(五)
その後数日も一行は問題なく足を進めた。季節の急変もなく依然として冬が続いたが、粉雪がちらつくことはあっても激しい吹雪になることはなく、馬の足はさほど速度を緩めずに北上を続けた。
国境に近づくにつれ、町から村へと人の住まう土地の規模は小さくなっていき、最後の村を抜ければもう左右に人家も田畑も無くなった。あたり一面が真っ白な色で覆われ、あるはずの道も雪の下になってしまったのか、いまはただ絹のように光る美しい雪原に、蹄の跡が南から北へと線を引いていく。
一行はラピスと二人乗りしたアネモスを先頭にし、クエルクスとヒュートスがその後ろに、最後尾を残りの二人の近衛隊員が守る形で駆けた。
「良かったのでしょうか、アネモスさんにずっとラピスを任せっきりで」
二人乗りではどうしても負担が大きい。クエルクスの体力を温存するためにも、ジノーネを出てからこの方、ずっとアネモスがラピスを自分の馬に乗せて走っていたのだ。
「ああ気にしないで。クエルクスはこのあとがあるんだし、アネモスが好きでやってるんだからさ」
馬が地を蹴る速度は速く、横切る風が耳を冷たく掠っていく。ヒュートスの声も自然と大きくなる。
「それよりクエルクス、あまり追い詰めるなよ」
「え?」
聞き返したクエルクスに、ヒュートスは明るく続ける。
「全部自分で背負おうとするなよって話だよ」
「でも、僕は」
凍てついた空気が肺を支配し、そのまま臓腑を侵食するようだ。
——一体、何のために自分はここまで来ているのか。
胸の奥が疼く。旅に出てからもう何度目だろう。
クエルクスが口を閉ざして俯いたのに気付いたのか、ヒュートスは冬の青空のように晴れやかに笑った。
「俺達が一緒にいたって、ラピス王女は本当の意味では遠慮してるよ。頼っているのはクエルクスだけなんだ。ラピス王女がお前を信じているのが明らかなんだから、あとやることは一つだろ」
クエルクスが首を傾げると、わからないか、と言いたげなしたり顔がこちらを向いた。
「クエルクス自身がどうしたいか、ってことだよ」
クエルクスは顔を前へ戻した。前を走る馬の背で長い髪が風に靡く。幼い頃から見てきた雌黄色のラピスの髪の色が、突き抜けるような青空に映える。
——自分が、どうしたいか。
胸の内で、言葉を繰り返す。
「二人ともーっ!」
大声で呼ばれて、クエルクスははっと思考から呼び戻された。アネモスがこちらを振り返って手を振っており、わぁっ、というラピスの驚嘆の声が風に乗ってくる。
「見えてきたよ!」
言われて進行方向の先へ視線をやると、見渡す限り広がっていた雪原の際、線を引いて区切ったような純白の面の上に、見たこともない鮮烈な色彩が空との間を塗り上げている。
目を凝らして見れば、それは一色ではない。赤や黄、橙、茶、一つの季節を象徴するありとあらゆる色が隣り合い、重なり、視覚の中で混ざり合う。
「さぁ、俺たちがついて来られるのもここまでだ」
雪積もる冬と隣り合わせでいて、草木凍ることなく永久の実りが約束された世界。
「秋の国だ」




