悲色の令嬢とスカーレット・テルシエナ―
「ねえトミア、赤は好き?」
ベットに寝ている母は弱弱しく聞いてきた。
「嫌い、だって、だってお母さんを……皆を不幸にしちゃうんだもん!」
私は母に抱き着き泣きながら答えた。
「それは違うわ……その逆なの……赤は皆を不幸にするんじゃなくて皆を幸せにする色なの」
「じゃあなんでお母さんの具合は良くならないの?」
「それは私の運がなかっただけ。たまたま病弱に生まれてしまったから……それだけなの……だからあなたもこの赤い目を恨まないで」
母は私の頭を撫でながら答えた。
たまたまな訳が無い。だって私の家族は皆病弱だった。
「トミア、あなたは沢山の幸せを振りまくの……そしてあなた自身も幸せになるの……だから赤を嫌いにならないで……あぁ綺麗な瞳ね…………」
そういうと母は静かに息を引き取った。
そして私は今まで以上にこの赤眼が、赤が嫌いになった。
だって私には、この赤が母を奪ったようにしか思えなかったから……
◇
伯爵家の令嬢であるトミア・リシャールは人生のどん底にいた。
私の18歳の誕生日、侯爵家のリツカ伯爵が私の家に来た。話を聞くと孫との婚約をしてくれという話だった。
彼女は小さな民家に一人で住んでいるが一応伯爵家の出ということで私との婚約の話が出たのだろう。
婚約の話が来たときはやっと私にも幸せがやってくると思い潔く承諾したが、婚約から約1年後に私が病弱なことを理由に婚約破棄をされてしまい私の人生計画は大きく崩れてしまった。
おおよそ私の目の噂でも耳にしたのだろう。
私は自分の、いや、代々続く私の家庭の病弱体質、そしてこの赤眼をいつも恨んでいる。
家族皆が病弱体であり、皆若くして死んでいき、今や私一人。
私の家庭は皆赤眼に生まれ、その赤が濁っていることや不幸な家庭であることから不幸を呼ぶ悲色の赤眼、悲眼などと言われていて人もあまり近づいてこない。
出来ることならこの目を取ってしまいたい。
この目がなくなればきっと私の体質も治るのではないか、人から避けられることもなくなるのではないかとそう思った。
◇
こんな私にも友達はいる。
友達は今の私の体調だけでなく心の健康を気遣い、心調師を雇うことを勧められた。
心調師についてはよく知らないが心のケアをしてくれる人らしい。
正直余り期待していなかったが今の私には丁度いいと思い、人選は友達に任せ一人雇うことにした。
◇
男は歩いていた。
朝露が滴る中、長い並木道を抜け、川を渡った先に大きな花畑があった。
その花畑は青色の花で埋め尽くされており、どこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。
お花畑を横に歩いていると小さな民家が見えてきた。今回は伯爵家の令嬢からの依頼ということで、もっと大きな屋敷を想像していてたが思っていたのと違い、一度住所を確認し、合っていることを確かめるとすぐにベルを鳴らした。
しばらくすると赤毛で赤眼を持ち少し痩せ気味で、見るからに不健康そうな女性であるトミア・リシャールが出てきた。
トミア・リシャールは少し驚いた表情で固まっていた。
なぜなら家に来た心調師である男、スカーレット・テルシエナ―は20代前半程度の外見、高身長で黒の長髪、そして何より彼女とは対をなすようなキラキラと輝く澄んだ赤い瞳を持っていた。
◇
最初は質の悪いいたずらかと思った。
心調師を呼ぶと言って私と正反対の瞳を持つ男を呼び、私のことを馬鹿にしているのだと。
そんなことを考えていると男はかぶっていた帽子を取り頭を下げ自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります。今日からあなた様の心のサポートをさせて頂きます、スカーレット・テルシエナ―と申します。」
スカーレット・テルシエナ―は非常に透き通っていて誰もが引き込まれるような声をしていた。
「あなたが心調師さん?」
「はい……何かお気に召さない点でもございましたか?」
「いえ、なにも……」
思わず目をそらしてしまった。
この目を見ていると今まで以上に自分が見にくく見えてしまう。
「気軽にファーストネームで呼んでください」
「……分かりました」
想像とだいぶ違う人が来て驚いたが、そのままにしておくのもよくないと思い取り敢えず家に入れた。
取り敢えずソファーに座らせ、お茶を出したところで心調師さんからの話が始まった。
「今日から4日間トミア様の心のサポートをさせてもらうことになりましたが、早速ですが今どのような状態なのか教えて頂いてもよろしいですか?」
最初は疑心暗鬼だったが、どうやら本当にやるらしい。
「あの、実は私友達に勧められて成り行きであなたを雇ったので何をするのか全く……」
実際、本当に何も知らなかった。対して興味もなく、ろくに調べもしなかったので一週間もここにいると聞きびっくりしたくらいだ。
「そうでしたか……基本心調師はお客様の心を安定させ、できるだけ前向きな気持ちになれるように心の治療していくお仕事です。基本施術のようなことは行わず、お客様の悩みを聞きそれを晴らす。簡単に言えばプロの聞き手みたいなものです」
「は、はあ……」
よくわからず話を聞いていると一つの提案をされた。
「では早速なんですが散歩にでも出かけませんか? 気分転換にもなりますし、そこでお話を聞かせてください」
「え? あっ、はい。分かりました……」
そういうとスカーレットさんは立ち上がりさっき脱いだばかりのコートを着だした。
「寒いんであったかい格好をしてくださいね」
若干話についていけていなかったが、私も取り敢えずコートを着て外に出た。
家を出てまず、花畑の花畑の周りをゆっくり歩き始めた。
「この花畑は綺麗ですね。青色のお花が満開に咲きとても美しく、儚げな雰囲気が漂っています」
「ここの花畑の花は全部色彩花なんです。色彩花はその土地の環境や与える水によって色を変えるんです。ここの花畑は元々自然にできたもので、誰のものでもなかったので引っ越してすぐの時に周りに許可を取って青色に着色した水を花に与えて色を変えたんです」
「トミア様は青がお好きなのですか?」
そう言われすこしビクついた。
「いえ、そういうわけではありません……ただ、赤が嫌いなのでその反対の色を見ていると少し落ち着くだけです……」
「赤が嫌い……意外ですね。トミア様は髪も目も赤色なので、てっきり赤い物も好きだと勝手に思っていました」
「赤にはいい思い出がありません。実は今回の悩みというのもそこから来ていまして……」
なんでだろう……この人の独特な優しく、そして少し悲しげな雰囲気が何故か今までの事を話してもいいと思える。
最初は見たくもなかったあの赤い瞳が私に訴えかけてくる。すべてを受け止めると。
「もしよかったらその話、聞かせてもらいませんか?」
「……はい」
初めは話す気なんてなかったが、自然にそう答えていた。
「長くなりそうなので、もう少し遠くまで行きましょうか」
そう言うとスカーレットさんは花畑から川がある方へ進路を変え、私の話に耳を傾けた。
◇
すべてを話し終わると、日はとっくに落ち空は暗くなっていた。
この後の話は家の中ですることになり、取り敢えず家に帰ることになった。
家に入り一息つくとスカーレットさんは私には切なそうな表情で話しかけてきた。
「もし私がトミア様のような立場だったら、私もトミア様のような考えになっていたかもしれません」
ああ、こういう感じか。
今まで、私の境遇を理解しようとして慰めようとしてくれた人は何人かはいたけれど、私の心が動くことはなかった。
「いえ、多分分かりませんよ……私の心の内は」
「確かに実際にそうなってみないと分からないものなのかもしれませんが、私も昔色々ありましたのでなんとなく分かります」
そういうと、一瞬スカーレットさんの顔がさらに暗くなったように見えた。
「トミア様は赤を好きになろうと考えたことはないのですか?」
勿論ある。でもそう考えるたびに自分の目と比較してしまい、さらに嫌になってしまっていた。
「それは……」
言い出せなかった。これを言ってしまうとスカーレットさんにとって皮肉みたいになってしまう。
「無理して言わなくて大丈夫ですよ。なんとなく分かりましたので」
「すみません。気を使わせてしまって」
「いえ、大丈夫です。お客様に余計なストレスを与えてしまっては心調師の名折れです」
そう言ってはくれるものの、やっぱり気を使わせてしまったことには少し罪悪感を感じた。
それからしばらく色々話したが、特に変わったことはなく終わった。
「それじゃあ今日は帰りますが、一つだけお願いをしてもいいですか?」
「はい、何ですか?」
「本当に申し訳ないんですけれども、明日からの三日間だけは外出をしないで家にいてもらえないでしょうか? 出来ればカーテンも閉めてもらえると助かります」
「え?」
あまりにも特殊な内容で思わず変な声が出てしまった。
「あの、特に用事がなければ了承したいんですけど、買い出しとかがあるので流石にそれは」
実際あまり体がよくないので大体を家で過ごしてるが流石に無理があった。
「そのくらいでしたら私がやります。それに元々私がやるつもりでした」
「それなら……分かりました」
意図はよくわからなかったが、渋々承諾した。
「でも、どうしてですか?」
「すみません、それはまだ言えません」
そういうとスカーレットさんは立ち上がり、ハンガーに掛けてあったコートを着て玄関前まで行った。
「今日はお疲れ様でした。それじゃあまた明日来ます。」
「はい、ありがとうございました……」
色々疑問に残るところはあったが、取り敢えず一日目が終わった。
◇
それから2日目、3日目とスカーレットさんは家に来たが、1日目と変わらず特に変わったことはしなかった。
そして今日で最終日の4日目。
「あの、このままでいいんですか」
今まで何もなく、最終日になってしまったことで思わず不安になって聞いてしまった。
「はい、大丈夫です。全て準備は整いました。後はこれから起こることにトミア様が何を思い、何を感じるかにかかっています」
「え?」
訳も分からず、思わずそう答えてしまった。
「何をするんですか?」
「これから外に出ます。ですがその前に少しお話をしませんか?」
「は、はい」
一体何をするんだろう……
少し怖かった。今から起こることが私を変えてしまうんじゃないかと思った。
ソファーに座るとスカーレットさんは真剣な表情で私に話しかけてきた。
「改めて聞きます。トミア様は本当に赤が嫌いなのですか?」
何をいまさら……
「嫌いに決まってます。嫌いじゃなければ、今の私はありません」
「そうですか……だから初めて会った4日前の日から、あまり私の目を見てくれないんですか?」
「そ、それは……」
気づかれてた……私がスカーレットさんの目を見ようとしないことを。
「いえ、大丈夫ですよ。それに途中からは時々目を合わせてくれましたし」
「すみません。やっぱり私どうしても劣等感を抱いてしまうんです……私と違って、スカーレットさんの目の赤はとても明るく誠実で、希望に満ち溢れた、そんな色をしています。」
遠回しに嫌味を言ってしまった気がする。
私はやっぱり……やっぱり
「それですよトミア様」
「え?」
思わず声を出してしまった。
私は何かしてしまっただろうか、それともやっぱりさっきのが癇に障ってしまったのだろうか。
「トミア様はこの4日間、ずっと赤が嫌いとおっしゃられていましたが、それが間違っていたのではないのでしょうか?」
何を言っているのかよくわからなかった。だってそれな……
「それなら私が今感じているこの気持ちは……あなたの目に対して感じているこの気持ちは何なんですか」
「トミア様は私に対して劣等感を抱いているつもりなのかもしれませんが、同時にトミア様は私の事を羨ましがったのではないのですか? 私には先ほどトミア様が私の目に対して言ったことが、私にもそんな目が合ったらよかったのに……って言っているようにしか聞こえませんでした」
「そんなわけ……」
それ以上言葉が出なかった。
「初めは本当に赤が嫌いだったのかもしれない。でも途中から、何も変えられない自分に、母に対して何もしてあげられなかったという自分に対する嫌悪感を無理やり赤というリシャール家特有のものに、無理やり押し付けてしまったのではないのですか?」
スカーレットさんは今までとは違い感情的に私に語り掛けてきた。
「トミア様……今からあなたに転機が訪れます。場合によってはトミア様はそれを嫌がり、深く傷ついてしまうかもしれません」
そう言うと、スカーレットさんは私の手を引き、玄関前までやって来た。
「あの、何をするんですか……?」
私は不安げに聞いた。
「今に分かりますよ。もし、これでトミア様の心がさらに深く傷ついてしまったのなら、どんな形であろうと私が全責任を負います」
私はさらに不安になった。だってこんなにもこじらせてしまった私に、今更何をしても意味がないと思った。
「では、行きますよ」
そう言うと、スカーレットさんは扉を勢い良く開けた。
久しぶりの日光に少し目がくらんだが、回復してきた目に段々と映ったものは、花畑一面に映る赤だった……色彩花が赤色に変色し、まるで巨大な絨毯が広がっているようだった。
「なっ?!……これは……」
あまりの驚きに、体が固まってしまった。
「私からのサプライズです。私にはこの一面の赤色の色彩花が、見ているだけで活力が高まり、希望を与えてくれる情熱的なものに見えます。トミア様にはこの景色がどのように映っていますか?」
こんなの、最悪だ。いきなり家から出るなと言ってきたと思ったら、こんなことをしていたなんて……
一歩間違えれば心の治療どころか、逆に悪化させかねないような事をしているのに……クレームを入れてやる。質の悪い嫌がらせをさせられたと。
最悪、最悪。
でも……でもなんで……
「とっても綺麗……」
涙が止まらなかった。
今私は、世界で一番嫌いなものを見ているはずなのに。
「嫌いだと、思いたかったんです……遠ざけたかったんです。でも……でも……」
この一面に広がる花畑を見た瞬間、私の心は軽くなっってしまった。そして、いつも良くなかった体調が楽になった気がした。
◇
しばらくして、私が落ち着くとスカーレットさんは、役目は終わったのでと言い、余計なことは言わず後片付けをして帰ってしまった。
でももう大丈夫な気がする。
スカーレットさんのおかげで一番大事なことに気が付けた。
「お母さん……私、赤の事好きになれそうだよ!」
天に向かってそう言うと、気持ちが晴れやかになった。
私は生涯スカーレットさんの事を忘れないだろう。
あの独特な雰囲気で、言葉遣いは丁寧なのにやることは大胆で、吸い寄せられるようなきれいな瞳を持ったあの人の事を。
◇
それから数年たつと、そこは有名な観光スポットとなっていた。
そこに住んでいる令嬢がこの真赤な花畑を見たことで病が治ったという噂が広がり、病人が一度は訪れるべき場所として有名になった。
そしてそこに住む美しい赤い瞳を持を持ち、赤のドレスを身にまとった女性は、緋色の令嬢と呼ばれるようになっていた。
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