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死霊術師のスローライフ  作者: おぼろくらげ
――あたらしい住人と、流れる日常。――
19/28

17:お風呂にはいろう!

    * * *


 公衆浴場(バルネア)


 この地方での娯楽の一つで、まだまだ浴槽を設置させる事が出来ない家が多い街だと、井戸端会議の場所というか、市民の娯楽場という扱い。

 王都あたりだと結構浴場のある家も多いんだけどね。


 昔から水の豊富な場所ではこの手の商売は多くあったのだけど、湯を沸かす労力やら燃料が掛かるので、あまりそれ以外の地域に広がることはなかった。

 それが変わるきっかけになったのは、魔法による加熱方法が確立されたことであり、今では夜間照明と並んでちょっとした魔法が使える程度、という人の収入源となっていたりする。


「魔法というものは、強い意志力で世界を書き換えることがその本質だと前に話したけれど……」


 宿から少し歩いて、公衆浴場へと向かう道すがら、そんな話をする。

 神殿にも旅の神官のためだったり、信徒の前に出る際には清潔であった方がいい、ということでこの手の施設は併設されているんですよ、とはユーミの談。


「そこから一歩進んで、エルフたちがやるように精霊を介したり、韻を踏んだ言葉や特定のパターンを刻むことで、その変化を楽にしたり、長く保たせるようにする、という技術も生み出されてきたんだよね」


 魔術の学園にいたころは自分の身だしなみとか気にすることはなかったけれど、割と手軽に自分の技術を示す材料でもあるということで、自分の生活をどこまで魔法で便利に出来るか、ということを研究している人もいたなぁ、と思い出話をしてみたり。


 ちょっと懐かしいな。

 思えばあそこにいた時に、今のスケルトン達やノエルみたいに、死霊魔術の応用としてあれこれと労働力を確保する方法の研究をし始めたんだっけ。

 私がこうして家を離れても彼らの状態が維持されているのは、その頃からの研究の成果なんだよね。

 あんまり大っぴらに明かせないけどね。

 何せ死んだ人を利用するのかと言われると、まあ反論は出来ないわけだし。


「学校……かぁ」

「なに、興味あるの?」

「ない、って言うと嘘になっちゃいますね。神殿で色々教えてもらいましたけど、それじゃ全然足りないのかなー……って」


 ユーミが私を見上げながら、何だか眩しそうに見てくる。

 ちょっと照れ臭い。

 魔術の学園って言っても、実際のところは貴族なんかが知識を身に付けるために通うという側面もあるわけで、ユーミが通いたいというならそれも良いんじゃないかな、とは思う。

 私があれこれ教えるとは言っても、やっぱり広い知識を身に付けるとなったら、選択肢としてはありだろうし。


 とはいえ、聖騎士の仕事を放りだすってわけにもいかないんだろうから、行くんだとすると大地の神殿から許可をもぎ取る必要はあるかな……。



    * * *



 そんなことを話しているうちに公衆浴場の入り口で料金を支払う。

 ある程度大きい方がアルラウネ……いい加減名前を考えないといけないのだけど、彼女があまり目立たないだろう、ということで、この辺境伯の街で一番大きい浴場にやってきた。

 今のところは他の客はあまりおらず、割と静かな感じ。


 うん、こういう時に来て、広い浴場を楽しむのが好きなんだよね。

 にぎやかなのも悪くはないんだけど、誰もいないところで手足を伸ばしてゆったりするのは、また格別なものがあるんだよ、うん。


「よし、じゃあ服を預けて、中に入ろうか。……葉っぱとか大丈夫なの?」

「うん……しまえる、よ……」


 ということなので、めいめい服を脱いでいく……のだけど。

 ……むぅ。

 隣のユーミからすごい視線を感じる。


「……あんまり見られると脱ぎにくいんだけどなぁ」

「あ、ああっ、ごめんなさいっ……」


 ぺたぺたと自分の胸辺りを触りながら、ユーミが俯いてしまう。

 まだ十三歳なんだし、これから育つと思うんだけどなぁ。


「……どうやったらそんな大きくなるんですか?」

「どうしたらって言われてもなぁ……」


 うーん。

 特に何かした覚えはないし、強いて言うと昔から、食事の類はきちんと取るようにしていたくらいかなぁ。

 特に冒険者始めてからは体が資本だったし、頭脳労働と言ってもあちこち歩きまわったり、魔物と殴り合いすることも少なくなかったから、食べれるものは好き嫌いせず食べるようにしていたわけで。


 その習慣は今でも同じで、ノエルに家事をお願いしているのも、概ね食事をしっかりとるためだったりする。

 自分でも作れないことはないんだけど、自分でやると結構手を抜くんだよねこれが。

 研究が調子よかったりすると、深夜までとか徹夜とか当たり前だし、そこから自分で作る、というのはやっぱり厳しいんだよね。


「あー……男連中が言うには、好きな相手が揉めば大きくなるとか――」

「本当ですかっ!!??」


 そう聞いたことがあるだけなんだけど、何だか物凄い勢いで食いついてきた。

 まあ俗説の類なんだけど、そういう話はよく聞くよね。

 あとはさっきの話の続きになるけど、体のことなんだし、よく食べてよく運動して、よく寝るとか……そんな感じかなぁ。


「ユーミはまだ子供なんだし、そんな焦ることも無いと思うよ? 好きな人が出来るくらいの年頃になったら、ちゃんと育ってるよきっと」

「…………もぅ……」


 なんだかふてくされてそっぽを向かれてしまった。

 いやぁ、それこそ今朝見た夢みたいなことはないよ、うん。

 さっすがにそれは、私みたいなのを誰かが好きになるとは思ってないし。


 話を戻すけど、この辺り、夫婦の間で子供が出来るかできないかなんかが、どれだけ加護や魔法をかけても上手くいかないのと同じように、まだまだ経験則というか、上手くいくもいかないのも神様の思し召しというか、そういうものなんだろうね。

 この先色々と魔法や技術、知識なんかが進んでいけば変わっていくかも知れないけれど、少なくとも今のところは。


 魔法の原理で考えると……身体強化魔法と同じように、強い意志で自分の身体を作り替えるというのは不可能ではないけれど、原則的には意志が途切れてしまえばもとに戻る。

 それを長時間保たせるために色々な技術が確立されてはいるのだけど、ことが身体ということになると、なかなか難しい。


入れ墨(タトゥー)という形で刻めば或いは、という気もするけど。そう言えば南の大陸に棲む女戦士(アマゾネス)の一族は、身体にそういうのを入れてて、なおかつ美人ぞろいとも聞くし……」

「い、いつか会ってみたいです……!」

「そこまで真剣にならなくても良いと思うんだけどなぁ……っと、そういう話はそろそろやめよう、あの子先に行っちゃったようだし」


 ユーミは意外と聞き上手なんだよね。

 自分の知らないことを誰かに聞くことを恐れないというか、良い意味でプライドが無い。

 才能のある子だし、他の人を上から目線で見てもおかしくないのに、そういうことは無くて謙虚。

 だからついつい話してしまうんだよね。


「ま、続きはゆっくり、湯にでも浸かりながらってことで」

「はーい」



    * * *



「……いませんね」

「うーん……どこ行っちゃったんだろう?」


 浴室に入ると、むわっと蒸気が押し寄せてくる。

 いくつかの大きな浴槽が並んでいて、それぞれ温度が違う。

 少し離れたところに小さなものもあって、そっちは一人でゆっくり入りたい人向け。

 あとは蒸気を使った蒸し風呂なんてものもあったりするし。


「入っていったのは間違いないですよね?」

「うん、それは間違いない。……仕方ないね、手分けして探そう」


 ユーミと一緒に浴室に入ってみると、先に入ったはずのアルラウネの姿が無い。

 入っていったのは間違いが無いから、この中のどこかにいるはずなんだけど……


 とりあえず、浴室を大きく一回りすることにして、私は右回り、ユーミは左回りということで見回ってみたのだけど――。



「……いないね」

「いませんね」


 困った。

 これは正直、私が事態を甘く見ていた気がする。

 あの子は魔族であり、それを差し引いても相当な美貌だ。

 ユーミが可愛いとすると綺麗というか、繊細で守ってあげたくなるような感じなんだけど、だからこそ難癖の対象になったり、犯罪の餌食になる可能性は十分考えておくべきだった。


「……ん?」


 本来こういう場所では当然ながら、魔法の使用なんかはご法度。

 とはいえ事がこうなると、魔法を使ってでも無理やり探すべきか、と思っていたのだけど、ふとあることに気が付いた。


「……さっきまで何人か、お客さんいたよね?」

「いましたけど……あれ?」


 そう。

 私たちの他に、少ないとはいえ何人か客がいたはずなのだ。

 朝方のこの時間帯だと、ユーミにはあまり言えないが、春を売るような仕事の人たちが夜通しの仕事を終えて、疲れを癒しに浴場を利用することが多い。


 だから何人かはお客がいたのだけど、今はそれが見当たらない。

 服を脱いだ脱衣所に上がったのかと思って見てみたけれど、その様子もない。


 それと――


「なんだろう、この匂い。甘いような、眠くなるような……」

「アーミリアさんも感じます? 薄いんですけど、そんな感じの……」


 汗をぬぐうために持っていた手拭いで、とりあえず口元を覆う。

 魔法的なものならともかく、これで少しは何とかなるはず。


 香りは浴室の奥、個浴の部屋があるほうから漂ってきているようで。


「……まさか、とは思うんだけど」

「あの子、でしょうか……?」


 とにもかくにも、何が起きているのか見に行かないといけない。


 アルラウネの生態を思い返してみれば、植物を操る能力を持つ魔族であり、女性しかいない種族。

 それに加えて繁殖期には異性を誘って交配するという習性があることくらいだろうか。


「私たちが入ってるんだし、こっち側には女しかいないはずなんだけど」


 首を傾げつつも、進めば進むほど香りは強くなる。

 口元を覆うだけだと眠気が増してくるくらいなので、やむを得ず肉体の抵抗力を上げる魔法で眠気を阻止する。

 ユーミもユーミで神様に加護を願っている。これでしばらくは保つだろう。


 そうして進んでいくと、一人、二人と湯船の中でぐったりしている女の人たちが。

 大慌てで駆け寄り、引き上げてみると呼吸はしていて、眠り込んでいるだけだった。

 あの子を探しに行った私たちと入れ替わる様に、奥へと行った人たちだろうか。


「いったい何が起きているんだ?」

「普通に考えると、あの子が何かしたと思うのが自然ですけど……」

「でも、誰かに襲われでもしない限り……」


 そんなことを話しながら、眠り込んでいる人たちを見つけては助け起こし、助け起こしては奥に進むということを繰り返していたのだけど……。


 個浴室の一つ。

 小さくドアが開いていて、数人の女が倒れているのが見えた。

 その中には、もう一人――。


「いた!!」

「はいっ!」


 ユーミと一緒に、その小さな部屋に走りこむ。


 そこで見たのは、泣きじゃくるアルラウネと、その子を取り囲むように倒れている女性。

 そして、ただ一人ふらふらになり、倒れながらもアルラウネに向かいにじり寄っている女の姿だった。


「うわあああああああああぁぁぁあん!!」


 私たちの姿を見ると、泣きながら駆け寄ってくるアルラウネ。

 その華奢な体を抱きとめて、よしよしと撫でてあげる。


「こわかったのおおおおおぉぉぉぉ……」

「あー、ごめん、目を離した私たちが悪かったね。悪かった。でも……一体何があったんだい?」

「あ、あのね……このおねーさんたちがね……」


 聞けば、一人で浴室に入ったのは良いものの、何をする場所かわからないままうろうろしていたところ、何人かの女に誘いをかけられたらしい。

 もともと故郷を出奔した理由が、仲間のアルラウネにあれこれと襲われたりするということであり、それを思い出して奥へ奥へと逃げたのだけど、結局個浴室の中で取り囲まれてしまったとのこと。

 そして身を守るために眠りの香りの力を使って……ということだったらしい。


 ユーミがギリギリ起きていた女を叩き起こして尋問してみたところ、ほぼ同じ話だった。

 まあ自衛の為なら仕方ないか、ということで一件落着するかと思ったんだけど――。


「同じ女なのに、何で襲うようなことをするんですか!?」

「? だってそんなべっびんの坊やが一人で女湯に入ってきたら、そりゃあ気になるだろう?」

「た、確かにこの子は凄く綺麗ですけど、だからって女同士で……女同士……えっと……とにかくあんまり良くないと思うんです!」


 そこまでユーミが諭した時、相手の女が怪訝な顔になった。

 ……ん? えっと……あれ?


「やだねぇ、そりゃああたしは娼館務めの商売女だけど、女にコナをかける趣味は無いよ?」

「……え?」


 ユーミも首を傾げる。

 話がかみ合わない。

 かみ合わないのだけど……。

 聞いていた私としては、何となく理解が出来た。


 だって……だって……こうしてぴったり、裸同士で抱き着かれてしまうと――。


「え、ええっと……きみ、あのね?」

「んー……?」


 ようやく泣き止んだアルラウネが私を見上げてくる。

 うん、凄く華奢で、まるで理想の美貌を備えて作られた人形みたいな顔立ち。

 大きな目、小さくて桜色をした唇。

 長くて艶のある、緑色の髪。

 うるうると涙ぐんで見上げてくる、小さくて整った、庇護欲をそそる表情。


 だから全然、何も疑問には思わなかったけれど。

 アルラウネとはそういう種族だと思っていたから。


 けれど。

 けれどまさか。


 この肌に触れる、この子の足の間に感じる……これ、って……。


「……もしかして、おとこのこ?」

「うん、そぅだよ?」



 私とユーミの悲鳴みたいな絶叫が、広い浴室に、こだました。




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