地下小説 ~底辺ダメなろう作家の野望とともに~
「君、いいねぇ〜。本当に、いいよ〜。君なら、絶っっ対に、アニメ化できるよ!」
『私』の地下小説としての始まりは、たまたま、頭をよぎったときに、怪しいプロデューサーから声をかけられたことだった。
「君、小説化に興味ない?」
「小説化……ですか?……」
「そう、小説化! 知らない?」
小説には興味あったけど、自分には縁のないことだと思っていた。
「いえ、知っています。でも……私なんかが小説になってもいいんでしょうか……」
今まで外界に出たこともなく、特に誇れるものもなかった私は、自信なげに答える。
そんな弱気な私に対し、怪しいプロデューサーは自信満々に、
「大丈夫、大丈夫。君の才能を持ってすれば、書籍化、漫画化なんて楽しょー、楽しょー。なろうよ、小説に。ねっ」
と軽妙に勧誘してくる。そして、私を吟味するように、じろじろ見て、さらに畳みかける。
「ほんとに、君、イイねぇ。10年に一度の逸材! いや、1000年に一度の逸材だよ! 源氏物語超えるよ!! 源氏、源氏、超・源氏〜! 源氏物語って、知ってるぅ? 紫式部プロデュースの」
「はい……名前だけなら一応……」
その後も、気持ち悪いぐらいベタ褒めされた。
押しに弱かった私は、結局、ハイテンションの怪しいプロデューサーの言われるがまま、小説になることに。
**
【デビューへの道】
次の週末、私はプロデューサーと共にデビューを画策することになった。
「短編デビューしてから、長編デビューする手もあるんだけど、君みたいな逸材は、短編デビューなんて必要ナッシング! いきなり長編でドカーンと行こ! で、ストーリーの方針、どうしよっか。今の流行りは異世界恋愛なんだけど、どう?」
「私、恋愛経験がなくて異世界恋愛はちょっと……」
「いいね〜、流行に媚びない清純派。じゃあ、王道の異世界ファンタジーはどうかな? 俺も君には恋愛よりも戦いやコメディを推したいんだよね。何よりも俺は異世界恋愛よりも異世界ファンタジーの方が好きなんだ。君にも合ってるよ。それでいい?」
「私に合っているストーリーで進めて貰えば……」
「よしっ、じゃあ、キマリ! あとは、主人公は、異世界転生した美少女エルフで、転生前の職業は……」
一方的に、プロデューサーが次々と設定を決めていく。
こうやって方針が決まった後、プロデューサーの指導・レッスンが始まった。
彼のやる気は凄まじく、レッスンは長時間に及ぶ厳しいものだった。
栄養ドリンク片手に全力で私を指導するプロデューサー。
それに私は必死についていき、次第に小説としての体を成すようになっていった。
そして、2か月後。
ある程度、出来上がった頃――
「そろそろ、デビューしよっか」
と打診される。
しかし、私はまだ、冒険の最初の街の話しか進んでいなかった。
「まだ、完成してないのでは?」
「ノンノン! わかってないなぁ。完成してからデビューさせるなんてのは、昭和の手法。一旦、デビューしておいて、読者からフィードバックをもらう。そして、それをもとに改善する。そうやって、いい作品を作るのが、令和のベスト・プラクティスだから!」
両手の人差し指をピンと伸ばし私に向け、謎のポーズを取るプロデューサー。
「……そうなんですか……」
私は気乗りしないまま、デビューを承諾した。
**
【デビューはあの場所で……】
5万字――彼が言うには、1章分のストーリーが出来上がった私は、プロデューサーオススメの場所でデビューを迎えることになった。
「カテゴリーはハイファンタジーでキマリね〜!」
プロデューサーはデビューに必要な情報を次々と決めていく。
一通り決め終わると、私はデビュー会場に連れて行かれた。
デビュー会場に入る前、私はプロデューサーから最終チェックを受ける。
「今からデビューだ! 誤字脱字はチェックしたか?」
「はい!」
「朗読をして問題ないことを確認したか?」
「はい!」
「よし! それでは、バッチ行ってこ~い!」
「はいっ!!」
デビュー会場に足を踏み入れる。
そこには何十万もの観客。
その前に、ずらりと並ぶ何千もの小説たち。
私はその数に驚愕する。
「えぇっ!! こんなところでデビューするんですか? 普通は、本屋とかでデビューするんじゃないんですか?」
「自費出版という手もある。でも、それだと手間もお金もかかってしまうからね。あと、長編のアピール時間はおよそ5分ぐらいだから」
こんなにたくさんライバルがいると、さすがに不安になった。そもそも、自費出版って……
「プロデューサー……すみませんが、プロデューサーの実績を教えてもらえますか?」
「……え、え、え、えぇと……」
急に言葉に詰まるプロデューサー。
「私は覚悟を決めて、小説になったんです! プロデューサーのあなたを信じて。はっきりと、教えてください!」
「……え、えぇと、今まで短編小説を2つほど書いて……」
「それはどこの出版社ですか?」
「……いや、ただ、ここで公表しただけで……」
「そんな実績で、どうやって生活しているんですか!?」
「……えぇと、本職はシステムエンジニアをやっていまして……」
「……システムエンジニア?? その職業は小説と関係あ……」
と私が続けて質問しようとするも、プロデューサーはそれを強引に遮り、
「ええい、ここまで来てしまったら、もうどうしようもない! やるっきゃない! さぁ、レッツ投稿!! ポチッとな」
「ちょ、ちょっと待ってください。ああっ!」
私はデビューの場所に勢いよく押し出された。
緊張と混乱の中、私は精一杯の声を振り絞る。
「は、はじめまして。新規投稿した『魔力ゼロの魔導軍師 ~魔力なしの美少女エルフに転生したけど、ガチ歴女の知識を使って成り上がります~』と申します。よ、よろしくお願いします」
会場はたくさんの観客で溢れていた。それなのに、誰もが素通りし、私を見る人はいない。
当然だった。実績のないプロデューサーの作品など、誰も気にしない。
少し訝しげな表情をした人が私をチラ見する。が、すぐにどこかへ去っていった。
そんな感じで、デビューは終わった。
私を見てくれたのは――せいぜい20人ほどだった。
結果が出るまで少し時間がかかるらしい。
暇になった私は、プロデューサーに「勉強になる」と言われたこともあり、周りを読み廻すことにした。
無数の小説達が並ぶ中、ふと、その中の一つに目が向かった。私はその小説を見て思わず感嘆の声を上げる。
「わあ、あの小説さん。文章が綺麗……プロデューサー、見てください。あそこにいる小説さん、一つ一つの文がリズム良くまとまっていて、情景描写が緻密。キャラも立ってます」
「当然だ。あの小説はランキングに入っている。観客も多いだろ」
アマチュアの小説サイトと聞いたけれど、ランキングに入る小説は、文章力・構成力・キャラ作り、どれをとってもプロと遜色ない。
「あっ、あそこの小説さんは、皆さんに丁寧な感想を返してます。それに、ほかの小説さんも読んでいて、感想も書いてますよ」
「ああやってファンを増やしているんだよ。ネット時代の小説の特徴は、読者と直接交流できることだ。お前が産まれるずっと前は、出版社に認められたごく一部の小説しか世に出なかった。だが、今や誰でも小説を公表でき、プロデューサーと読者の距離も劇的に縮まった。ああやって営業活動をし、読者を楽しませることは非常に重要だ」
「へぇ〜、そうなんですね。ところで、プロデューサーって何歳なんですか?」
「……しかし、距離が近い分だけ、スキャンダルや炎上に巻き込まれるリスクも大きくなった」
「プロデューサー、何歳なんですか?」
「お前も、炎上には気を付けるんだよ」
「……え~と、私の質問……」
「あの小説を見てみろ。感想欄が荒れているだろ。距離が縮まったことによる弊害が……」
と、プロデューサーの講釈が続く。私は質問を諦め、フンフンと頷く……
そんな感じで読み廻していると、ある小説に観客がどっと集まり始めた。
「プロデューサー、あの小説さんは?」
「あぁ、あれか。あれは有名なアニメ化小説だよ。そのアニメも評価サイトで今期トップ3。2期も確定している」
その小説は、集まってきた観客に向かって、活動報告で応える。
「みんなー、今日も来てくれてありがとねー。今日は頑張って一万字書いてきたよー。用意はいいー?」
「「「うおおおおおーーーーーーーー!!!!」」」
何万人もの野太い声が響く。
「じゃあ、いっくよー!!」
私もその熱狂に釣られ、読んでみる。
あんまり興味のないジャンルだった。
でも、なぜか続きを知りたくなり、気づけば、次々と話を読んでいた。
観客たちは、その作品の出来に、次々と反応を送る。
「今日もいいねと感想入れるよー!」
「面白かった、次回も楽しみにしてる!」
瞬く間にポイントと感想が集まっていく。
――あれが、超一流小説。
私も、あんなふうになりたい。
そうやって、時間をつぶしていると、結果を確認しに行ったプロデューサーが青ざめた顔で戻って来た。
「…………ゼ、ゼロ……」
「なにがです?」
「ブ、ブックマークが……ゼロだった……」
「えっ! そ、それは……残念です。でも、まだ始めたばかりですよ。落ち込まないでください」
「あぁ……」
と力なく答え、肩を落とす。
「今日、私は他の小説さん達をたくさん読みました。みなさん、本当に凄いです。それに比べ、私は……まだまだ改善する余地があります。頑張って、続きを書きつつ、改稿していきましょう!」
「……そうだな……」
蚊の鳴くような声で応えるプロデューサー。
「元気出してください! 読者さん達からフィードバックを受けて、改善するのが令和のベスト・プラクティスだと言っていたじゃないですか?」
「……そうだった……かも……」
「そうです! これからです! これから! 二日後、エピソード別アクセス解析が表示されるらしいです。それを見て、改善していきましょう!」
「……あぁ……」
プロデューサーは落ち込んでるけど、私には妙な自信があった。
それは、ブックマークやポイントが少なくても面白い小説達がたくさんいたから。
ブックマークの数やポイントの高さが、そのまま面白さを示すわけじゃない。
諦めずに改善し続ければ、いつかは誰かの心に突き刺さるはず。
みんな、一生懸命頑張っている。私も、もっと頑張らなきゃ。
**
【改稿】
「おーい! レッスンするぞー。今日は、デビューの反省会だ!」
数日後、プロデューサーの元気になった声が私を呼び出す。
「はい!」
「それではストーリーを改善するぞ。どうやら、ほとんどの読者は、1、2話で離脱している。俺は小説投稿サイトの特性を知らな過ぎた。読者は、無料で小説を読めるが、読む時間と労力という対価を払っている」
「つまり?」
「最初にインパクトがある面白さがなければ、即効読むのをやめるってことだ。特に俺のような無名プロデューサーの作品はな」
「確かにそうかも。読者さん達、設定ばかりの冒頭を退屈そうに読んでいましたし……」
「そこで、時系列を無視してでも、トップクラスに面白い話を最初に持ってくる!」
プロデューサーは拳を握りしめ、意気込む。
「残りの改善点は、俺のレッスン指導力不足だ。すまない。これはお前には関係ない。俺の責任だ。今日、ラノベ小説入門の書籍を購入した。あと、オンライン小説講座にも申し込んだ。安いやつだけどな。というわけで、レッスン始めるぞ!」
「はいっ!」
そこから、いつも通りのプロデューサーの熱血指導レッスンが始まった。
プロデューサーも、夜遅くまで小説の勉強を必死にやっていた。
彼の頑張りを見て、私も負けないように必死に自分を磨いていった。
そんなある日の週末……
「うおおおおおぉぉぉぉーーーーーーっ!!!」
プロデューサーが叫びながら、私の元へ猛ダッシュしてきた。
「ブ、ブックマークがついたぞーーーー!! ついでにイイねも!」
「本当ですか!?」
「ついに、ついに、ブックマークがついた! やったぞ!」
「やった!」
「ここまで必死にレッスン頑張った甲斐があったな!」
「はい!」
「努力は報われる! 俺はお前を絶対に成功させてやるからな! ここから、お前のシンデレラストーリーが始まるんだ!!!」
そう言って、窓の外に向かって指差すプロデューサー。
「はいっ! 私、頑張ります!」
それからもプロデューサーは、寝る間も惜しんで、私にレッスンを施し、真剣に小説の勉強を続けた。
私のために、必死に頑張っている。
――そんな、プロデューサーをちょっとカッコいいと思った。
**
【そんなことがあって、3週間ぐらいたったある日のこと】
今は夜10時。そろそろ、本業から帰ってきたプロデューサーに呼ばれ、レッスンをする時間。
しかし、プロデューサーは一向に現れない。
不安になった私は、プロデューサーがいつも食事をする部屋に向かう。
「こんばんわ〜、プロデュ〜サ〜。もう、レッスンのお時間ですよ〜」
そろーりとドアを開けると――
うぅ、酒臭い。脳内にアルコールが充満している。
そこには、チューハイの缶片手に、机に伏しているプロデューサーの姿があった……
「プロデューサー。なに、お酒吞んでるんですか。レッスン始めますよ」
「うぅ〜、もうダメだぁ〜。なにをやってもダメだぁ〜。全然、ブックマークが、増えませぇ〜〜〜〜ん!! うひゃ、うひゃひゃひゃひゃ」
プロデューサーは自嘲気味に狂ったように笑う。
「だからこそ、レッスンするんじゃないですか」
プロデューサーはチューハイの残りをグイッと飲み干し、
「ムリムリムリムリ。俺に小説のプロデューサーなんて土台無理だったんだよぉ〜〜〜〜。そんなことより酒だぁ〜。酒を持ってこ〜〜い」
独身で一人暮らしなのに、私は小説で何もできないのに、酒を要求するプロデューサー……
「ダメです! さあ、レッスンしますよ。こっちに来て下さい!」
「イヤだぁ〜、小説書きたくなぁ〜い」
「…………」
子供のように駄々をこねるプロデューサー……
「俺はなぁ〜、いろんなことを試してみたんだよぉ〜。ネットで『ブックマークが増える方法』とか調べてよぉ〜。題名あらすじの変更、SNS告知、文章力の向上、物語の改変、AIの利用……。でもなぁ〜、あらゆる策が、不発っ! うひゃっ、うひゃひゃひゃひゃ〜〜〜」
「プロデューサー。まだ、私がデビューして1か月くらいしか経ってないじゃないですか。まだまだですよ。諦めないでください! 私も全力で頑張りますから!」
「じゃあ、お前、何でもやれるのかぁ〜。脱いでくれるのかぁ〜? 穢れ小説にでもなれるのかぁ〜〜?」
「R指定になる覚悟あります。頑張ってみます」
その答えに、彼は驚きと心配を覗かせた顔を見せる。
「本当に、いいのか? 無理しなくてもいいんだぞ。それに、場合によっては、削除される可能性もあるんだぞ」
「私はプロデューサーのことを信じています。決して酷いことはしないと」
「もちろんだ! 全部、ラッキースケベで済ませて、適当なところで切り上げる! お前は異世界ファンタジーに属しているが、コメディ要素が強い。エロはコメディの幅を大幅に広げる。お前は脱いだら凄いはずだ! よ〜し、レッスンだ〜〜〜!!」
「はいっ!!」
私は元気よく答える。それに対し、プロデューサーは笑顔で応えた。
「プロデューサー」
「ん? なんだ?」
「ブックマークがとれず苦しいのは、プロデューサーだけではないんです。プロの作家さん達でさえ苦しんでいるんです。これは誰しもが通る道です。ブックマークが増えないことは決して珍しいことではありません。ここは踏ん張りどころです。一緒に頑張りましょう!」
私の励ましに、キョトンとした表情をして私を見つめるプロデューサー。
「プロデューサー、どうかしましたか?」
「やっぱり、お前は、美しい」
「えっ」
プロデューサーが、じっと私を見つめ、ゆっくりと顔を近づける。
「ああ、美しすぎる。お前は、美小説だよ」
「プ、プロデューサー、酔ってます?」
「その魅力的なストーリー、魅惑的なキャラクターたち。コメディセンスも最高! おかしい。絶対におかしい。こんな素晴らしい小説がブックマーク一桁なんて……ああ、お前はなんて愛おしいんだ」
突然の告白に、私は紅潮する。
「ちょ、ちょっと待ってください、プロデューサー」
「お前のことが世界で一番好きだよ。愛してる……」
そう言って、画面の中の私にキスをしようとする。
「プ、プロデューサー、冷静になってください!」
私はプロデューサーを落ち着かせる。
「誰しもが、自分の書いた小説が一番だと思っています。だって、自分の好きな展開、自分の好きなキャラクター、そして、なによりも自分自身が生み出したものですから。私を褒めてくれるのは嬉しいです。でも、もっと客観的に私を見てください。読者の人を心から楽しませようと思ってますか?」
「そ、そうだったな」
プロデューサーは一息ついて、私を見つめる。
「やっぱり、お前のここの部分のストーリー、説明が多すぎて、退屈だな」
「うぅ〜、確かにそうです……」
「そんなに落ち込むな。俺はお前のことを愛している。絶対にお前を素晴らしい小説にしてやるからな。そして、絶対に、絶対にお前を有名にしてやる!」
「プロデューサー……ありがとうございます! 嬉しいです」
諦めずに、頑張れば、結果はついてくる。
プロデューサーと私は、小説をR指定にし、抜本的に書き直し、コメディ要素を強めた。
そして――初めて評価点がはいる。しかも満点。
「諦めずに、よかった……!」
全身全霊で小説に向き合えば、いつか誰かが評価してくれる。
決して人気作ではない。
それでも、私は小説になってよかったと思った。
**
【それから、一カ月後】
今は、夜10時。プロデューサーに呼ばれて、レッスンをする時間。
……しかし、プロデューサーはまたも現れない。
不安になった私はプロデューサーがレッスン前にいる部屋に向かう。
その部屋からは不気味な独り言が聞こえてきた。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
私は、部屋の前に行き、
「こんばんは〜」
と、小声で挨拶しながら、そろーり、ドアを開ける。
そこには、床に何度も何度も頭を叩きつけて、土下座しているプロデューサーがいた。
「15話ぐらい読んで、読むのをやめた方。貴重なお時間を奪って、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
40話ぐらいで、ブックマークを剝がした方。変に期待させて、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
50話あるのに、6話まで読んだ後、☆1つけて、平均点を2下げた方。地雷話を読ませ、不愉快な思いをさせて、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「プロデューサー」
呼びかけても、彼はまるで聞こえていないかのように、ただ謝罪を続けている。
「プロデューサー!!」
「ん? 何だお前か。もうお前なんか見たくない。今、懺悔に忙しいんだ。邪魔しないでくれ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「…………どこに、謝っているんですか?……」
「見知らぬ、読者様達です。私なんかより、100倍も1000倍も尊き方々です。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
プロデューサーは頭を上げると、正座のままこちらに向きを変え、
「私は、プロデューサー業から引退します。ささやかですが、私の低ポイントは恵まれない作者の皆さんへ寄付してください」
プロデューサーは、『お心づけ(ポイント)』と書かれた封筒をサッと差し出す。
「ポイントの寄付はできませんし、そんなことをしても他の作者の方は喜びません!」
私は大きく息を吸い、
「プロデューサーッ!!!」
「はひぃぃぃっっ」
「行きますよ!」
「ど、どこへですか?」
「小説を改稿しにです」
「私のような底辺クソ雑魚プロデューサーに、なぜそのような大そうなことをさせるのですか?」
プロデューサーは弱々しい表情を浮かべながら、続ける。
「クソ雑魚プロデューサーである私の合計ポイントは42ポイントです。しかし、有名作者様はお一人で、私の4万倍以上のポイントを稼いでおられます。関ヶ原の戦いで、私が西軍8万の兵力だとすると、有名作者様はわずか2人で打ち破ることができるのです。それくらい、私の命は軽いということです」
プロデューサーは肩を落とし、うつむいたまま拳を握りしめ呟く。
「そもそも俺なんかが拾わなければ……そうすれば、お前はもっと腕のあるプロデューサーに拾われて、メジャーデビューできたかもしれないのに……
せっかくお前は、元はいいアイデアだったのに……文章力も構成力もギャグセンスもない俺が拾ってしまったばっかりに……他の優秀なプロデューサーの方々の、お前を活かす機会を失ってしまったんだ……ほんと、申し訳ない。ほんとに、申し訳ない」
「…………」
「…………申し訳ない…………」
かすれた声で呟くプロデューサー。その肩は小さく震えている。そんな彼に対し、私は静かに問いかけた。
「プロデューサー。なぜ、あなたは小説のプロデューサーになったのですか?」
「……なんとなく……」
「嘘をつかないで下さい!」
私は強い口調で言い放つ。
「本業のシステム開発プロジェクトが炎上して、過度のストレスと長時間労働から心身を壊してしまい、休職し、一人ベッドの中で絶望していた頃に、現実逃避から小説を書き始めたのでしょ。
そして、次第に小説作成にハマり、自分の思いを誰かに伝えたくなり、楽しませたい、笑わせたい、あわよくば、お金を稼げると考えて、公開する小説を作ったのでしょ」
「な、なんで、知ってるん?」
「当然です。本来の私は、基本、あなたの頭の中にいるのですから。その辺を調べればすぐにわかります」
私は彼をまっすぐ見つめ、言葉を続けた。
「私は、小説になった私の事が好きです。それはプロデューサーが情熱と熱意を持って魂を込めて書いた作品だからです。世の中にはたくさんの人がいて、たくさんの人生があります。でも、成功者として持て囃されるのは僅かな人だけです。じゃあ、成功者以外の人生は尊くないと思いますか?」
「いや、違う」
「その通りです。皆さん、人間関係、お金、病気と、いろんな苦労をして、必死に生きているんです。そして、その人生は全て尊いものです。小説もそうです。必死に書いた小説が尊くないわけがありません。貴方が必死に生きた人生、そこで得た哲学、経験、知識、それが、この小説の中に入っているのでしょ? この思いはきっと読者の人達に届くはずです」
「で、でも、ブックマーク、一桁なんだよ」
「プロデューサー、あなたの好きな小説はランキング上位でしたか?」
「……いや。むしろお前のような二桁ポイントの作品もいっぱいあった」
「そうです。たとえ、ブックマークやポイントが低くても、作者が本気で書いた作品は、誰かの心に届くはずです。そして、それは例え少人数でも、読んだ人の人生を豊かにしてくれます。
プロデューサー、貴方は私に真剣に向き合って、魂を込めて作ってくれた。
だから、私は私のことが好きなんです!」
「……」
「私は小説になって、心底よかったと思っています。それは貴方が一番わかってるはずです。私は貴方が心から書きたかった物語。だからこそ、情熱を持って取り組めたんです。そんな私を、この世にアウトプットできるのはプロデューサーの貴方だけ。貴方しか書けない物語、それが私。だから、決して諦めないでください!」
「……」
「さあ、私を読んでください。そして、次の話を書いて下さい。さあ、書いて。私を書いて! さあ! さあ!!」
プロデューサーは、私をじっと見つめた後、静かに頷いた。
彼は机に向かい、そっと小説を開く。
そして――続きを書き始めた。
その後も、私達は小説を書き続けていった。
**
【地下小説の矜持】
今日も私は、観客の少ない舞台に立つ。
「みんなー、今日も読みに来てくれて、ありがとー」
見渡せば、わずかばかりの読者たち。
でも、たとえ少なくても、私を見てくれる人がいる。
「それでは、次の話に行くね。次の話は……」
私達は、彼らのために物語を紡ぐ。
全力で、心を込めて。
そして、彼らは必ず応えてくれる。
「ポイントありがとうございます!」
私は笑顔で、感謝を伝える。
私のような小説を『地下小説』と揶揄する人がいる。
メジャーになれない、日の目を浴びない小説だと。
でも、私は、プロデューサーが心から書きたいものとして、魂を込めて生み出した、唯一無二の小説。
人気がないからといって、私の価値が決まるわけじゃない。
ブックマークの数が、私の誇りを奪うわけじゃない。
地下だからこそ、守れるものがある。
地下だからこそ、譲れないものがある。
『地下小説』は、メジャーになるための通過点じゃない。
地下でしか生まれない物語がある。
地下でしか生きられない想いがある。
厳しい環境でも、誰に笑われても、「私はこれを表現したくてここにいる」と胸を張って言えること。
そう、それこそが――『地下小説』の生き様!