第9話 ソロキャン
色々あった一日だったが、アークは疲れを見せるどころか、目を輝かせていた。
「ふむ、まずはディナーじゃな!」
反対岸の河原に腰を下ろし、神器しゃもじを取り出す。
普段は杖ほどの長さだが、魔力を込めるとするすると伸び、アークの背丈の二倍ほどの長さに変わった。
「よし、今日からお主は“特製しゃもじ釣り竿”じゃ」
「……私、釣り竿じゃないです」
「細かいことは気にするな」
アークは生成魔法で糸と釣り針を作り出し、器用にしゃもじの先に取り付ける。
あっという間に立派な釣り竿が完成した。
「さぁ、魚よ。わしの晩餐に応えるがよい」
糸を川に垂らすと、驚くほど早く竿先がしなった。
「おっ、もうかかったか!」
ぐい、と引き上げると、銀色に輝く魚が跳ね上がる。
「ほう、なかなか大物じゃ」
アークは魚をしゃも──いや、しゃもに向ける。
「しゃも、鑑定じゃ」
しゃもが光り、淡いウインドウが浮かび上がる。
【名前:魔す(マス)】
【調理法:塩焼きにシンプルに召し上がれ】
「魔す(マス)……ふむ、名前まで魚っぽいのう」
アークは目を細め、にやりと笑った。
「本日のディナーはこれに決まりじゃ!」
しゃもがため息をつく。
「……結局こうなるんですね」
アークは魚を手際よく下処理し、焚き火に串を立てた。
パチパチと火花が散り、皮がこんがり焼ける香りが川辺に漂う。
「よし、ここからが腕の見せ所じゃ」
アークはしゃもじを釣り竿モードから“しゃもじ”に戻し、
焚き火の前でうちわのようにパタパタと煽ぎ始めた。
「しゃもよ、旨さを引き出す風を頼むぞ」
しゃもが小さく光り、扇いだ風に淡い魔力が混じる。
その瞬間、香ばしい匂いがさらに強まり、皮がパリッと音を立てて膨らんだ。
《神器しゃもじ効果発動:料理の味が上昇しました》
「香りだけでうまい!!」
しゃもがぼそりと呟く。
「……もう完全に“しゃもじ料理人”ですね」
アークはにやりと笑い、串を手に取った。
「(……これ絶対うまいぞ……)」
焚き火の上でじゅうじゅうと音を立てる魔す(マス)の塩焼き。
皮はこんがり黄金色に焼け、パチパチと脂が弾けるたびに、香ばしい匂いが川辺いっぱいに広がっていく。
「ふむ……見た目よし、匂いよし……これぞまさしく異世界マスの塩焼きじゃ」
アークは串を持ち上げ、鼻先でそっと匂いを嗅いだ。
焚き火の煙と相まって、胃袋がグーっと鳴る。
「しゃもよ、これは絶対うまいぞ……」
「……はいはい、どうぞお好きに」
アークは一口、かぶりついた。
「う、うんまいっっ!!」
口いっぱいに広がるのは、ふっくらとした白身の旨味と、絶妙な塩加減。
皮はパリッと、中はしっとりジューシー。川魚特有の臭みはなく、むしろ甘い香りが舌に残る。
「(これぞ、わしが夢に見た異世界魚料理……!)」
さらに、不思議なことに、食べれば食べるほど体がじんわり温まり、力が満ちていく。
長くエルフとして肉を絶ってきた身体に、魚の栄養が染み渡る感覚だった。
「む……これは……おじいちゃんの体にやたら優しい気がするの……
骨も関節も軽い! なんか若返った気までするぞい!」
アークは無意識にしゃもを掲げ、涙目で叫んだ。
「うぉぉぉ、転生してよかったぁぁぁ!! 魚ばんざい!!」
しゃもがぼそりと呟く。
「……良かったですね…」
アークは頬張りながら笑い、ぺろりと平らげた。
「うむ、これぞ本日のディナー、大成功じゃ! 明日はどんな食材を探すかのう……」
川のせせらぎと焚き火の音だけが響く夕暮れ。
魔す(マス)の塩焼きをぺろりと平らげたアーク。
骨まできれいにしゃもじで外し、焚き火の前で満足げに息をついた。
「ふぅ……うまかったの……。
しかし……何かが足らん気がするのう」
腹は満ち、体は軽い。けれど、まだ胸の奥が“寂しい”と訴えている。
「(何じゃ……この物足りなさは……)」
考え込んでいたアークの頭の中に、ひらめきの雷が走った。
「!!!! お酒じゃ!!!」
思わず立ち上がり、しゃもを両手で掲げる。
「しゃもよ! お酒ってないのか!? この世界、酒は無いのか!?」
しゃもがぼんやり光り、冷静な声を返した。
「……酒自体はあります。ワイン、エール、米酒、果実酒……種類は豊富です」
「ほう! やはりあったか!」
「ただし、このあたりは辺境ですので、まともな酒はほとんど流通していません。
村の酒場で出されるのは薄い果実酒か麦の水割り程度です」
「むぅぅぅ……それではこの“魔す”の塩焼きに合わんの……。
やはり旨い魚には旨い酒じゃ!」
「……つまりアーク様、魚を食べて健康になったのに、今度は酒で台無しにしようとしているわけですね」
「健康のための魚、心のための酒じゃ! バランスが大事なのじゃ!」
焚き火の光の中で、アークの瞳はまるで少年のように輝いていた。
しゃもはため息をつきながらも、ほんの少しだけ声に笑みを混ぜる。
「……まあ、どうせ探しに行くんでしょうね」
「決まりじゃ! 明日は旨い酒を探す旅に出る!」
満腹になったアークは、川辺でしばらく夜風に当たりながら満足げに息をついた。
魚の旨味と塩加減、そして腹の奥から湧き上がる妙な活力──。
長生きじじいの体には魚がしっくり馴染んでいた。
「ふむ、いい晩餐じゃったのう……さて、寝床じゃな」
周囲を見渡すと、川辺は草むらと小石ばかり。
寝るにはちと心許ない。
「しゃも、わしの土魔法、久しぶりに見せてやろうか」
「……また派手にやるんですか」
「いやいや、ささやかに、ささやかにじゃ」
アークは両手をかざし、呪文を小さくつぶやく。
地面がモコモコと盛り上がり、あっという間に半地下式の小さな寝所が形を取っていく。
土の壁はなめらかに整えられ、床には魔力で乾いた草がふんわり敷き詰められた。
入口には風よけ用の土の戸までついている。
「おお……さすが千年の勘、まだ衰えておらんの」
しゃもじが淡い光を放ち、感心したように言う。
「まるで本物の洞窟ホテルみたいですね……」
「ふふん、わしをなめるなよ。これぞ“快適スリープ魔法”じゃ」
アークは寝所に潜り込み、寝転んだ。
天井はほんのりと魔力の光で照らされ、外の虫の声がかすかに聞こえる。
「ぬくぬく……これで安眠じゃ。明日は魚だけでなく酒も探さねばのう……」
しゃもが小声でぼそりと呟く。
「……野望は尽きませんね」
アークはすでに寝息を立て始めていた。
川辺にできた小さな土の寝所から、穏やかな寝息と、しゃもじの微かな光だけが漏れていた。
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