12:エルフ殺し
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「……お……おにいさんは、わるくないです……わたし、が……わるい、んです……」
「よし、初手でそれだと話が進まないから、まずは話を聞こう。エシルゥアもそれで良いよね?」
「……致し方あるまいな。森の保全を考えるならば排除せねばならんが、だとしても状況が判らない以上、迂闊な手は打てまい」
エシルゥアが冷静でいてくれるのはありがたい。
もしかすると私たちみたいな、外部の者の対応をやる必要がある都合上、比較的柔軟な考えをしなきゃいけないのかもね。
さてアルラウネ、という魔族は魔物としては相当に温厚……というか、生殖のために多種族の異性を必要とし、植物を操る能力を使って生息地に迷い込んできた者を捕らえるという性質程度で、積極的に他者を傷つける傾向は低いとされている。
まあアルラウネ自体が女性しかいない種族だそうなので、男性に対してはその……まあそれなりに問題というか、脅威ではあるのだろうけど、エシルゥアもナハトも特に変な感じはしないしね。
何故そんなことを気にするのかと言えば、アルラウネって植物を操る能力のほかに、男性を誘うために特殊な匂いを出す能力を備えているんだよね。言ってしまえば媚薬とかそういうの。
惚れ薬の材料になるというので狩られる場合もあって、だからこそますます彼女らは必要な時期以外は他種族から離れる、ということらしい。
見た感じ彼女はかなり若く、ユーミより年下程度という感じでそういう時期ではないと思うので、ひとまずは安心だけど。
「例の隊商に囚われていたんだよね? どういうことかわかる?」
「……その……うまれたばしょからにげだして……にんげんにつかまって……」
「そっかぁ……アルラウネも閉鎖的と聞くからなぁ。そこを、か」
エルフにもそういう人いるよね、とエシルゥアに話を振ると、彼は彼で納得がいったような、それでも少しまだ苦いものを抱えたような顔で頷く。
「彼女の事情は理解した。それはともかく何故攫ったのだ? 同情か?」
「そういうわけではないね。先刻も話したが、依頼人が契約違反を犯したので、離脱を考えていたところに新しい依頼を持ち込まれたので、それを遂行しているだけだよ」
イシルゥアの疑問に、ナハトが少し肩を竦めながら答える。
「何やら隊商の連中が大事そうにしていたのでな。意趣返しも兼ねてはいるな」
まあ売るところに売れば高値だろうしなぁ。
しかし話には聞いたこともあるけれど、魔物を使って商売をする連中もいる、ということか。
何を考えてこの森を焼こうとしたのかを考えたくはなるけれど、あまり深入りしたくはないかな……あまり良いこととは思えないし。
私としてはスローライフを送るべき穏やかな場所が欲しいんだから、出来る限り揉め事には近づきたくはない。
……あんな場所で暮らそうとしてる時点でもう遅い?
そこはまあ、否定は出来ないけどさ……一応ね、増やさない努力というものはね……。
そうこうしているうちに、他のエルフたちが他の隊商の人たちを捕らえてきて、彼らは森側が預かり裁きを受けさせ、必要なら辺境伯に引き渡す、という方向にもっていくらしい。
魔物を使って他種族の領域に害を為そうとしただけで重罪なのは間違いないけど、裏の事情によってはもっと大きな問題に発展するだろうから、まあ妥当なところかな。
* * *
「こうなると……後は魔物を片付ければ良い、ということになるのかな」
「そうだな。後始末を考えるとあれこれ頭も痛いが、それでもこの火の気を発しているのが外界より持ち込まれた魔物であり、それを退治すれば良いというのは同意しよう」
エシルゥアと頷きあう。
問題は、その魔物がどういう性質を持っているか、という手掛かりがほとんど無いことなんだけど。
「火気を発するということは、よくあるところだと竜の類だろうか。亜竜も幾つか種類があると聞くしな」
「俺たちが見た魔物は、蛇のようなものに見えたな。閉じ込めていた檻は警備が厳しく、中の確認までは至らなかったが」
「そうなるとやはり、亜竜の類と考えるべきか」
エシルゥアとナハトが予測と情報を交換している。
隊商の者たちから情報が得られればいいのだろうけど、この森を燃やそうという意図を持っている連中が、こちらに情報を渡すとも思いづらい。
聞き出すための時間があればともかく、先ほどから油の臭いというのか、エルフの皆の言う火の気が先ほどから強くなってきており、小火で済まなくなっているというのは私にもわかる。
けれど、何かが引っかかる。
まあ、引っかかる点は言ってしまえば単純なんだよね。
……どうして亜竜が見つからない?
ただ、それだけ。
私とユーミが出会ったときに出現した亜竜もそうだけど、強い魔物というものは、原則的に強さと身体の大きさが比例する。
一応、強さがある程度を越すとそれすら当てはまらないという説もあるのだけど、少なくとも亜のつかない竜……あの邪竜ですら、その原則には外れていなかった。
だというのに、そんな魔物は見つかっていないのだ。
ナハトが見たという証言を信じるなら、巨大な蛇のような魔物が複数いたように見えた、という。
状況と証言がかみ合わない。これは、一体……?
アルラウネの少女が私を不安そうに見上げてくるけれど、何でもないよと笑ってごまかす。
今眠っているユーミもそうだけど、小さい子を不安にさせて喜ぶ趣味は私にはない。
見目麗しいとか、可愛い子はそれだけで良いものだと思うんだよね、だから出来れば笑っていてほしいなと思ったりするわけで、うん。
…………?
アルラウネ?
……彼女は何のためにここに連れてこられた?
希少価値の高い魔物だから、それ自体はおかしくはない。
隊商なのだから商売目的ならば不思議じゃあないからね。
けれど、森を焼くのが目的で、その中核をなすのが魔物とするなら、そんな価値の高い子をわざわざ? 何か、他にも……?
もしかして……?
頭の中で、幾つかの知識が絡み合う。
アルラウネの生態。
南方の希少植物を記した書物に記されていた、ある樹木の性質。
引っかかったことを、そのまま問いにしてみる。
「ねえ君、アルラウネって、植物を操る力があるんだよね?」
「うん……ずっと、やらされてた……」
「ずっと、って……まさか、まさかだけど――」
「……うん、そうだよ」
「ずっと、魔物を、抑え込まされていた?」
アルラウネの少女が頷く。
……最悪だ。
思わず頭を抱えそうになってしまって、それを見たエシルゥアとナハトが駆け寄ってくる。
「どういうことだ?」
「……昔にね、見たことがあるんだよ。南……こっちの地図には載らない、海を越えた向こうに存在する植物を記した本なんだけどね」
そこに載っていたのは、己の葉からに多量の油分を発し、気候の変化で発火し山火事を発生させる原因となり、己はその際に種子を撒き、その上で周囲の灰となった樹木を糧に増えていく、という樹。
焼畑農業、という農法を知っているだろうか。
草木を焼き、その灰を肥料にすることで作物を育てる、という手法であるわけだけども、それを自身の生態として行う樹がある、という話だった。
確か名前は、白熊樹と言ったっけな……。
「その樹と同じ性質を持つ魔物がいる、としたら……? 見つからないのも、動かなければ樹と変わらないから見逃していたとか……」
「馬鹿な、そんなことが――」
「樹木人っていうのもいるだろう。永く生きたエルフが変ずるという伝説もあるけれど。あれだってぱっと見、他の樹と大きさ以外は変わらないっていうよね?」
「あれは、修行を積み純化し、肉体が不要になったエルフが変ずるものだ、魔物がそうなるとは……」
「だけど、ありえない話じゃない」
あり得るかありえないか、で言えば前者だ。
何せ私たちは魔物の生態を全て知ってはいない。
魔物が人型の生物と交配して魔族を生むように――
アルラウネの始祖が、植物の性質を持つ魔物と、人間の交わりによって生まれたとされているように――
「魔物が植物と交わる……正確には取り込むというところだろうが、その能力を得る可能性も否定は出来ない、ということか」
「少なくとも、それでこの子が隊商にいた理由が説明できるんだよ」
多分そういうことだと思う。
どれだけ信じがたい可能性でもね、今の状況を成立させるのは、それくらいしか思いつかないんだ。
「魔物は人に従わない。けれど植物の性質を得た魔物ならば、アルラウネの能力で制御出来ることもあり得るんだ」
ナハトの言葉に、頭の中で組み立てた仮説を返す。
森に火を放つのは普通、他所の人や、魔物だ。そこに住む者たちは普通、自分の住処に火はつけない。
だからこの状況を齎した犯人を捜す時、エルフや私たちはそれを探した。多少おかしな樹があっても、見過ごしてしまう可能性の方が高いだろう。
エルフの探索が精霊によるところが大きければ大きいほど、その植物が発する火の気で精霊が乱されれば、普段の力は発揮できずに見過ごされてしまう可能性も十分にある。
よく出来た代物だと思う。
どれだけ希少な代物を持ち込んだんだ、と呆れてしまうというのが本音ではあるけれど、エルフへの対応策として考えるならこれほど有効な手法はそうは無いんじゃないかな。
森殺し、或いはエルフ殺し。
自らの森に火を放ち、そして増殖するという性質を持つ樹木系の魔物。
恐らくはそれが、この森に放たれた代物ということだろう。
「しかし、それならばどうすればいい? そもそも見つける為の手段が……」
「抑え込むことが出来るなら、呼ぶことだって出来るんじゃないかな」
アルラウネの少女……いい加減何か名前で呼びたいところだなぁ。
名前はあるのかと聞いたら首を横に振られたんだけど。
アルラウネはお互いに発する香りが微妙に違うらしく、それでお互いを識別するそうだ。なるほどなぁ……。
「あと、相手は火を放つ可能性が高いから何処か、比較的安全な場所を教えて欲しい。泉のそばとかね。出来れば広い空き地があると良いんだけど」
「わかった、それはこちらで何とかしよう。他に何かあるか?」
「うちの子が眠ったままだから、何処か安全な場所に連れて行って欲しい」
解った、と頷いてくれるエシルゥア。
彼の配下のエルフがユーミを背負い、近場の居住地で保護してくれるとのこと。
あとは彼女の力で対処しやすい場所に誘い出し、何とか倒せればそれで大丈夫だろう。
誘い出すことには協力してくれると言ってくれたし、この子の身はナハトが守るというから、そこは何とかなると思う。
そうなると残る問題は倒しきれるかという点ではあるんだけど……。
どうにもエルフと相性の悪い相手ではあるのだけども、何とかするしかないか。
放っておけばいいという考えもあるだろうけど、一度関わりはしたんだ、最後まで付き合うくらいは良いと思うんだよね。
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多少誇張してはいますが、ユーカリは樹皮が燃えても剥がれ落ちることで樹の幹自体は無事だとか、根に栄養を蓄えているのでそこから芽が出ることもあるんだとか……。




