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死霊術師のスローライフ  作者: おぼろくらげ
――エルフの森の事件――
15/28

13:切り札を切ろう……私のじゃないけどね?


    * * *


 木のうろに音が響くような重い吠え声。

 今更のようだけど何でこんなものを持ち込んでくれたかなぁ!?

 “旦那”が振り回される重い一撃を捌いてはくれているけれど、防げるというだけで決め手に欠ける。


「傷ついたものは無理をせず下がれ!」

「しかし……!」

「あの巨体相手だと良いのをもらったら即死するよ!」


 “旦那”の作ってくれた前線の後ろで、私とイシルゥアが魔法と弓とで援護するけれど、正直厳しいなんてものじゃない。

 他のエルフたちも援護してくれるけれど、この魔物から発せられる火の気で精霊を介した魔法は使いづらいのは変わっていなくて、弓矢で気を逸らすのが精々。

 いや、弓矢の鋭さは目を見張るものがあるのだけれど、分厚い樹皮に阻まれてなかなか貫き切れない。

 それならばと私や一部のエルフが《火弾(ファイアボルト)》を撃ち込みもしたのだけれど、燃え上がった部分の皮が剥がれ落ちて生え変わるのを見た時には、流石にどうしようかと思った。


「これで鎮静化掛かってるって冗談じゃないかなぁ!?」

「いくら大人しくしろと言われても、傷つけられれば暴れるのは当然だったな!」

「かと言って放置すると森が焼かれるって冗談じゃないよね! 血代わりに出てくる樹液とか酸性だし! 火をつけたら燃えるんじゃないかな!」


 その更に後ろでは、ナハトに守られたアルラウネが必死に能力を使っているのだけど、一度暴れだすとぶっちゃけ大差がないというか、その差があってくれるだけありがたいというか。

 全く、こんな代物を持ち込んでくれたバカどもには文句の一つでも言いたいね!

 文句だけで済ませてやる気はないけども! 二、三発殴っても文句は言われないよね!


 私たちの前で荒れ狂っているのは、あちこちから緑の枝と葉を生やし、六つの頭を持つ大蛇。

 ヒュドラという魔物が存在するけれど、それを樹木で再現したらこうなるのかな、という感じなのだけど、人の胴ほどある幹だか蛇身だかを振り回してぶつけてくるだけで相当怖い。


 蛇の頭に当たる部分にはご丁寧に顎と牙まであって、牙から毒代わりに出てくる体液が地面に落ちたら煙が上がってた。ありゃ結構な酸だ、と見て分かったけれど、攻め手が無さ過ぎて泣きそうになった。

 挙句の果てに“旦那”が切り落とした首が、みるみるうちに再生、生え変わるのを見ると、多少の攻撃はほとんど無意味。

 しかも迂闊に斬り込むと傷口から体液が噴き出すものだから、損傷を私の魔力で即座に修復できる“旦那”じゃなければかなり厳しいことになっただろう。


 多頭樹蛇(ヒドラプラント)、とでも言えばいいのかな。

 全く、エルフ殺しにも程があるよ、こんなもの……!


    * * *


「攻め手はあるのか?」

「このまま大人しくさせておくのは意味がないからダメ、森の外に誘導したいところだけどどれくらい時間が掛かるか判らない。その間に森が燃え始めたらそこで増殖を始めるかも知れないからそれは避けたい。そうなると……」

「少しでも防ぎやすい場所に誘導して、そこで狩るというわけか……」


 時間は少し遡って、戦端が開かれる前に戻る。

 恐らくはこういう魔物だろう、という想定が出来たのは良いけれど、実際に対処する以上は対抗策が無ければいけない、というわけで作戦会議。


 私たちの目的であるナハトの安全確認と身柄の確保は出来たのだし、ここで手を引いて引き上げるという選択肢も勿論あるのだけども、一度関わって途中で放り出すのも目覚めが悪い。

 下手をすればエルフと人間の関係がこじれて戦争になるのも嫌だし、それが魔物をこの森に持ち込んだ連中の思惑だという可能性も否定できない以上、それもそれでその通りになるのは癪に障る。


 そういうことで最後まで協力するよ、ということを伝えると、これは借りておく、という不愛想な一言が返ってきた。

 ナハトもこれが終わったら私たちのところに来てくれることに同意してくれたし、それまでは同じく協力すると言っていた。

 アルラウネの少女からの依頼で、彼女を安全な場所にまで連れていく、ということになっているのもあるそうだけど。


 ちなみに森の奥にいるらしい、各枝族を取りまとめる長老に協力を求めるという話にもなり、使いは走っているのだけど……正直、返事が返ってくるまでに事態が終わっていそうなので、あまり期待はしていない。

 外部の人たちと接する機会のあるエシルゥアはそうでもないんだけど、基本的にエルフは長命であり、時間間隔が私たちとは違う。

 ちょっと前に会ったなとエルフに言われて思い出したら、前に出会っていたのは数年前だった、とかざらにある話なくらい。

 使いの人に持たせた文には、可能な限り急いで助力を、とは書いておいたのだけど、それでどうなるかは自信がない。エシルゥアも明言はしなかったくらいだから。


「魔物は原則的に、その性質に合わせての対応が出来れば理想なんだけど、遭遇戦や今みたいに手筋が限られている状況だと、正直真っ向勝負になっちゃうことが多いんだよね」

「延焼しづらい泉の周囲に戦場を設定するくらいしか、確かに思いつかないな……」

「泉に居る水の精霊に力を借りる……そのくらいならば問題はないと思う。直接的な打撃としては難しいが、炎から身を守る障壁くらいはやれるはずだ」


 私の案というのは要するに……少しでも分の良い場所での正面決戦、というだけなのだけど、ナハトもエシルゥアも素直に同意した辺り、どれくらいやりづらい状況かというのは推して知ってもらえると嬉しいなぁ。


    * * *


 そういうことで始まった討伐戦だったのだけど――

 想像以上に、相手の攻撃が激しい。

 六本の頭を振り回す打撃や、酸性の樹液を纏わせた牙での食いつきは、並の戦士なら何も出来ずに重傷を負うだろう。

 その上その樹液を吐きつけてくるとあっては迂闊に近づけない。

 私やエシルゥアも、泉の精霊から受けた防壁を纏っていなければ危ない場面は何回もあった。


「いかん、流れを変えねば押し切られるぞ!?」

「解ってはいるんだけど……ねっ!」


 弓矢を手にしたエシルゥアが叫ぶ。

 それはそうだと自分でも思うのだけど、前線を担ってくれている“旦那”が多頭樹蛇を引き付けるので精いっぱいだ。

 斬り込むには相手の手数が多すぎて、今一歩踏み込み切れていない。

 私もそれに合わせて《火弾(ファイアボルト)》なんかを打ち込んで再生を阻害してはいるけど、正直向こうの再生力の方が強いのが現実だったりする。

 幸いなことに“旦那”は痛みやダメージを受けても、私の魔力が減るだけで動きが鈍ったりはしない。

 だからこそ前線に居続けられるのだけど――正直、ジリ貧なのは否定しがたいな、これは。


「でも……少しずつ判っては来たかな」


 蛇のように動く魔物ではあるけれど、その本質は恐らく植物。どこに弱点があるというわけでもなく、再生の流れを考えると、強いて言えば蛇で言う尾に当たる部分……根を通して土壌から生命力を吸い上げて貯め込んでいる。

 これは性質の元になったと思われる白熊樹がそうであるというだけで、鵜吞みにするのは危険なのだけど、恐らくは間違ってはいないだろう。


 問題は、その尾を攻めるためには、六本の首の攻め手を搔い潜らないといけない、ということなんだけど。

 そして今は、“旦那”ですらそこまで出来ず、足止めをされているのが現状だ。

 同程度とは言わなくても、攻撃を引き付けることが出来るだけの前衛がいれば話が変わってくるけれど……。


「私は論外だし、エシルゥアもナハトも耐久力が足りない……ユーミはまだ起きてこれないだろうし……」


 そこまで考えて、都合のいいことを言っている自分に苦笑してしまう。

 あんな命を削るようなやり方に文句をつけておいて、自分の手に余るような事態になると頼ってしまいそうな思考が出てくる。全く度し難いものだね、我ながら。


「でもまあ……そこまで解れば、やりようは無くも無い、かな」

「切り札があるのか?」

「そりゃあ……一応は、ね」


 これは戦士や剣士、神官に魔術師や斥候に限らないと思うけど、長いこと冒険者なり、ある道を歩んでいれば、何かしら得意なことというのが出てくる。


 剣士で言うなら万物を断つ一刀なんて夢を見る人もいるけど、それを軸に戦えばそうそう遅れは取らない、という身に染み付いた戦い方の方が多いかな。

 稀にそういうものがない、大体のことをこなせる人もいるのだけど、そういうのはその安定性、切り札に頼らない手筋と経験からくる対応力そのものが奥の手になってくる。


 私のような魔術師だと、戦局を一気に変えることも出来る魔法の心得、その一つや二つは手の内に持っているものだ、と言われれば否定はしない。


 例えば神の怒りを模倣するかのような天から降る雷撃、火球。

 あるいは存在そのものを否定し消し飛ばす万物抹消の術。

 神官であるならば神そのものをこの世界に降ろし、偉大な奇跡を起こすとも言われる。


 ユーミはそういう意味では反対の存在というか、切り札を最初に教え込んで、その使い方だけを身に付けさせたという意味で、命を粗末にする歪なやり方だ、と言っているのだけど。


 ……まあ八割方は、吟遊詩人の歌う叙事詩の中だけの創作なんだけどね。

 実際のところは剣士や戦士の奥の手が身に染み付いた基礎であるように、魔法使いの奥義も場合とタイミングを完璧に見切って、最も効果的な選択を出来る手札と判断力を磨くことが秘奥とされる。


 ――ただし、物事には例外が存在する。


 それは私じゃなくて、正確には“旦那”の奥の手だ。

 力づくにも程があるけど、恐らくはそれを使えばこの魔物は仕留められる。けれど……。


「森がどうなるかわからん、か」

「それを減らす手段もあるにはある。タイミングを合わせて水の壁を立てて欲しいんだけど、出来るかい?」

「出来る出来ないではないな……やるしかないだろう」


 本音としては、使えば使ったでトラブルの種になるようなものだから、あまり気が進まないんだよね。

 けれど、そういう贅沢を言っていられるような相手でもないわけで。


「あと、外さないように動きを止めなきゃいけないけど、こっちの手が掛かり切りになるから……」

「その間だけ引き付ければ良いんだな? なら俺がやろう」


 アルラウネの少女を抱いて、まき散らされる樹液からかばっていたナハトが前に出てくる。

 見れば、負傷して戦列から離れたエシルゥアの部下のエルフたちが、彼女を守る形で立ちはだかっていた。だから前に出てきたんだ、とナハトは言う。


「あれも長いことは保たんだろうが、お前の準備が何とかなるまではいけるんじゃないか?」

「……そうだな。森の被害は防ぎたいが、今更贅沢を言っている場合でもなかろう」


 そしてエシルゥアが決断する。

 ……よし、やれるだけやってみようか。


「こっちの準備が終わるまで頼む!」


 背負っていた大剣を下ろし、私の周りに円を描く。

 四方の要所にさらに図形を書き加え、陣を整える。

 動きを止めた私に多頭樹蛇が樹液を吐いてくるけれど、フォローに入った“旦那”が剣の風圧で打ち払う。


 ナハトは“旦那”の代わりに、振り回される首の間を縫うように飛び回り、速度で攪乱を始める。

 要所要所に短剣を打ち込んで、打撃も兼ねて足場にしているのが恐ろしい。

 それに加えて、エシルゥアが先ほど以上の勢いで矢を打ち込んでいく。

 樹皮が剥がれて生え変わるなら、それ以上の速度で打てばいいと言わんばかりに。


 よし、と内心で頷いて、術の準備に入る。


 ――我と汝・契約の元・共に有りし者……


 イメージするのは自分が器であること。

 意志の力で世界を書き換えるのが魔法という技術。

 その意志を何語かの詞でより強く形にする。

 走りながら意志を強く鋭く整え、「私」という存在を書き替えて。


 ……身を重ね・魂を重ね・力を共に・ここに振るえ――《憑依(ポゼッション)》!


 その術が発動するとともに、“旦那”の体が霧のように解け、私に吸い込まれていく。

 死霊魔術の一つ、《憑依》の魔法。


 これは自分の体を相手に貸し与え、肉体を持つのと同じように動いてもらうことが出来る、というもの。


 普通に使うと乗っ取られる危険性があるので、大体は限定的に委ねて《口寄せ(ゴーストトーク)》の術として用いられることがほとんどだ。

 まあ、古代の魔術師から知識を得ようとして《口寄せ》を使い、その術を逆用されて乗っ取られた例というのも存在するので、便利に使うというのはなかなか難しいんだけどね。


 欠点としては器、つまりは私の肉体的な限界に制限されてしまうという点があるのだけど、まあそこは無理やり動かしてもらえば良しとする。解いた後筋肉痛じゃ済まないだろうけど。

 普通に具現化して戦ってもらうよりも劣っている状態であるのは確かなんだけど、じゃあ何故これを使ったかというと……。


「――よし、魔力容量(キャパシティ)はいけるね……!」


 単純に、その具現化に使う魔力すら火力につぎ込むから。

 この状態なら私は魔力の制御に専念して、戦いそのものは“旦那”に任せることが可能になる。

 とは言っても、この状態でも魔力の枯渇があり得るくらいの大技なんだけどね。


 見ればナハトとエシルゥアは上手いこと多頭樹蛇の動きを抑え込んでくれてる。

 これなら……いける!


『……行くぞ』


 私の口から、低い男性の声が出る。

 “旦那”の声。

 その声を合図にして、私と“旦那”が前に出る。背負っていた大剣を構え、一気に間合いを詰めていく。こういう時のためのものでもあるんだよね、この大剣。

 狙うは首の起点となる胴のど真ん中。そこなら丸ごと焼き払えるから。


「あとは、任せる!」


 入れ替わるようにナハトが飛び退る。

 あちこち傷を負っているけれど、それでも十分陽動の役目は果たしてくれた。

 後は刀身を可能な限り相手に打ち込み、そこから“旦那”の切り札を叩き込めれば。


 これなら――!


 ガッ、と音を立てて切っ先が樹皮を貫き、切っ先が突き通る。

 このまま押し込んで……!


 ……けれど、そこまでだった。

 

 私の身体では限界があったのか、それとも多頭樹蛇の胴体の硬さが予想以上だったのか。

 抜けはしない、しないけれど、それ以上押し込めもしなくて、びくともしない。


 まずい、と思う間もなく、鎌首をもたげて懐に入り込んだ不届きものを迎撃する構えを取ろうとする蛇の頭。

 手を放して次のチャンスを狙うか、それとも威力の減衰と周囲への被害を覚悟でこのまま――

 一瞬の思考。


 その一瞬に、聞こえた声があった。

 ……ここにいないはずの、消耗して、眠っているはずの。


「――押し込みます!」


 それと同時に、突き飛ばされたような衝撃。

 柄を後ろから押し込まれたと思うより先に、刃の根元まで大剣が突き刺さる。

 これなら――!

 “旦那”が何か、巨大な存在と繋がった気配がある。

 信仰に乏しい私には上手く感じられない、けれど《憑依》による感覚が、否応なくそれを教えてくる。



『――太陽の(ソル)


 それは、()()戦役を終わらせた、最後の一撃。

 多頭樹蛇が恐れ、もがいて弾き飛ばそうとするが、その刹那。


『――裁き(ユーディキウム)!!』


 その内部で炸裂した圧倒的な熱量が、決着をつけた。




Q:こいつ、燃えるんですか?

A:力づくで燃やしました。

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