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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

何故、死を選んではいけないのか。

作者: 狐鞠


何故、自ら死を選んではいけないのだと思いますか?


私は、選ぶことに利点しかないと思うのです。


まず、死ぬ前にめいっぱい好きな事ができます。

どうせ死ぬのですからお金も要りませんし、好きなだけ使う事ができます。


人間関係に悩むことも無くなります。無理に付き合う必要がないのです。仕事も、嫌なら辞めてしまえばいい。病気で苦しむ必要もない。たいして効かない薬を飲む必要もない。


──なんて楽なのでしょうか。


そうして満足した時に、死を選ぶのです。



スイスでは安楽死が容認されています。自殺のほう助が受けられるのです。


生まれることが選べない代わりに、死を選ぶことが出来るのは、幸せな事だと思います。



そもそも、私がこう思うようになったのは、ある出来事がきっかけでした。



私は、人が死ぬ瞬間を見ました。


私は交差点で信号を待っていました。そこに、トラックが突っ込んできたのです。


一瞬で世界が変わりました。


僕は誰かに手を引かれて後ろに転倒していました。目の前には先程まで目の前で談笑していた女性が横たわっています。錆びたような匂いがしました。焦げたような匂いがしました。

人々の悲鳴が遠くの方で聞こえているのです。僕は後ろを振り返りました。


沢山の『目』がありました。

彼らは、彼女らは、ただ立ってこちらを見ていました。私たちにスマホを向けて。


助けてくれる訳でもなく、ただ撮影しているのです。


私たちは一瞬で見世物になりました。


これがよくある転生小説なら、私の前で横たわったまま動かない女性はこのまま別世界で幸せになれるのでしょうか。


「立てるかい?」


スーツを着た男性が手を差し出してくれたので、私はこくりと頷いて手を取ります。振り返って再び彼女を見ようとすると、男性は私の目を覆います。


「見ない方がいい。……これだけ人がいるのに誰も手を貸さないなんて、世も末だな全く」


男性は私の肩に手を回すと、ぽん、ぽん、と宥める様にゆっくり叩きます。


「大丈夫、さっき救急車を呼んだから。それまで隅に行こうか。今更だけど頭は打ってないよね?」


私はこくりと頷く。男性はよかった、と言うとそのまま群衆の目が届かない隅に連れて行って、ビルの階段に座らせてくれた。


「まだ封を切っていないから、飲むといい」


そう言って緑のラベルのペットボトルを渡してくれたので素直に受け取る。


手が、震えて封を切れなかった。


男性は苦笑して目の前にしゃがんでペットボトルを持つと、開封してくれた。


「怖かったよな」


ぽろ、ぽろ、と涙がこぼれ落ちていく。


目の前で失われた命が怖かった。


それを別世界での出来事の様に無表情で撮影している群衆が怖かった。


「人間じゃない」


轢かれたのが自分の家族や親友、大切な人だったとしても、彼らは、彼女らはカメラを構えて撮影を続けるのだろうか。


「怖かっ……た……」


撮られているのが、自分なら?


パトカーや救急車、消防車のサイレンが聞こえてきて辺りが騒がしくなっていく。


「ああ、やっと来たか。君も病院でちゃんと見てもらいなよ? 乗せてもらうように呼んできてあげるから」


男性は私の肩をぽん、とやさしくたたくと、音のする方に歩いて言ってしまった。






今でも鮮明に覚えています。あの時の香りや、見たもの、聞いたもの。

私は恐ろしかった。

目の前で彼女を轢いたトラックより、目の前で死にゆく彼女より。

携帯のカメラ越しにこちらを見る目が、何よりも恐ろしかった。


今でもSNSを見れば、あの時の動画や画像が残っているんです。RTや♡も沢山ついて、ニュースでも流れていました。


私は思ったのです。

生きている人間の方が、よっぽど怖いと。


老衰なら、構いません。

でも、彼女の様に突然死を迎えたら?


私は彼女の様に晒される死を望みません。


だから自らひっそりと死を選ぶことにしたのです。


森の中で、惨たらしく動物や虫に死骸を食われて死ぬほうが遥かにマシだと思ったのです。



貴方は、まだ自殺なんて、と私を責めますか?


私を殺すのは、人の死を玩具の様に扱う世間です。


──話はもう充分でしょうか、では、これで。







彼女は席を立ち、軽く会釈をする。



「先生は、どうかお元気で」


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