22:他人から言われて、認めることもあるわけで。
「まあ、言いたいことってのはそんなに難しいことじゃないんだけどさ」
大地の神殿として言いたいことは判ったし、それ自体は理解しているのだけど――
聞きたいことはたった一つ。
「……大地の神殿は、あの子に何を教えたのさ?」
結局、そこなんだよ。
たとえ見習いとは言え聖騎士の位階にあるものが、神学以外はほとんど身についていない、ってのも確かにある。だからこそ私は、彼女に出来る限りを教えようと決めたんだから。
けれどそれ以上に、あんなに歪な戦い方を教え込んだというのはどう考えてもおかしい。
もちろん、切り札としては十分に効果があると思う。
あの破壊力は、それこそ大概の魔物を倒す事が出来る。その点では確かに必要性はあるのは解る。
だとしても、あれを主軸として据えるのは……捨て身を基本戦術とするのは、少なくとも私が知る戦い方としてはあり得ない、と思うんだ。
ガル上級司教は、しばし黙っていたけれど。
「クリスティン、少し席を外しなさい」
「承知しました」
そう言って彼と私、一対一の状況を作ったのだけど――。
そうして暫しの沈黙が過ぎ去ってから。
「神殿外の方にそれを言わせるのは、こちらの不徳の致すところ。まず、謝罪させて頂こう」
深々と……仮にも高位司教の地位にある人が、頭を下げたのだった。
* * *
「現在、大地の神殿は二派に割れておりましてな」
他言無用で、という前置きから始まったガルさんの話は、私にも無関係なものではなかった。
「事の始まりは二十五年前の、あの邪竜戦役なのですがね。あの戦いにおいて大きな力となったのは勇者を見出した太陽の神殿と、それを支えた海洋神の神殿。我々大地の神の信徒は、さしたる貢献が出来ずに終わってしまいましてな……」
言葉で言ってしまえば確かにそれだけなんだけど、当時は結構な混乱があったそうだ。
やはり人間、大変な時には実績のある所を頼りたい、というのは理解できないわけじゃない。
邪竜との戦いは、ほぼ総力戦と言って良い状況ではあったけれど、やっぱり大きな活躍をしたところに守ってもらいたい、帰依したい、というのは自然な流れだろう……ガルさんはそう説明してくれて。
「これで、邪竜の怨念に汚染された地の浄化を、我々が出来たのならば、話は違ったのでしょうが」
「相手が悪い……と諦めるわけにはいかないよね」
「そうやって生きていければ楽ではあったのでしょうがね」
現実として、土地の浄化は出来ないまま二十五年が過ぎ去ってしまった。
大地の神殿としても何度か挑みはしたのだけれど、結局大きな犠牲を出した挙句に失敗に終わった末、王国として隔離という決定が出て以降は、歯噛みしながら時を過ごすことになったそうだ。
「結果として我々の神殿に残ったのは、擦り減った教団と……それによってかろうじて残った信徒、という状況でしてな」
それでも下位神の教団よりは大きな勢力が残ったとはいえ、厳しいものは厳しいんだろう。
「私としては、その生き残りとして教団の建て直しに力を尽くしてきたのですが、ここ数年で状況が変わりましてな……あまり良くない方向に」
「……と、言うと?」
「……傘下の神殿や孤児院から才能のある子供を集め、魔物を狩るために育てよう、という動きが大きくなっておるのですよ」
――ああ。
なるほどね、そういうことか。
失った支持や勢力を取り戻そうというのであれば、手っ取り早く功績を上げていけばいい――そういうことを考える連中がいる、ってことか。
そして、ユーミがあんな戦い方を身に付けた……いや、身に付けさせられたのも、つまるところ……大物の魔物を狩って実績を作らせよう、という思惑がある、と。
しかも、その勢力は神殿の中で、それなりの勢力になってしまっている。
「私はそういう方法は良くない、一時の凋落を覚悟してでも、時間をかけて立て直していくべきだと主張しておったのですがね……」
「けれど、これまでの責任もあるし、新しいやり方……私としてもあんなのは認めたくないけどさ、ともかくそっちが主流になったから、窓際に追いやられてた、というわけですか」
元聖騎士長で、今は高位司教というけれど……むしろ高位司教にするという名目で、聖騎士長の立場を追われた、というところか。
この二十五年の功績を、という形で責任を取らせた、って形。
「辛うじて、聖騎士ユーミは才能がある、より良い鍛錬を積ませるべきだということで、短期間ではありましたが直接に鍛錬を行わせることが出来ましたが、力及ばず……」
他に教えることが多すぎて、根本的な歪みの修正には至らなかった、と。
それでもそんな状況できちんと生き残ってきているというのは、彼女の才能を証明するものだと思うけど……。
「……なあガルさん」
「何ですかな」
「同棲がどうのというのは彼女大事のことだろうし、私としては何も言わないけどさ」
お互いの視線が絡み合う。
「でも、話を聞いて余計に確信できた。やっぱり彼女は大地の神殿には置いておけないよ。……ユーミがそれを望むならまあ、別だけどさ」
そのまま、私の思うところを話していく。
……彼女は確かに天稟がある。
でもそれは、魔物退治の為だけ、大地の神殿のためにだけ使わせたくはない。
彼女には出来うる限りの選択肢を作ってあげたい。
彼女が望み、私の知恵と力の及ぶ限り、だけどね。
「それはつまり……ユーミ嬢の未来に責任を持つ、という意味でよろしい、ですかな?」
「貴方だって解っているだろう? あんなに我を忘れるくらい、彼女を大事に思っている。その一点に関する限り、私とガルさんは同じ考えのはずだ」
そして、大地の神殿の今の方針は、その彼女をすり潰す。
ガルさんは口にしなかったけれど、既にそれで失われたものもあるはずだ。
ユーミほどの才能をもってしても、たまたま生き延びただけ、と言えてしまう。
……じゃあ、それには及ばない人は?
名声を高めるために、狙って強大な魔物を倒すために派遣されるのだろうから……その結果は、あまり考えたくない。
神殿全体のことなんて、私の手では及ぶわけもない。
けれど、彼女だけは。
袖すりあうも何とやらというけど、縁があって、とてもいい子なんだ。
だから、死んでほしくないし、守ってあげたいって思ったんだ。
「だから……協力できないかな」
「協力、ですか」
「本音を言うなら、今すぐにでも神殿なんて抜けさせて、私のところで育てたいってのが本音だよ」
でもまあ、それはなかなか難しいだろうし、本人は大地の神殿の教えは大事にしている。
それは尊重すべき。それは私も解っているよ。
「でもそれは出来ないから、大地の神殿として、この死の荒れ地の開拓にユーミを正式に参加させてほしい。もともとが私の個人的なものだから、全面的に協力をしてくれなんて言わない」
男の目を、まっすぐに見ながら言葉を続ける。
「そもそもあんまり大規模にやるから、向こうの過剰反応を誘うんだ。生者が多く近づくから、自分に反する力を振るうものが多く近づくから、向こうだって無視はしない」
何回か調査をした限り、踏み込めば確かに亡者や魔物の発生は起きるのだけど、少なくとも今のところは、氾濫と呼べるような事態は起きていない。
それはなぜかと調べても見たけれど、過去の事例を含めても、結論としては干渉を掛ける規模に比例して氾濫が起きている、と結論付けた。
「私だって今後の生活が懸かってる。だから成算も無しにやってるわけじゃないんだ。信用できるかどうかはそっちが決めることだけど、それはそっちが持ってきた依頼の内容を見て決めてくれれば良い」
だから私は、少人数で少しずつ向こうの領域を削るという方法を選んだんだ。
恐らくこれで、荒れ地の中心……街の郊外になっていた場所までは削り切れるはず。
そこから先は、また別の方法を選ぶ必要があるだろうけれど。
無言のまま、ガルさんは私の目を見ている。
「大地の神殿だって、この土地の浄化が成功すれば、十分な功績になるはずだろう。けれど大きな支援や力づくの方法は逆効果。だから今はユーミ一人で良い……そういう理由で、今の主流派を説得してくれないだろうか?」
これは間違いなく、私のエゴだ。
自分の目的が先にあるのも認める。ユーミ以外はどうでも良いと言っているのと同じ、というのも事実。
そんなことはわかっているよ。
でも、それでも……彼女に手を差し伸べたいと思った。
ただ、それだけなんだ。
そこまで全部、隠すことも無く、彼女の育ての親に、まっすぐ話した。
* * *
「……本人の希望もありますからな。まず改めて、聖騎士ユーミと話させていただきましょう。まずは本人がどう考え、どうしたいのかということが先決でしょう」
私の話を聞いていたガルさんが、しばらく考えた末に、重々しく発した言葉はそれだった。
「この土地の開拓をしているものとして、大地の神殿の支援の形として、聖騎士ユーミの力を欲している。故に、指名を受けたものとして、まず確認を……それで良いですな?」
「ああ、それでいい。感謝するよ」
ふむ、とガルさんが息をついて雰囲気が和らぐ。
何とか一山越えたかなあ……。
「それでですな、こちらとしても個人的にお聞きしたいことがあるのですよ」
「私に?」
「ええ、貴女に」
何だろう?
では、と改まったガルさんが口を開く。
「随分と聖騎士ユーミの信頼を得ているようですな。貴女個人も彼女を教え導きたい、と入れ込む程度には目をかけておられる」
「……あー、うん。でもたまにというか、距離が近いって感じる時があるかなぁ……」
具体的に言うと、今回の話し合いの最初とか。
出会った最初も割と人懐っこかった感じはあったかな? でも近頃は特に……。
「ほほう。よもや邪な思いなどは持っておられませんでしょうな?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる!? 彼女も私も女だよ!? それに、彼女は弟子……生徒みたいなものだし……そういう気持ちは、その……多分、ないよ」
「口籠りましたな。素直に白状すれば悪いようには致しませんぞ?」
「うっさいよっ!? あんなかわいい子にくっつかれて嫌な気がする方がどうかしてると思うんだけど!? 仕方ないよね!? 私悪くないよね!? ガルさんがああされたらどう思うよ!?」
「私なら懺悔ものですな!」
お互い合意が取れました、と言って良いんだろうか。
さて、私の方として何が危険かって……夢にまで見ちゃうことがあるくらいで。
一番キツかったのは、辺境伯の街の宿で見た夢だけど、あれはリリウムの能力で見せられた夢なんだけど……。
あれは……アルラウネの異性を誘う能力っていうのは、自分の望む異性を幻で見せるものってことなんだよね。
その、つまり……私が、望んでいるのって……。
それを意識するようになってしまってから、常識と願望の板挟みになってしまっているのは、まあ否定しない。
そういう私の内心を表情とかから察したんだろう、ガルさんが憤怒の表情で机を叩く。
「……断じて同棲は認めんぞっ!!」
「さっきの合意をぶち壊しにするの止めてくれる!? ちゃんと節度は守るよ! 多分!!」
「あのように直接的に好意を向けられるなど何と羨ましい! 許しませんぞ!?」
「ちょっと正気に戻れよこの親バカ司教!? こっちだって頑張って理性保ってるんだぞ!」
そのまま二人でぎゃあぎゃあと大騒ぎ開始。
ああ、うん。
ガルさんも大概親バカだけど、私もかなり……バカになってしまっているんだろうなぁ……。
* * *




