19:日々の始まり
* * *
ボクの闘法は、魔物を狩る為のもの。
それは、最初から判っていた。
自分の力を、祈りを、命を全てぶつけて、強い魔物を倒すためのやり方。
それでいいと思っていたんだ。
エルフの森の事件の時も、そのやり方で役に立つことが出来たし。
だから、家が建つまでの間に、ちょっと戦い方を考えようと言われた時、“旦那”さんと手合わせをするものだと思っていた。
思っていたんだけど、まさか――。
「危なかったけど、まあこんなところかな。でもこれで、どれくらい危うい戦い方かは判ったんじゃないかな?」
疲れ切って、地面に倒れ伏していたのは、ボクの方だった。
模擬戦をしようと言われて、始まった立ち合い。
決して手を抜いたつもりはない。
でも……。
まさか、“旦那”さんが出るまでもなく、アーミリアさんに負けるとは……思っていなかった。
* * *
辺境伯の街でのちょっとした騒ぎが片付き、リリウムの命名が終わったところで、私たちは住処に帰るため、再び馬車の住人になった。
あれこれと買い込んだものが多かったので、馬車を二台に増やし、一台は私とユーミ、もう一台にはナハトとリリウムが乗っているのだけど……。
「……リリウムが悪いわけじゃないのはわかってるんですけどね」
「うん、悪い子じゃないんだ、悪い子では」
思わず馭者席で溜息をついてしまう。
衝撃の事実が判明したリリウムの事なんだけど……いや、本当に悪い子じゃないんだよ、うん。
彼は女性しか生まれないアルラウネの中で、唯一生まれた男のアルラウネ。
色々あってこっちに来たのだけど、本来男性を誘うために用いる幻惑や催眠の能力が、どうやら女性に作用するようなんだよね。
だからこそ一族から逃げ出せてこれたそうなんだけど。
そして、今の問題は……その上で、その能力の制御がいまいち甘い、ということで。
この前見た夢……うん、まあ、そういう夢なんだけど、それは彼の精神的な抑圧、この場合は寂しさによって引き起こされた可能性が高いっぽいんだよね。
同じように、あの公衆浴場での騒ぎの時にカイラたちを眠り込ませたのは、恐怖を感じていたから。
考えてみれば、私があの夢を見た時、私のベッドの中に潜り込んできていたわけで。
寂しかったんだろうなぁ……故郷にいた時に、唯一の男という理由で心の休まる時間がなかったように、こっちに流されてきても恐怖を感じずにいる時間なんてなかっただろう。
それがようやく私たちのところで、甘えたい、寂しいと思える程度には落ち着いたというのは、彼にとっては良いことだと思う。
ではここからどうするか、という話になるんだけど。
「当面は、彼にとって落ち着く場所を作れればそれで良いんじゃないかな、って思ってる。幸い、こっちはこれからあれこれ作るわけで、リリウムに合わせて部屋とかを作る余裕は十分にある」
「怯えたりしなくなれば、自然に……ってことですよね」
「うん、それで当面は大丈夫なはず」
「当面は……っていうと?」
「……発情期?」
「はつっ……!?」
まあ、今から考えても仕方ないよね、っていう話なのかも知れないけど。
何とかそれまでに、人間や他の種族の考え方を教えていければいいかな、とは思うんだけど。
幸いというかなんというか、ユーミもいるから、一緒に勉強していければ良いんじゃないかな。
「それに、ユーミには他にも教えておかないといけないことがあるからね」
「えっと……?」
「具体的には戦い方だね。前にも言ったけど、今の戦い方はやっぱり危ない。だから……」
確かに一撃だけを見るなら、それを突き詰めたやり方は否定するのは難しい。
でもこれは、一対一だけを考えたやり方だ。
とにかく強い打撃を撃ち込めば勝てる、っていうくらいのやり方で、正直生きて帰ることを考えていない、片道の闘法。
「だから、家に着いたら手っ取り早く模擬戦、してみようか」
――そういうことになった。
* * *
「どうして負けたのかわかるかい?」
とりあえず模擬戦はいったん休憩。
地面に大の字になって、荒い息を吐いているユーミの隣にこちらも座る。
「最初にあった、ときとっ……おんなじ、ように……やった、のにっ……」
「うん、そうだね。あの時は“旦那”に受け止めてもらったよね」
あの時は本当にびっくりした。
“旦那”はダメージを私の魔力で肩代わりしていたのだけど、それが一割以上、ただの一撃で持っていかれるなんて、心底驚いた。
あれから何回かユーミが戦っているのを見て、その強さと危うさを理解して今に至るのだけど。
「でも、今は……叩いても叩いても、全然駄目で……」
ユーミが悔しそうに目元をぬぐう。もしかしたら泣いているのかも知れない。
私が怒ったとはいえ、それなりに自信があったやり方がいきなり通じなくなったんだから、それも当然だろうと思う。
「そのうえ、ボクが一回叩く間に、何回も……」
「まあ、それが死霊術師の得意技と言ってもいいからね」
もともと私の持つ攻撃方法なんて、それほど強力なものじゃない。
魔法使いなら定番の《魔法の矢》だとか、それにある程度の他の属性を付与した《火炎の矢》などと言った基礎的な攻撃術。
これに拡大、炸裂の術法を加えたりするというアレンジはあるけれど、それくらいは一定の実力がある魔法使いなら誰しも使う事が出来るだろう。
今回はそういう方法は取らず、ユーミにとって、多分一番嫌な方法でやらせてもらったんだよね。
それは、ノエルや他のスケルトン達には及ばない程度の、自我を持った幽霊兵たちを実体化させ、それによる集団での攻撃。
私がユーミの攻撃を担当し、そこに出来た隙に幽霊兵の攻撃を入れたり、消耗をさせた……という流れ。
「まさか……こうくるなんて……ああぁ……」
「あはは、悪いね。流石に真正面からは荷が重いっていうのもあったんだけど……」
何より、と前置きをしてから。
「これが、ユーミの最大の弱点だよ」
そう告げた。
前にも話したことがあると思うけれど、彼女の使う闘法は……限界を超えた一撃を回数を区切って使う。
要するに、人間を越えた耐久性を持つ魔物を、一対一で狩るためのもの。
限界を超えるような、命を削るような一撃ならば、確かに……そう、確かに、竜の鱗を通してすら打撃を撃ち込めるだろう。
現に、亜竜程度なら問題もなく叩き伏せることが出来るんだから。
けれどその反面、自分より弱く、しかし数の多い相手との戦いが、ほぼほぼ考慮されていない。
だからわかりやすく、幽霊兵の物量で攻めさせてもらったというわけ。
「ううう……そっちはわかりますけど、ボクの攻撃が通用しなかったのは、何で……?」
「そっちは宿題にさせてもらおうかな。何もかも教えたら工夫の意味が無いし。ただ、ユーミの名誉のために言っておくけど、防御の魔法は使ってる」
流石に魔法も使っていないのに防がれただと非常識に過ぎるし、それはあんまりにもユーミがかわいそうだ。
あと、私自身が専門家じゃないってのもあるから、使わずに受けたら間違いなく死んじゃうんだけどね。だから魔法程度は許してほしい。
後はそれこそ、工夫なんだよね。
それを理解して、対処できるかが宿題。
「……わかりました、がんばります……!」
「まだ疲労と反動とかが抜けてないだろうから、立とうとしなくていいってば。ほら、もうちょっと休んでおくといいよ」
立ち上がろうとするユーミを止めて、逆に膝を貸して寝かせてあげる。
少し休めば大丈夫だろうけど、それでも無理はしない方がいい。
頭は打たなかったけど、それでも結構ぼこぼこ殴られていたしね。
「あ、そうじゃなくて……その、ナハトさんが……」
「あれ? ほんとだ、どうしたのナハト?」
ユーミと話すのに夢中で気が付かなかったけれど、すぐ近くまでナハトが歩いてきていた。
斥候である彼は、習い性みたいに足音が無いので、時々こういうことがある。
彼も彼で気を使ってくれているようで、近づくときにはそれなりにサインを出してくれてもいるのだけど。
「邪魔をする気はなかったんだが、材木が届いたからな」
「うわ、早いね。もうちょっとかかると思ってたのに」
「まだ第一陣だそうだが、あいさつ程度はせねばならんだろう」
確かにその通りだなぁ、遠いところをわざわざ持ってきてくれたんだし。
なのでユーミに手を貸して立ってもらい、三人で家の方へと歩く。
「随分とやられたな」
「ちょっと悔しいです……なんかもう、一方的に……」
「遠目で見ていたが、少しやり方が良くないな、あれは。アーミリアが悪辣というのも否定はしないが」
「悪辣ってなんだよ、悪辣って」
そうなんですか、と悪辣という言葉が引っかかる様子のユーミ。
不貞腐れる私を無視して、ナハトは簡単に告げる。
「多くの相手と戦う時の方法は、ただまっすぐ突っ込めばいいというものではないさ。周りを囲まれて、正面の一人と向き合っているうちに、横や後ろから殴られるのがオチだ」
「うぅ……言う通りですから、反論が出来ない……」
そうなんだよね。これは弱い者の戦い方でもある。
正面、つまり私に注意を引き付けておいて、横合いや後ろから打撃を入れていく方法。
冒険者をやっていると馴染みがあるんだけど、例を挙げると……そう、例えば小鬼という魔物は、決して強くない。
亜竜や多頭樹蛇に比べると、それはもう話にならないというやつだ。
人間の子供よりちょっと強いくらいで、その気になれば訓練を積んでいない農夫でもなんとか撃退出来るくらいの魔物だ。
しかし、これの群れに襲われ、不意を突いて後ろから殴られて不覚を取る、なんてことが稀にあったりもするんだよね。
同じように、ユーミの戦い方は、強い魔物との一対一が最優先で、こういう群れと戦う時の方法や、策を使われた時の対応が丸々抜け落ちている。
本人が物凄い加護の力を得ているから押し切れているだけ、と言ってしまえるくらい。
だから私の所にいるうちに、そこだけは何とか直してほしいんだよね。
……少なくとも今のやり方じゃ、命がいくつあっても足りるようなもんじゃないんだから。
「俺にとっては馴染みの手妻でもあるからな、良ければ少し教えてやろうか?」
「良いんですか!?」
「お前もこのままやられっぱなし、というのは癪だろう。そこの涼しい顔をした奴に一泡吹かせてみるのも十分ありだろうさ」
あ、なんか共同戦線の臭い。
確かに斥候のナハトはこういうの得意だろうけどさ。
* * *
「取り急ぎ、材木を持ってきたが……何をしているんだお前たちは」
「何って……ちょっとした訓練?」
「訓練なら良いが……一瞬ゴーストに襲われているかと思ったぞ」
家に戻ってみると、何台かの荷馬車が到着していた。
率いているのはエシルゥア。なんだか少し、遠い目をしている。
まあ、傍目から見ると否定できないんだよなぁ。
ともかく、とエルフの森産の材木を積んだ荷馬車を率いてやってきた彼、一緒に来たエルフと共に手早く荷物をこちらに降ろして来る。
それを受け取るのがナハトと、上手い事身振り手振りで意思疎通をやっているスケルトンたち。
「こういうのを見ると、アーミリアが死霊術師というのに納得するな」
「ああ、気持ちはわかるよ。荷下ろしが終わったら食事でもしていくと良い、作っているのがゴーストだけれどな」
「そうかぁ……」
エシルゥアとナハトが何だか感慨深そうに話している。
そんなに変かな? ……変か。頭の固い連中に見つかったらただじゃ済まないだろうし。
「な、慣れるとそんなに気にならないですよ?」
「そういうものか?」
「ええ、結構表情豊かというか、目立ちたがりというか……個性強いですし……」
ユーミの意見。
まあここのスケルトン、生前の意識が残っている上に状況に順応してるから、たまに変なことやりだすんだよね。
お互いの骨を打楽器にして演奏し始めたりとか。
初めてそれ見た時の、ユーミの呆然とした顔はちょっと見ものだった。
私も驚いたけど。
「あらぁ~、お客様ですねぇ~。ようこそいらっしゃいました~」
「…………ひさし、ぶり……?」
ノエルに連れられたリリウムも顔を出す。
やれやれ、賑やかになったよね。
「改めてって話になるけど、多分ここからスタートだと思うんだ」
ひとしきりエシルゥアたちと話していたユーミが、私のそばに近づいてくる。
どうしたんですか、と聞いてくる声に、いやぁ、と前置きをしてから言葉を返していく。
「少し前……ここでやっていこうって決めた時には、思わなかったけれど」
そう。
この土地に戻って来て……いや、それよりずっと前。
ここを去るときに、諦めないと決めた、子供の時。
あの時、諦めなかったのは――私だけだった。
それが今は……多いわけじゃない。
街一つを拓こうというんだから、決して十分な人数じゃない。
「けど、今はね……思うんだよ」
「何をです?」
目を細くして笑う。
隣のユーミも、同じような顔になる。
「一人じゃない、って」
「……はい。みんなも、ボクも、いますよ」
だから、改めて。
「……よろしくね」
「ボクの方こそ、よろしくお願いします」
――そうして、新しい日々が始まる。
ここまでは日常編の前振りみたいな?
ここからはスローライフ方面の、まったりした話でいこうかと。……多分。




