7:明るい新築計画
ここから第二部となります。
新しい家と、エルフの森にまつわる事件。
私たちが住む死の荒れ地は、この地域最大の王国の南に位置している。
邪竜戦役によって滅ぶ前は王国の一部だったのだけど、戦役によって土地が汚染され、放棄されてからはある程度の緩衝地域を置いたうえで境界線を引き、改めてそこを南の辺境伯が守備している、という形なんだよね。
王国もしばらくは荒れ地を何とかしようとあれこれやっていたんだけど、太陽神の勇者という最大戦力を失った上、自身や同盟を組んだ各部族の損害も大きく、最終的に緩衝地帯を設定したうえで放置、ということで落ち着いたわけだ。
「だからいちいち行き来するにも、こうやって時間がかかるんだよね……」
「ボクがここに来た時も、買い出しに来てたんですよね」
「そうそう。まあ、今回はそういうわけじゃないんだけどね」
そう、私たちは再び、馬車での旅に出ている。
もともと一度の買い出しで一か月くらいは何とか出来る量を買い込んでいたし、ユーミが増えてもそれほどどうこう、ってわけではない。
まあ一人が二人になり、食料の消費は倍なのだけど、それでも半月に一度の往復で済むところを、前回から十日程度でまたこうやって移動しているのには、当然ながら理由がある。
それはなぜかと言われると……。
* * *
「家を建て替えよう」
時間は少し巻き戻り、ユーミが私と一緒に暮らすことを決めた、次の日の朝のことになる。
祝、同居開始ということでノエルが気合を入れて作った朝食を食べながら、私はそう切り出した。
「あー……ちょっと手狭ですもんね。ボクは今のままでも構わないって言えば構わないですけど」
「もともと私一人で住むことを考えて選んだ住処だからね……客間もないし、ユーミと二人でとなるとどっちかが床で寝なきゃならないし、やっぱりちょっと辛い」
背筋を大きく伸ばすと、ごきごきと良い音がする。
結局あのあと、二人で床で眠ることになってしまって、かくのごとき有様になってしまうと、ちょっと考えざるを得ないというわけだ。
前は野宿も徹夜も苦にならなかったけど、そろそろ辛くなってきたんだよね……。
「ボクは、その……一緒にベッドで寝るのも構わないんですけど」
「一人用のベッドに二人はどうなのさ。抱き合って寝るしかないよ?」
「ボクはそれでも……」
「ユーミが良くても私が気にする。同居人に寝床も自分の部屋も用意出来ないってのは、家主の沽券に関わるんだよ……あー、いい音するなぁ……」
首まで鳴らし始めた私を見て、ユーミもノエルもくすくす笑っている。
なんだよ笑うことないじゃないか……。
「い、いえ、何だか年を取った猫さんみたいだったから……」
「そんなの当たり前だよ、私も引退生活を考えるくらいにはいい歳なんだし」
「いい歳って……今おいくつなんです?」
「今年で三十二かなー、冒険者やるのもそろそろキツいし、引き籠ってのんびりしたいんだよ」
首をかしげて私の年齢を聞いたユーミが、何だか硬直している。
……なんか私変なこと言った?
「……さんじゅう、に……?」
「そうだよ? 術とか使ってないから普通にその年齢だけど?」
「……ええぇ……二十代の半ばかちょっと若いくらいだと……ボクのお母さんくらいのお年ってことですよね……?」
「んー、まあそういうことになるのかな? ユーミが私の娘なら、十九の時の子供ってことになるね。こんな子がいたら人生楽しかったのかな?」
王国あたりだと、だいたい十五で成人、十八には結婚しているのが当たり前、二十歳を越えると嫁き後れ、という常識だったりする。
子供が成人するのが四十前後、五十歳で老境で、六十過ぎるとそろそろ、って感じかな。
私の場合は、十の頃にはこの土地を取り戻すという目標を持って猛勉強して、十三、ユーミと同じ年齢の時魔術の学院に飛び級で入学、その後は学院で死霊魔術を学んだり、冒険者としてあっちこっちの遺跡に潜って……という流れ。
目的最優先でやってきたものだから、結婚なにそれおいしいの? みたいな感覚だったなぁ……。
昔の仲間とか知り合いには結婚した人もいるんだけどね。
「てっきりお姉さんみたいなつもりでいました……」
「それは若いって褒めてくれてるんだよね、ありがとう♪」
「そうなんですけど……なんかショックです……」
「なんで??」
よく解らないよ……。
ともかく話を戻すと、私が一人で暮らしている間は今のままでも良かったんだけど、ユーミが増えるし今後、可能なら仲間も増やしていきたい。その為にも今の家じゃあんまりよろしくないと思うんだ。
「そうですね、改築してお部屋が増えるということは、お仕事も増えるということですよね? 今のこの家も嫌いではないですけれど、メイドとしては働き甲斐のあるおうちが良いですねぇ……」
「そういう考えもあるか……」
ノエルは邪竜戦役前後に命を失った、大きなお屋敷のメイドさんらしいのだけど、なんと私が見つけるまで、自分が死者であるという自覚がなかった人だったりする。
お屋敷があったであろう場所は廃墟になっていたのだけど、霊体や魔力を見ることの出来ない人からすると、掃除道具や調理道具なんかが自然に動いて飛び回る事態を展開させていたのだけど、この土地の探索の際に私が発見し、説得と交渉の末に今に至っている。
スケルトンの皆も似たような経緯で力を貸してくれるようになったのだけど、可能なら彼らにも個々に部屋を作ってあげたいなぁ。
今は私の魔力があれば大丈夫な関係上、交代で空き部屋を使って休息を取る形なのだけれど、彼らだって立派な仲間だし同居人なわけだしね。
「ボクは賛成ですよ、今後死の荒れ地を浄化していくための拠点になるんですから、祈祷所とかあったほうが良いと思いますし」
「だよねぇ……よし、じゃあ必要なものを書き出して、算段に入ろう。問題は……」
「問題は?」
「……ここに来て仕事してくれる職人さんがいるかどうか、ってことで……」
「「ああー……」」
* * *
そんなやり取りがあったものの、とにかく一度探してみよう、ということでこの辺りで最大の都市である、南の辺境伯の街に向かっている、という次第で。
私たちが住んでいる死の荒れ地から、ユーミと出会った最寄りの街まで二日、そこからさらに一日で辺境伯の街。
そこには知り合いもいるし、何とか物好きな職人の一人くらい……見つけられると良いなぁ。あそこでダメだと王都に行くしか無くなるし、そうなると往復の手間が物凄い。
私が卒業した魔術の学院もあるし、伝手探しには良いのかも知れないけど、やっぱり手間や面倒の種は少ない方が、何かと助かるわけで……。
「あとは、王都の神殿に手紙を出せばいいんですよね」
「うん、やっぱり必要なことだと思うからね」
御者席に座る私の隣で、ユーミが羊皮紙を手に、文面を考えてあれこれ唸っている。
私がユーミにお願いしているのは、要するに経緯の報告書。
私という死霊術師を討伐に行ったけれど、話し合いの結果死の荒れ地の浄化に挑戦することになったため、大地の神殿の承認を求む……要するにそういう内容だ。
ユーミは最初、それは必要ないんじゃ、と言っていたのだけど――。
「あと、ユーミには手紙を出しておいて欲しいんだよね。これまでと、これからの経緯と目的を書いたやつを、神殿に」
「ううー……そういうの苦手なんですけど……書かなきゃダメですか?」
「出来れば書いて欲しいかな。ユーミはもともと、私を退治しに王都の神殿を出発したんだよね?」
「はい、司教様の命令で、ですけど……」
「その司教とやらには文句の一つも言いたい気持ちはあるんだけど、そういうことよりもね、大事なことがあるんだ」
「大事なこと、ですか?」
「うん、このまま何の音信もなくユーミが帰らない、ってことになるとね……『討伐に行った聖騎士が帰還しない。倒されたに違いない、何かヤバいのがいるぞあそこ』ってなりかねない……」
「うわぁ……」
――という事態を避ける為にも、是非報告は送っておいて欲しいんだよね。
聖騎士は魔物退治の専門家みたいな部分があって、それが未帰還ということになると、相応の脅威がそこにあると見做されるのは全くおかしくない。
そうなれば次は同格の聖騎士に率いられた神官戦士の部隊とか、下手をすれば軍隊。
穏便な、平和な暮らしを目指している私としては、何とかして避けたい事態でさぁ……。
「まあ、色々教えるって約束したわけだし、手始めに報告書とか手紙の書き方から行こうか」
「ううう、頑張りますよぅ……」
「大丈夫、慣れればそれほど難しくないから。大事なのは要点を整理することでね……」
* * *
アーミリアさんの家を出てから二日、一番近い街に到着した。
ここで一泊してから目的地の辺境伯の街に行くんですけど、ボクは街の神殿に寄らせてもらった。
教えてもらった甲斐あって、自分でもちょっとびっくりするくらい読みやすい手紙が書けた自信があるのがちょっと嬉しくて、スキップなんかを踏んでしまう。
「私はちょっとコツを教えただけ。あとは自分で文章を書くようにすれば、自然に上達するよ」
……ということだったので、神殿で手紙を出すついでに、日記帳を買ってこようと思っていたり。
こういうことは一度に上達しようとしても無理なので、日々の積み重ねが大事だよ……とアーミリアさんは言っていた。
でも毎日毎日誰かに手紙を書くわけにもいかないから、簡単なところで日記から。
同じことを、王都の神殿で先代の聖騎士長さまが言っていたっけ。
――武も信仰も一日にして成らず。だからこそ毎日祈り、鍛錬しなさい――
あの方はボクが聖騎士になることに反対していて、それでも他の司教様たちが賛成したから、どうしようもないと言いながらボクを鍛えてくれたっけ。
今の戦い方はその前に身に付けていたから、そこはあんまり理解できなかったんだけど、今ならもうちょっとあの人の言うことが解るかもしれない。
あまり広い街ではないから、すぐに目当ての神殿は見つかって、ボクを送り出してくれた司祭様が出迎えてくれた。
「これは聖騎士ユーミ殿。任務からのお帰りですか?」
「いえ、少し長くかかりそうなので、今の時点での報告書を王都の神殿に送って頂ければと」
「承知いたしました、すぐに使いを出しましょう」
そう言って手紙を預かってくれた司祭様が、ボクの顔を見て不思議そうな顔をする。
どうしたんだろう、と思って聞いてみると。
「いえ、大したことではないのですが、表情が少しお変わりになられたなと。どこがどうとは言えませんが、少し前に見送らせて頂いた時と比べて、優しい顔になられたと」
「ボクは全然わからないのですけど……」
「聖騎士の方々は皆さま、厳しい顔つきの方々ばかりです。ほとんどお一人で魔物と対峙し、民を守る重責がおありですから当然なのですが、何やら少し、年相応になられた気がいたしまして」
……それは、子供っぽいということなんじゃないかなぁ……?
「ユーミ様は聖騎士と言えど最年少、それも女性です。なのに固い顔ばかりではやはり……とも思うのですよ。そのくらいの方が好む方もおられると思いますよ?」
「……そ、そうですか? そうなら嬉しいです」
聖騎士は神殿の象徴でもあるから、信徒の人たちへの見目も気にしないといけないところがある。
好かれろとは言わないまでも、嫌われない程度には、とは言われたことがある。
ボク自身としても、嫌われるよりも好きになってもらった方が良いとは思うし……思う……うん……。
「……どうかされました?」
「な、何でもないです! 手紙、よろしくおねがいします!」
そのまま司祭様の返事を待たずに踵を返して走り出す。
司祭様が驚いた顔で見送っているけれど、非礼をお詫びする余裕なんてなくて。
好きになってもらった方が良い、って考えて、浮かんでしまった顔は――。
顔が熱くてどうしようもない。きっと、耳まで真っ赤だと思う。
……うん、これからお世話になる人だし、喧嘩とか良くないよね! ですよね、神様!
自分を落ち着かせる為に短く祈ってから、改めて今日の宿の方向に足を向ける。
あの人が待っているから――!
* * *




