18:お名前決定と、次のあれこれ。
「いやいやいや、悪かったね! 幾ら綺麗だって保護者付きの坊やを押し倒そうとしちゃいけないよね!」
「そんなことしようとしてたんですか」
「こんな美少年なら、ちょっと気が迷うくらいは仕方ないんじゃないかねぇ」
「……それは……その……わからなくはないですけど……で、でも駄目なものは駄目です!」
衝撃の事実判明から少し。
浴槽に併設された休憩スペース、お酒や冷たい飲み物を飲むことの出来る場所で、私たちは休憩がてら飲み物をおごってもらっていた。
目の前に座っているのは、アルラウネを押し倒そうとしていた当の本人であるところのカイラ。
この近くにある娼館で働く人で、豪快と言ってもいい、さっぱりした笑い方が印象的な女性だ。
ユーミのにお説教されているのだけど、悪いとは思っている様子ではあるものの、半分笑っているあたり事故みたいなもの、という認識のようだ。
まあ確かに事故ではあるんだよね。私たちも目を離したのは悪いんだし。
アルラウネが男の子だと判明した後で、ともかく催眠香の能力で眠り込まされた人たちを何とかしないと、という話になったのだけど。
倒れた人たちを介抱させてもらい、中には湯当たりを起こしていた人もいたので、そういう人たちは涼しい場所で休ませたりと、浴場の従業員の人たちにも迷惑をかけつつ、ちょっとした騒ぎになってしまった。
眠り込ませたのはアルラウネの力なんだけど、それは身を守るための致し方ないこととして認めてもらったので、こちらはお咎めなし。
カイラたちは騒ぎになった原因であるとして、罰金を払わされたらしいけど。
「これも何かの縁だし、三人ともうちの店で働いてみないかい? 絶対売れっ子になると思うんだけど?」
早速勧誘に走るあたり、反省はしているだろうけど、絶対懲りてないよね、これ。
「私は見ての通り年食ってるし、この二人はまだ成人にもなってないしね。謹んでお断りさせてもらうよ」
「えぇ~、そういうのが良いって客も結構いるんだよ?」
「…………あー」
思わずユーミに視線を向けてしまう。
この子がそういうお店に……で、こう、誘ってきたり……一緒にベッドで……。
……ちょっと、いやかなり良い……
「……あの、アーミリアさん? もしかしてボクで、そういうの想像したんですか……?」
「してないしてないしてない!」
「ほんとうですかぁ……?」
ユーミの視線が痛い。
顔が真っ赤だし、邪な想像をしたのを責められている視線だな、これは。
神官でも信者でもないけど、今度懺悔でもしに行こうかな……。
今後一緒に暮らすわけだし、何かの気の迷いで押し倒しでもしたら、カイラを全く笑えない。
「ともかく、こっちとしては本人が良いなら問題はないかな」
「そう言ってもらえると助かるよ。商売女やってても、強姦未遂で訴えられるとただじゃすまないからね」
本人はまだカイラが怖いのか、私の隣に座ってしがみついているけれど、これ以上何かしよう、ということではないそうで。
「もう……しないなら……」
「ん、そこは安心しておくれ。さっきはちょっと気が迷ったけど、ヤるなら同意か金貰うのがルールだからね。それを曲げようとは思わないよ」
「本当にお願いしますね? ……でも、ちょっとわかる気もしちゃいますね……」
ユーミが私の胸と、アルラウネの顔を交互に見ている。
年頃の女の子としては、やっぱり気にならないと言ったら嘘になるんだろう。
種族が違う、元からがそういう風に、綺麗に出来ていると言われればそれまでだけど、男の子が自分より綺麗だとか、自分のあちこちが小さいとか、そういうのを気にするなと言われても、なかなかそういうわけにはいかないだろうし。
神官なのに、という意見もあるだろうけど、私としては自然に感じたことを大事にしてほしい、とも思うわけでね。
「何にしても、あんまりこの子を街に置いとくわけにはいかなくなったなぁ……」
「ん? そんなに客商売を拒まなくても良いと思うんだけど?」
「あー、そういうことじゃなくて、……色々な意味で襲われるよね、この子……」
「……それはまあ、否定しない」
自分が襲いかけた、というのもあって、カイラの言葉には深い深い同意の色があった。
実際今でも、私たちが座っている席の近くを通る客の視線が凄い。
ちょっと離れた席で、熱っぽくこっちを見ている人すらいる。
たまたま徹夜明けの勢いで手を出してしまったカイラも問題ではあるけれど、同じ問題が今後起きないとは言い切れない。
もともとアルラウネが美人ぞろいの魔族であるというのもあるんだけど、それはこの子が男の子であっても何らの違いはない。
それどころか、男でも良いって奴が力づくで、というのも十分あり得るから困る。
そもそもの話をすると、女性しかいないとされるアルラウネという種族の中で、なんの理由かただ一人生まれてしまった、男性のアルラウネ。
そうだと判れば、故郷の森を逃げ出さなければいけなくなった理由も良くわかる。
「そりゃあたった一人の男の子だから、襲ってでも自分のものに、ってのはなぁ……」
「うーん……ですよね……」
ユーミも頷く。
ユーミには言わないが、その他にも彼女……いや、彼が狙われる理由は他にもある。
とにかく希少性が高いのだ。
もともとアルラウネは人間とは距離を置いて生活している種族ではあるけど、その体は諸々の薬……例えば媚薬の材料になるというので、心無い連中に乱獲されたということもあるんだよね。
ただでさえそういう性質があるというのに、前代未聞の男性のアルラウネだ。
私だって研究欲が刺激されないかと言ったら嘘になる。
それくらい貴重な存在なんだよね。
まあ、私個人としては欲はあるけど、一度こうして知り合った子を研究材料にするほど常識が無い、ってわけでもないから、別にどうでもいいんだけどさ。
最低限本人の同意は必須かなー……いや、今のところ何に使う必要性があるわけでもないんだけどね。
「そうなると今後会えなくなっちまうのかねぇ」
もったいない、と言わんばかりの口ぶりのカイラの溜息。
まあ当面は私の家で、という話になるようだし、死の荒れ地にまで来るような物好きはそうそういないだろう。
そういう意味でも、私のところで匿うというのは悪い選択肢ではないか。
まず物理的に人がいないし、私とユーミとナハト、あと“旦那”とノエル、スケルトンたちに問題が無いなら大丈夫なわけで。
「うちに来てくれるなら、代々娼婦の間で伝わった秘術とか教えてやってもいいのにね。どうよ?」
いや、どうと言われても。
「綺麗になれる方法とか色々教えてやれるんだけどなぁ……」
「……おっぱいとか大きくなれます?」
「ああ、それで悩む子も結構いるからね、やり方はあるよ。ほら、あたしの胸とか見てごらん」
誇らしげに胸を張るカイラ。
仕事にしているだけあって結構立派なものをお持ちですね。
私よりちょっと大きいってところかな? たわわというのはこういうことを言うんだろう。
きっとお湯に浮く。私も浮くし。
「うぅ……悩みますね……」
「なに悩んでるのさ聖騎士?」
「はっ、なんて恐ろしい誘惑!?」
いや恐ろしくないない。
アーミリアさんはもう大きいから気にならないんですよ、などとぶちぶち言われるんだけど、これ私が悪いのかな? うーん……。
大きいのとちっちゃいのとどっちが良いんですかとか言われてもねぇ?
頭の中で想像してみる。
大きいユーミと今のままのユーミ。
こう……後ろから抱きかかえて、やさしく……
……大きくても小さくてもこの子らしければいいかな……。
「ねえ気づいてる? 手つきが凄くやらしいんだけど」
「……っ、と、とにかく私の好みとかどうでもいいの! そっちの気は無いし!」
「いやその言い訳はちょっと……」
カイラが物凄く疑り深い目で私を追い詰めてくる。
言い訳じゃないよ、私はノーマルなんだったらノーマルなの!
「今のところは死の荒れ地近くに住む予定だし、用があったらそっちに来たら会えるんじゃないかな?」
「そりゃまた凄いところに住んでるね。んじゃそこで客が取れるようになったら行ってみるかね」
しばらくは最寄りの街で買えないものの買い出しもあるし、この辺境伯の街に来ることも無くはないだろうけど。
ユーミにあれこれ実地で教えるとなると、ここの方が都合のいいこともあるだろうしね。
「それにまあ、聖騎士様と知り合っておくのは悪いことじゃないしさ」
「……? なにか、ボクがお役に立てるようなことがあるんですか?」
真剣な顔になるユーミに、そういうことじゃないんだけどね、と手を振る娼婦。
「ほら、男と女が閨で話すことって、まあ表に出せないこともあるわけよ。気が緩むって言うのかねぇ、そういうの」
「あー、聞いたことはあるな。誰しも、秘密をずーっと黙ってるって辛いんだよ。どこかで吐き出したくなるんだよね」
冒険者稼業をやっていると、そういう秘密厳守の依頼というのにもぶつかることはある。
貴族の醜聞がらみとか、国がどうだこうだとかそういうの。
その辺の処理とか扱いは、ジェレミアがほんと上手かったんだよなぁ……。
で、知らなくて良いことも知ってしまうことはあるんだけど、それを知らないふりをしたり、ずっと黙っているというのも優秀な専門家の条件だったりする。
「そういうのを吐き出させても、他所には漏らさないってのも娼婦の流儀の一つなんだけど、それでもトラブルになることはあるわけでね」
「へぇ……ボク、大体魔物退治しかやってないから、全然そういうこと知らなくって……」
「まあ普通にやってる限り、聖騎士には縁遠い話だとは思うけどね」
でも、解決の時には聖騎士や、神殿という威光は頼りになる。
何かあったときの駆け込み先としてもありがたいんだよ、というカイラの言葉に、目を丸くするユーミ。
「だから、知り合いは多い方がいいのさ。それが同じ女でもね。女だからこそ渡せる報酬ってのもあるしさ」
それこそその為なら、手管の一つを教えるくらいは訳もない、と。
なるほどなぁ……色々あるもんだ。
「それならいっそ、一緒にこの子の名前考えて欲しいもんだけどね」
「え、なに、どういうこと?」
怪訝な顔のカイラに、アルラウネはお互いを香りで識別するから名前という文化が無いこと、そういう森から逃げてきたアルラウネが、結局名無しのまま今に至る、ということを説明すると、喜んで、と頷いてくれた。
それで詫びになるのなら、って。
* * *
「リリウム?」
「うん、あれこれ考えたんだけど、それが好きな花だって言うから」
結局、昼ご飯まで一緒に食べながら、ああでもないこうでもないと案を出し合った結果、そうなった。
男の子の名前じゃないだろう、という意見も勿論あったけど、そっち系の名前が似合う感じではないし、それならいっそという流れで提案されたものを、本人がそれが好きというので決定。
昼過ぎに宿屋に戻ってきて、ナハトと合流して報告と相成った。
「百合の花か、俺は構わんよ。呼び名が無くても構わないが、あって困るものでもない」
そういう表現で命名を承諾してくれる。
本人曰く、名前なんて適当に呼べばいいっていうスタンスとのことなんだけどね。
そりゃ、夜なんていう名前が本名だとも思ってはいないけどさ。
「こちらで買うものも大体揃えたし、義理も通してきた。俺はいつでもいけるぞ」
「ジェレミアはなんか言ってた?」
その件なんだがな、と声を潜められた。
ユーミとリリウムは自分の部屋に引っ込んでいてお休み中。
なんだかんだで風呂に入ったり出たりで、だいぶリフレッシュは出来たようだけど、その分疲れた様子だったからね。よく寝てよく育てばいいと思う。
私も本音としては眠かったんだけど、ナハトとの話もあるんで食堂でお茶を飲んでいたんだよね。
「この前のエルフの森の一件があっただろう」
「ああ。色々根っこが深そうな話だったけどね」
「あの隊商に俺がいたのも、盗賊ギルドとして調べを入れるというのがあったんだが」
「それ私に言っていいのかい?」
ちょっと聞き捨てならない話になってきた。
少なからず関わったから、知らずにいるっていうわけにはいかないのも事実なんだけど。
「問題ない。むしろこっちとしては協力を頼むことになるから、言わないといけなくてな」
「どういうこと?」
「あれ……リリウムが捕らえられてきた経路もそうだが、どうも背後に幾つか、大きな組織が関わっている気配があってな」
「考えてみれば、多頭樹蛇の入手経路もそうだし、リリウムもそう。そう簡単に連れて来れるもんじゃない。となるとやっぱり……」
商売として考えるなら、どれだけの金を積めばそれが実現できるのか。
商売でないとするならば、どこまでの熱意、あるいは狂気があればやれるのか。
少なくともエルフにとっての天敵と言ってもいい代物を呼び込むなんて、マトモなやり口じゃあない。
「ジェレミアも同じことを言っていた。調査はするが何が出てくるかわからん。だから……」
周囲から見て何気無いような表情。
けれど、話している内容は正直、個人として抱え込むには難しい代物で。
「だから?」
「俺とリリウムを、お前のところで匿ってほしいそうだ。大したことを知っているわけではないが、生き証人の口封じの可能性も否定できないとのことでな」
「……まあ、否定はしづらいよね。それに、私とユーミも関係者だしね」
「あの場所は滅多なことでは人が寄り付かんし、行ったとしてもお前ならどうとでも出来るだろう、という話だった。頼めるだろうか」
重要な情報を握っていそうな生き残りは、大森林のエルフ……エシルゥアたちが捕らえているから、おいそれとは手が出ないだろうけど、だとしてもこちらに手が出ないとは言い切れない、か。
「……わかった。当面は家を建ててもらうのもあるし、その後も住んでもらうことは大丈夫。さっきも言ったけど、関係のない話でもないからね」
「助かる。何かあればすぐに伝えるとは言っていたな」
「ここから三日の距離だからね……それもなかなか難しそうだけど」
概ね賛成だし、協力することにはぁ、とため息が漏れてしまう。
「……私はただ、のんびりスローライフが送りたいだけなんだけどね……」
色々と、きな臭くなってしまいそうだなぁ。
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