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楽園の果実  作者: 蜜柑桜
第四章 星の転換
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(四)

「二人とも、始まるよ」

 青年の声でラピスははっと眼を覚ます。いつの間にか寝てしまったらしく、クエルクスの肩にもたれかかっていた。クエルクスも同じなのか、眼を擦っている。

 すっと背筋を伸ばして立つ青年は緊張した面持ちで、何かに身構えているかのようだ。

 待ったのは数秒か、数十秒か。

「それ」は不意に起こった。

 南の方角から旋風が空間を突き抜けた。ラピスの長い髪が風に激しく舞い上がる。毛布は翻って壁に当たり、硝子戸がカタカタっと小刻みに震える。

 一瞬の風だった。

 旋風に上っ面を撫でられた菜の花がさざめき、その音は南の方からあっという間に北へ抜けていった。三人の後方へ素早く遠ざかっていく草の揺れる音。それは瞬きの間に遠のき、再び静寂が戻る。

「ああ、やはりね」

 ラピスが突風に耐えられずにつむった眼を開けると、青年が晴れやかに微笑んで星空を見上げ、帳面の頁を次々に繰りながら鉛筆を走らせている。

「夏が来た」

 その言葉と同時に、空がたわんで歪み、大きくうねった。銀色の天が揺れ、星の光がぐわんと軌跡を描く。

「これは……」

「おっお兄さん、空が!」

 ラピスは思わずクエルクスの腕を掴んだ。

「よく見てなよ、季節の変わり目だ」

 空間が捩れて体ごと揺さぶられる感覚に気持ちが悪くなる。物理的な揺れはないのに、ラピスはクエルクスを掴む手に力を込める。

 さっきの旋風と同じく、一瞬だった。

 何かの力に縛られた体が解放されるのを感じて、恐る恐る上を見上げると、既に空には元の通り、星々が静かに瞬いていた。

「何が……起きたの……?」

 ラピスにもクエルクスにも、空には何の変化もないように見える。しかし青年は楽しそうに笑っている。

「これはなかなか、慣れないとね。空の配置が変わった。見てごらん」

 青年は東の方向、四十五度ほどの高さを示す。そこに煌々と輝くのは、先に見た橙色の星ではなく真白の大きな星だった。

「ベガだ」

 そして今度は、腕をずっと下の方へ下げていく。それを追って二人は眼を細めるが、真白のベガのように強く輝く星は見つからない。

「分かりにくいからね、左右に一つずつ。暗いけど、アルタイルが右、デネブが左だ。夏の大三角だよ」

 青年は至極当たり前のごとく述べると、帳面にシャッシャッと音を立てて線を引く。

「そんな、これが季節の変わりなんですか?」

「すごい、魔法みたい! 星読みって、本当に魔法みたいなのね!」

 にやりと笑う青年に対して、二者二様の叫び声が上がる。青年は感嘆を漏らし星々を仰ぎ見る二人を満足そうに眺めると、年長者らしく階下への入り口を開けて促した。

「さあさ、満足したら二人とも。明日出掛けるのに祟るよ。もう寝た寝た」

 そうして青年が二人を追い立てている、その時だった。

 上空から空気を切る音がし、何かと振り返るその間も無く一頭の大鷲が凄まじい速さで急降下してきた。驚きで固まったラピスをクエルクスが庇って上から抱く。大鷲は二人を目掛けて矢の如く近付き、クエルクスはラピスを抱いたまま転げるように階下への階段をなだれ落ちた。青年がその後に続いて飛び降り、鷲が屋内に突っ込んできそうになるすんでのところで戸を閉めた。

「クエル! クエルクス! 大丈夫なのっ⁉︎」

 ラピスを抱いたまま、クエルクスは飛び降りたその姿勢で廊下にうずくまっている。

「だい、じょう……っ……ラピス、怪我は」

「私はいいから退きなさい!」

「ちょっと見せてみろ」

 駆け寄った青年がクエルクスをラピスから引き離した。

「遅かったか……服が裂かれてる。部屋に戻って傷、確かめるぞ」

 青年がクエルクスの腕を自分の肩に回して持ち上げるのを見ながら、ラピスは細かい震えが止まらなかった。

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