5:死霊術師、お怒り。
(8/25 全面改稿させていただきました)
* * *
――それから7日が過ぎた。
ユーミが加わってのここでの生活は、割合とのんびりしたもので、スケルトン達と一緒になって畑の手入れをしたり、ノエルと一緒に食事を作ったりと、彼女自身も楽しそうにしているのが印象的だった。
私はと言えば、死の荒れ地の資料を積み重ねて、今後の計画を練ったり、時折迷い出てくる亡者を始末したりと、特に変わりは無いのだけど。
でも、根を詰めかけた私のところに、ユーミがお茶を淹れて持ってきてくれたのはちょっと感慨深かった。
元から研究に熱が入ると食事とか疎かにしがちで、ノエルにも迷惑をかけていたのだけど、夜更かしはダメですと怒られると、なんだか少しは気を付けないと、と思えるようになるというのも不思議なものだ。
「やあああああああぁぁっっ!」
そして今、目の前でユーミが遭遇した魔物を、蹴り一発で見事に破砕していて。
荒れ野の案内がてら、どのくらい中心に近づけば危険なのか、そういったこともきちんと教えようということで連れてきたのだけど……。
相変わらず物凄い破壊力だと思う。
優れた格闘術を習得しているということも大きいのだろうけど、決してそれだけではない。
それに加え、祈祷により自らを強化し、瞬間的に爆発的な力を出すことで、速度と力を乗せて叩き伏せるのが彼女の闘法だろうけれど――どうにも不安定なものを感じてしまうのは、私だけだろうか。
「……はっ……はぁ……これでっ……今日は、大丈夫……です、ねっ……」
「うん、大丈夫だと思うんだけど……ユーミ、大丈夫かい?」
肩で息をしているユーミに声をかけるけれど、大丈夫、問題ない、というばかり。
見ている限り大丈夫にはちょっと見えないんだけど。
何せ――たった一体の魔物を倒しただけで、これなのだから。
彼女は魔物を倒したり、神殿の警護を受け持ったりする大地の神殿の神官戦士、その上位の称号である聖騎士の立場にある。まだ見習いであるという事なのだけども、私の見る限り戦う能力という点に限ってみれば、十分すぎるくらいの能力を持っていると思う。
なにせ、亜竜級の魔物は腕利きの冒険者一行が倒せるかどうか、という代物なんだよね。
場合によっては、それを倒すためだけに依頼が出されるし、返り討ちに遭う事ことすら少なくない、そういう魔物だったりする。
私は幸い“旦那”がいるから、さして苦労はしないけれど……。
出会った時にも思わなかった訳ではないけれど、この強さには何かの絡繰りか、歪なものを感じてしまうんだよね。……これまで見てきて、ほぼからくりは見えているけれど……。
……これは、だめだよ。
* * *
「ユーミはさ、誰に戦い方を教わったの?」
「ええっとですね……」
荒れ地を案内してもらった後の、夕暮れの帰り道。
アーミリアさんがそんなことを聞いて来た。
魔法使いとして興味があるからと言われるとそういうものかな、と思う。
ボクはもともと、王国の北の方の村の出身で、早くに両親を亡くして孤児になった。
そこから近くの神殿……というか神殿が営んでいる孤児院で育てられたのだけれど……。
「その頃は別に、戦い方とか身に着けていたわけではないんですよね。ただ、祈祷の才能があるって言われて……」
「たまにそういう子供がいるとは聞くよね。神の恩恵を得ているというか――波長が合うというか、そういう子が」
恩恵という言葉は聞いたことがあるけれど、波長というのはよくわからなくて、思わず聞き返してしまった。
「前に魔法の基本的な仕組みは話したと思うんだけど、覚えてるかな?」
「あー……ええと、世界を強い意志や、願いの力で書き換えること、ですよね。最初はおまじない程度のものだったのが、研究が進むにつれて書き換えやすくなっていって、今の魔法になったって……」
「そう、その通り。でも、実はもう一つ、世界を書き換える方法があるんだよ」
それこそが、神への祈祷なんだよ、とアーミリアさんは言う。
世界には人間――これも人間という種族だけではなくて、他の色々な人間に似た人たちを纏めての呼び方らしいけれど、とにかく人間のほかに、幾つもの存在がいる。
それは動物だったり精霊だったりするんだけれど、その中でも並外れて巨大な意志の力を持つものがいる。それこそ、世界を丸ごと作り替える事も可能なほどの存在が、と。
「それが所謂、神様って言われている存在。彼らは太陽神、海洋神、大地神の三大神を頂点として、様々な役割を司る下位神や、それらに敵対している邪神なんかがいるけれど、まあそこは今は割愛しとく」
この辺りを話すとまた長い話になるからね、と苦笑しながらも、アーミリアさんの説明は続く。
魔術師さんって学者みたいなところもあるから、説明とか解説が好きなんだろうな……。
「彼らがどこから、いつ来たのかはわかっていない。ただ、魔法の成立とほぼ同じくらいになるのかな、災害に遭った人々が漠然と、助けを求めて祈った時、それに神は応えた」
「神殿でも教わりますね。助けを求める人々と、人間を助けた神々と。そしてその神々に感謝をささげたのが、神殿と聖職者の始まりですよね」
「そういうこと。で、ここからちょっと罰当たりにも実利の話になっちゃうんだけど、魔法がその意志力で効果が異なるように、同じ祈祷でも神が応えてくれる結果が異なることがあるのは知ってる?」
「一応は……。より深く、強く祈ればいい、って言われてもいますけど」
そこが少し違うらしいのさ、とアーミリアさんは言う。
神は遍く世界を見ている。けれどそこで、祈りの、心の力の強い弱いで左右されるなんて、おかしくは無いかな、と。これは魂や生死を知るうちに突き当たったことらしいけど。
「確かに言われてみればそうですけど……じゃあどこで差が出るんです?」
「それこそが波長、要するにその神様につながりやすいかどうかなわけさ。ユーミは祈祷で自分を強化しているけれど、この辺りの話は聞いたこと無い?」
「あんまり考えた事無いですね……神様に祈ると、こう、ぶわーって力が出るから、それをえいやーってやってるだけですよ?」
そう答えると、アーミリアさんが見事に頭を抱えてしまった。
完全に天才、天性の才能じゃないか、と言いながら。
「そんな物凄い子を一人で聖騎士の任務に就けるのはどうなのさ!? 支援もないんだろう!?」
「そんなこと言われても……ボクはずっと、そうするのが当たり前だって教わってきましたから」
強い祈祷の力を持って生まれて、神殿で神官として育てて貰ったことは、神様に選ばれたということ。
だから、それは神様のために、魔物を倒すために使うのは当然。
生を受け、育ててもらった恩を返すのは当然だ、ってずっと言われてきた。
孤児院から神殿に連れてこられたあとも、こういう戦い方を教えられて過ごしてきた。
選ばれしものには義務が伴うからと。
他の……普通の子たちが街で遊んでいるのを見ても、辛いと感じるのはいけないことだ、って教わってきた。自分の力を研ぎ澄ますことが、何より大事なことなんだからと。
ボクが寂しいくらいなのは、仕方ないんだって……それが当たり前なんだって。
今まで、それに疑いを持ったことなんて、一度もなかった。
……けれどそこまで言った時、ボクが見上げるアーミリアさんは眉を吊り上げ――完全に怒り始めていた。
「その戦い方が――自分の命を加護ごと燃やし尽くすようなものだというのは、解っているのかい?」
* * *
ああもう腹が立つ!!
私が心配するようなことじゃないかも知れないけれど、いくら何でもこれは酷くないか?
本人はそれが当たり前のように思っているけれど、聞いている限りそれが当然だと思い込むように教え込んでいるよ、これは。
「私の見るところ、ユーミの戦い方は5回……いや、疲れ具合を見ると6回かな。その6回に全部の力を込めて相手を叩く、片道の、命を使い切るやり方だよ」
最初に出会った時からこっち、ユーミの戦い方を見てきて、やっと得心がいった。
絡繰りが解れば、“旦那”が拳を受けた時、常軌を逸しているくらいの打撃力が発揮できた理由にも納得がいく。
彼女は自分の身体に祈祷で強化をかけて、そのうえで格闘による打撃を繰り出すスタイルだ。
自分の筋力を強化して、普段以上の速度や打撃力を発揮したり、身体を硬化させて防御力を上昇させるという事なのだけど、これは別に珍しいものではなくて、魔力の素養を持つ戦士や騎士などの間ではごく当たり前に習得されている技術。
これを突き詰めて応用していくと、私がやっているような、魔力で体を駆動させる魔術にもなるのだけど。
「人の力というものを、体力とか祈祷とか魔力とか、もろもろ入れて百とする。これが肉体という器に入っていると思ってくれればいい。……普通はこれをうまく使って戦う。疲れによって減っていくことはあるけれど、まあ大体そんなものさ」
けれど、と続けてユーミの、大地の神殿で教え込まれた方法を並べる。
「このやり方は、一撃ごとに器の中に入った内の二十を、無理やりぶちまけて叩きつける方法だ。確かに物凄い力が出せる……身体が保つ間だけなら。けれど、あっという間に自分を使い切って、空っぽになる」
もちろんこれは、真っ当に戦うためのやり方じゃない。
恐らく人間よりも格上の……大型の魔物なんかを、自分が燃え尽きる前に相手を叩き潰すように、刺し違えてでも倒すやり方。
いくら才能があったとしても、こんな女の子に、何も知らないまま教え込んで良いようなやり方なんかじゃあ断じてない!
「で、でも……他に戦い方なんて知りませんし……これで、魔物をちゃんと倒せますし……」
「それとこれとは全然別の話だ! 確かにユーミは凄い子だよ! でもそれをこんな……使い捨てるみたいに扱って良いわけがない!」
思わず怒鳴りつけてしまった。
……しくじったな。彼女を責めたいわけじゃなかったんだ。
私が言いたいのは、その、なんていうか……。
「……ごめん。手伝ってもらう立場の、部外者が言っていいことじゃなかった……謝るよ」
「あ……」
ユーミに申し訳なくて、顔をまっすぐ見られないまま、足早に家へと向かってしまう。
これ以上何かを話そうとしたら、もっと彼女を傷つけてしまいそうで。
背中で、ユーミが立ち尽くしているのを感じながら、自分ではどうにもならない感情を抱えて――
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