第4話「儚恋」
エレナが初めてカーティスと会ったのは、エレナが12歳、カーティスが30歳の時だった。
エレナが生まれ育った村は、ロザリスの街のはるか北にあった。
厳しい寒さに耐え、村人が協力しながら生きる慎ましい村だ。
だが、その平穏はある日突然終わりを迎えた。
ゴブリンが現れ、備蓄していて食糧庫を襲い、家畜を奪い、村人たちを恐怖に陥れた。それまで北の方までゴブリンが来ることはなく、周辺のギルドでは対応できなかのだ。
北の厳しい大地の食糧事情がひっ迫するのに時間はかからなかった。
村人たちは待った。
何日も。何日も。ただ、誰も助けには来なかった。
その間に、畑を襲いつくしたゴブリンたちが人を襲うようになった。
その日、エレナは弟の相手をして外で遊んでいた。
親からは出るなと言われていたがずっと外で遊べていない弟を不憫に思い、親たちが畑の残っている家に食料をもらいに行っている間に外に出てしまった。
家の傍の開けた場所で遊んでいると不運にもゴブリンたちに襲われた。
逃げようとした弟がこけた。
ゴブリンが迫ってくる。
何もできないが弟が大事だった。
震えながら弟を庇うようにしてゴブリンたちの前に出る。
もう駄目だと思った。
「お父さん、お母さんごめんなさい」
泣きながらそう叫んでいた。なぜ、親の言いつけを守らなかったのか。
弟の泣き叫ぶ声を聴きながら、自分の目にも涙が浮かぶ。
そこにカーティスが現れてくれたのだ。
村の要請を聞きつけて単身向かってくれていたのだった。
目の前で次々にゴブリンたちが倒されていく。
本物の勇者様はいるのだと思った。
エレナの唯一が決まった瞬間だった。
村では祝いの席が設けられ、ここ最近では見たこともないご馳走が並んでいた。
どうしてもお礼を言いたくて、両親に連れられ彼の前に進み出る。
「あの、勇者様ありがとうございました」
今よりも引っ込み思案だった幼いエレナでは小さな声でそう伝えるのが精いっぱいだった。
村長の娘がカーティスにお酌をしていた。
村一番の器量よしと言われていて、美しくて明るい彼女にお酌をされるのは村の男たちにとってはとても気分のいいモノらしいとエレナは理解していた。
少し媚びたような態度の村長の娘の話を言葉少なげに聞くカーティスは、その時には既に青年を越え、大人の魅力を放っていた。
野心家だった彼女はそのあとすぐ少し南のもっと収入の安定した村の村長の息子と結婚したが、カーティスに見初められるのを彼女も狙っていたのだろうということは大人になって簡単に想像がついた。
皆、彼に憧れるのだ。
年を経て、エレナは十六歳になった。
何もない村だからこそ、村人は夏になれば食料を買い占めて次の冬に備える。
そんな村人たちのために商人たちが夏の一週間ほど周辺の村に立ち寄るのだ。
その時には勇気を出してカーティスのことを尋ねて回った。
彼が命の恩人であることを説明すると皆快く色々と教えてくれた。
カーティスが首都を挟んでずっと南の方の出身であること。
彼の彫りの深い顔立ちはその地方に住む人々の特徴であること。
彼の仕事は主に首都のギルド本部が管理していること。
でも、一年に一回ロスハーゲンの街にあるダンジョンを攻略していること。
彼が自分より十八歳年上なこと。
ダンジョンの討伐で話題になったこと。
周辺の村の若者が集まるお祭りに行くより、エレナにとっては数少ないカーティスの話を聞ける機会の方がよっぽど大切だった。
そうして、カーティスが冒険者になったのと同じ年になったエレナはロスハーゲンの街で働くことを決めた。
街で働けば会えるとの確証はなかったが、どうしても行かずにはいられなかった。
両親は反対したが、十六にもなろうとしている自分の娘が周りの子のように祭りに行って誰と踊るかではなく、ずっと命の恩人のことを知りたがっていたのを見ていた。
街に行けば出会いもあって娘の気も晴れるかもしれないと渋々送り出してくれた。
村長に遠くからでもいいから彼に恩返しをしたいと言って書いてもらった紹介状を手に試験を受け、何とかギルドでの職にありつくことができた。