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恋愛もの

幼い頃に結婚の約束をした相手は、魔王の娘でした。~ダーリン大好きと言われても恐怖しか感じません~

作者: たこす

 あれはいつの事だっただろう──。



「大きくなったらタリヤくんのお嫁さんになるー!」



 黒髪の女の子がにへらと笑いながら僕に抱き着いてそんなことを言っていた。


 同い年くらいの子からそんなこと言われた僕は有頂天になって

「じゃあ大きくなったら結婚しよーね」

 と適当な口約束を交わした。


「うん! 絶対だよ!」

「うん、絶対」

「へへへ」


 嬉しそうに抱き着くその子の姿に、近くで見ていた彼女の父親が優しく言っていたのを覚えている。


「シャナは本当にタリヤくんが好きなんだな」

「うん! 大好き! お父様と同じくらい大好き!」

「ははは、そうかそうか。タリヤくん、大きくなったら娘を頼んでもいいかい?」

「うん! 僕、絶対シャナちゃんを守る! 幸せにする!」

「それは心強いな」

「シャナちゃん。君は僕が守るからね」

「うん! タリヤくん!」



 あの時の笑顔を僕は忘れない。

 嬉しそうに笑って、幸せそうな顔をする彼女の姿を。


「約束だよ!」


 そう言って指切りしたのがまるで昨日のことのようだ。



 あれは夢か幻か。


 夢…………であってほしい。




「ダーリン。約束を果たしに来たぞ」




 かつて結婚すると約束した相手が、村にやってきた。

 大量の魔族を引き連れて。


「喜べ、今日から貴様は魔界の王だ」


 シャナちゃんは魔王の娘だった。


 どうやら夢ではなかった……………らしい。



     ◇



「はい、ダーリン。あーん♡」


 シャナちゃんはそう言ってフォークにつき刺さったサラダを僕に押し付けてきた。

 場所はこじんまりした僕の家。

 小さなテーブルを挟んで向かいに魔王の娘が座っている。

 そしてその背後には数人(数匹?)の悪魔たち。

 スーツを着てそれなりに人の身なりを装っているが、その顔は本で見る悪魔そのもの。角なんて生えててめっちゃ怖い。


「もう、ダーリン! どこ見てるの!」


 僕が悪魔たちに目をうつしてるもんだから、シャナちゃんがダン! とテーブルを叩いた。

 その弾みでテーブルの端が欠ける。

 怖えぇ……。


「せっかくダーリンのために作ったんだよ?」


 作ったも何も、レタスを水で洗って手でむいただけだよね?


「食べたくないの?」

「い、いえ、いただきます……」


 ってか、味噌もマヨネーズもないのかよ。

 僕は口を開けて突き出されたフォークからレタスを頬張った。


「んふふ。美味しい?」

「は、はい、おいひいでふ……」


 レタスの味しかしません。


「よかった~♡」


 そう言ってどっさりとどこからともなく大量のレタスを取り出す。


「ダーリンのためにたくさん仕入れてきたの。いっぱい食べてね♡」


 ……見るだけで吐きそうです。

 すると僕の身を案じたのか背後の悪魔の一人が声をかけた。


「シャナ様。さすがにレタスだけでは栄養が偏ります。せめて他のお野菜もご用意されたほうが……」


 瞬間、背後の悪魔の姿が消えた。

 否。

 壁に吹き飛ばされていた。


 どうやら彼女の裏拳の直撃を食らったらしい。

 や、やべーよこの女……。

 幸い悪魔は死んではいないようだった。

 伸びてはいるが。

 他の悪魔たちが「ガザエル様! お気を確かに!」と抱きかかえている。


 シャナちゃんは冷淡な目で背後にいた悪魔たちに言った。


「わらわがダーリンのために考えた料理だ。口を出すな、下郎げろう

「は、はいいぃッ!!」


 可哀そうなくらい縮こまっている。

 まあ、悪魔らしいといえば悪魔らしい上下関係だけど。

 ってか、これは料理なのか?


 シャナちゃんは改めて僕の方に向き直って「はい、ダーリン。あーん♡」ともう一枚のレタスを差し出した。


 ……いや、もうお腹いっぱいです。




 そもそも、なんで魔界の王の娘が僕の家にいるのかというと。

 事の発端は彼女が僕を迎えにきたことによる。


 小さい頃の約束。

 お互い結婚しようと言い合ったのを覚えていた彼女は、庭の草むしりをしていた僕の前に婚姻届けを持って突然現れた。



「さあ! 魔界で式をあげようぞ!」



 そう言った時の彼女と僕の温度差を考えて欲しい。

 彼女は幸せに満ち溢れた嬉しそうな顔。

 対する僕は何が何やらわからない顔。


 金髪レオタードという、ナイスバディなお姉さんがゾロゾロと黒づくめのお兄さんたちを従えて僕の前に現れたのだ。

 恐怖以外の何物でもない。



「どうしたのだ、ダーリン。嬉しさのあまり固まったか?」

「い、いや……えーと……どちら様ですか?」



 この時の僕の言葉は世界を滅ぼしかねない勢いだった。

 僕の言葉にシャナちゃんは全身を震え上がらせ、どす黒いオーラを噴出させ、辺り一面を闇へと変えた。


「…………よ、よく聞こえんかったが? どちら様と言ったのかの?」


 お花畑が見えた気がした。


 僕の一言でこんなに怒るとは思わず、背後に控えた黒づくめのお兄さんたちも

「シャナ様! どうか気をお静めください!」

 と懇願していた。


 何人かは僕に向かって「シャナ様! シャナ様!」と口パクで名前を伝えようと必死だった。

 そこでようやく僕はシャナという名前を思い出した。


「シ、シャナちゃん? シャナちゃんなの?」


 ヤバい女──シャナちゃんは僕の言葉に顔を輝かせて「そうだ、シャナだ!」と嬉しそうに笑った。


「ああ! 会いたかったぞ、ダーリン!」


 たわわなお胸を押し付けて、僕の顔をギュッと抱きしめてきた。

 怖かった。

 幸せよりも恐怖しか感じなかった。


「ダーリンも会いたかったであろう?」


 ぶっちゃけ忘れてました、なんて言おうものなら世界の半分が消滅していたかもしれない。


「も、もちろん!」と僕は頷いた。


「ああ! 嬉しい!」


 シャナちゃんはそう言って僕が気絶するまで抱き締めて、今に至る。





「はい、ダーリン。あーん♡」

「あ、あーん……」


 水で洗っただけのレタスを食べさせられ、もとい押し込まれ、シャクシャクシャクシャクと口を動かす。

 ……なんだか餌付けされてる気分だ。


「ね、ねえ、シャナちゃん」


 これ以上レタスを押し込まれないよう、十分咀嚼しながら僕は尋ねた。


「なあに? ダーリン」

「あのさ……。シャナちゃんは僕の両親に会うためにここにいるんだよね?」

「うん、そうだよ!」


 そう、彼女がここにいる理由。

 それは僕の両親と会うためだ。



 なんでも魔界の婚姻届には証人の直筆のサインが必要なんだそうで、それは縁故のある者でないとダメなんだという。

 このあたりは人間界と変わらないけれど、魔界にもそんなルールがあるということに驚いた。

 魔界と言うからてっきり強いもの同士が好き勝手暴れまわって、気に入った相手には問答無用で「お前、オレの嫁な」とか言ってると思ってたのに。

 まあ、そんな世界だったら今ごろ僕も連れ去られてただろうけど。



「その……、知ってるかもしれないけど僕の両親、世界中飛び回ってるからいつ帰ってくるかわからないよ?」


 僕の両親は普段は家にいない。

 トレジャーハンターだかなんだかをしているらしく、家を空ける時は平気で数ヶ月帰ってこない。

 たまに帰ってきたかと思えば「ドラゴンの角だ」とか「悪魔の爪だ」とか訳の分からない物を持ってきて売りに行ってる。

 まあ、それが尋常じゃない値段で取引されてるみたいなので生活に困ってはいないのだけれど。


 今回も、二人が家を出たのはまだ数週間前。

 しばらくは帰ってこない確率が高い。



 でもシャナちゃんはそんな僕の言葉に「そんなこと」と笑って答えた。


「わらわはダーリンと一緒にいられればそれでいいの♡」


 なぜだろう。

 セリフはすごくいいのに冷や汗が止まらない。


「ダーリンもわらわと一緒で嬉しいでしょ?」


 もはや「うん」と答えるしかなかった。


「えへへ、ダーリン大好き」


 頬をすりすりされてるところを背後の悪魔たちにガン見されてて、ちょっと居心地が悪い。

 その顔は「とにかく機嫌を損ねないでくれ」と懇願してるように見えた。


 ああ、怖すぎる。




 食事(餌付け?)を終えた僕たちは、村に出て各地を回った。


「ああ、懐かしい!」


 初めて彼女と出会った場所、噴水公園でシャナちゃんは嬉しそうに目を輝かせていた。


「わらわがここで水遊びをしていたらダーリンがやってきたんだよね!」

「うん、覚えてるよ」


 あれは確か夏の暑い日だった。

 噴水の中に入って遊んでいたシャナちゃんに僕は声をかけて、気づいたら一緒に遊んでいたんだった。


 その時は近くに誰もいなくて、どこの子だろうと思っていたけど。


「そしたら近くにいた悪ガキに絡まれちゃって」

「うんうん。『ここはオレたちの場所だ、どっか行け』ってね」

「あの時、ダーリンが私のために戦ってくれたんだよね」


 覚えてる。

 シャナちゃんが突き飛ばされそうになったから慌てて飛び掛かったんだった。

 結果的に僕のほうがやられてしまったけど、それ以来シャナちゃんは僕とほぼ毎日一緒に遊んでくれるようになった。


 急に来なくなってどうしたのかと思ってたけど、まさか魔王の娘だったなんて……。


 止めに入ってなかったら逆に悪ガキたちのほうが殺されてたんじゃないだろうか。

 今思い出すと怖くて身が震える。


「うふふ、あれ以来ダーリンは私のナイト様よ♡」


 グッと腕に胸を押し付けてくるシャナちゃん。

 性格はどうであれ、スタイルがいいからちょっとドキドキしてしまう。


 見るとお付きの悪魔たちも目線のやり場に困って空を見たりしていた。




 と、その時。


「おい、見ろよ。知らねえ女がいるぜ」

「うっひょー、いい女だなぁ、おい」

「どこの女だ?」


 噂をすればなんとやら。

 さっき話していた悪ガキたち(成人バージョン)が姿を現した。

 当時の面影を残したまま大きくなったものだから、人相の悪いこと悪いこと。

 村でも厄介者扱いされてて誰も相手をしない不良たちだ。

 正直、今一番会わせたくない男たちだった。


「おいタリヤ。誰だよその女」


 不良の一人が声をかける。

 僕はチラッとシャナちゃんに目を向けた。



「その女……じゃと?」



 うわあああああ、睨んでる!

 めっちゃ睨んでる!

 ついでにお付きの悪魔たちまでギランギランの目つきをしてらっしゃる!


 僕は慌ててシャナちゃんの前に立って「あはは」と笑った。


「ぼ、僕の婚約者だよ! 婚約者!」

「ダ、ダーリン! まさかわらわを守って!?」


 僕の後ろで感激したような声が聞こえてくる。


 う、うん。

 守ってあげてる。あの不良たちをね。



 などという僕の思いとは裏腹に、不良たちは「ぎゃはははは」と笑った。


「マジかよ! タリヤに婚約者だって!?」

「お前みたいなモヤシヤローにそんな美女が付き合うわけねえだろ!」

「お姉さーん、そんなナヨナヨヤローはほっといてオレたちと遊ぼーよー」


 背後からピキッという音が聞こえた。

 あ、ヤバ。


「あ、あのね、シャナちゃん」


 止めようとした時にはすでに遅かった。

 背後にいたはずのシャナちゃんが、いつの間にか不良たちの前に立っていた。


 速い。

 まさに一瞬だ。



「おぬしら、ダーリンを侮辱したな」



 ひえええええ。

 パキパキと拳を握り締める音が聞こえる。

 不良たちも、いきなり目の前に移動してきたシャナちゃんに目を丸くしていた。


「え? え? なに?」

「さっきまでそこにいたのに……」

「ふん、人間風情がいい気になりおって。チリひとつ残らず滅してくれよう」



 ヤバい! と思った時には僕の身体はシャナちゃんに突撃していた。


「シャナちゃん、ダメエエェェェッ!!」

「ふご!?」


 勢い余ってシャナちゃんに抱き着いたまま押し倒してしまった。


「シャナちゃん、ダメだよ! 人殺しは絶対にダメ!」


 たとえ魔界の住人であっても、超えてはならない一線がある。

 村から厄介者扱いされてる不良たちでも、殺してしまったらおしまいだ。

 僕はなんとしてもこの不良たちを守ろうと思った。



 …………が。



「いやん、ダーリン♡」



 気がつくと、僕は押し倒していたシャナちゃんのバイーンバイーンなパイオツを両手で揉みしだいていた。



「こんなところで大・胆♡」

「ぬうおおおおおおおおおおおぉぉおぉぉぉッ!?!?!?」



 慌てて手を離して立ち上がる。

 もう目ん玉が飛び出るかと思った。

 いや、出てたかもしれない。

 ものすごく柔らかくて大きくて柔らかくてバイーンバイーンで柔らかかった。(意味不明)


「ごごごご、ごめん!!!!」


 全力で謝る。

 不可抗力とはいえ、魔王の娘の胸を揉みしだいてしまったのだ。

 殺されてしまうかもしれない。


 けれどもシャナちゃんは「んもう! 何を謝っているの?」と笑ってくれた。


「ダーリンとは将来を誓い合った仲じゃない。遠慮しないで、いつでも触っていいんだよ♡」


 遠慮しないでって……。

 チラッと目を向けると、お付きの悪魔たちも気まずそうに口笛を吹いていた。

 そりゃそうだよね、いくら魔王の娘とはいえ、お胸を揉みしだく場面なんて見たくないよね。


「にしても、まさかダーリンが真っ昼間から押し倒して来るなんて。ドキドキしちゃった♡」


 あ、誤解してる。

 めっちゃ誤解してる。


「夜の営みは結婚してからと思ったけど……。ダーリンがよければ、今ここで……してもいいよ?」

「うん、やめて!」


 そういう発言ほんとやめて!

 上目づかいで恥じらいながら言わないで!


 気づけば不良たちもポカーンとしながら僕らを見ている。

 なんならちょっと顔を赤らめて前かがみになっている。

 そして鼻血を出しながら叫び出した。


「な、な、な、なんだてめーらぁ! こんな真っ昼間からイチャイチャしやがって!」

「イチャコラバカップルか、てめーらこらぁ!」

「そういうのはな、人のいないところでやれってんだ! えーと、バーカ!」


 どうやらシャナちゃんのエロスな言葉にドキドキしまくったらしい。

 不良たちは顔を真っ赤に染めて逃げて行った。

 意外と初心うぶだったようだ。


 でもおかげで彼らの命は助かった。

 危うく本当にシャナちゃんに殺されるところだった。


 ホッとしていると、シャナちゃんは僕に腕を押し付けて嬉しそうに微笑んだ。


「うふふ、聞いた? イチャコラバカップルだって」

「あ、あはは……」

「そっかー。周りからみたらそう見えるんだー」

「そ、そうみたいだね……」

「嬉しいなー。なんなら、もうこのまま結婚しちゃう?」

「え、でも証人のサインが……」

「サインなんてあとでもらえばいいじゃない。事実婚ってことで」


 なんで魔王の娘が事実婚って言葉知ってるんだよ。


「い、いやあ、さすがにそれはシャナちゃんのお父様によくないんじゃないかなー」

「大丈夫よ。お父様もダーリンのこと認めてるし」

「そ、そうなの?」

「魔界中に言いふらしてるんだよ? ダーリンは人間界で一番カッコよくて優しくて強くてたくましい好青年だって」


 お義父さま!?

 ハードルぶち上げすぎですよ、お義父さま!?

 どこをどう見たらそんな結論に立ってしまったんでしょうか、お義父さま!?


「あ、あのー、シャナちゃん?」


 ヤバい、どんどん結婚したくない願望が強くなっていく。


「なあに?」

「僕らやっぱり……」

「ん?」


 ああ、キラキラした瞳で見つめられると、断りづらい。

 そもそも、この結婚話を断っても大丈夫なのだろうか。


「結婚しなくてもいい?」

 と言った瞬間に消滅させられやしないだろうか。


 それにシャナちゃんの嬉しそうな顔を見ると、とても断れなかった。


「う、ううん。なんでもない。やっぱりうちの両親の到着を待とう」

「そうだね! やっぱりこういうのはみんなから祝福されたいしね! うふふ、ダーリン。だーい好き♡」



 シャナちゃんに身体を押し付けられながら僕は思った。

 両親よ、一生帰ってこないでくれと。




 ちなみに僕の両親は巷では「勇者」「聖女」扱いされており、シャナちゃんのお義父様である「魔王」とは長年ライバル関係で、結婚式当日に余興という名の最終バトルが始まったのは別の話。

披露宴にはあの不良たちもご招待しました(*´▽`*)よかったね!


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤクザと警官の家同士的な? 魔王の娘は怖いよね~。レタスだけじゃ、体がもたなぁい。 ( >Д<;)
[良い点] シャナちゃんも不良達も可愛いですな。
[良い点] シャナちゃん、可愛いんだろうな~。 ……。 ………。 …………。 うん、滅多なことは言えないが、凄く凄く可愛いんだろうなぁ~。
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