朝日杯セントライト記念
「ふう、緊張するな〜」
セントライト記念の装鞍所でみなちゃんがスーツでガチガチになっていた。
「もう放馬とかさせちゃったらと思うとそれだけで吐きそうだよ〜」
まあ周りのやつあんだけ暴れてるしなぁ…
まあ今付けてるゼッケンは9番で外の方だからスタート決めないとな。
「弱気じゃダメだよね!頑張ろう〜!」
気丈に振舞っているみなちゃんも可愛い。
「まあ相手は今日はダービー2着馬の2番カゼノバーリライとか、6番の重賞2勝馬ステイブルフェスタ、あとは13番の4連勝中の上がり馬アランエスケープくらいかな」
カゼノバーリライはインペリアルロードのダービー観てたから聞いたことあるな。ステイブルフェスタはどうだったか忘れたけど。
他にもダービーで聞いたことのある名前がいるからテレビの前のスターがいる感覚だ。
やっぱり1頭1頭の筋肉の付き方すごいし勝てるのかと不安になる。
「そんな他の子ジロジロ見ないの〜」
キョロキョロと周りを見て相手を見ているとみなちゃんが笑いながら話しかけてきた。
「よーしそろそろ時間だし行こっか〜」
前の馬が暴れているのでゆっくり歩きながら進む。
パドックに出ると、今までのとは比べ物にならないくらいの人で溢れかえっていた。
歩いている馬たちは慣れているのか落ち着いて歩いている馬が大半だ。
やっぱり慣れはあるなぁ。盛岡の何倍入ってんだってくらいだよ
まあ普通に軽く周りを見ながら落ち着いて歩く。
オッズを見るとカゼノバーリライは2.3倍、アランエスケープは3.4倍、ステイブルフェスタ6.8倍と3頭が1倍台で俺は19.1倍の5番人気だった。
俺の前を歩いてる芦毛のエノシマが4番人気みたいだ。
あんだけ暴れてんのによくかけれるよな。俺じゃあ怖くて無理だ。
やっぱりカゼノバーリライは鹿毛の馬体が光っている素晴らしい好馬体の持ち主だ。一線級なのも頷ける。そして何より前髪が長くてイケメンだ。
アランエスケープは流星のある栗毛で見栄えするし、ステイブルフェスタも綺麗な鹿毛で血管が沢山見えるほど皮膚が薄い。
さすが中央競馬の馬って感じだ。
「流石にレベル高いね〜」
まあ走るのは決まっているのでやるしかないな。
時間になり騎手が騎乗する。
ゆっきーがやって来た。
「美奈ちゃん、ごめん俺めっちゃ吐きそう」
「大丈夫、私も吐きそうだから、そんな顔しないで〜」
そうしてゆっきーがポーンと俺の上に乗る。
「2人とも田舎者みたいに見られるからやめなさい、裕貴やっぱり今日は控えてもいいよ。負けても経験だから」
「ふう、まあ先生。次に繋がるレースしてきます」
「今日の結果はどん詰まり以外は何も言わないから楽しんで来なさい」
「了解です。リアン、控えの競馬になるけど頑張ろうな。あとお前の生産者のご夫妻来てるからいい所見せつけてやろう」
おお、来てるのか。じゃあ尚更いいとこ見せないとな。
そうして本馬場へ行くと大きな歓声が上がる。
「じゃあ頑張ってねリアン」
みなちゃんとはここでお別れなので速歩で歩く。
じっくりとスタンドを見るためにスタンド前へ行くと声やシャッターの音が聞こえる。
こんな人のいるところで走れるなんてな。半年前じゃ考えれなかったよ。
「よーし、1発かましますか」
キャンターを始めると大きな歓声が上がった。
なんか気持ちがいい。頑張ろうって思える。
そうして他の馬と合流すると目の色の変わった馬たちが周回している。
正直怖いと言うのが本音だ。戦闘モードに入っている。
「裕貴くん、それ盛岡でレコードと大差で圧勝してる奴でしょ?」
話しかけてきた方を見るとカゼノバーリライに乗っている騎手だ。それに俺でも知っているレジェンドジョッキーの滝騎手だ。
「そうです。お願いします」
「いや地方とは思えんくらいええ馬やね。いい勝負にしよか」
「はい、頑張ります」
ステイブルフェスタの鞍上には、あの横宮が居る。またかよ。俺のストーカーか?
「滝さん、それ結構速いですよ。新馬で戦った時びっくりしましたもん」
「そんな凄いんか。楽しみだわ」
ハードル上げられすぎだよ…凡走できねえじゃん。
時間になりゲート裏へと移動する。
「よし、リアンゲートまで大人しくしててね〜」
みなちゃんがまた合流してゲートまで曳き馬をしてくれる。
まあ他はうるさいけどそんなに気にしないでおこう。
ゲート裏に来てしばらくするとファンファーレが鳴り、観客のボルテージは最高潮に達する。
これは上がるわ。俺もテンション上がりそうだもん。
俺は奇数なので先にゲートに入って待っている。
「リアン、無事に勝ってきてね〜」
「任せてよ。俺らで勝ちに行くから。リアン控えて外回すぞ」
逃げないのか、了解だよ。
そうして最後の1頭が入りスタートが切られた。
予想に反してエノシマが好スタートを決めて押して押して先頭へ行く。
これは逃げの手で行ったらまずかったかもしれない。
アランエスケープも俺の外から逃げていく。こいつも速いな。
やっぱり全体的にペースが早い。
俺は15頭中の10番手くらいに付けている。
予定通り外は回せている。それにカゼノバーリライを見れる位置で絶好位とも言えるだろう。
向正面に入るとペースが落ち着きまだ走りやすくなった。
アランエスケープが逃げてエノシマが単独の2番手で他は2馬身くらい空いて俺らの中団、俺より後ろは多分気にしなくていいな。
3コーナーに入るところでペースが上がる。
俺もゆっきーに手綱で促されて前へと進んでいく。
ここでエノシマが落ちてきたのが横目で見える。
ステイブルフェスタは逃げたアランエスケープのすぐ後ろに、カゼノバーリライは馬の間を突こうとしている。
4コーナーを曲がって最後の直線に入るところでエノシマがよれて来て俺の内3頭がこっちに寄ってくる。
弾き出される感じになった。再度スピードを上げて直線に向く。7番手と言ったところだろうか。
このまま行けばカゼノバーリライは伸びがいいので届くかは微妙だがアランエスケープ達には届きそうだ。
流石に息がきつくなってきたところでこの急な上り坂。
ただ他の馬もそれは同様で坂でスピードが落ちる。
アランエスケープとステイブルフェスタは抜いた。後は2馬身前にいるカゼノバーリライだけだ。
並んだところでカゼノバーリライもきつくなってきたようで外にヨレてくる。ぶつかって来たので負けじと押し返す。
しかしそれでスイッチが入ったのか、少し離されて半馬身先行された併せ馬の形になり追い比べになった。
「リアン!行けるぞ!踏ん張れ!」
最後の力を出してもうひと伸びする。
クビ差捉えきったところがゴールだった。
「しゃあ!!!」
大きく首筋を叩いて俺を労ってくれる。
「リアンありがとう!行くぞ菊花賞!」
スタンドに向けて大きなガッツポーズを見せるゆっきー。
初めて見たくらい喜んでいる。
「おめでとう。さっきすまんな。いや、強いねその馬。勝ったと思ったけどもうひと伸び良くしてきた」
「ありがとうございます。すみません、さっきぶつけ合っちゃって。でもこの勝負根性がいいんですよね」
「正直盛岡の馬ってことで侮ってたわ。盛岡の馬強いわ」
「本当ですか!それを見せるために来たので嬉しいです」
そうして滝騎手はベタ褒めで引き上げて行った。
「本番楽しみになったわ、おめでとう」
「あ、横宮さん。ありがとうございます」
「新馬の時より超強くなったな、菊花賞待ってるよ」
「またその時はお願いします」
そうして1番最後にゆっくりと帰る。
「リアン、次は京都の3000だけど走ろうな」
3000mかよ…2200mですらもうキツいのに…まあインペリアルロードにひとつかましてやりますか。




