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楽園の果実  作者: 蜜柑桜
第七章 峠の一夜
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(三)

「うわぁ」

 半開きになった木戸を押して洞窟の中に入ったラピスは、中の光景を見て嘆息した。そこには狭い入り口からは想像できないほどぽっかりと広く空いた「部屋」が出来ていた。庶民向けの宿屋の一室ほどの大きさだろうか。寝台が二つほど悠々置ける奥行きがある。砂利の混じる地面には、木戸から数歩のところから奥まで厚手の織物が敷かれ、その上に様々な生活用品が整理して置かれていた。

「しっかり投宿できるように設えられていますね。落石予防まで……」

 クエルクスは腕を伸ばして頭上の岩壁に手を当てる。その指に黒い糸が食い込むのを見て、ラピスも岩壁に目の小さな網が張られているのに気がついた。

「本当ね。天井中にしっかり。洞窟の窪みもどこもかしこも活用しているし、見事な『部屋』だわ」

 ぐるりと首を回して見れば、岩壁には釘が打たれて調理器具が吊るされ、洞の隅には毛布が何枚か畳んで置かれていた。クエルクスは遠慮なく洞の中の物を手に取って検分している。

「ちょっと食料も頂くかな。干し肉と芋がある」

「お水は? 私たちが持っている分じゃそろそろ足りなくなっているわよね」

 二人が宮殿で貰った水筒は急勾配の山を登る中でもうすっかり軽くなってしまっていた。節約しながら飲んでも明日の分まで足りないだろう。

「せせらぎが聞こえましたから、水流が近いと思います。日が落ち切る前に汲んできますよ」

 不安気なラピスとは反対に、クエルクスは手際よく荷を解きながら答えると、ラピスの手から水筒を受け取る。

「ラピスはここから動かないで。追っ手が来る心配はなさそうだけれど、下手に外に出たら獣に襲われないとも限らないから」

 そう言うと、クエルクスはさっさと洞の入り口から外に出て行ってしまった。木戸の向こうにクエルクスの背中が消えるのを見送ってから、ラピスは床に広げられた荷物を眺める。

「せめてご飯くらいは用意しなきゃ、ね」

 いつもクエルクスに任せきりになるわけにはいかない。ラピスは腕を捲り、よし、と頷いた。


 


 言葉通り、クエルクスは太陽がまだ山の後ろへ姿を消す前に戻って来た。ちょうどラピスも荷物の整理と食器の用意などを整え、一区切りついた頃である。日の沈み加減からしてまだ夕餉の刻には早かったが、明朝は早くに出発したい。二人は早速、食事をとって明日に備えることにした。

 洞にあった油差しを借りてラピスが切り分けた干し肉と干し芋を炙り、出発前に城で貰った果物と共に簡単な食事を済ますと、二人はこれまた洞の中にあった火打ち石を使い、銅の筒で湯を沸かして一息ついた。

「何だか、散々な日だったわね」

 両手で持った椀からラピスは湯気の上る湯を一口飲んだ。茶こそ無かったが、非常食として持ってきた氷砂糖をひとかけ割り入れて飲むと、疲れた身体にほのかな甘味がじんわりと沁み渡る。

「国の使いとしてはやっぱりまずかったわよね」

「ラピスがそんなに気にすることはないでしょう。こちらが何を言おうが、実際に手を出したのは向こうだ」

 クエルクスはいつも通りいたって冷静だ。しかしそうは言われても、ラピスにはやはり引っかかる点があった。地図の上をなぞるクエルクスの指先を追いながら、王都での逃亡の場面を頭の中で一つ一つ辿る。退出を止めなかった王。準備の良すぎる追っ手。馬上目がけて真っ直ぐに打たれた弓矢……。

 自分が投げた矢の冷たい感触を、ラピスの手のひらが記憶している。貝の矢尻の形をまだ指が覚えている。

 胸がざわついた。

「……私がリアを離れたのは、間違いだったかしら」

「そんなことはありません」

 ぽろりと出た言葉にクエルクスが即答した。地図に落としていた視線が、今はラピスに向けられている。

「貴女は誰が何と言おうと、城を出て良かったのです」

「初めに出発を決めた時と、言っていることが違わない?」

 姫が直々に行くなんて、と渋っていた従者を思い出し、ラピスは苦笑混じりになった。

「今では正解だったと思いますよ。それよりさっさと寝ましょう。明日は下山してトーナへ入るのでしょう。ラピスの体力がもたなきゃ野宿だ」

 クエルクスは大真面目にそう言って立ち上がり、洞の隅に丸めてあった毛布を避けて、その下から薄手の布団を引き出した。

「待って」

「はい?」

 ラピスの制止に、クエルクスは引きずり出した布団を半分、宙に浮かせたままで振り返る。

「毛布もかけておいたほうがいいと思うわ。今夜は……多分冷え込むから」

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