第13話 本気と書いて、マジ
酒が進み、エールのジョッキはもう何杯目か分からないほどだった。
グランエールの香ばしい香りと、スパイスの効いた料理がアークとレナの舌を刺激し、二人の気分はすっかり盛り上がっていた。
「いやぁ、嬢ちゃん、飲むのう! ええぞええぞ、もっと行け!」
「アーク様こそすごい飲みっぷりです……ふふっ」
アークは内心、にやりと笑う。
「(ふむ……これなら是可否※でもいけるかもしれんぞ……)」
※アークの脳内で“今夜は口説けるかもしれん”くらいの意味
そのとき、レナが席を立った。
「ちょっと失礼しますね。お手洗いに」
「うむ、ゆっくりしてくるがよい」
アークはひとり、ジョッキを傾けながら周囲のざわめきに耳を傾けた。
近くのテーブルで、冒険者風の男たちが声を潜めて話している。
「なぁ聞いたか? 今日、街の外の草原がきれいに刈られてたらしいぜ」
「おう、それも一人でだってよ」
「見たやつの話じゃ、しゃもじで草を刈って、しゃもじで畑を耕したって話だ」
「マジかよ、そんな奴いるか? 化け物じじいじゃねぇのか?」
アークはジョッキを口に運びながら、心の中でツッコミを入れた。
「(草は刈ったが、耕したのは魔法じゃ……しゃもじで耕してないわい……)」
思わず肩をすくめ、ひとりニヤリと笑う。
しゃもが懐でぼそり。
「噂って早いですね。もう“しゃもじ耕し”になってますよ」
「全く……人間どもは盛るのが好きじゃのう」
そう呟きながら、アークはまた一口エールを飲み干した。
ジョッキの中の黄金色は、彼の目にはどこか愉快な未来を映しているように見えた。
店内が賑わう中、アークはジョッキを片手にまったりと噂話を聞いていた。
ふと、店の奥のほうからレナの声が聞こえてくる。
「ちょっと、やめてください!」
「お嬢ちゃん、いいじゃねぇか、ちょっと一杯つきあえよ」
「触らないで!」
席を立ったレナが、酒に酔った冒険者たちに絡まれているらしい。
アークはため息をつき、ジョッキを置いた。
「やれやれ……全く、どこにでもおるのう、こういう手合いは」
アークが立ち上がり、ゆっくりと彼らのもとへ歩み寄る。
冒険者たちは老人の姿を見て鼻で笑った。
「じいさんは引っ込んでな。俺らが相手してんだからよ」
「……わしにそんな口をきくとはのう」
アークは懐からしゃもじを取り出し、片手で軽く振った。
しゃもじは一瞬、淡い光を帯びる。
「おぬしたち、少し頭を冷やすがよい」
次の瞬間、目にも止まらぬ速さでしゃもじがひゅん、と振られた。
ぱしん、と乾いた音が響き、冒険者たちはあっけなく床に転がる。
力加減はほんの“お仕置き”程度だったが、その圧に顔が真っ青になった。
「ひ、ひぃぃぃ……」
冒険者たちは慌てて立ち上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ふぅ……これでよし」
しゃもがぼそり。
「軽く、って言いましたけど、あれ相当ですよ……」
「これでもかなり加減したわい」
レナが胸を押さえて駆け寄ってきた。
「アーク様……ありがとうございます……」
「うむ。こういう時は“しゃも”の出番じゃからな」
アークはジョッキを飲み干し、肩をすくめた。
「しかし、今日は飲みすぎたわい……もう帰るかのう」
「はい、私もお送りします」
二人は店を出て、夜風の吹く石畳を歩き出した。
ほろ酔い気分のアークは、しゃもを杖代わりに軽くつきながら、宿への道を進む。
しゃもが小さく光り、ぼそり。
「……なんか、どんどん勇者っぽくなってきてますよ」
「わしはただのグルメじゃ。……今夜の夜食、何にするかのう」
月明かりの下、二人の影が石畳に長く伸びていった──。
宿の前まで来ると、レナが立ち止まり深く頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました、アーク様。おかげで助かりました」
アークは鼻の下を伸ばし、顔をキラリと光らせる。
「うむ、気にすることはない。……ところでレナさん、今夜は遅いし、部屋で休んで行かないか?」
レナは目を瞬かせ、苦笑いして答えた。
「いえ、大丈夫です。私は自宅がすぐそこですから」
「そうか……いやいや、やはり今夜は遅いし、部屋で休んで行かないか?」
「本当に大丈夫です」
アークはぐっと前に身を乗り出し、もう一度目を輝かせたが、レナは笑顔でやんわり断る。
そのとき、しゃもがこっそり光り、ぼそりと突っ込んだ。
「諦めなさい、年甲斐もなく」
「う、うるさいわい……」
アークはしばし空を見上げ、肩を落とした。
「……かくして、わしはレナ嬢という最大の敵を口説くことができなんだ」
彼は苦笑しつつ呟く。
「千年生き、魔王を討った大魔法使い、しゃもじいさん──その初めての敗北であった」
月明かりの下、レナが軽く手を振って去っていく後ろ姿を、アークはしばらく見送っていた。
その横でしゃもが小さく光り、ぽつりと呟く。
「……でも、酒と飯の尻拭いなら勝てそうですね」
アークはため息をつき、宿の扉を押し開けた。
翌日。
ほろ酔いもすっかり醒め、アークは報酬を受け取るためにギルドへ向かっていた。
昨日のカイルの謝罪と“必ず後日正式な報酬を”という言葉を思い出し、胸の奥が少し高鳴っている。
「(ふふ……あれだけの仕事をしたのじゃ。どれほどの額か楽しみじゃのう)」
ギルドに着き、受付でカイルを呼び出す。
やがて姿を現したカイルが、小さな袋を差し出した。
「お待たせしました。こちらが報酬です」
アークはさっそく袋の口を開く。
だが、中にはコインが数枚しか入っていなかった。
「……ぬ? これは……?」
昨日の“金が無い”という話を聞いていたアークは、逆に大金が用意されているものと思っていた。
目の前の光景に、口をぽかんと開ける。
「カイルよ、なぜこれしかないんじゃ?」
カイルは困った顔をして頭を下げる。
「……昨日の飲み代を差し引いた額です」
「な、なんじゃと!?」
カイルは苦い顔で説明を始めた。
「ここ“ボーッたクリリン街”は、名物のグランエールと女性の接客で有名な歓楽街です。
ここでは女性スタッフを伴うと、すべての金額が百倍になるのがルールでして……。
金持ちの商人や貴族しか豪遊しないので、一般人は女性を誘わないのが常識なんです」
「な、なにぃぃぃぃぃぃぃ!」
アークは頭を抱えた。
「(わしはただギルドのお詫びで案内されただけじゃのに……)
……払えるわけないじゃろうが!」
しゃもが懐から光り、こっそり突っ込む。
「年甲斐もなく“コンパニオン付き”とか喜んでるからです」
「うるさいわい……」
カイルは深く頭を下げる。
「街のルールなので、どうかご容赦ください……。
せめてこのコインだけでも、今日の宿代にはなりますから……」
アークはしばらく天井を見上げ、渋々ため息をついた。
「……もうよい。酒も飲めたし、旨いものも食えた。わしはこれで十分じゃ」
袋のコインを受け取り、椅子から立ち上がる。
「この街……怖いのう……」
しゃもがぼそり。
「次からは店のシステムを確認してから誘いましょうね」
「う、うるさいわい……」
アークは肩を落としながらギルドを後にし、そのまま宿を引き払い、
“ボーッたクリリン街”を後にしたのだった──。
ご利用は計画的に。




