4:アーミリア先生の死霊魔術講座 ――骨海戦術とか無理ですか?――
(8/25 全面改稿させていただきました)
* * *
そしてユーミを迎え、まずはこの家を改めて案内することになった。
まあ別段案内するようなことは無い……と言っても、流石に離れにある倉庫だけは案内することになったわけだけども。
離れは今住んでいる家より堅牢な石造りになっていて、地下室もあったりする。
元はこっちが本宅だったんじゃないかな、と思ったりもしているんだけど、何でそんな場所を倉庫として使っているかというと――。
「ここはね、私が冒険者時代に集めた品を保管している場所でね。大概の品は魔術の学院とか、冒険者ギルドに預けてあるから、危険な品はほとんど無いんだけどね」
「ほとんど、って……無いわけじゃないんですか?」
「そうだね、例えばそこにあるスクロールだけど、開けば魔法の効果が発揮されるものだから、うかつに開くとまあその、たまに火事が起きたり洪水が起きる」
「火事」
「それはまだマシな方で、転移先未設定のテレポートの魔法のスクロールを使ったりすると、何処に飛ぶか解らなくて空中とか海底に放り出されたり、最悪石の中に転移して即死する」
「いしのなか」
「他にも……」
「完全に危険物保管庫だと思うんですけど……?」
ユーミがジト目で私を見上げてくる。
いやそんなこと言われてもね、本当に危ない奴はちゃんと売り払ったり、研究材料として預けてあるんだよ本当に?
そもそも私の研究してる分野って知っての通り死霊魔術だから、研究資料を手に入れようとすると流通や閲覧が禁止されてる禁書の入手だとか、昔のヤバい魔術師の住処に潜るしかなかったりして、そうなると自然に本当に危険な代物も手に入っちゃうわけでさぁ……。
「確かに神殿の方にも、危ないけれど破壊できなかったり、捨てるわけにもいかないものを保管する場所がありますけど……」
「もしかしたらそこにあるうちのどれかが、私が預けたものかも……」
冒険者ギルドに持ち込んで、紆余曲折の末に神殿預かりになった遺物とかも確かあったはずだし、大地の神殿預かりになっててもおかしくないんだよね。
「ともかく、基本的にここには入らない方が良いかな。もし必要になったら私が出すし、私がいないときはノエルに聞くと良いよ、彼女は家を管理する関係上、ここの目録も覚えて貰っているしね」
「わかりました」
素直に頷いてくれて助かる。
彼女自身、魔物退治であちこちに派遣されているというし、魔物を倒したときに遺す部位の中には危険なものもあるから、そういったものの取り扱いの重要性は理解してくれているのだろう。
その他にも、水関係は井戸を使ってほしいとか、この近くで狩りが出来そうなところはどこか、それ以外のものはどうやって調達するかなどを話していく。
大体は近くの街に行って手に入れるんだけどね。
ユーミを乗せることになったのも、生活必需品の買い出しの帰りだったりするし。
あとは、目標の一つになっている自給自足の一環として、畑を始めてみたんだよ、という話をすると、懐かしそうな顔をしていたりしていた。どうしたのかと聞いてみると、
「祈祷が凄いって言われて、王都の神殿に連れてこられる前は、北の方の神殿の孤児院で育てられてたんですよね。まだほんの子供の時でしたけど」
「その頃のユーミも可愛かったんだろうなぁ」
「も、もう……そういうこと言うからノエルさんに言われるんですよ? 孤児院に居た時も、こういう風に自分たちのことは自分で、って教えられて、ボクも司祭様のお手伝いで畑仕事してたんですよね……」
時々手伝っても良いですか、と言われると否やなんてあるはずもない。
今のところはスケルトンさんに任せている部分もかなりあるんだけど、やっぱり人手はあった方が良い。生活に必要なものをいちいち買い出ししていると何かと大変だからね。
まあ全部が全部自給というのも、いちいち買い出しに行くというのも難しいから、いずれは商人さんにお願いできるくらいには平和にしたいなぁ……。その為にもこの土地の開拓は必要、ということになっていくわけで。
「そういえば……ちょっといいですか?」
「何だい?」
「アーミリアさん、“旦那”さんやノエルさんたちみたいなこと出来る凄い人なんですし、動死体……はちょっと嫌ですけど、骸骨さんたちを沢山作って、ばばーっと開拓とか出来ないんですか?」
「む……うーん……それは、ちょっとなぁ……」
死者の軍団を作っての人海戦術。
まあそうだよね、死霊術師の印象ってそういうのだよね。解らないわけじゃない。
解らないわけじゃないけども……ユーミの質問に、思わず渋い顔になってしまう。
「これは私の使う死霊魔術の術式に関係するんだけども……まず、死霊の軍勢とかを魔術で作ろうとすると、滅茶苦茶大変なんだよね」
「そうなんですか? よく言われる死霊術師って、ああいうのを引き連れてますよね?」
「ああ、やり方が違うからね」
「やり方?」
ユーミが首を傾げる。
まあそうだよなぁ。この辺の話は学問として死霊魔術を学ばないと、全くもって知ることなんてない知識の類だよね……。
「世間様で言う死霊術師っていうのは、死体に残った死者の怨念を操っている訳なんだよね。人間……まあそれだけに限らないけれど、非業に死んだ人は怨念を残してしまうことがある。これは良いよね?」
「はい。そこは教わりました。その怨念を祓い、死者を弔ってきちんと死を迎えさせて、生まれ変わる輪廻に送ってあげることも、神官の務めですから」
「普通に生きて死ぬくらいなら死に損なってアンデッドになることはないんだけど、幾つかの例外があって、そうなってしまうものもいる」
ここもユーミのような聖職者には常識なのだけれども、死ぬ際の未練が強すぎると、魂が死の向こう、輪廻の輪に還ることなく存在し続け、その場……というか自らの亡骸に意識が残ってしまう場合がある。
それが迷って怨念になる前に浄化していくのも神殿の務めというわけなんだけども、迷宮の奥や忘れ去られてしまった墓地など、弔いがなされない場所では怨念が積み重なる一方となってしまい、遂には理を枉げるようになってしまう。
この辺りの基本原理は魔法のそれと同じだったりする。
魔法とは意志の力……強いイメージで世界の理を書き換える行為がその基礎とされていて、それを韻を踏んだ呪文や呪符、魔方陣などでイメージを補強していくことを発見したりして発展していき、その方法を経験則を経て学問として成立させたのが、今の魔術という学問なのだけれども。
「同じように、積み重なった怨念が強いイメージとなって、自分は死んでいないだとか、この恨み晴らさでおくべきか、という意思の元、他者に害をなすアンデッドになるわけだね」
「そういう怨念を操って、死者を自分の道具として用いるのが、ボクたちが倒すべき死者使いですよね」
極端な例だと……高位の魔法使いが、死を拒むあまりにその妄執を増幅することで自らの肉体の理を書き換え、アンデッドと化す場合すらあるから恐れ入る。まあそういう方法ですら、アンデッドとしての不完全な不死しか実現出来ていないのだけどね。
「ともかく、そういうごくごく一部の例外を除けば、アンデッドというのはそれぞれの怨念に準じた単純な行動しか出来ない。怨念が基礎になるものだから当然のことだし、軍勢を作って襲撃する程度なら大した問題にはならないだろうけどね」
それを操ったりする程度なら大して難しくないし、その気になればユーミや世の中が想像するような、アンデッドの軍勢を組織したりすることも不可能じゃない。
邪法、禁呪と言われるものではあるけれど、そういった研究を行う術者もいるんだろうし、それを信徒への加護として与えるような神だって存在しているわけで、過去にはそういった者たちが起こした事件だってあるし、私も冒険者だった時分には討伐依頼を受けた事だってある。
そのついでに研究資料とかを頂いて来たのも事実だしね……。
「そこまではなんとなーく解るんですけど」
「何となくじゃなくてちゃんと勉強した方が良いと思うよ? この辺りまでは神学というか、神官の基礎知識の部分だし。
で、ここから私のやり方はどう違うのか、何故ノエルや“旦那”、ここのスケルトン達はそうじゃないのか、という話になるわけだね」
……長い前置きだったけど、ちゃんと聞いてくれるユーミはほんと、素直でいい子だと思う。
「さて、ここからが私はどうやっているか、という話になるわけだけど……これまで挙げたような方法を取ると、労働力が欲しくても単純なことしかさせられなくて、いちいち命令するしか無くて手間がかかるし、何より邪悪認定確定以外の何物でもない。平穏な引退生活なんて夢のまた夢になっちゃうんだよね」
「本当にそこにこだわるんですね……」
「目的と手段を取り違えるのは愚かなことだからね。それに怨念だの邪念だのの中で、ゆっくり昼寝とかガーデニングとか出来るとは思えないし」
「想像するとちょっと異様な光景ですしね……」
怨念妄念の類が漂い、亡者が呻き声の合唱を奏でる中での、平和で穏やかな生活。
……可能な奴がいないとは断言しないけど、私個人は願い下げにさせて欲しい。そんな中じゃ読書もできはしないからさ……そこまで図太い神経持ってないってば。
「でもやっぱり一人じゃこの土地の開拓は無理だし、こういう場所で働いてくれる人なんてそうそういるわけはない。じゃあどうするか、って考えたわけだよ」
「月一回、恒例の魔物襲撃なんていうのはその、何ていうか怖いですしね……」
「私とかユーミは自分で自分の身を守れるし、戦力としては“旦那”もいるけど、だからって安心できるかって言うとまた別問題だしね。……それで最初は、普通に人型の人形を動かして労働力にしよう、って考えたわけだけど……」
「うまくいかなかったんですか?」
うん、はっきり言うと失敗だった。
詳しいやり方は割愛するが、実際にそれをやろうとする場合、人形に魔力で経路を作り、動くための力場を作るところから始めなければならない。体を動かすための筋肉が無いのだから当然の話。
これは身体強化の魔術にも近いものがある。魔力で筋肉や骨、その他体の機能を強化したり、或いは無理やり魔力で駆動させたりする魔術を指すのだけど。
動作のための力場形成にもそれなりの実力が要求されるが、そこまでやれば動くかというと、そんなことはなかった。それほど甘いものではないんだよ。
何故かと言うと、身体に動くための命令を下す必要があるから。
脳や意識が無いのだから、代わりになにがしかの命令を与えないといけなくなってくる、という問題が発生する。
腿を上げ、膝と足首を動かし、身体を前に倒しながら、反対側の足を前に出し、倒れこまないように体を支える。ああ、バランスを取るために腕も動かして、姿勢を整えないと――
「……改めて言われると、凄く大変なことをしてるんですねボクたち……」
そうだろうとも。人体の神秘というやつさ。人間が生まれ落ちて、歩き出してちゃんと体を動かせるようになるまで、まあ4、5年というところか。その間の経験というのは馬鹿にならない。
これが“旦那”のような、達人級の動きとなると……それはもう、無理難題というものになってくるのは、想像がつくだろうか。
もしくは数十体はいる、それぞれにいちいち命令……やってられるかこんなこと!
そこまで説明して、そこまでは解ったかな、と確認すると、こくこく頷いてくれた。
じゃあ続けようか。
「ここからがノエルたちの話になってくるんだけど、さっき話したようなことをいちいちやっていたら話にならない。魔力が幾らあっても足りないし、頭が破裂する。所謂動石像がまだまだ古代の遺産というのがよく解る話だよね」
ではどうするか、という話になるわけだけども、そこで私の代わりに自分で考える魂がないかどうか、ということに目を付けたわけだ。
魂とは肉体を動かすための思考を生むもの、と私の学んだ魔術では定義している。それだけでも無いし、神殿なんかの教えでは色々見解もあるだろうが、今はそういうことにしておく。
「そこから、死んでいるけれど未練を残し、魂だけになっている人を探し出して、その未練を果たす代わりに働いてもらう、ってことにしたわけだね。もちろん私の魔力を使って存在を補強したりして、生前程度には動けるようにしてあるんだけど」
「ええっと……それってなんだか、普通にお仕事してもらっているだけのような?」
正解。
相手が死んでいる人であるというだけで、やってることは基本的に雇用契約というやつだ。
精霊とか使い魔を使う時のやり方に近い、と言っても良い。
これが、ノエルたちがこんなにはっきりした意識を保っている理由。怨念を操る方法じゃないからなんだよね。
ただ、このやり方だと、どうしても数を揃えるのは難しいんだよ。むしろ十体ちょっとのスケルトンとノエル、そして“旦那”を維持できているだけで御の字なわけ。
そうでもしないとこんな危ない場所で協力者なんて募れなかったからさぁ……。
スケルトンの皆が人形じゃなく骨なのは、なんだかんだで縁もゆかりもない人形よりは、自分の遺骨の方が維持しやすかった、という事だったりする。
ノエルや“旦那”は存在の強度が強かったから、そこまでする必要はなかったんだけど。
あと、各自との契約内容、つまり未練の内容はユーミにも教えない。
それは知りたければ本人たちから聞き出すべきものだしね。
私がやっている方法というのは、要するにこんなところ。
怨念を利用せずに何とか出来ないか、っていう試行錯誤の結果なんだよね。
そこまで私の説明を聞いていたユーミだったけれど、おずおずと手を挙げる。
はいそこユーミ君、どうぞ。
「ここまで聞いてて思ったんですけど……何だかもう、死霊術師を名乗らなくても良いような気がするんですけど……? じゃあ何かって言われると困るんですけど、一応邪悪な死霊を操るわけではないですし……」
「学問としてはこっちが正統なんだよぅっ! 人間の魂と生死を研究する魔術系統なの! 向こうが外道、邪道の類! そこは譲れないところなんだよー!」
言いたいことは凄く良くわかるのだけど、うん。
わかるよ? わかるんだけどね? 一緒にするなって私は言いたいわけでねー!
一応これでも魔術の学院できちんと修めたんだしさぁ!? 履修者ほとんどいなかったけど!!
私の魂の叫びが空に吸い込まれていく。
ユーミがなでなでして慰めてくれたのが、ちょっと嬉しかったです。
* * *




