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楽園の果実  作者: 蜜柑桜
第五章 王の求婚
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(二)

「遠路はるばる、ようこそいらした」

 王宮の広間、白い絹のひかれた長机の端と端に、クエルクスとラピス、そしてパニア王が向かい合って座っていた。高い天井から降りる煌びやかな水晶で飾られた燭台が、ずらりと並べられた食事を色鮮やかに照らす。交易の都らしく海のもの山のものが長机を覆いつくし、秋桜色に透ける盃には琥珀色の食前酒が並々と注がれていた。

「今宵は両国の友好を讃えて、存分に召し上がって頂こう。クエルクス殿、キュアノ殿、まずは無事に訪れた夏と、パニアに杯を」

 二人の名——ラピスは偽名だが——を呼ぶと王は立ち上がり、盃を目の高さへ掲げる。

「乾杯」

 口に含んだ酒は濃縮した蜜を思わせる甘さで、焼くような刺激を与えて喉を降りていく。まだ酒が飲める年齢になってほどないラピスには少し度が強い。隣のクエルクスは酒を飲んでも表情一つ変えないが、自分たちをもてなす城の主を険しい顔で見ていた。

 パニア王はまだ若い。年齢は確か、クエルクスと同じと聞いていた。熱気を帯びた夜気にふさわしく、袖の短い薄手の長衣の上に軽そうな羽織りを纏うだけの軽装であるが、光沢を帯びたそれは贅沢に明かりを灯した部屋では目に眩しい。さらに腕や指には大小の宝玉を嵌め込んだ黄金の輪を幾重にもつけており、王が身動きをするたびにぶつかり合って硬い音をたてる。

 王が身につける服飾もひどく贅を尽くしたものだが、供された食事も同様だった。とても三人で食べ切れる量ではない。しかも使われている食材は明らかに一級品だ。特に海産物など、内陸国のパニアでは輸送中に保存のきく乾物や塩蔵しか手に入らず、それらはかなりの値段であるはずだ。いくら隣国の勅使相手とはいえ、名目上は高官でもない若輩二人への待遇とはとても思えない。

「この上ない心尽くしのおもてなし、慎んで感謝申し上げます」

 無礼と言えるほどに相手を凝視しているクエルクスとは対照的に、ラピスはにこやかに微笑んだ。そして勧められるままに、切り分けられた珍味を口に運び、上品に美味を賛辞する。

「それでもよろしいのでしょうか。私共のような下賎の者が陛下と夕餉の席を共にするなど」

「何を馬鹿な。ユークレースの国王、王女両殿下の勅使とあればこそ。山海の珍味ゆえ口慣れないかもしれないが」

「一生かけても味わえないものもありましょう。勿体無いことです」

 花のような笑みを絶やさず、淑やかな挙措で食器を扱い、ラピスは嫌な顔一つせず食事を進めている。礼法の訓練の賜物か、身のこなしもクエルクスと二人の時とは大違いだ。

 腹の中に疼くものを不快に感じながら、クエルクスも燻った木の芽の肉巻きに甘辛いたれをかけたものを口に入れてみる。薬草のような香辛料がきつい。ユークレースにはない味付けだ。

「ところで、国王の容態が悪いと聞いているが」

 歯で噛んだ木の芽の苦さと王の聞き捨てならない発言に、クエルクスは咳き込みそうになる。王の病状の悪化は他国に漏らしていないはずだ。急いで水を口に含んで食べ物を喉の奥へ流し込み、そっとラピスを盗み見た。

「貴国とのこれまでと変わらぬ良好な関係には、何ら支障はございませんわ」

 ラピスは眉の高さすら変えずにいたが、食器を握る右手の人差し指が反り返っていた。

「そうか。ユークレースとの国交は我がパニアの更なる発展に不可欠であるからして。我が国の良質な染料や工芸品が他国のいずれよりも優るというのは貴国もご存知の通り。この交易の都あってこそユークレースの品々も市場を広げられるのだから……」

 自国の栄華ばかりが王の口に上り、ユークレースに対しては商売相手かつ海外の窓口としての重要性がとくとくと語られていく。政治に携わる役人ではなく、王族に仕える身でしかないクエルクスに外交の席での発言権はない。ラピスの方も頬を笑みの形から動かさず、パニア王の話を止める様子もなかった。

 その後、食事の間中、王は雄弁に語り、ラピスは当たり障りのない受け答えをし、クエルクスはひたすら出されたものを消化するのに精を出した。

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