14:いろいろ後片付けと、好きという気持ち。
* * *
物凄い音がした。
それと同時に大きな魔物が、体の中から吹き飛ばされて、その破片が燃え落ちていく。
火の粉の雨が降るみたいで、すごく綺麗だなって思ってしまった。
なんだかよくわからないけれど突っ込んだボクの前で、何故か金髪のアーミリアさんが、疲れ切ったと言わんばかりに座り込んで、そのまま大の字になって寝転がる。
ボクも体の力が抜けて、ぺたんと地面に座り込む。
そうするとボクとアーミリアさんの目線が合って、二人して何だか笑い出してしまった。
「……寝てたんじゃなかったのかい?」
「そういうアーミリアさんこそ、何で髪の色が違うんです?」
「“旦那”に体を貸しただけだよ、色はすぐに戻る」
そういう先から、髪の色が金から黒に変わっていく。よく見たら瞳の色も金で、それも髪と同じように、いつもの赤に変わっていく。
……やっぱり、この人はこの色が好き。
「……急いで行けって言われて全力で走ってきたら、あんなおっきな魔物にアーミリアさんが突っ込んでいくところだったんですよ? びっくりして心配して、とにかく何かしなきゃ、って……」
「後ろから押されたのは、やっぱり君だったのか。助かったけど、何をしたんだい?」
「剣の柄を、全力で蹴っ飛ばしたんです」
「そっか……助かったよ、ありがとう」
大の字になったまま目を細めて笑うこの人を、とても愛おしく思えた。
駆け付けた時には、何をしてるんですかー、ってすごく焦って、どうしようどうしようどうしようー、って頭の中がぐるぐるしたというか、なんてことをしてるんですかって血の気が引いちゃったり、とにかく突きを入れようとしてるんだなって思って無我夢中で動いたけれど。
無事こうして助けられて、ホッとしてみると――
「……アーミリアさん?」
「ん?」
――この人に、近づきたい。そばにいたい。
……抱きしめたい。
そんな感情のままに、まだ寝転がったままのアーミリアさんに、近づいていく。
そのまま、逆さまになったままで、顔と顔を近づけて。
「……本当に、心配したんですよ?」
「……うん、ごめんね、心配かけちゃったね」
そっと、いろんな気持ちを込めて、頬をすり寄せた。
そんなボクを、やさしくアーミリアさんの手が撫でてくれる。
たった、たったそれだけなのに、胸がいっぱいになるくらい、熱くなったんだ。
この気持ちの名前は、きっと……。
* * *
「それはそうと、よく駆けつけて来れたね? 普通、感覚の極限増幅とかやったら、こんなに短時間じゃ起きて来れるとは思ってなかったんだけど」
それは“旦那”の切り札を使ってしまった私もあんまり変わらないんだけど。
ようやく体を起こせるようになったので、ユーミは隣に座ってもらって。
辺りを見回せば、エシルゥアは周りのエルフにあれこれ指示を出して事後処理を行っているし、ナハトはナハトでアルラウネの子の傍にいてあげている。
とりあえずは一段落、というところかな。
それにしても、ユーミはあんなにすぐに動けるはずはなかったんだけど。
何か大地の神殿とか、聖騎士に伝わる秘術でも使ったんだろうか?
「あ、そういうわけじゃなくてですね、ボクも間違いなく寝てたんですけど。……夢の中で、声がしたんです」
「声?」
――今から貴女を癒します。
――どうか、森を守ってください。
その声が聞こえたあと目が覚めて、私たちのところに駆けつけたということらしい。
体力的には完調ではなかったらしいし、私を押した一撃で精いっぱいだったそうなんだけど、それでもあの短時間で治療できたというのは驚き。
精神的な摩耗だから、後遺症の可能性だって皆無ではなかったのに。
「誰が治してくれたんだろうね? お礼を言わなきゃいけないよね」
「ええっとですね、エルフの人だったんですけど、すっごく綺麗な人で、なんていうかきらきらしてるっていうか、内側から輝いてるみたいな――」
そこまで言ったユーミの視線が、エシルゥアたちの方を向いて。
「そうそう、ちょうどあんな感じの……」
なんだかエルフの皆が片膝ついて、立派な女の人に頭下げてるけど――って、えっ!?
なにか、この辺り一帯の空気が彼女を中心に、清浄なものに染め上げられているような……えええ!?
ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!?
「気が付いたようで何よりです。この度はこの森の危機を救って頂き、感謝の言葉もありません。生と死の秘法を修めし方。大地の神の仲立ちとなりて戦う方。そして――」
おまけにこちらに声までかけてきた。
どうやら見間違いじゃないらしい。この人は……!
「――尊霊になりても世を守る太陽の勇士よ。わたくしはこの森の長老を務める、アレナリエルと申します」
エルフの長老……!
普段は森の奥の聖域にいて、エルフたちの取りまとめや、古の知識の伝承を司っているというし、神代の時代から生きている者すら存在する、ほとんど不死の存在とも聞くけれど。
まずもって人間の前になんて現れることなんて、有り得ないと言っても良いのに……!
確かにこの人なら、昏睡に入ってしまったユーミの回復も可能だろうなぁ。
神代から伝わる魔法の一つや二つ、当然のように持っているだろうし。
「うふふ、森全体の危機を防いで下さった方々にお礼を言わねばならぬのに、森の奥に座しているわけにも参りませんから。それに、その中に見知った方がおられるとなれば、余計にです」
驚きが顔に出ていたんだろう、私の顔を見て笑う。
見知った顔というのは、やっぱり……。
「“旦那”がだれか、ご存じなんですね」
「もちろん。邪竜との戦いの際には、わたくしもあの場に居りましたもの。この森からの助けの一葉として。あれよりひとときの別れではありますが、見間違えようなどありません」
二十五年前がひととき、か。流石にエルフの感覚というところかな。
霊体になっている姿も当然のように見えているようだし。
「あ、あの……さっき、魔物を倒した技もそうですし、この森の長老様がこう言うってことは、その……“旦那”さんって、もしかして……」
「まああれ見ればわかっちゃうよね。うん、出来れば秘密にしておいて欲しくはあるけど……」
頷く。
「“旦那”は……二十五年前の戦いで、邪竜と刺し違えた当の本人……」
太陽神に選ばれた勇者、その人なんだよね。
* * *
太陽神に選ばれた勇者。
幼い時より無双の剣の腕を見せ、魔術の心得すらあり、神から受ける加護は対するあらゆる魔物を灰燼に帰したという。
当時は冒険者として名を上げていたんだけど、邪竜の襲来に際して太陽神の神殿により聖騎士の更に上の位、勇者として認められ邪竜と戦い……。
「あの恐ろしい竜と相対し、そして己の命と引き換えに滅ぼした……そう聞いておりました」
「そう信じられていたんだけどね……邪竜を滅ぼし切れていなかったのは、長老さんも知っているだろう?」
長老さんが頷く。
邪竜はあの時、“旦那”が全ての生命の力、全ての加護を込めた《太陽の裁き》の一撃を受け、街一つを巻き込んで焼き尽くされた。
けれど竜の強大な精神までは滅しきることは出来ず、命と生を求める妄執……つまりは怨念が戦場を汚染し、今の死の荒れ地になったんだよね。
浄化の試みも当初はあったそうなんだけど、最大戦力である勇者本人を失い、人類側の戦力も相当損耗していたからその余力もなく、結果として放置されるばかりとなったのは、悔しかっただろうなぁ……。
「その悔恨はいまだに晴れてはおりませんが、貴方が再び姿を見せてくださったばかりか、この森の危機を新たな友とともに救ってくださったのです。幾ら言葉を費やしても足りるというものではありません」
霊体のまま私の隣に立つ“旦那”を、薔薇色の笑顔で見つめる長老さん。
それがあんまり綺麗なものだから、ユーミなんかは凄い憧れ満載の目で見ている。
これは……うん、まあその、踏み込むのは野暮ってものだね。
私にだってわかるよ、うん。
「あー、話の邪魔をするようで恐縮なのだが」
「いいよいいよエシルゥア、私だってここに割り込んで馬に蹴られたくないしね」
「大長老も仰ったが、ここまでしてくれたお前たちを手ぶらで帰すわけにもいかん。何ぞ望むものがあれば言ってくれ」
うーん。
と言われてもなぁ……。ここに来たのはナハトの状況把握だし、完全に巻き込まれなんだよね。
何かが欲しくて来たわけじゃないし……。
「事はこの森のエルフの誇りに関わる。何でも言ってくれ」
「あ、それじゃあおうち建てる時に使う材木とかどうですか!」
「それ良いね、じゃあそれで!」
「お前らはこちらの話を聞いているのか? 好きなだけ持っていけ。……いやそうではなくてもうちょっと何かないか、何か」
エシルゥアがなんか頭を抱えてしまった。
いやまあ言いたいことはわからなくはないんだけど、今欲しいものと言われてもなぁ……。
「お前たち人間に例えて言うなら国を救ったようなものだぞ? 私も良くは知らんがそういうとき、人間の王は褒美を奮発するものではないのか?」
「言ってることはわかるんだけど、取り立てて欲しいものがなぁ……。あ、アルラウネの彼女の安全とかは? 住んでたところから逃げてきたみたいだし」
「本人に聞いたが、ここはあまり居心地が良くないらしい。エルフにも良い感情があるわけでは無いだろうから、当然と言えば当然だが」
うーん、となるとナハトについてくる、みたいな感じなのかな?
彼女を安全な場所に連れていく約束をしているようなんだけど、魔族の彼女にも居やすい場所は多くないだろうし。
こっちもこっちで森とかあるわけじゃないけど、まあそこは何とかしていけば良いか……。
「じゃあさ、ざっくりしたお願いでも良い?」
「む? 何か思いついたのか?」
しばらく考えた結果、ユーミとも話して一応の結論を出させてもらった。
「役に立ちそうな苗木とか種が貰えたらそれで良いかなって。ほら、今後死の荒れ地の開拓とか自給自足とか考えると、あって困るものはあんまり無いと思うんだけど」
「ふむ、そういうことならば、幾つか思い当たらないでもないか。それで良いなら構わんが、普通の環境では育たぬものも無くはないぞ?」
「あ、そういうのはこっちで何とかするし。研究とか改良とかは慣れてるしね」
ユーミも農作業は好きだそうだし、趣味半分でやっていっても良いだろう。
そんなことを話していたのだけど、“旦那”と話していた長老さんがこっちに割り込んできて。
「それならば、わたくしも幾つか苗を持って参りましょう。大丈夫、人間でも育てられるものにしておきますから」
「なんかとんでもないものを渡そうとしてない?」
「気のせいですよ?」
「ほんとにぃ?」
……そういうことになった。
* * *
あと、一応“旦那”の正体にはこの場にいる全員に他言無用ということにさせてもらった。
死の荒れ地の調査の時に、他の死霊や魔物をなますに刻んでいる霊がいると知って、何回かの交渉の末に手を貸してもらえることになったというのが知り合った経緯なんだけど……。
これがもし太陽の神殿とか王都辺りに知れたら間違いなく問題になる。問題にしかならない。
今の長老さんみたいに普通に受け入れてくれるならともかく、納得してくれない人の方がはるかに多いだろうし、ほとんどは身柄を奪おうとして手を出してくるだろう。
まあ、勇者が未練を抱えて亡霊になったってのは、あんまり外聞が良くないのは私だってわかるし、普段死霊騎士として偽装を掛けているのも、つまりはそういうことだしね。
「長老様は、勇者様がこういう……霊になってこの世に留まっていることを、嫌だとは思わないんですか?」
「そうですね、そもわたくしのような永い時を経たエルフは精神と肉体が純化し、世界に満ちる精霊に近しい存在となっていくのです」
ユーミが長老さんにそんなことを聞いたのだけど、当の長老さんは笑って答えてくれた。
「わたくしはその途上の身ではありますが、彼もまたその途上にあるということ。抱いた未練について悲しく思いもしますが、それもこの方の選択。いずれ同じところに行くと思えば、楽しみでこそあれ、否定などいたしません」
……というお話だった。
あり方が変わっても、相手が何であっても、好ましく思う気持ちは変わらないし尊いもの。
これはこれで、強い在り方だと思わされた。
ユーミはユーミで、何故だか私の顔を見ながらうんうんと、何回も頷いてたけど。
この子にもいつか良い相手が出来たりするんだろうか。
その時は、喜んで送り出せるようにしたいものだけどね。
さて、あれこれ荷物が増えることになったし、人も増えるし色々大変だったけれども……。
我が家に帰るとしましょうか!
メインキャラが出揃ったところで、エルフの森の事件はいったんこれで終わりです。
次のエピソードからは日常に近いものが出来ればな、と思っております。




