16:ある朝の夢……アーミリアの場合。
ユーミがいやらしい夢を見て悶えていた時、
ではアーミリアは? というお話でございます。
* * *
夢を、見ている。
これは、きっと夢だ。
だって、私をこんなに求めてくれる人なんて。
私を掴んで離そうとしないどころか、絡みつかれて動けない。
水のような、水とは違う何かに沈んで、どこまでも堕ちていくようで。
(ひ……ぁっ……!)
私を欲して、下腹を咥え込まれて……たまらなくて、声が出てしまう。
……まるで、喰いつくそうとするように。
怖い。
自分が、誰かのものになってしまうよりも……、
それがどうしようもなく、気持ちいいということが。
求められて、奪われて、沈んでいくことに、頭も体も、痺れてしまう。
でも、駄目だよ――。
偏屈だし年食ってるし、何より……。
本当は、誰かの手本になれるような立派な奴なんかじゃない。
名の知れた冒険者とか言われているけど。
でもそれは、世間様から思い切り外れ切ってしまったやつ、ということでしかないんだよ。
こんな私を求めても、良いことなんてあるはずがない。
なのに。
なのに――
もがいて引き離そうとしても、もっと、もっとと……私に分け入ろうとしてくる。
沈んでいく。
からみあって……おちていく。
沈みながら、求められる。
沈んでいけばいくほど、何もかもが溶けて、解けていくようで。
がぼり、と自分の中から、泡のような何かが。
それは、きっと。
私の中の、なにかで。
それがなくなってしまえば、私はもう、沈んでいくばかりで。
こわい。
心地いい。
求められて。
どこまでも……沈んでいく。
……とかされて、いくのが、こわいんだ。
さいごに、こぽりと――
――あのこに、ひきずりこまれて……
「…………――――~~~~っ!!」
びくん、と目が覚めた。
無理やり引き戻されたような目覚め。
寝汗で体中がびっしょりだ。
「すごい夢、見ちゃったな……って……っ!?」
身体が凄く重い。
起き上がれないくらい、と思って毛布を剥いだら、息が止まるほど驚いた。
なんせそこには、エルフの森で知り合ったアルラウネの女の子が、私にしがみついて寝ていたんだから。
驚いたのなんのって、思わず何かの間違いでベッドに引きずり込んだかな、と寝るまでの経緯を思い出すくらいには。
……よし、辺境伯の街でしばらく滞在することになったのは良し。
宿を取って、私とユーミとこの子で一部屋、ナハトが一部屋になったのも良し。
「間違いなく三人それぞれ、別のベッドで寝たのは間違いないから……」
どこかでこの子が、寝ぼけたか何かで私のベッドに入ってきたのかな?
私のせいじゃない、と思う。
……多分。
た、確かに可愛い子は大好きだけど、それは見ていて幸せになれるという意味で。
こういうことをするとかしないとかそういうことじゃないはずだし……。
……ない、よね?
うん。
……きっと。
――こういう年下のお嬢さんが好みだったんだなーって――
あああああええい余計なことを言うな馬鹿野郎!?
……私は普通私は普通私は普通私は普通私は普通……
繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせる。
よし落ち着いた。
……にしても、この子はほんとどうしようかなぁ。
私の胸元に顔を埋めるようにして、すやすやと眠ってしまっている。
苦しくないのかな。まるで赤ちゃんみたいだけど。
人間で考えると、年のころはだいたい十歳くらいで、ユーミよりちょっと年下かな、という感じ。
すごく繊細な顔立ちと華奢な体つきをしていて、緑色の髪から生える蔦とか葉っぱが無ければ、美貌のエルフと言われても納得してしまいそうだよなぁ。
出会ったときにちらっと聞いたところによると、何か事情があって生まれた森から逃げてきたところを、人間に捕まって売買されながらこの辺りまで流れてきたらしい。
そのあとはこの前のエルフの大森林での事件があって、私たちと知り合うことになったんだけど。
……商品価値という意味で言うなら、売れると思うのもわかるし、買ってしまう気持ちもわからなくはない。
そういう経験をしてきたなら、寂しいと思うのも仕方ないのかな、とは思う。
袖すりあうも他生の縁という言葉もあるし、私だって味方ではあろうと思うけど、だからと言ってこの子にとっては私やユーミは同胞じゃない。
だから、何かよりどころなり、守ってくれる人のそばにいたい、というのは当然の話。
こうしているのは、やっぱり安心するのかな。
……そっかぁ。
…………。
――なんか変な気分になってきたな。起きよう。
「ほら、起きな?」
「むにゅ……?」
身体を揺らしてみると、女の子が目を覚ます。
しばらく寝ぼけた目で私の顔を見上げてくるけれど、またすぐに眠り込もうとしてしまう。
こら止めなさい!
私の胸は枕じゃないから! 吸おうとしない! まだ出ないから!!
まだって何? いやそういうことじゃなくて!
「まだねむい……」
「あー、まだ明け方だもんなぁ」
窓からの光を見てみると、いつも起きている時間のだいぶ前。
もう少し寝ていても大丈夫なんだけど……。
「あ、こらっ! 寝ないのっ! 駄目だってば!」
「えぅ~」
そんなこんなで何とか女の子を起こして、水の一杯でも貰おうかなと思っていたのだけど、階下の食堂に降りていくまでには、もう少しわちゃわちゃすることになってしまったわけで。
ユーミが起きなくてよかった……。
* * *
「俺は今日、諸々の報告と打ち合わせのために、ジェレミアの所に顔を出すつもりだが、構わないか?」
「ああ、大丈夫じゃないかな。盗賊ギルドには筋を通しておいた方がいいだろうしね」
寝ぼけ眼の女の子の手を引いて階段を降りると、既にいつも通りの格好の夜が食事を取っていた。
エルフの森からこっちまでの道中で聞いたのだけど、彼は盗賊ではなく、斥候なのだそうだ。
生まれ育った東方の僻地では「乱破」と呼ばれる一族の出だそうで、情報収集や破壊工作を生業とし、一族単位であちこちの領主に雇われては、その腕を振るっていたらしい。
「とは言えそういう生き方は、統一を望む国には目障りだったようでな、里ごと焼き払われた」
いきなり話が重くなった。
結束の強い里では徹底的な抵抗をしたらしいのだけど、彼の里はそういうものではなく、勝てないとなった時点で焼かれる里を目くらましにして早々に逃散、彼自身は冒険者めいた生活をしながらあちこちで依頼を受け、気が付けばこの辺りまで流れてきた、という話。
「俺は恨みを残しているわけではないな。栄枯盛衰は世の流れだし、恨む理由はない」
戻りたいとか、復讐とかそういうことは? と聞くとそういう答え。
なんともさっぱりしたものだ。
「今のところはやりたいことも無し、日々それなりに生きていければいいさ。当面はそっちの依頼をこなしつつ、それの願いを果たせれば良い、という程度だな」
「ふぅむ。アルラウネとして住みやすい場所、かぁ。良い森があればいいけど、なかなかそういうところはないからなぁ。魔族というだけで忌避する人も少なくはないし」
いっそ死の荒れ地の開拓ついでに、そういう森を作るというのもありかもしれないね、などと冗談を言ってみたのだけど、ナハトが真面目に考え込んでしまった。
自分で考えてみてもそれもありかなぁ、と思えるのだけど。
なかなか無いような場所なら、自分で作ってしまった方が早いのは事実ではあるし。
少なくとも、そのくらいの場所は作れるはずだからね……。
店主に出してもらった水をくぴくぴ飲んでいるアルラウネを見ながら、そんなことを考える。
「ともかく、私としては家が建てれるなら大体のことは問題ないし、自分も住みたいというならあんまり気にしないよ。周りとケンカしないなら、だけど」
「そこは本人の考え一つだな。俺の分も選択肢に入れておいて貰えると有難くはあるな」
朝食を食べ終えた彼が立ち上がる。
今日のうちに色々な手筈を片付けておきたいそうで。
「俺もそろそろ出かけるとするよ。細かい工具やら材料の調達もあるからな。代金はお前持ちで良いんだろう?」
「問題ないよ、家一軒でどうにかなるような貯金じゃないしね」
そんなことを言いながらナハトを送り出したころには、他の客が起きだしてきて、めいめい朝食を取り始める。
そろそろユーミも起きてくる頃かな、という時間なのだけど、今日は何だか遅めみたいだ。
森の事件での疲れもあるだろうし、もう少し寝かしておいても良いよね。
「じゃあ、こっちも朝ごはんにしようか。何か食べたいものはある?」
「おみず……」
人間と同じ食事で大丈夫だけれど、一番必要なのは水なんだとか。
そう言えばアルラウネの生態はあまり知られていないんだよね……植物に近い、というのは間違いなさそうだけど。
何が食べれるかとかって大事だし、一緒に暮らすなら調べておいた方が良いよね。
そう心の中の帳面に予定を書き込んで、朝食を頂くことにした。
あと、人間の中で暮らすなら、その習慣も身に付けさせておいた方が良いよね。
……いきなり他の人の寝床に潜り込んじゃだめだよ、とか。
いやほんと、驚いたんだから。
* * *
私とアルラウネが朝食を食べ終えたところで、のそのそとユーミが階段を降りてくる。
なんだか髪の毛もちょっとぼさぼさで、なんだか普段の彼女らしくない。
疲れが残っているのかな、と思いつつ朝の挨拶をしようとしたところで、不意に朝の夢が頭をよぎってしまった。
……私は普通私は普通私は普通……っ! 断じてこの子をそういう目では見てない……っ!
「……やあ、おはよう」
「おっ、おはっ……おはようございましゅっ……!」
ぎりぎりの自制心でいつもの挨拶をしたのだけど、ユーミもユーミで何だか慌てていて、舌を噛んだっぽくて階段の途中でしゃがみこんでしまった。
あれは痛いぞぉ……。
何とか復帰したユーミが私たちのテーブルに来たところで、食事を終えたアルラウネに、もうああいうことはしてはいけないよ、と伝えておく。
ユーミが何事かと目を向けてきたので朝の惨状を話すと、なんだかすごい勢いで、アルラウネにそういうことはしちゃダメだ、とお説教を始める。
そういう光景を見ていると、まるで姉妹か何かのようですごく微笑ましかった。
考えてみるとユーミは神殿の中だと最年少だろうし、私も年上だから、こういう相手は新鮮なのかもしれない。
ユーミの情操の為にも、この子と暮らすのは悪くないかも知れないなぁ。
そのあとなんだかんだで人間の好き嫌いの話とか、どういう相手となら同衾していいとかそんな話をしたり、一緒に暮らすなら名前があった方が良いという話になった。
確かに私としても、いい加減アルラウネとか、この子、あの子という呼び方はどうにもやりづらい。
人間の習慣でしかないと言えばそれまでなんだけど、私たち人間は匂いで他の人を区別するというのは難しいわけだし、そこはこちらに合わせてもらった方がいいだろう。
……犬系の獣人ならいける?
いやでも私たちそういうところは常人だし……。
とにかく、「おい」とか「あれ」とか「それ」とか、そういうナハト式の呼び名だけは避けさせてもらうけどね!
女の子への扱いじゃないよねそれはさあ!
……とにかく、朝ごはん食べ終えるころには公衆浴場も開いているだろうし、疲れと汗を流しにいこうかな。
この時間帯ならまだお客も少ないし、アルラウネが入っていってもトラブルになる可能性はひくいだろうし。
何より、起きぬけにあんな夢見たから、実は汗が凄いことになってるんだよね。
拭きはしたけどまだちょっと気持ち悪いし。
そう提案したらユーミも賛成したし、アルラウネも賛成してくれたんで、名前を考えがてら、ゆっくりのんびりさせてもらおうかね。
……その時の私は、そうなることに何の疑問も持っていなかったんだよね……。




