第11話 疑惑
雑草の駆除(という名の焼畑農業)を終えたアークは、汗をぬぐいながらギルドの扉を押し開けた。
「嬢ちゃん、終わったぞ。依頼は完了じゃ」
受付嬢は書類に目を通し、顔を上げて驚きの声を上げる。
「えっ……?」
「えっ、じゃない。終わったものは終わったんじゃ。報酬をくれ」
受付嬢は慌てて笑顔を作る。
「……わ、分かりました。ただ、いったん確認だけさせてくださいね」
「なんでじゃ、終わったと言っとるじゃろうが」
「規則なので……」
渋々椅子に腰掛けたアーク。
視線の先では酒場スペースで冒険者たちが酒を飲み、楽しげに笑っている。
アークの喉がごくりと鳴った。
「(ああ……わしも早う一杯やりたいのう……)」
よだれを拭きながら、今か今かと待つアーク。
だが、時間は過ぎていく。
一時間後──
「アーク様、こちらへ」
受付嬢が深刻な表情でアークを呼び、奥の部屋に案内した。
重厚な扉をくぐると、机の前に初老の男が立ち上がった。
頬はこけ、目の下にクマがあるが、所作はやけに丁寧だ。
「……初めまして。私がこのギルドのマスター、カイルです」
カイルは深々と頭を下げた。
「まず、これまでの失礼な振る舞い、受付嬢の対応、そして長くお待たせしたこと、すべて私の責任です。本当に申し訳ありませんでした」
「え? ええと……」
突然の深いお辞儀に、アークは目をぱちくりさせる。
「いや、別に謝られることは……報酬が出るならわしはそれでええんじゃが……」
カイルは眉を寄せ、さらに頭を下げた。
「本来ならすぐにでも報酬をお支払いしたいのですが、ただいまギルドの予算が尽きておりまして……。
せめて今日の宿代と、酒が飲めるだけの分でよろしければ……後日、必ず正式な報酬をお届けします」
アークはしばし口をつぐみ、そして笑った。
「全然かまわんよ。今日の宿代と酒が飲めるだけあれば充分じゃ」
カイルは真剣な顔で「ありがとうございます」と言い、頭を下げた。
「本当に……ありがとうございます……」
アークはようやく落ち着き、椅子に腰掛けて尋ねた。
「ところで、そんなに困っとるのはなぜじゃ?」
カイルは深く息を吸い込み、事情を話し始めた。
「勇者様がこの街の草の魔物を討伐してくれたのは一年ほど前です。
しかし根を残したせいで雑草が異常繁殖し、畑は荒れ、収入も激減しました。
ギルドは村や農家の支援に資金を回し、依頼料を払う余力がなくなっていたのです……」
アークは眉をひそめ、しゃもを軽く叩いた。
「ふむ……せっかく東に来たというのに、なぜ勇者がこの街におったんじゃ?」
カイルは少し言いにくそうに答えた。
「……勇者様は魔王討伐の前に“旨い酒”が飲みたいとおっしゃいまして。
この街の名物“グランエール”をわざわざ飲みに来られたのです」
「……なんじゃと」
アークの口元がひきつる。
しゃもが懐で光り、淡々と突っ込んだ。
「アーク様と考えていること、あまり変わらないですね」
「誰があんな勇者などと一緒にされてたまるか!!」
アークは机をドンッと叩いて立ち上がり、ぶつぶつ言いながら行ったり来たりする。
「わしは“食”じゃ! グルメじゃ! あやつはただの酒飲みじゃ!」
しゃもがぼそり。
「(魚に酒……同じラインですけどね)」
「うるさいわい!」
アークはカイルの前に座り、次の話を待っていた。
カイルは深々と頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた。
しかしその目は、どこか鋭い光を宿していた。
「……アーク様。ひとつ確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「なんじゃ、急にかしこまって」
「先ほどの依頼──“雑草駆除”の件です」
「終わったぞ。あれだけの草、全部片付けたわい」
カイルは眉をひそめ、低い声で続ける。
「……本当に、あれを“お一人で”やられたのですか?」
「む? なんじゃ、信じておらんのか?」
カイルは机の上に両手を置き、深く息を吐いた。
「申し訳ありません。しかし、あの草原は一年以上、ギルド総出でも手に負えなかった危険地帯でした。
根は魔物植物の養分で強靭、刈っても刈っても再生する。
……それを、たった半日で、しかも“老人枠”で登録した方が終わらせてしまったと聞いて、正直信じがたくて」
「……わしを老人扱いするなというに」
しゃもが懐でぼそり。
「事実“老人枠”ですからね……」
アークは机に肘をつき、ニヤリと笑った。
「わしがどうやったか、知りたいかの?」
カイルは無言で頷く。
額にうっすら汗を浮かべている。
「土魔法で根ごと地面を浮かせて砕き、炎魔法で焼き尽くしたわい。
ついでに畑も耕しておいたから、今頃はふかふかの土になっておるじゃろう」
「……!」
カイルは目を見開いた。
ギルドの若手冒険者でも苦戦する大魔法の同時使用を、さらりと言ってのける老人。
「そ、そんな……。そのような高度な魔法、王都の宮廷魔導師でも……」
「わしは魔法使いじゃ。しゃも……いや、神器もあるしのう」
アークは肩をすくめ、ひらひらと手を振った。
「まあよい。実はな、わし──ただの老人ではない」
カイルが目を丸くする。
「……え?」
「わしもこの国が勇者召喚で呼び出した“勇者”のひとりなんじゃ。
だが、この姿ゆえに“勇者ではない”と判断され、事情も告げられぬまま城を追い出された」
「な、なんですって……!?」
アークは淡々と続ける。
「本来のわしは、あらゆる魔法を学び尽くした魔法使いじゃ。
その知識と力を持ったまま転生し、召喚されたのじゃが……見た目がこれではな」
カイルはゆっくり椅子にもたれ、深く息を吐いた。
「……だから、あの草原を一人で片付けられたのですね……」
「そういうことじゃ。わしのことを疑うのも無理はない」
しゃもが小声でぼそり。
「勇者召喚されて追い出された勇者、って結構レアですね」
「うるさいわい」
カイルはようやく納得したように、真剣な眼差しでアークを見つめ、深く頭を下げた。
「……本当に申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございます。
あなたこそ、本当の意味で勇者様なのですね」
アークはため息まじりに笑い、しゃもを撫でた。
「勇者と呼ばれるのはもううんざりじゃが……報酬さえ出ればそれでええ。宿代と酒代だけでもあれば十分じゃ」
カイルは涙ぐみながら「必ず後日正式な報酬を」と頭を下げる。
こうして──千年の大魔法使いにして“しゃもじいさん”ことアーク・エルディアは、
勇者の尻拭いをしながら、ついに自らの正体を明かし、ギルドに認められることになったのだった。
今回も読んでいただきありがとうございます。




