序章
千年の時を生きた大魔法使い──アーク・エルディア。
魔王すら単独で討ち滅ぼし、全ての魔法を研究し尽くしたエルフの叡智。
弟子や同胞たちに見送られながら、彼は静かに目を閉じた。
「……これが、死か」
そう思った瞬間、意識は途切れる。
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「──アーク・エルディア様」
ふと耳に届いた声に、アークは目を開けた。
そこは真っ白な空間。寝台も弟子も涙もない。代わりに目の前には──
「女神エラリアと申します。この度は本当にお疲れ様でした」
輝く光に包まれた絶世の美女が、にっこりと微笑んでいた。
「……ああ、やはりか。死後の世界、というやつだな」
「はい。あなたの千年にわたる功績は、我ら神々も深く感謝しております」
アークは思わず背筋を正した。神の前で無礼を働くほど愚かではない。
「そうか……千年生きたが、神に褒められる日が来るとは思わなかったな」
「魔王を倒し、人々を救い、数多の魔法を体系化したその偉業。まさに歴史に刻まれる大英雄です」
女神エラリアの言葉に、アークは誇らしさを覚える──が。
「……そうかもしれんが、研究してただけなんだがな」
「えっ?」
「魔王を倒したのも、研究中に邪魔してきたから仕方なく、だ」
「…………」
女神は一瞬、笑顔を保ったまま固まった。
「……と、とにかく! そんなあなたに、我ら神々から褒美を授けましょう!」
「強引に話を進めたな、女神よ」
「聞かなかったことにしました」
「そんな裁量でいいのか神」
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「ではアーク様。次の人生を歩んでいただきます。
記憶も力も、千年の知識も全てそのまま。新しい世界でのやり直しです」
「……む? つまり転生か」
「はい。ただし──次の人生はエルフではなく、人間となります」
「人間、か……」
アークは顎に手を当てて考え込んだ。
「耳が短くなるのは、少し寂しいな」
「そこですか?」
「あと、寿命が短い。……研究するには不便だ」
「そこもですか?」
女神は呆れつつ、にこやかに問いかける。
「ではアーク様。人間になったら、やりたいことはございますか?」
「やりたいこと……」
アークはしばし沈黙し──やがて真剣な顔で答えた。
「食べたい」
「……え?」
「とにかく、美味いものを食べたい。肉でも酒でも菓子でも、なんでもだ」
女神はぽかんと口を開けた。
「ええと……あなたほどの大魔法使いが、次の人生の望みは“食欲”ですか?」
「当然だろう。エルフは食事制限が多すぎる。油っぽいものは駄目、肉は駄目。目の前で人間どもが豪勢な料理を食っているのを、どれだけ我慢してきたか……!」
アークは目に涙すら浮かべ、両手を握りしめた。
「次の人生こそ、遠慮なく食う! 酒池肉林の食卓を、余生の夢にする!」
「……夢が庶民的……」
女神エラリアは頭を抱えた。
「ま、まぁいいでしょう。ではその望み、しかと聞き届けました。
あなたには“神器”を授けます」
「神器、とな?」
「はい。存在の根源を見抜く力。戦いにも研究にも、そして食の探求にも役立ちましょう」
「食の探求……神よ、そこに関しては妙に理解があるのだな」
「私も甘味は好きなので」
「神も甘味を……?!」
アークは衝撃を受けつつも、光に包まれる。
「では行きなさい。新たな世界で、心ゆくまで“味わい”なさいませ」
「……うむ! まずはステーキから始める!」
女神が笑いながら見送る中、アークは光の奔流に呑まれ、次の世界へと飛ばされていった。
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