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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

羅刹記

作者: 小城

 この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。

 中世の混沌とした雰囲気は、まやかしである。実際は、機知と忌憚に優れた人々がいる、ごく当たり前の日常であった。

 鬼やあやかしが生息しているかという話もあるが、それは、すべて人々が流した流言である。

 鬼や魔物はいない。ただ、そこには、自然と生物とが住んでいただけである。


 寛仁の頃の話。大和国から近江国へと至る山道を一人の下人が歩いていた。辺りは、最早、夜である。やせ衰えた下人は、病でも患っているのか、やけに呼吸は荒く、秋冬の寒さの中だというのに、汗を流している。それでも、不思議なことは、この下人は、たった薄汚れた麻の着物一枚だけ着ているということである。

 やがて、歩いていた下人の目の前に、山家が一軒、現れたかと思うと、下人は、その家の戸をどんどんと叩き、ついに出て来た家主の者の首に食らいついたかと思うと、その肉を歯で引き裂き、喰らった。夜半の月が雲に隠れる間、下人は、家主の体を喰らい、その口は、血に塗れた。


「近江と大和の境に鬼が出るそうな。」

 京の都。検非違使の庁では、羅刹の噂をしていた。

「人喰鬼と言うものぞ。人の生き血を飲み、肉を喰らうというわ。」

 検非違使尉、藤原隆利は、参議、藤原清麿の命を受けて、郎党とともに、京の都にほど近い山中の異変を調査すべく、近江から大和へ向かった。

「暑いな。」

 直垂に身を包んだ隆利ではあったが、そのせいで、汗をかき、寒中、寒さが、より一層、厳しく思えた。そんな隆利一行の目に、ふと、汚れた山家が見えた。

「羅刹の仕業じゃ……。」

 郎党の一人が言った。入り口に横たわる死体は、食いちぎられていた。

「羅刹と決まったわけではない。獣の仕業やもしれぬ。」

 袖口で鼻口を押さえながら、悪臭を我慢する隆利は、山家の死体は、そのままに、山道を急いだ。


 一行は、夜を迎えた。焚く火は、夜の闇を一際、暗闇にした。

「羅刹などおるわけなかろう。」

 隆利は、鬼を信じてはいない。いや、信じていないということではないが、実際に、そのようなものがいるとは思っていない。それは、仏典の中だけのものであり、どこか他人事のことであり、本邦の大和国の山中にいるとは思わない。しかし、もしかしたら、と、隆利は、この夜の闇の山の中に身を置いた今、もやもやと心の内から、変な気持ちが頭を浸食してくるのが分かっていた。

「尉殿。向こうの草陰に気配が……。」

 郎党の一人が言った。

「火を照らしてみせよ。」

 隆利は、矢を番えた。周りの郎党も同じだった。

「鬼や!!」

 炎に照らされた草陰に映ったものは、羅刹であった。あの下人であった。彼は、血に汚れた体を振るわせていた。

「射よ!」

 どすどすと、隆利の放った矢に続いて、射たれた矢が下人の体を襲った。それでも、下人は、炎の上がる方を見て、走って来た。

「打て!」

 刀を抜いた郎党は、下人の体に一撃した。下人は倒れた。そして、一斉に、郎党の刀たちが、下人の体を貫き、うわっと言いながら、皆が、皆、倒れた鬼の体を切り刻んだ。

「死んだのか……。」

「あるいは……。」

 羅刹の体は、薄汚れた衣一枚だけに包まれていた。このとき、隆利一行は、皆同じ疑問を呈していた。

「(これが誠に、羅刹なのか。)」

 あのとき、誰かが叫んだ。そして、弓が放たれた。この寒中、衣一枚で、山中にいるのはおかしい。それに、この者の体は、血潮に汚れている。

「見たところ人のようだが……。」

「おそらく、人に化けておるのでござろう。」

「そうか。」

 隆利らは、鬼の首を取ると、薄汚れた下人の衣を剥いで、それに包むことにした。


 都では、鬼の首が、朱雀門の入り口に、立て札とともに晒されることとなった。しかし、その鬼の首も、一夜明けた頃には、その立て札とともに、いずこかへ消えてしまったという。

「これ、同族の鬼の仕業なりや。」

 都人の性ない悪戯も、京の僧俗の間では、いつのまにか、いわれのない奇譚として、流布されていくのだった。

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