寝ていた私の背中に、いきなり剣を突き立ててきたのです……』
アークは目を細め、しゃもを軽く叩いた。
「(またか……勇者、テメェ……)」
しゃもが光り、小さく呟く。
「“ドラゴン=倒すべき敵”と思い込んでるんでしょうね」
アークは深くため息を吐いた。
眉をひそめ、しゃもを軽く叩いた。
しゃもが淡く光り、冷静な声で告げる。
「この世界のドラゴンは最上級の存在ですが、基本的には人間に危害を加えることはありません」
アークは腕を組み、吐き捨てるように言った。
「それを先制攻撃とは……あやつ、やり方が雑にも程があるわ!」
ドラゴンは大きな瞳に涙をため、しょんぼりとうなだれた。
『住処も壊されてしまって……ずっと、どこにも帰れずに……』
「……ふぅ。まったく、勇者どもの尻拭いばかりじゃな」
アークはしゃもじを突き、ドラゴンに向き直った。
「そういえば、おぬしの名は?」
ドラゴンは小さな声で答えた。
『……カノン、と申します』
「カノンか。……よい名じゃ」
アークはその大きな背を見上げ、ほんの少しだけ口元をほころばせた。
「(勇者の尻拭いなど面倒じゃが、放っておくのも忍びないのう……)」
アークはにやりと笑い、しゃもじを軽く掲げた。
「決めたぞ、カノン。わしがその住処をリフォームしてやる。
千年の知識と魔法、しゃもじパワーで、元より快適にしてくれるわい」
しゃもが懐で光り、ぼそり。
「また尻拭いですか……」
「うるさいわい。グルメとリフォームは、わしの趣味じゃからな」
こうして──千年生きた大魔法使いにしてしゃもじいさんことアーク・エルディアは、
勇者に傷つけられたドラゴン“カノン”のために、住処リフォームという新たな尻拭いに挑むことになったのだった──。
今回もお付き合いありがとうございました。




