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死霊術師のスローライフ  作者: おぼろくらげ
――あたらしい住人と、流れる日常。――
26/28

24:過去と、告白。

    * * *


 ガルさんと話してから、ユーミは皆にあれこれと、何やら話を聞いていた。

 ノエルには何でメイドをやっているのかとか聞いていたようだし、スケルトンの皆にも身振り手振りであれこれと相談していた様子。


 私があの子の将来に責任を持ちたいと思うようになったように、彼女もまた、自分が何になりたいのか、ということを考えるようになったみたい。

 良い傾向ではあるんだけど……だからこそ、私もそれに対して、気を抜いたことは出来ない。


 とてもいい子で大事に思うからこそ……よりよい未来を、指し示す助けにはなりたい。

 そう、思えるようにはなった。


 ……ジェレミア(どっかのバカ)が言うことを笑えないかもなぁ。

 思わずため息が漏れる。


 私は、多分あの子のことが嫌いじゃない。

 正直に言うと、こういうことを考えたことはあんまりないから、今……自分が抱いている気持ちが何なのか、あんまりよくわからない。

 自分の知識や経験を教える事が出来る相手への好意じゃない、とは言えない。

 それ以外の気持ち……それこそガルさんが言うような、その、下心というか……女同士であっても、あの子を求める感情がないかと言われると、よく、わからないんだ。


 ただ、あの子のまっすぐな目で見つめられると、胸の奥がくすぐったいというか、ぎゅっと抱きしめたいという気持ちになるのは、間違いがなくて。

 母親が子供に抱くような気持なのか、それとも別の何かなのか。

 例えばリリウムを見て、あの子を何とかしてやりたい、居場所を作ってやりたいな、と思う気持ちとも違う。

 もっと深くて、ユーミのことを考えると、無性に何かをしたくなるような、そんな感情。


 この想いがいつからか……これもやっぱり、よくわからない。


 自覚したのは、リリウムに夢を見せられた時に、出てきたのがあの子だったから、かな。

 あの時は本当にどうしようかなと思ったけど。

 何度かユーミや彼自身との話にも出たのだけど、アルラウネの見せる幻の力は、相手の最も求める相手を見せて誘うもので。

 もちろん、その時一番大事に思っている対象、ってだけなんで、本当は違う感情なのかも知れない。


 それを考えながら日々を過ごすうちに、ガルさんが持ってきた依頼のために旅に出る前夜になってしまって――。


「あの……アーミリアさん、お話、大丈夫ですか?」


 ノックの音とともに、ドアの隙間からユーミが顔を出してきて。

 彼女を拒むことなんてないから、手招きをすると満面の笑顔で部屋に入ってくる。


「皆さんにも聞いていたんですけど……」


 そして、長い話が始まった。



    * * *



「アーミリアさんは、何になろうとか、なりたいって……考えたこと、あります?」

「そりゃああるさ……と言いたいけど、私は他の人とはちょっと違うかもね」


 自分を省みてみて、色々と歪というか、子供の時の夢を捨てずにただ突っ走ってきたなぁ、って自覚するのは確かなんだよね。

 それだけ、私の中で燃える街と、そこに立つ邪竜が焼き付いてしまった、ということなんだろうけど。

 新しい部屋のベッドに二人並んで腰かけて、思い返しながら話していく。


「違う……っていうと?」

「私は、夢がある、その夢に向けて迷いなく進んできた……っていうと綺麗だけど」


 私を見上げる視線。

 嫌われたり、幻滅されたりしないだろうか、とも思う。

 けれど、これはきっと、言っておかないといけないことだ。



「……だけどこれは、ただの復讐なんだよ」



 はぁ、と息を吐きながら、告白する。

 だから私は、普通の、どこにでもいるような子供が魔術の学院に入り、魔術を修めて冒険者となり、そうして十分に成功したと言えるようになっても、どこかそれに価値を認められなくて……そういう自分を、どこか冷めた目で見ていた気がする。


 栄達、栄華、幸せな家庭。

 そんなものに、意味がないと思っていた。

 欲しいものは、ずっと昔に失われていて……それを取り戻すためだけに生きてきたから。


「復讐って、そんな――」

「でも、そうなんだ。あの日、あの時、あの場所でこの手からこぼれたものを取り戻すために……絶対に戻らないものを取り戻そうとしてきたんだよ、私はね」


 私があの時失ったのは、家族だけじゃない。

 もちろん、あの時街を守るために父さんは命を懸け、母さんはそのあと私を育てるためにすごく苦労をして、私が魔術の学院に入ったころに体を壊して亡くなった。

 そういうことは間違いなく、私の心の中に刺さっていて、抜けずに血を流し続けている。


 けれど、それだけじゃないんだ。


 私が取り戻そうとしているのはきっと、あの日の続き。

 幸せだった子供だった時間の続き。


 誰かと遊んで、怒られて、大きくなって、恋をして、結ばれて――

 そんな、どこにでもあるような生き方。

 父さんと母さんだけじゃない。あの時に失われて消えてしまった、全て。


 それを失わせた理不尽への、復讐。


 わかっている。そんなものは取り戻しようがないと。

 私が今ここでこうしているのだから、そこには戻りようがない。


 失ったものは、戻らない。

 死霊魔術を学んで、生と死の境界を知っても、何をしても。

 学べば学ぶほど、取り戻せないもの、手の届かないものがあると、思い知らされて。


 ――だからせめて、場所だけでも取り戻したいと。

 ただの代償行為だ。

 もしかしたらユーミに手を伸ばしたのだって、せめてもう少し、と心のどこかで思ったからなんだろうと言われたら、否定のしようもないし……


 ……それはきっと、ただの事実だ。

 だから、私の話は参考にはならないし、私の様にはなってはいけない。


 ユーミという子を惜しく思って手を伸ばした、その気持ちと行動に後悔は微塵もないし、「先生」として在るなら、こんなことを話す必要はないのだろう。

 でも、それではいけない。

 初めて出来た愛おしい相手に、私のことをまっすぐ見つめてくれる子に、嘘をつくのは嫌だったから。


「だから、私の様になっちゃダメなんだよ。……ユーミは、こんな風になっちゃいけない」


 失ったものに囚われないように、失う前に手を伸ばせるように、なりたいものになれるように。

 ただ戦うだけの人ではなく……何かを失ってから、取り戻せない過去に向かって走るような。

 そんなのは、私だけで良いんだから――



「――そんなこと言わないでください!!」



 ぽつりぽつりそんなことを言っていたら、ユーミが叫んだ。

 何事かと見てみれば、目じりに涙が浮かんですらいる。

 でも本当のことだから、と言おうとして、その強い視線がそれを許してはくれなかった。


「ボク、まだ子供ですから、アーミリアさんがどんな気持ちでいるのかなんてわからないです……」


 でも、と言葉は続く。


「……でも、ボクに手を差し伸べてくれたのは、本当にうれしかったんです!」


 本当の気持ちが何であったとしても、それでも自分は救われたのだから、と。

 自分を救ってくれた人が、自分を悪く言うなんて嫌です――そう、一気にあふれ出した感情を抑えられないままに。

 本当はこんなに歪んでいるんだよ、と言う私に、それならボクだって歪んでいます、とぼろぼろ涙をこぼして、私にしがみついてくる。


「ボクの肌を見て、なんとも思いませんでした?」

「……珍しいな、とは思っていたよ。確か北の生まれだよね」

「はい。周りのひとはみんな、こうじゃなくって……」


 ユーミの家族も含めて、確かに王国の北の方に住む人たちは、全体として色が白い。

 その中で褐色の肌というのはなかなかいないし、土地柄で言うなら王国をさらに南にいって海を越えた先、それこそリリウムたちの故郷などのような、高温多湿の南国に多い特徴だったりする。


「だからその……子供の時から、ずっといじめられてました。……魔族の子だ、って」

「……そっか」


 家族が生きていた頃は、守ってくれたという。けれど、流行り病でそれを失ってからは、文字通り石を投げられ、唾を吐かれるような土地で過ごしていたという。

 そしてそれは、孤児院に引き取られても変わることはなくて。


「……同じ孤児院の子や、周りの人にいじめられてました。魔族はいなくなれ、って」

「遡ればご先祖様に魔族はいたかもしれない、けれどそんなのユーミには関係ないだろうに……」

「だからかな……ずっとずっと、神様に祈ってたんです」


 それを語るユーミは涙を流しながらも、いつもみたいに笑っていた。

 それ以外の表情なんて知らない、と言わんばかりに。



「……助けて、って。ボクをここから、助けてくださいって」



 ぞっとした。

 背筋が凍るなんて生易しいものじゃない。

 幼い子供がそんな祈りに縋りつくなんて、どれほどの苦痛だったんだろうか。

 あるいは絶望か。


 そして願いは叶えられた。

 強すぎるほどの加護として……深く深く、何もかも捨てて祈ったからだろうか。

 それは、私にはわからないことだけど。


「そうしたら、みんな変わってくれたんですよ」

「……どんなふうに?」

「このボクのちからは、みんなのためのものだ、って」


 手のひらを返して、すごい、神童だと持ち上げられて。

 その頃のユーミは、それを素直に喜んだという。

 自分のことを半ば見捨てていた周りの人たちが、自分を認めてくれたんだから。


 だから彼女は、そうするのが良いんだと思ったんだそうだ。

 いじめられて排斥されていた自分は、そうして自分に出来ることで戦えば、必要としてもらえる。

 叩かれたり、泣いたりしなくていい。


 それがただ、自分を犠牲にしているだけだなんて、考えもしないまま。

 いや、考えはしていた。

 ただ……また、もとの場所に戻りたくないからと、その思考に蓋をして、これが正しいんだと思い続けていた。


 今の戦い方を身に付けたのもその時で、無我夢中で近くに出た魔物を倒したときにそうしたらしい。

 しかもそれを、素晴らしい戦い方だと持ち上げた奴がいたらしい。

 そしてユーミはそいつに連れられて王都の神殿で聖騎士……年齢が若すぎるなんかの理由で見習いではあるけれど、その叙勲を受けたのだそうだ。


 その後はガルさんの訓練を少し受けたり、あちこちの魔物を倒したりして……そして、私と出会うことになって。


「そんなボクに手を伸ばしてくれたのは……聖騎士になんてならなくて良いって言ってくれたのは……」


 必死に、ユーミは叫ぶ。


「なりたいものになれる、って言ってくれたのは、あなたなんです!」


 私の胸にしがみついて、子供の様に泣きじゃくる。

 ううん、この子は、ほんの子供なんだ。

 聖騎士の使命、神殿の教えに心を包んで、笑って頑張ってはいたけれど……小さな子供なんだ。


 大地の神様が大きな加護を与えてくれたのは、この子に何かをさせたいからじゃなくて。

 ただ、この子を守るためなんだと、不意に思った。

 それが少し裏目に出てはしまったけれど、それが今、彼女と私を結び付けた縁になったのは、間違いない事実。 


「ボクを救ってくれたのは……あなた、なのに、自分がまるで、駄目なものみたいに、言っちゃ……嫌です……」


 そこまで言うのが限界だったんだろう。

 後はもう、ただただ泣き続けて。

 私はそんなユーミを抱きしめて、ずっと背中を撫で続けていた。



 どんな言葉よりも何よりも、それが必要なことだったから。

 ただ、そうしたかったから。



    * * *



「……ボク、なりたいものを決めました」


 泣き止んだユーミは、私に体全部を預けたまま、そう呟く。

 何になりたいの、と促せば、暗紫色(アメジスト)の瞳が私を見つめる。


「あなたの、お嫁さんに……なりたいです」


 聖騎士でも、神官でも司教でもお姫様でもなんでもなく。

 あなたのそばに、ずっとずっといたいです、と。

 自分を救ってくれた、私のそばに。


「……苦労するよ?」

「それでも、いいです。ボクが……ユーミが、そうなりたいって決めたんです」


 神様の為だとか、神殿とか国とか世界の為じゃなくて。

 自分がそうしたいと願ったから。


「……ボクが何になりたいって思っても、叶えられるように教えてくれるんですよね?」

「……全く。後悔しても知らないよ? 女同士だし……ガルさんとか怒るよ、きっと」

「後悔しないように、今、そう決めたんですよ。みんなのことは、何とかしていければいいかなって思いますし」


 あなたがそう言ってくれたから。

 何になっても良いと、そう手を伸ばしてくれたから。

 その手を掴むことを選んで、自分のなりたいものを、やりたいことを決めたんです。


 そう言って微笑んだユーミはまだ涙に濡れていたけれど――とても、綺麗で。


「嫌だ、って言っても、逃がしてあげませんから」


 言いながら、ベッドに押し倒される。

 そのまま自分を全部、私に預けてくる。

 ボクの全部は、あなたのものです、と。


「……駄目ですか?」


 はぁ、とため息がこぼれる。

 こんなに熱烈に、愛をささやかれたことなんてなかったから。

 ちょっと、どうしていいかわからないところも無くはないけれど。


「二人で一緒に暮らすなら、なおさら死の荒れ地は何とかしないとね」


 これまで抱き続けてきたものを捨てることは、出来ないけれど。

 それでも、きっと――。


「……それでいいなら、ユーミの全部、私がもらう」


 身体の上の彼女を、強く強く抱きしめて。

 私を求めてくれる少女を、私も求める。



「身も心も魂も……何もかも、私のものだよ」



 私は死霊術師(ネクロマンサー)

 だから、死んでも逃がしてなんて、あげないからね……!



    * * *




落とす話ではなくて、落とされる話だったりします。

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