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番外編「マーガレットの恋ー③」

マーガレットは十九歳になっていた。

ライルは商人として、マーガレットはギルドの受付嬢として順調にキャリアを積んでいた。


「ああー、無事財務試験終わった!」

「おめでとう、マーガレット」


ギルドの中では様々な資格試験が設けられており、受付嬢と言っても専門的な技術を身に付けることが出来る。


マーガレットは、高等教育を受けていたこともあり、会計処理は得意だった。最近では、ギルドの受付をやりながらもそちらの道にも興味を持って勉強をしていたのだ。

親友のエレナは、出身が地方と言うこともあり病院が遠かったせいか応急処置が上手かった。彼女の方は災害用の看護に関する勉強をしているようだった。

最近は、自分も試験勉強で忙しかったせいか、ライルとの間に流れていた薄い霧のような不安も無くなっていた。


今日は、マーガレットが無事試験を終えたので、ライルが市場で出来合いのお惣菜を買ってきてくれた。

普段よりも豪華な食卓にマーガレットもテンションが上がる。


結局ライルとは、特に揉めることもなく、二人の間には幸せな時間が流れているように見えた。


「久しぶりに、少しゆっくりできるわね」

「そうだね。最近は、僕も商談が立て込んでいて、なかなか時間が取れなかった」


ライルは柔らかく笑ったが、その目の奥には迷いの色が見え隠れしていた。


ただ、少し自分に余裕が出てくるとモヤモヤとした思いがどこからともなく溢れてくる。

マーガレットは、自分の中にわだかまりがあることを感じながらも、それを言葉にするのを躊躇ためらっていた。


何事もないかのように彼と話しながらも、どこか会話は上滑りしていた。



その日も友人の結婚式に駆り出される。

最近は、学生時代の友人たちが次々に結婚していく。

喜ばしいことだが、少しだけ羨ましいと思ってしまう自分がいた。


二次会には行かず、早々に披露宴を切り上げてライルの家へと行った。


「はあ、凄く綺麗な披露宴だったよ」


少しくたびれながらも今日の様子を話す。


「よかったね」と言いながら、休日だというのにせわしなく動いている。

マーガレットがテーブルをのぞき込むと、幾つもの商談資料が広げられていた。


「ねえ、ライル」


マーガレットは何気なく切り出した。


「うん?」

「結婚っとかって考えている?」


ライルの手が止まった。

そして、静かにマーガレットの顔を見つめる。


「……マーガレット。結婚のことは、考えてないわけじゃないんだ…」

「考えていないわけじゃないんだけど?」


言葉をうながすように引き取ると、ライルは少し息をついた。


「今、お店を軌道に乗せることが一番大事なんだ。君のことをないがしろにしてるわけじゃない。でも、お互い少し落ち着いてからがいいんじゃないか?」

「……つまり、お店が軌道に乗るまで、待ってくれってこと?」

「そんなつもりじゃ……」


マーガレットは、少し唇を噛んだ。


「私は、今年で十九よ?ライルの周りだって結婚している友達も多いんでしょ?」


ライルは困ったように微笑む。


「マーガレットはまだ若いし、そんなに焦らなくても……」

「ほら!またそうやって!」


マーガレットは立ち上がった。


「そんなこと言ってたら、いつまで経っても結婚できないじゃない!」


ライルは困惑した表情を見せながらも、やはり言葉を濁す。


「何よ!言いたいことがあるなら言ってよ!」


感情的になってしまった。

もっと大人なら、こういう場面でも余裕を持てるのかもしれないが、まだまだ子供なのかもしれない。


マーガレットとて、結婚をしたくて焦っているのではない。

少しの憧れと、二年も付き合って来たのだから、確かな証が欲しかったのだ。

最近は、以前にも増して忙しいライルと過ごす時間が減っていた。


マーガレットだけがライルを愛しているのではないか。そんな事はないと分かっていても不安が首をもたげる日があるのだ。


二人の間を静寂が支配する。窓からは、近所の家庭の温かい灯りが漏れているのが見えていた。


「…実は、中央に小さいけど店舗を出す話が上がっている」


その一言で、全て分かってしまった。


「…もう決めたの?」


尋ねる声は震えていた。

問いかけながらもマーガレットの中では確信していた。

もう、二年だ。大好きな彼を一番近くで応援してきたという自負がマーガレットにもある。


ライルの目は、もうすでに決意をした者の目だった。


「……ああ。やっぱり、僕は中央で挑戦したい。でも、マーガレットを連れていくのは無責任だと思っている」


マーガレットは彼の言葉を静かに噛み締めた。


「どうして?」

「中央の生活は厳しくなるかもしれない。僕の事業が軌道に乗るまで、安定した生活を送れる保証はない。マーガレットは、今の仕事が好きなんだろう? それに家族だってここならいる。僕の夢のために、その安定を捨てさせることはできない」

「……確かに、私はロスハーゲンが好き。ここを離れるのは考えたこともなかった。」


マーガレットは自分の手を握りしめながら、言葉を続けた。


「でも、ライルの夢を応援したいって思ってる。好きだから………だから…」


ライルは目を伏せ、苦笑する。


「ありがとう。でも、だからこそ難しいんだ。お互いに大事に思ってるのに、それだけじゃ解決しないこともある」


<好きだけど別れる>


そんな雰囲気が二人の間には流れていた。


マーガレットは絶対そんなことは嫌だった。

人によって様々だとは思うが、お互いに好きなのに別れると言うのは一種の逃げなのだ。


人間、誰しも傷つきたくないという思いがある。

それに、また他の人とも恋愛をすることだって可能なのだ。

だが、


「ライル、私は諦めたくないの。」

マーガレットはしっかりとライルを見つめ、強く言った。


「私たち、何も決めつける必要ないでしょ? 別れなきゃいけない理由なんて、どこにもないわ。」


ライルは微かに目を見開いた。


「でも、僕は……」

「今は、あなたの夢も私の目標も大事。でも、それが私との未来を否定する理由にはならない。ライル、あなたは私を幸せにできる自信がないって言うけど、私が幸せかどうかは私が決める」


ライルはしばらく沈黙した後、ふっと苦笑した。


「マーガレットは、ほんとに強いな」

「強くなんかないわよ。ただ、私は自分が選んだ恋を大事にしたいだけ」


マーガレットは大きく息を吸って、もう一度だけ問いかけた。


「ねえ、ライル。私たち、今すぐ答えを出さなくてもいいんじゃない?」


ライルは一瞬考えた後、ゆっくりと頷いた。


「……そうだね。マーガレットの言う通りかもしれない」

「でしょ? だから、私は私で頑張るし、あなたも夢を追えばいい。だから、結婚はあなたの夢が軌道になるまではお預けだけど、きっと何か方法がある」


マーガレットは笑顔を浮かべた。

ライルも小さく笑いながら、「ありがとう」と呟いた。



翌日、マーガレットはエレナの前で大きなため息をついた。


「ねえ、聞いてよ! 彼がね、お店始めたいから結婚は待つってことになったの!」


エレナは書類を整理しながら、ちらりとマーガレットを見る。


「マーガレット、そんなに焦らなくても……」

「もう、エレナは呑気なんだから! いくらロスハーゲンでも二十歳が適齢期、二十二になったら行き遅れって言われちゃうのよ!」


エレナは少しだけ困った顔をしたが、何も言わなかった。

マーガレットの言うことは、ある意味では間違っていない。


「でも、ライルさんはマーガレットのことを本当に大事に思ってると思うよ?」

「そりゃそうだけど!」


マーガレットはぷくっと頬を膨らませた。


「私は待つのが苦手なのはエレナも知ってるでしょ! 彼が成功するのを見守るのはいいけど、それで私がずっと待たされるのは違う」


エレナは「うん……」と相槌を打つ。


「だから、私、商業用会計の試験受けようと思う!」

「え?」

「今は、このギルドでエレナたちと働いているのが楽しいけど、将来的にはライルのことも支えられるように知識を付けたい」


マーガレットの力強い宣言に、エレナが目を見開く。


「………マーガレットは強いね」


ライルにも同じセリフを言われた。


「違うわよ。待つのが苦手って言ったでしょ?それにね、私は大切な人たちを大切にしたいの」

「…うん。凄い、すごいよマーガレット」


エレナの目が眩しいものを見るように細められた。

もう知り合って彼女も二年程経つが、浮いた話一つない彼女にも、何か抱えているものが、あるのかもしれない。


「ねえ、エレナは待つ恋ができるの?」

「……え?」


マーガレットの突然の質問に、エレナがたじろく。


「私は無理。待つだけの恋なんて辛いもん」

「……そうかもしれないね」


エレナは静かに微笑んだ。

マーガレットは彼女の表情をじっと見つめる。


「でも、待つしかできないこともあるかもしれないから…」

「そうね…けど、待つって決めたなら絶対に諦めちゃダメよ。最後の最後まで大切にしなきゃね、自分の気持ち」


エレナの瞳が揺れていた。何も言わない。


<大人の恋愛も綿菓子ぐらい甘ければいいのに。>


そんな言葉が脳内に浮かんだ。


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