輸送と経験
「おはよ、金曜日の昼に輸送ってなかなかないよね。私いつもはお昼寝してるからちょっと眠いよ〜」
その時間に寝てるのニート時代の俺だけだと思ってたらこの業種の人もそうなんだな。
でもまあ盛岡から京都だしやっぱり遠いな。
あれ、ゆっきーお見送りにはだいたいいるのにどこ行ってるんだ?
「あれ裕貴探してる?裕貴と村上先生はもう先に京都行ってるから私達が追いつかなきゃなんだよ〜」
なるほどな。これでゆっきー観光とかしてたらぶっ飛ばす。
「なんかね、村上先生が裕貴をリアンのレース前に乗せたいからって中央の知り合いの馬主さんに頼んで乗せてもらえるの。だからもう競馬場行ってるよ。春樹さんとこのクラブの馬も2頭乗せてもらえるからトータル6鞍も貰えてるんだよ〜」
初めての競馬場は経験を積んだ方がいいもんな。にしても良い上司だな村上のじいちゃん。
「さーて準備出来たし私たちも行くよレッツ京都〜!」
おー!と心の中で返事をしてあげる。なんかみなちゃん緊張しすぎて空回りしてないか…?
京都競馬場はやっぱりデカイな。カラッとした秋晴れだ。
京都競馬場で乗れるし本当に楽しみだ。それも村上先生のおかげだから答えるしかない。
この前のレース後検量室近くでチラッと聞こえちゃったからな。
「…本当ですか!?吉岡さん、裕貴乗せたいという私のわがままを聞いていただきありがとうございます」
「いやいいんだよ。村上さんには昔お世話になったからね。それにしてもこんな感じで頼ってくれたの初めてじゃない?またなんかあったら言ってよ。力になるから」
「心強いです。あいつはいずれ盛岡を背負う自慢の弟子なので…」
そんな会話を聞いちゃったら頑張るしかない。
村上先生のおかげで京都で6鞍も貰えたんだからひとつでも上の着順取らないと。
「裕貴、今週乗せてもらえる調教師さんと馬主さんに挨拶行くぞ」
「はい!村上先生ありがとうございます」
「ほんとだよ、これで結果出せなかったら困るから全力で乗れよ」
言い方はぶっきらぼうだから良い先生の元で騎手やれてよかった。
「…明日よろしくお願いします。全力で乗ります!」
最後の調教師さんに挨拶を終えてレースに備えるために筋トレしながら馬の分析をする。
「…うーん、こいつ手前変えるの下手くそだから外目回さないと行けないな。どうしよう」
そんなつぶやきが延々と部屋から出ていた。
いよいよ菊花賞の前日。やることはやったし今日の4鞍頑張るぞ。
まず1レース目は2歳未勝利ダート1800mだ。乗る馬は栗毛のシュタインズライフで14頭中8番人気の穴馬だ。
チャンスはあるかと言われたら正直厳しい。1番人気が抜けて強いからな。でもこいつゲートは良い外枠だから差し馬だけど思い切って先行してやろうか。
「馬主さんは裕貴君に任せるって言ってたから。私から言えるのは考えすぎないでゲート出たなりでも何とかなるから」
調教師の真柴先生からのアドバイスだ。次のレースにも乗せてもらう。
「分かりました。着拾いじゃなく、勝ちに行きます」
「そのくらい貪欲でいいよ。包まれたりしたら流石に怒るけど、勝ちに行く競馬して負けるのは怒らないから。とりあえず楽しんで」
「ありがとうございます。行ってきます」
返し馬の雰囲気は良さそうだ。
色々な騎手の方が話しかけてくれて緊張もほぐれてきた。
よーしやってやるぞ。
ゲートが開くと予想通り素晴らしいスタートだった。
なんでみんな下げるんだろう。馬なりで走ればいい走りするじゃん。
1倍台の1番人気のアメリカンシルバは2馬身離れた3番手だ。
これスローにしたら切れ負けるし息入れつつ5F1分位のミドルからハイペースくらい狙っていこう。
向正面の終わりの方で競ってきているが、負かすために行くしかない。
この馬意外と坂もいいな。
そして3コーナーの緩やかな下り坂を下ってスピードを付ける。
あ、これスピード付けすぎたら膨れるわ。菊花賞は気を付けないとな。
直線に向くとアメリカンシルバにはまだ3馬身差がある。
これは貰ったと思ったがそこは地力が違うようで残り200mで苦しくなったところを交わされてしまう。
そこから外の追い込み馬にも抜かされ、3着入線で京都競馬場での初レースを終えた。
まあまあ及第点だが最後交わされたの悔しいな。
引き上げると「まあいいんじゃない。及第点以上の競馬だし、負かせに行った結果苦しくなっただけだから気にしないで」
めちゃくちゃいい先生じゃないか…残り3レースも頑張るぞ!
そう思っていたがその後は13番人気15着、5番人気9着となかなか上手くいかない。
そして今日最後の鞍12レース4歳以上2勝クラス芝1400mだ。
騎乗するのは保科先生の管理する芦毛のファストライド。2番人気で今日乗る騎乗馬で1番人気が高い馬だ。
「まあ、着拾えるから。スタート出遅れたらこいつ逃げ馬だし終わるからな。そこだけ気をつけて後は仕掛けどころミスるなよ」
うぅ…オーダーが細かいし、今までの先生よりも威圧感がある。まあ去年の凱旋門賞3着馬排出してる名門だしそれはそうか。
「はい、頑張ります。よろしくお願いします」
「結果で見せて」
取っ付きにくいなぁ…
そうして返し馬の雰囲気も良く、スタート決めれたら五分以上の勝負はできるだろうと思う。
勝って明日にいい雰囲気で望めるようにやるぞ!
そうしてゲートにもすんなり入る。
スタートすると馬が躓いてしまい、落馬してしまった。
あーやらかした。そう青い空を見ながら思う。
その後保科先生に大激怒されたのは言うまでも無い。
菊花賞に向けて悪いイメージになっちゃったよ…そう肩を落とした京都競馬初日だった。




