第12話 エール
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カイルから宿代と酒代を受け取ったアークは、ギルドを後にしながら上機嫌だった。
胸の奥では、あの名物“グランエール”の泡立ちを思い浮かべている。
「ふふふ……ついに念願のグランエールが飲めるか……」
しゃもが懐で光り、冷静に呟く。
「本当に酒のことになると顔が輝きますね……」
そんなアークに、受付嬢が頭を下げながら近づいてきた。
「アーク様、今回の件では色々と失礼がありましたので……ギルドの計らいで、私がお詫びも兼ねてお店までご案内いたします」
「ほうっ! これは……コンパニオン付きではないか!」
アークの顔がぱぁっと明るくなる。
目はキラキラ、頬はほんのり赤く、まるで遠足に行く子どものようだ。
しゃもが即座にツッコミを入れる。
「コンパニオンではありません。ただの案内とお詫びです」
「変わらん変わらん、要は同伴じゃろうが」
「全然違います」
だがアークは全く聞いていない。
すでに頭の中は、旨い料理とグランエール、そして“可愛い案内役”でいっぱいだった。
「夢の晩餐じゃ……」
しゃもがため息をつく。
「……本当に単純ですね」
そのときのアークの表情は──
まるで“魔王を倒しに行く勇者”のように、決意と輝きに満ちていた。
ギルドから案内役の受付嬢とともに街を歩くアーク。
道すがら、彼女が微笑んで自己紹介をした。
「遅れました、私“レナ”と申します。今日はお詫びも兼ねてご案内しますね」
「ほう、レナ嬢か。これはますます楽しみじゃな」
アークの顔がにやける。
しゃもが懐で光り、ぼそり。
「……コンパニオンではありませんからね」
「同伴じゃろうが、レナ嬢はこれから出勤なのじゃ」
「全然違います」
そんなやり取りをしながら、二人はカイルおすすめの店へと到着した。
扉を開けると、香ばしい料理の匂いと、グランエールの泡の香りが鼻をくすぐる。
木の梁が見える広々とした店内は、商人や冒険者たちで賑わっていた。
「おお……さすがカイルおすすめの店じゃ」
レナが笑顔で頷く。
「ギルドが予約席を取ってくれてますので、こちらへどうぞ」
すんなりと席に通されたアークは、心の中でガッツポーズをした。
「(もはやここは大人のクラブじゃな……)」
しゃもが即座にツッコミ。
「だから違います」
レナが店員に声をかける。
「グランエールを二杯お願いします」
ジョッキが運ばれてきた瞬間、黄金色の泡がランプの光を受けて宝石のように輝いた。
香ばしい麦の香りと、ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。
「……ぬぅぅ、これがグランエールか……」
アークは思わずごくりと喉を鳴らす。
目の前には笑顔のレナ。彼女がそっとジョッキを押しやる。
「さぁ、どうぞ」
「嬢ちゃん、気がきくのう……」
しゃもが懐で光り、冷静に突っ込む。
「だからコンパニオンじゃないです」
「変わらん変わらん、要は同伴じゃろうが」
「全然違います」
アークはすでに耳に入っていない。
しゃもじをマドラーサイズに変え、ジョッキの中をそっとかき回す。
《神器しゃもじ効果発動:飲料の温度と風味を最適化しました》
泡立ちがよりきめ細かく、香りがふわりと立ち昇る。
レナが目を丸くする。
「えっ……な、何をしてるんですか?」
「こうするとエールがより美味しくなるんじゃ。嬢ちゃんの分もやってやろうか?」
「お、お願いします……」
レナが苦笑しながらジョッキを差し出すと、アークは同じようにしゃもじでかき混ぜ、最適化してやった。
二つのジョッキから立つ香りに、周囲の客たちまでちらちらと視線を向ける。
「……では、いただくかの」
アークはジョッキを持ち上げた。
光のような泡が頬に触れる感触に、胸の奥が震える。
そして──口に含んだ瞬間、世界がひっくり返った。
「ぴゃっ! ヒャっこぉぉぉぉい!!」
麦の香ばしさと、ほんのり甘いコク、そして舌を優しく包むほのかな苦味が三重奏となって喉を駆け下りる。
その余韻は、身体の芯まで染みわたり、関節が軽くなるような感覚さえ覚えた。
「ぬぅぅぅ……これが人間界のエールか……けしからん、旨すぎる……!
千年……千年夢見てきた酒を、ついに飲めるとは……」
アークの顔はとろけるような笑顔になり、気づけば目尻に涙がにじんでいた。
レナも一口飲んで、はっとしたように目を見開いた。
「……な、何これ……香りも味も別物……美味しすぎます……!」
そのまま一気に半分まで飲み干し、頬をほんのり染める。
「嬢ちゃん、ええ飲みっぷりじゃな!」
二人は顔を見合わせて笑い、ジョッキを軽く合わせる。
「もう一杯、行きますか?」
「もちろんじゃ!」
すぐに二杯目を注文し、次々と運ばれてくる料理──
香ばしい肉のロースト、スパイスのきいた川魚のフライ、焼き立てのパン──
アークはしゃもじを器用に使い、エールを混ぜ、肉を切り分け、まるで王侯の晩餐のように楽しんだ。
しゃもがため息をつく。
「……魔王を倒しに行く勇者のような顔してますね」
そのときのアークの表情は、まさに“魔王を倒しに行く勇者”のように輝いていた。




