成仏はしない
凛は部屋へ入ると
チョコチップメロンパンの袋を
ゴミ箱へ捨てた。
畳敷きの古ぼけた部屋は
六畳程の広さで
部屋の真ん中に小さなちゃぶ台が
置いてありその上には
クラシカルな花模様の魔法瓶と
海苔巻き揚げせんの大入り袋。
凛の好物で磯の風味と
甘じょっぱさがたまらない。
「よいしょ、よいしょ」
凛は寄せてあった布団を出すと
厚いマットレスの上に敷き
柔らかな肌触りの毛布を掛ける。
「引っ越し祝いにくれたんだよね。
マダムの優しさ、底無し沼。」
羽布団にスリスリすると
ふわっと広げる。
「うわ~ふかふか。よし、寝よう。」
そう言うと凛は布団には入らず
壁と布団の隙間に身を沈めた。
「あ~落ち着く」
ザリザリの砂壁と古い畳のささくれ
マットレスの側面の硬いファスナーが
万人を安眠から遠ざける感触。
ドアの向こうではカサカサと
ビニール袋の音がする。
「血塗られ、
チョコチップメロンパン
食べてるのかな。」
思えばマダムの厚意に
飛び付いたものの、
最初は驚いた。
初めて此処に来た日は
何か壁に染みがあるな~
と思ったけど
人の形したドス黒い何かが
動いた時には固まった。
ちょうどチョコチップメロンパンを
食べようとしていた時だったから
「食べる?」
と聞いて流しの端に置いてきた。
次の日には空袋が落ちていて
其れから何となく1日1個
チョコチップメロンパンを
供えるようになった。
「成仏して下さい」
と手を合わせてもみたけれど
成仏する気は無いらしい。
機嫌が良いのか悪いのか時々
「ギョッギギ」
と変な声をだす。
「ま~うるさく無いから良いけど」
凛は隙間の圧迫感に安心すると
いつの間にか寝息を立てていた。