2:私はスローライフがしたいだけですが?
(8/25 全面改稿させていただきました)
* * *
「君の言う、悪い死霊術師ってやつさ」
「…………――――~~~~っっ!!」
亜竜を倒した時点で気を抜いていたのか、弛緩していた子の体に、力が戻る。
半ば無理やりに身体を再起動させて、地を蹴って私に飛び掛か――速い! 亜竜を倒した時はまだ本気じゃなかったってこと!?
恐らくは身体強化の加護で速度と力、つまりは打撃力を上げているのだろう……そう分析していた意識に、物凄い衝撃と轟音が走る。
ギリギリ死霊騎士を引き戻すのが間に合ったけれど、感じたものは戦慄なんて生易しい代物じゃない。
この死霊騎士は私が魔力で支えているもので、動きそのものは彼自身の意志によるものだけど、その耐久力は私の魔力が続く限りそこいらの魔物の攻撃なら軽く弾き返せるし、先ほどの亜竜や鳥型の魔物程度なら何とでもなる。
だってのに……ただの一撃で、魔力容量の一割以上持っていかれたとか冗談だろう!? しかも直撃じゃなくて剣で受けてるのに! これが直撃だったら……。
「ちょ、ちょっと待ってくれるかな……! 君の目的はわかるけどさぁ……!!」
「本当にあなたが、死霊術師なんですか?」
「確かにそれは間違いがないけれど、だとしてもユーミを襲う理由はないんだよ……! 襲う気だったら何度だってそうする機会はあったよ!?」
ちょっと気を抜いて魔力供給を緩めれば押し切られそうなギリギリの鍔迫り合い。
死霊騎士が潰されたら次は私だ。内心では冷や汗が止まらないけれど、それでも拳を引いてくれるように頼んでみる。
「頼むからこっちの話を聞いてくれないかなぁ!?」
「……わかりました……ボクからも、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「良いよ、どうぞ」
拳を引いて一歩下がるユーミ。
良かった。正直あのまま続けていたら酷い目に遭うところだった。
こちらも死霊騎士を下がらせ、剣を納めてもらう。敵意はない、というしるしに。
さあ真面目にお話を――
「あのですね……死霊術師って言ったら、もっとこう、怪しいローブとか着てて、顔が髑髏で、あと変なタリスマンとかジャラジャラつけてるものじゃ……あと怪しげな錫杖とか?」
「待って。待とうね?」
「お姉さんって全然そういう風に見えないですから……なんていうか背が高くてスタイル良いですし、すっごく綺麗で……」
真剣に回していた思考が完璧に腰を折られた。べっきり逝きました。
ほらそこ首傾げない! ちょっと可愛いのが困るから! いやそうじゃなくて! ド天然かこの子!?
「違うんですか?」
「あー、あんまりそういう格好しないからなぁ……どっちかというとそれは邪神向けの祈祷する邪神官とか、そっちじゃないかな」
反対側に首をかしげる仕草がやっぱり可愛いなぁ、などという感慨を心に浮かべながら、ローブを軽く整えてみる。
そういう格好似合うかな私?
……これ偽装も兼ねた旅装だし、色も枯葉色で地味なんだよね。今度街に行ったら余所行きの衣装を見繕ってみようかな? 黒とか似合うと良いんだけど……髪が黒だし、少し色味を変えてみるのも良いかも? 黒系に合わせるならアクセサリーは金かな……?
そこまで考えて我に返った。そういう話をしたいんじゃないから!
彼女はと言えば、なんだか遠い目をしてぶつぶつ言ってるし。
「やっぱり背が高くてスタイル良いと何着ても似合いますよね……いいなぁ、ボクなんてこんなちんちくりんだから似合う服とか無いし……あるにはあるけどどっちかって言うと可愛いというか子供っぽい系だし、今着てるのだって神殿付きの仕立て屋さんに色々我儘言っちゃった奴だし……」
「はいそこ。そろそろ戻って来ようね?」
「……はっ!? お姉さんが本当に本当の死霊術師なんですか!?」
今更取ってつけたように真顔になってもなぁ……。
いちいち調子が狂う。相手の言葉に付き合うなと言われればそれまでなんだけどさ。
神官衣と騎士服の中間のような衣装を纏った女の子。
真面目でド天然で何処かの街角に居そうな子だが、その実力については亜竜を一撃で叩き潰したのを見ていれば疑いようもない。
無手ではあるがその戦技は格闘術だろうし、甘くは見れない。その拳を覆う籠手もかなり使い込まれている光を宿していて、戦闘経験も決して少なくは無いのだろう。
というかこの小柄な体でこの破壊力というのは、よほどの修練を積んだか天性か、それとも何かの絡繰りがあるかだろうけども……こっちもそろそろ思考を戻そう。
「うん。それは多分間違いない。この辺りに住んでいて、死霊魔術を修めている魔術師は私一人だからさ。そもそも他に生きてる住人とかいないんだけどね」
――さて、正直なところを言えば……怨念で穢され、昼日中でも死者が歩き回り、魔物が闊歩するような死の荒れ地に、私のような死霊術師が住み着くということ自体、真っ当な目的だと思ってくれる人はあんまりいないと思う。
だからこうして、討伐をするという流れになるのは変な話じゃあない、と思いもする。
ただ単に、死の荒れ地が見捨てられた場所だから放置されていた、というだけの話なのが現実だろうしね。
――あの場所は生者を拒む。死した邪竜の怨念に穢された場所――
――身の程を知らぬ愚か者如きに、何ほどのことも出来はすまい――
まあそんなところだろうさ。
だというのに、なんでわざわざ聖騎士を、それもこんな子供の、と思ってしまう。
少し話したからだろうか、何でか気になってしまう。
「……間違いなく私が死霊術師のアーミリアだよ。見ての通り、死霊騎士が従ってくれてるわけだし、そこは疑わなくて良いと思うんだけど」
「でも、その、お話の中に出てくる死霊術師と全然違うな、って……」
「あのね。いい加減に先入観は捨てて欲しいんだけどね? 神殿では何を教えてるんだい?」
流石にちょっと気になってくる。
死霊術師だからと問答無用で殴りかかってくるような子でないのは、凄く助かるんだけど。
さっきの? 私が自分で名乗ったしデュラハン出したし、まあそこはノーカンで。
「ボク……その、ちゃんとした勉強とか、してるわけじゃなくって……苦手だっていうのもありますけど、それよりも、魔物を倒せるかどうか、って……」
彼女は恥ずかしそうに目を伏せる。
つまるところ見習いを現場に引っ張り出した、ってことか。
亜竜を一撃で叩き伏せる力があるのなら、実力の点では疑いが無いとは思うけどさ。
「神殿の連中は何を考えてるんだろうね? 君……えーと、ユーミで良かったよね?」
「あ、はい。ユーミです。ユーミ・アルティールって言います」
「じゃあ改めてユーミ、君さ、なんて言われてここに来たんだい? 退治しに来たと言われて、はいそうですかと首をくれてやるわけにはいかないし、せめてそれは聞かせてくれないか?」
ここに来るまでの道中で、かなり素直な子だというのは解っていたから、半分ダメ元で聞いてみる。ありがたいことに別に機密とかでもないようで、普通に答えて貰ったんだけど。
「……ただ、その……ここに悪い死霊術師の人が住み着いて、何か悪いことを企んでいるかも知れないから、そうなる前に討伐しろ……って指令を受けて……」
正直、それを聞いた私には、怒る権利があると思った。
確かに私は、魔術師の学院で生と死の境界に関わる魔術を学んだし、結果として死霊術師と言われるような、死者を使役する魔術を使う者ではある。
見ての通りデュラハンを使役しているしね。
けれど、ただそういう疑いがある、というだけで聖騎士を派遣されて討伐対象になるなんて、いくら何でも理不尽過ぎはしないだろうか?
「……私の目的って何か知ってる?」
「……あんまり。王都の神殿の司教様がそういう命令を出しましたから、悪い人なんだろうな、って……」
下調べ位しろよ、ってその王都にいる司教とやらに呪いを掛けたくなったくらいは悪くないよね?
だって私はさぁ……。
* * *
「私はさ、ただここで……引退生活を送りたいのさ。ただそれだけなんだけど?」
* * *
うん。
私がここでこうしているのは、何かしらの邪悪な実験がしたいとか、世界を恨んで不死者の軍勢を作り上げる、なんて理由じゃない。
ただここで静かに暮らしたい、ってだけ。
あ、でも死者の軍勢で王都に攻め込んで、余計なことを言い出した王都の司教とやらに報復するのはちょっと、いやかなり魅力的なものを感じるな……労力の割に得るものが無いからやらないけど。
けれど何かの機会に顔を合わせることがあったら、呪いじゃなくて直接ぶん殴るくらいは許されるかな、どうだろう……?
「い、引退……生活……ですか……??」
その言葉を聞いたユーミが、面白いように目を白黒させていた。
しばらく思考がどっか遠くに行ってたようだけど、無事戻ってきたみたいだ。
良かった良かった。
やっぱりこの子可愛いなぁ、感情がすぐに態度に出て、表情がころころ変わるから見ていて楽しい。
……いやそういうことじゃなくって。
「そうだよ。まあ最終目的としては死の荒野の中心地、今は滅んだ街を何とか綺麗にして、そこで暮らしたいとは思っているかな」
「そ、そんなことが……」
「出来ない、って諦められるほど私は素直じゃなかったし、死霊術師がそれをやっちゃいけないってものでもないよね?」
どんなに諦めろと言われても、諦められない原風景がある。
子供の頃、迫る邪竜の軍勢から逃げながら見た光景が、今でも目に焼き付いて離れない。
あの時、こんなのは嫌だと、取り戻したいと叫んだあの時の自分が、ずっとずっと私を突き動かしている。
言葉にしてしまえば、ただそれだけの事なんだろう。
利口に生きることが出来なくなった、子供の頃の夢。
それを抱いたまま、今も、この先もきっと走り続けていく、というだけなんだよ。
我ながらどうしようもないとは思うけどね。
「じ、じゃあここで死者を操る魔法使いが住み着いて、骸骨とか幽霊を使って何かしてる、っていうのは――」
「こんなところで働いてくれるような物好きなんているわけないからさ。だから何とか協力してくれる労働力を工面してるだけだよ?」
引退生活を営むと言っても、やっぱりその準備には人手が必要になる。
この先住めるところを広げて、いつか荒れ地全域を何とかしようと思う以上、余計に。
だから何とか意識を持っている霊魂を探し出して、その人にお願いするという形で働いてもらっているわけだ。
「お願い、って……無理やり縛り付けて働かせてるわけじゃ……?」
「彼を見て、怨念とかそういうの感じるかい? 術で調べてくれてもいいよ?」
「あ、はいっ……」
邪神官によって縛られた魂は、望まぬことをさせられていたり、生者を自分たちの仲間にしようという思念があるため、怨恨や怨念が強く残る。
だからそれを調べてくれというと、ユーミが私の後ろに控えていた死霊騎士に向かい聖句を唱え、祈る動作をする。
神官に授けられた加護を使っているのだろう。
すぐに結果は出て、その強い驚きを浮かべていた表情が、理解の色へと変わる。
「あ、“旦那”、もう良いよ、ありがとう」
ユーミがとりあえず納得してくれたところで、死霊騎士……私は“旦那”と呼んでいる彼の実体化を解除する。
彼は色々あって私に手を貸してくれる腕利きの剣士なんだけど、どうにも燃費が悪いのが難点で。
出しっ放しは正直キツいので、霊体の状態で待機して貰っているわけだ。
「本当に邪悪なものは感じないんですけど……どうやってるんです?」
「あー、詳しいやり方は機会があったら改めて話すけど、未練を残して死んだ人に、その未練を果たす助けをする代わりに、存在を私の魔力で補強して現世にいて貰ってるわけだけど……解る?」
「何となくは……」
「本当に改めて勉強した方が良いと思うよ……? 魔術理論まで学べとは言わないけど」
それにまあ、物語に出てくるような悪人みたいに、怨念を操って死者の軍勢を作る、なんてのは不可能ではないだろうけど、願い下げだし。
戦力としては悪くないのかも知れないけれどね、そんなものを率いてしまったら、少なくとも安眠は出来なさそうだしさ。
平穏無事な引退生活なんてのは論外だろう。
そこまで話していたところで、何やら考えこんでいたユーミが、こちらに困ったような、ちょっと泣きそうな顔を向けてきた。
どうしたのかと聞いてみれば……。
「余計な疑いを掛けてしまって、ごめんなさい……! 命も救ってもらいましたし、その上にこんな……ボク、どうしたら良いでしょうか……?」
う、うーん……そう言われてもなぁ。
私の立場としては疑われなくなればそれで良いわけだけども、彼女としてはそういうわけにもいかないのだろう。一応お役目で来ているわけだし。
適当吹き込んで帰しても良いんだろうけど、ここまで素直だとそういうことをするのもちょっとなぁ……気が引ける。
仮に、これでこのまま帰ったとしても、何故おめおめと帰ったのか! とか叱責されそうで、それはそれで可哀想だ。
それは下調べなりをきちんとしなかった神殿の責任で、彼女自身には何の責任も無いわけだしね。
ユーミはそれでも構わない、って言うんだろうけどさ。
いや、それどころか魅了か洗脳でも受けたんじゃないかと逆に疑われる可能性すらある。
そこまで短絡脳では無いと思いたくもあるけど、彼女がここに来た経緯を考えるとあまり期待はしない方が良いとも思うんだよね……そこまではユーミには言わないけれども。
「私だってどっか他所に行く気も無いし、かといって邪悪であると認めて首を取られる訳にも行かないわけで……」
「ボクだって悪いことしてない人にそんなことしたくないですよ……!」
「だよね……何か良い手はないものか――」
「何か……大丈夫です、って証があれば……」
その言葉を聞いたとき、ふと、天啓が下りてきた。
うまくいかないかもしれない。けれど現状よりは少しマシになる、そんな天啓。
「……ユーミが私の監督をすれば良いんじゃないか?」
「……監督、ですか?」
「うん、死霊術師がこんな場所でごそごそやってるのが疑わしい、って思われるのはしょうがない。客観的に見れば私自身だって疑うからね」
「でもアーミリアさん、そんなに悪い人には見えませんけど……さっき助けてくれましたし」
そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、ここで問題になるのはユーミの主観じゃなくて、他から見てどうか、という点なわけでね。
「でも疑う人もいるわけだ。ここまでは納得してほしい」
「……はい」
「それなら、聖騎士様が直接ここで何をやっているかを見て確かめて、大丈夫ですよって示し続ければ、自然と安心に繋がるんじゃないかな、って思うんだけど」
「だから……監督……?」
「死の荒れ野の浄化もやるわけだし、私としても疑われる余地が減って困ることは無いし、相手が死霊だの魔物だから、聖騎士が手伝ってくれるのは願ったり叶ったりなのも事実だよ」
見捨てられた土地ではあるけれども、亜竜や不死者などが他の地域に出ていかないわけではない、という問題がある。ここに来るまでにユーミが倒した奴のように。
誰かが退治しなければいけないし、将来的に見れば荒れ野の浄化は誰かがやらねばならないことでもあるはずだ。
ならば――
「なあユーミ。私と一緒に……この場所を拓いてみないか?」
そう、問いかけてみた。
それが、私と彼女の出会いの始まり。
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