調教師
冬になって最近は週に3回坂路と屋内周回コースを併用して走らされている。
正直みんな走るの遅すぎてかなり手加減をしながら走っている。物凄いストレスだよほんとに。
ひとつ変わったことといえば月に一回俺が将来入る厩舎の調教師が俺を見に来る。ほしなというらしい。多分漢字は保科だろうな。
見に来る時はいつもより走る気がなさそうに走っている。
はるきさんが苦笑いで保科調教師となんか話しているが、気にしないでおこう。
それ以外は特に秋と変わらずに、過ごしている。
そうして今日は坂路の日なので鞍を乗っけられ、あかねちゃんが跨る。
「今日久々に君に乗るわー!てか調教師さん来てる前で乗るの超緊張するんだけど…」と寒さで口をガタガタ震わせながらあかねちゃんが言う。
俺は単純なので女の子が跨る時はなんの悪さもしないと決めているし、あかねちゃんは3人いる女の子の中でも特にお気に入りだ。落馬なんて絶対させない。
今日は六頭で集団を組んで走るようで俺はいつもと違い先頭にいた。
「あかねー、今日ちょっと強めで坂路と周回やるから」
俺と併せて歩く顔に太い白い線のようなものがあるド派手な鹿毛の馬の馬上からゆーさくが話しかけてくる
「はい、頑張ります!」
よりによってめんどくさい早いタイム出す日だ。しかも今日は先頭走らされるからめちゃくちゃだるい。
そうして坂路前について常歩で周回をする。
だんだん専門用語も覚えてきて次はジョギングのダク。その次に軽く走るキャンターをする指示を受けていた。
それを俺は忠実に守りダク坂路を登る。
少し息が上がってきたが問題は無い。
キャンターへと移ると風を切る感覚が出てきた。
今日はいつもみたいにペースを抑える必要は無いので思いっきりストライドを伸ばして走る。一気に横の馬を置き去りにして前へと行く。
「えっちょっ、速いってー!!」
上からあかねちゃんの悲鳴が聞こえてきたのでペースを少し落とす。
ダントツで坂路の終着地点へと辿り着いた。5秒ほど遅れて他の馬たちも続々と到着した。
「そいつやばいな。どう考えてもおっきいとこ勝てるだろ」
「反応良すぎますよ…一歳馬でここまで速いとかちょっと怖いですよ」
驚きと喜びが混じったような声でゆーさくと話している。
いや他が遅いだけだろ。そう思いながらも褒められるのは悪くは無い。
そうしてダクと常歩で坂路を下ると保科さんと別れたのかニコニコ笑顔のはるきさんがいた。
「それ今日ステッキ使ったの?」
「いや使ってないです。勝手に脚入れたら行きました。ちょっと怖いですこの子」
「ラスト一ハロン流して15秒だったから多分13、14は出てるぞ。そいつ」
「ひえー私にはちょっと荷が重いくらいの馬ですよ…」
そんな会話を聞いた後、周回コースでサラッと流しながら右左3周回して洗い場へと帰る。
寒くなってきたので最近はかなり暖かいお湯で体を洗われる。正直温泉とか入りたいが馬用のなんてあるのかな。
そして洗い終わると寒空の中個人的には1番の地獄のウォーキングマシンに入る。
どっかから脱走したいなと思いながらも結局30分ほど歩いて馬房へと帰る。
以前よりも疲れることが無くなり、餌を食べてゴロゴロして寝落ちというのがルーティンになっている。
こしあんが坂路で驚かせる少し前、保科調教師が来場していた。
「遥輝くん。あの馬ほんとに走るの?体は貧相で血統もディープボールドだし、うちにも馬房の数あるんだから隣のブラック産駒寄越して欲しいくらいだよ」
嫌味な先生で俺は好きじゃない。
「でも手がかからなくて聞き分けもいいですからなんの不満も今の段階では無いですよ」
自分の子がバカにされたようで笑みは浮かべるが内心は思いっきりキレたい。
なんでこいつの厩舎にこしあん行くんだろ。飼い殺しみたいになるだろ。
「ふーん、まあタイムオーバーにならなければ良いし掲示板乗ったら万々歳だと思って行くよ。それよりもサルダーニャの子を見たいからここで失礼するよ」
「えっ、調教見ていかないんですか?」
「将来厩舎に入る馬が遅れるところなんて見たくないからね。失礼するよ」
なんだこいつぶん殴ってやろうか。
「分かりました、またのご来場お待ちしております」
そうして車に保科調教師が乗り込んで去っていった。
「なんだよアイツ腹立つな!」
そうしてストレスをぶちまけるのだった。
そうして調教後に戻る。
想像以上だった。まさかこしあんがあそこまで動くとは。あの時のイライラが全部吹き飛んだ。
茜と手が合うのかもしれないが、だとしてもあそこまでタイムが出るのは予想外だった。
「1000万は少なすぎたかなぁ」そう呟いた。
少しペース遅いかなと思うのでちょっと話の流れ早めにします。
こんな嫌味な人は実際居ません。フィクションなので。坂路走って来たらと言われたことはあります。