ジャパンカップレース前
「…リアン、起きて!着いたよ〜」
どうやら寝ていたようだ。昨日の考え事を輸送中しているうちに意識が飛ぶ。よくある事だ。
のびーっと体を伸ばして馬運車から降りる。
府中の空を見る。懐かしいな、人の頃両親に連れられて来たことのある場所だ。
馬房に入ると早速寝転んで横になる。
ずっと考えていたが走るのはそこそこにする。大差の最下位じゃなきゃ別に手を抜いてるとバレないだろ。
今回は18頭中15着を狙う。うんこれで完璧だ。
東京競馬場はやっぱりうるさいな。ずっと歓声が聞こえるし、車の音も止まることがない。
やっぱり懐かしさを感じる町に来るのはいいな。
少し暑いけど寝心地はいいし、悪くないかもしれない。
レース当日になるとみなちゃんがワタワタと忙しそうに動いている。それを見ながら勝負飼葉を食べてレースに備える。
ひとレースごとに大歓声が上がっていてその感性も段々と大きくなっている。
レース前に曳かれて厩舎前をぐるぐるしているから尚更声も聞こえやすい。
「やっぱり東京は凄いや、盛岡だったら考えられないよ〜」
装鞍所集合時間前となり、スーツ姿のみなちゃんと装鞍所へと向かう。
既にジャパンカップに出る馬が検量を始めている。
俺の体重は500kgと過去最高体重だった。
お、カゼノバーリライもいるじゃん中央来たら毎回いるしイツメンだなお前。
「うわぁーすごい!あの芦毛がネビュラゴーストで、青毛がシャドウライダー、鹿毛のあの子がユーログルーヴだよー!」
目を輝かせたみなちゃんがいる。
やっぱりみなちゃんは競馬が好きだろうな。伝わってくるよ。
海外馬も来たようで外国のスラッとした体型の人達が馬を引いて向かってくる。
日本馬よりガッチリとした筋肉質でどちらかと言えばダートのような体つきをしている。
その中でも一際目を引くのはのっそりと歩く、鹿毛で稲妻のような流星を額に持つ馬。あれがアルカディアンドリームか。
気合いが入って居ないんじゃないかと言うくらいのほほんとゆっくり歩いている。
他の2頭は目が血走っていて今にも噛みつきそうな顔をしている。
正直凱旋門賞を勝ったとは思えない程の大人しさだが、体つきは彫刻のように無駄がない体をしている。
「いやー負けらんないよ、頑張ろうねー」
まあ今回はそこそこで走るよ。
みなちゃんは馬装が早いので3番のゼッケンをつけて曳き運動をしてレースに備える。
やっぱり歓声が聞こえるからか、テンションが高い馬が多い。特に4番のゼッケンを着けた外国馬のブリリアントブレイズがうるさい。
日本馬だと2番のシャドウライダーと9番のネビュラゴースト、16番のミスティクフレイム辺りだろう。
最悪だうるさい馬に挟まれている。やっぱり強い馬はうるさいのかもしれないな。
パドックに向かう時間になり、ダイヤモンドストームを先頭に向かう。
シャドウライダーは尻っぱねしてくるし、後ろのブリリアントブレイズは立ち上がるし走るしですげえ怖い。同時にイライラもしてくる。
「流石に蹴られそうで怖いね、なんでこの枠なんだよー」
泣きそうな声のみなちゃん。ほんとだよ。レース関係なかったら1発蹴り入れに行っていただろう。
「You are noisy! Be quiet please!」
どうやら後ろの曳き手も大変みたいだ。
パドックに出るとたくさんの人が真剣な目で俺らを見る。
人数も菊花賞の時より多く見える。東京競馬場の方がでかそうだしな。
最前列にいる人はずっとカメラを向けてきたのか顔には疲れの色が見える。大変そうだ。
しばらくパドックを周回すると、ブリリアントブレイズは少しは落ち着いてきたみたいで一安心だ。
シャドウライダーは相変わらず尻っぱねをして蹴ろうとしてくる。
イライラするなぁこいつ本当に。
人気を見ると5番のアルカディアンドリームが2.5倍で1番人気、9番ネビュラゴーストは4.9倍、2番のシャドウライダーとミスティクフレイムは8.6倍の3番人気タイでそれ以降は10倍以上。俺は7番人気21.6倍だった。
イライラを抱えながら歩いていると「とまーれ!」の号令が聞こえた。
俺はピタッと止まり走ってくるゆっきーを待つ。
「どう?美奈ちゃん。前だいぶうるさいけどこいつなんもない?」
「リアンじゃなかったら結構危ないくらい暴れられたから怖かったよ〜」
「偉いな。あとはレースに出てだから頑張ろう」
地下馬道を通って本馬場へと向かうと顔を出した瞬間大歓声に包まれた。
「こんなに沢山のお客さん来てるとテンション上がるよな。少しでもいい所見せてやりたい」
まあ確かにこれはテンション上がるわ。シャドウライダーなんてとんでもない暴れっぷりだ。
芝に入り返し馬を行う。
シャドウライダーは手綱を離された途端に後ろの俺に向けてバックしてきた。
やばい。本能的に顔を逸らしたことで顔面へのキックは免れた。観客席は怒号と悲鳴が飛ぶ。
「おい!危ないだろ!本当にすまん!」
シャドウライダーの肩に鞭を打ち脚で叱る。
「当たってないよなお前」
俺の顔を見て何も無いことに安心するゆっきー。
「良かった。じゃあ返し馬行こうか」
キャンターを下ろすと素晴らしいストライドで調子がいい事が分かる。
「いやぁこれチャンスあるだろ」
いや走る気自体はあんまり無いからなぁ…
そしてスタンド前に着くとザワザワとした異様な空気を感じる。
ゲートがこのスタンド前にあるのが少し不安だ。隣がただでさえもうるさいのに更にうるさくなりそうだ。
案の定シャドウライダーは速歩をしている。ブリリアントブレイズも目が血走っている。
あーこれまずいやつだ…
「ゲート出て寄れてこないといいけどな。まあこればっかりは頼むしかないな」
ゆっきーも隣の馬がやばいのは感じているみたいだ。
時間になりファンファーレが鳴る。俺でも聞いたことのあるGIファンファーレだ。
観客が声を出す度に他馬もうるさくする。中には走り出す馬もいる。
奇数番号の俺は先にゲート入れられて待機する。
「よーし偉いぞ。隣入るまではリラックスしとけよ」
もちろんそのつもりだ。
偶数番号の馬が入る。シャドウライダーは枠にすんなり入るものの、立ち上がる。ブリリアントブレイズは枠入りをゴネていて入らない。
マジかよ、隣怖いから早く入ってくれよ。
ゴネている間も隣のシャドウライダーは立ち上がってこっちを睨み付けてくる。
なんかまたイライラしてきた。お前喧嘩するか?
俺も肩をシャドウライダーの方へとぶつけてイライラを伝える。
「おい、やめとけよ」
ゆっきーに言われてやめるがイライラはずっとしている。
ブリリアントブレイズが目隠しをされてようやく入った。
そして最後にユーログルーヴがゲートに入り準備は終わった。
ガシャンとジャパンカップのゲートが開かれた。




