番外編「マーガレットの恋ー④」
ライルが無事中央に小さいが店舗を構え、ロスハーゲンと中央を行き来することが増えたころ、マーガレットはギルドの受付嬢としての仕事をこなしながら、商業用会計の試験勉強に励んでいた。
「試験まであと一週間……!」
目の前の帳簿に目を通しながら、ため息をつく。
もう、ギルドの受付としては四年目のキャリアでギルドの仕事には慣れてきたが、仕事をこなしながら勉強するのは、想像していた以上に大変だった。
だが、周りにも宣言したことで、先輩やエレナの後輩のクリスティンにも応援されながらここまで勉強することが出来た。
「絶対受かるんだから!」
応援してくれた周りのためにも、思いを新たにする。
マーガレットは、試験に向けた勉強を続けるのだった。
「はい、試験開始!」
試験官の声とともに、マーガレットは問題用紙に目を走らせた。
計算問題、財務管理、取引の記録方法――すべてが実務に直結する内容だった。
(ライルの商売の帳簿をつけてたおかげで、このあたりはスムーズね)
勉強に当たって最も役に立ったのは、ライルの商会を手伝ったことだ。
彼は、まだまだ若手ながら今年商会として登録を行った。
これまで、グレイドルの街で貯めて来たお金を資本金として、友人たちを雇っている。
中央での小さな店舗と中級都市へのロスハーゲンの商品の卸をやっていた。
鉛筆を走らせながら、マーガレットは心の中で自信を持った。
試験後、結果が発表されるまでの期間、マーガレットはライルの仕事をさらに手伝いながら、結婚のことを考え続けた。
「これが終わったら……」
口には出さないが、ライルも結婚のことを前向きに考えてくれるのではないだろうか、甘い期待に胸を膨らませる。
しかし、現実はそう簡単にはいかなかった。
試験勉強と並行して、マーガレットはライルの商売の手伝いにも本格的に関わるようになった。
「マーガレット、この取引の帳簿、ちょっと見てもらえない?」
「任せて!」
ライルの店は順調に成長しつつあったが、資金繰りや仕入れの管理はまだまだ安定しない部分もあった。
「ごめん、仕事も忙しいのに…」
「うんうん、これは自分の勉強にもなるし、ギルドでもメインの帳簿周りを担当することも増えてきて、先輩からも頼ってもらえるしいいの」
無事、試験を突破して以降、周りからの見る目も多少変わったことを感じていた。
「エレナが頑張った成果だね、僕も頑張らなきゃ」
「もう十分頑張ってるけど、身を立てるってところまで夢叶えて行こうね」
マーガレットは、自分が学んできた知識を生かして、ライルの商売の経営を陰から支えるようになった。
そして、そんな日々の中で、二人はより強い絆を育んでいった。
「お誕生日おめでとう、マーガレット。」
ライルはマーガレットのために、ささやかながらも特別なディナーを用意してくれた。
「ありがとう、ライル!」
マーガレットは満面の笑みを浮かべながら、食事を楽しんだ。
(そろそろ……結婚の話が出てもいい頃よね?)
期待を込めてライルを見つめる。
だが、最後にケーキまで出てきたが、ライルが話を切り出す気配は無かった。
ディナーも終わり、ライルが口を開く。
どこか歯切れが悪そうだった。
「マーガレット、その……結婚の話なんだけど……」
「うん?」
「もう少し、待ってくれないか?」
「………」
何か二十歳になればとの約束があったわけではないが、期待していただけにマーガレットの心臓が一瞬止まりそうになった。
「いや、誤解しないでほしい! 結婚したくないわけじゃない。ただ、店をもっとしっかり軌道に乗せてから迎えたいんだ。」
マーガレットは唇を噛んだ。
「……でも、私はずっと待ってたのよ? ライルの夢と私の目標は両立するんだって証明するだけじゃダメだった?」
ライルは申し訳なさそうにマーガレットを見つめた。
「俺も同じ気持ちだよ。でも、マーガレットがすごい頑張っているのを見てこんなにも素晴らしい人に僕は勿体ないんじゃないかって、そんな君には何の不自由もさせたくないんだ」
ズルい。
ライルだって素晴らしい人なのにマーガレットのことを持ち上げて、結婚から逃げているようにも感じた。
マーガレットは膨れっ面になったが、ライルの真剣な表情を見て、反論するのをやめた。
先ほどまでの気持ちが、本当ではないことぐらいマーガレットにも分かっている。
ライルは、真面目で慎重な人だ。
マーガレットを弄んでいるのではなく、本当に商会を建てて直ぐと言うこともあり毎日が24時間では足りない忙しさだ。
それに、マーガレットとて本当に商業用会計の試験に一発で合格するとは思えなかったのだ。難しい試験を真剣にこなす姿を見て、多少気後れしていることも、想像に難くなかった。
「……分かったわ。でも、そんなに長くは待たないからね!」
「もちろん、必ず迎えに行くよ」
ライルは力強く言った。
マーガレットは、少しだけ複雑な気持ちで二十歳の誕生日を終えた。
時は流れ、マーガレットの21歳の誕生日。
彼女はギルドの仲間やエレナたちに祝福され、賑やかな夜を過ごしていた。
相変わらず、ライルは、忙しい日々を送っていた。
中央の店舗も大分落ち着いたそうだが、最近はにロスハーゲン周辺の商品の発掘にも力を入れているようだった。
誕生日を祝ってもらい、今日は、ライルの家に集合することになっていた。
少しだけ、夜道を散策するように歩く。
ライルの家に近づくと明かりがついていない。
「まさか……」
忘れられたなんてことになれば悲しすぎる。
少しの不安を抱えながら、マーガレットは家路を急いだ。
もう、扉の前に付こうかとする瞬間、聞き覚えのある声が彼女を呼んだ。
「マーガレット!」
振り向くと、そこにいたのはライルだった。
「……ライル!」
息を切らせた彼の手には、小さな箱が握られていた。
「遅くなってごめん……ギリギリになっちゃって」
マーガレットは彼をじっと見つめた。
よく見ると、彼は商談に使う少しいいスーツを着ていた。彼と一緒に選びに行ったものだ。
ライルは一歩、彼女に近づいた。
「……マーガレット。21歳まで待たせてしまったね。」
「本当よ! もう、どれだけ待ったと思ってるの?」
マーガレットは自分がどんな顔をしているのか全く分からなかった。
ライルはそんな彼女を愛おしそうに見つめ、静かに膝をついた。
「僕はずっと考えていた。君の人生を背負う覚悟が、本当にあるのかって」
「……ライル?」
「でも、もう迷わない。マーガレット、俺と結婚してくれ
」
小さな箱が開かれると、そこにはシンプルながらも温かみのある銀の指輪が輝いていた。
マーガレットの瞳が揺れる。
「……やっと言ったわね」
彼女は涙をこぼしながら微笑んだ。
「もちろんよ、ライル!」
ライルの手が震えながら指輪を彼女の指にはめる。
二人の間に流れる静かな時間。
夜空には満天の星が輝いていた。
マーガレットとライルの結婚式の日がついに訪れた。
ロスハーゲンの街は朝から晴れ渡り、空には雲一つない青が広がっていた。
ギルドの仲間たち、商会の人々、そして街の住人たちが二人の門出を祝おうと集まっている。
マーガレットは鏡の前に立ち、自分の姿を見つめる。
「……綺麗よ、マーガレット。」
エレナが微笑みながら背後から声をかけた。
朝から、髪を結ってもらうのなど手伝って貰っていたのだ。
「そうかしら? なんだか、緊張してきちゃった……らしくないわよね」
純白のドレスに身を包んだマーガレットは、これまでにないほど神聖な雰囲気を纏っていた。自分でも少し戸惑うほど、結婚という現実がようやく実感として湧いてくる。
「うんうん、すっごく綺麗だから大丈夫。今日はマーガレットの特別な日なんだから。」
エレナはマーガレットの手を取り、優しく微笑んだ。
「さあ、ライルさんが待ってるわ」
結婚式の会場は、ギルドの庭に設けられた。
白い花で飾られたアーチの下、ライルはまっすぐマーガレットを見つめていた。
彼女がゆっくりと歩み寄ると、ライルの表情が柔らかくほどける。
「……待たせてごめんなさい」
マーガレットが小さく笑うと、ライルも優しく笑った。
「全然。すごく…綺麗だ」
ライルが感慨深げに告げた。マーガレットもはにかみながらそれに応じる。
神官が二人の前に立ち、静かに式を進める。
「マーガレット・ウィスコン、あなたはライル・エルリックと共に人生を歩むことを誓いますか?」
マーガレットは一瞬、深呼吸した。
そして、迷いなく頷く。
「はい、誓います。」
「ライル・エルリック、あなたはマーガレット・ウィスコンと共に人生を歩むことを誓いますか?」
ライルも力強く頷いた。
「誓います。」
神官が二人を見つめ、厳かに告げる。
「この誓いのもと、二人を夫婦と認めます。」
その瞬間、広場に歓声が上がった。
マーガレットの目に涙が滲む。
長いようで短い五年間だった。
皆の方を見ると父、それにエレナも涙を流している。
ライルはそっと彼女の手を握る。
「マーガレット、これからもよろしく。」
「こちらこそ。」
そして、二人は誓いの口づけを交わした。
街に響く祝福の鐘の音と、人々の祝福の声。
マーガレットは心からの幸せを感じながら、愛する人と共に新たな人生の第一歩を踏み出した。
―――
こっちかい⁈というツッコミも聞こえてきそうな番外編ですが、エレナとカーティスの話はまた書こうと思います。その時、マーガレット視点もあると面白いかもしれないですね。
余談ですが、イーサリアル・リンクという別のお話も投稿していますので、よろしくお願いします。




