11:魔法も加護も、使いよう。
* * *
――……何があったかはよくわからない……
――……俺が覚えているのは……積み荷が、突然……
――……中から……魔物が……
――……あっという間に……俺たちを……
――……火が……燃えて……
私の目の前では、半透明の男……つまるところ亡霊が、質問に答えてくれている。
彼は隊商の護衛として雇われ、不幸にも壊滅の際に命を落として埋葬されたのだけど、かろうじて魂が残っていてくれたのは運がよかった。
他にも所属の商人のうちの一人からも、同じように事情を聞くことが出来たのだけど、何人か逃げ延びた人がいるらしい。
「護衛のうちで、無事な人はいたのかい? 例えば……」
ここに来たそもそもの目的であるところの彼の名を告げる。
彼の名は夜。
人間の冒険者なんだけど、地味に仕事をこなし、生存力に特化しているタイプだと聞いている。
そう簡単に死ぬとは思えないし、エシルゥアが言うには死亡者には含まれていないけれど、どうなったかは聞いておかないと。
――……そいつなら……隊商の連中から……
――……小娘を一人、奪って……逃げた……
――……後を……追って……何人かが……
「一応尋ね人は無事、けれど隊商の連中に追われている、か」
そこまで聞き出せたところで、エルフたちに確認を取ったうえで、ユーミに頼み、魂に安らかな眠りを与えていく。
エシルゥアや他のエルフたちの目が見開かれて、驚いているのがよくわかる。
ユーミはノエルの事を知っているからだろうか、驚きよりも感心の方が強い様子。
「……まさか、こういう手があるとはな」
「死に際の意識が残っていないとできないから、そういつもいつも使える手ではないんだけどね」
これは私の魔法で、まだ輪廻に還っていない霊魂と意志を疎通させることで、死んだ当時の事を聞き出す術だ。
とはいえあまり便利なものではなくて、断片的なことしか判らないということはザラだし、私の魔法でしかないから裁判なんかで証拠になるわけではない。
そもそも霊魂が残ってないとどうしようもない。
怪しいぞ、という程度の手掛かりにはなるから十分、という場合もあるんだけどね。
迷宮や遺跡なんかだと、罠で死んだ人の霊が残っていることも多いから、警戒するときには結構便利な魔法なんだよね、これ。
「あの大剣って、地面に何か書くために持ってたんですね……」
「うん、他にもいろいろ方法はあるんだけど、その一つ、ってところだね」
対象の犠牲者を埋葬した場所の周囲に、大剣の切っ先でで円や文字などの図形、つまりは魔方陣を書き始めた時は何してるんだコイツ、という目で見られたものだけど、こうして結果を見せれば納得してもらえるものでね。
陣を刻む用のナイフとかも持っているけど、屈んで作業できる時ばかりでもないからね。
あれこれ試行錯誤の末に、今使っている大剣に行き着いたわけ。
今回は私が魔法で操って証言を作っているという懸念を減らすために、エシルゥアの枝族の術者を連れてきてもらい、私と他の皆を《伝心》の術でつなげて、私が得ている情報をそのまま伝える形にさせてもらっている。
その結果知ることの出来た、隊商遭難の原因というのが――。
「それにしても……まさか貨物として魔物を持ち込んだとはね。そして何とかここまで運んできた……と」
「盲点ではあったな。あくまで『発生しづらい』であって、入れないわけではないのは、知ってはいたつもりだがな……」
「それで、何故か大人しくさせられなくなって、あの場所で魔物が暴れて……っていうことなんですよね? もしかして、最初からこれが狙いで……?」
「全部の事情が判ったわけではないけど、概ねそう思って良いと思う」
このエルフの森を焼くのが目的か、あるいはこの先の辺境伯の街で何かやらかすつもりだったのか。
「ともかく生存者と、問題の魔物を探そう。どっちもエルフの探知に掛からないとも思えないんだけど……」
「そこが厄介なところでな」
「厄介……ですか?」
「我々エルフの魔法というのは、自然の中に存在する精霊の力を借りて行うものだ。しかし、この辺り一帯にこうも火の気を撒かれるとな……精霊が乱れて声が聞けぬ」
あー。
枝族総出で森を監視していたのはそういうことか……。
魔法が使えれば手っ取り早いのだろうけど、それが出来ないとなるとあとは人手に頼るしかない。
「お前たちが来たことに気づけたのは、たまたま馬蹄の音を聞きつけたというだけでな」
「森の奥に入り込んで完全に侵入者扱いされるよりは幸運だった、って思った方が良いね」
どうしたものか。
エルフの協力があると言っても、この広い森林を手掛かりも無しに捜し歩くのは無理がある。
うーん、と考え込んでいると、ユーミが私の服の裾を引っ張ってきた。
「……あのですね、もしかするとですけど……案外近くにいるかも知れませんよ?」
* * *
周りの人の視線が一斉にボクに集まる。
エシルゥアさんがさっき言った通りだとすると、この辺りでは何がいるか、何が起きているかよく判らない。
その上で、エルフの人たちもそれを見つける為には精霊の力を借りる必要があるけれど、その精霊は多分魔物が火の気をばらまいているからうまく働いてくれない。
ここまで確認すると、エシルゥアさんが頷いてくれた。その通りだと。
「それなら……ナハトさんも魔物も他の人達も、妨害を受けている範囲の中にいるんじゃないですか? 他の場所には出て行っていないみたいですし……」
「確かにそういうことではある。少なくともその範囲の外では見つかっていないのだからな」
「けれど、それでも結構広い範囲……ちょっとした山一つ分はあるよね」
うん、それはそう。けれど。
「その範囲を探せればいいんですよね? ……出来るかもしれないです」
アーミリアさんにはきっと怒られるだろうけど。
目を閉じて、息を整える。
精霊は乱されても、足の下から感じる大地の神さまからの加護は揺るぎないことを感じて――
全身に満たした大地の神さまの加護の力で身体の動きを強化して、一度に使い切るのがボクの戦い方。
それが出来るのなら……!
「……心音を聞き取れれば大体の位置はわかるはずですから……皆さんで確認をお願いします」
全神経を耳に集中させる。
身体全体を強化ではなくて、その力を全て、耳に……!
「ああもう、確かにそれならいけるかもだけど、無茶苦茶するなぁもう、後でお説教だからね!?」
「どういうことだ、何を……!?」
「良いから静かにして! 黙ってユーミが指示した場所を調べて!」
アーミリアさんが顔を青くしながらエルフの人たちに指示を出す。
……ありがとうございます。お説教は怖いけど。
「――行きます!」
力を解き放った瞬間、感じたのは意識が吹き飛びそうなほどの衝撃。
……違う。これは音だ。
ボクの聴覚が何倍、いや何百、何千倍にも高まって、それによって感じている音を衝撃として感じているんだ。
草を踏む音が、雷が鳴る様に聞こえる。
服の擦れる音が、土砂降りの雨の音に聞こえる。
あまりの音の波に飲み込まれそうになり、そのまま気を失いそうになるけれど、歯を食いしばって堪える。
それでも耐えきれない負荷を、相手を叩くときに感じる痛みを抑えるみたいに抑える。
神さまに祈るときに、痛みや余計なものを振るい落として気持ちを絞り込んでいくように。
――大丈夫、まだ、これなら。
昔にずっと受けていたよりも、痛くない。
たくさんの音のなかから、自分がもとめる音を、さがしていく。
あたまがわれそうに痛い。なみだがこぼれて、おちていくおとも、いたい――
――でも。
いたみをかんじるのは、しんじるこころがたりないからだといわれた、むかし。
あのときのいたみより――いたくない。
……だから……だいじょうぶ。
だって……
駆け寄ってくれた人が、ボクを抱きしめてくれたから。
壊れそうなボクを繋ぎとめて、その両手で包んでくれたから、大丈夫だと思えた。
そのまま意識を集中させて、求める音を探し出していく。
* * *
「……――こっちの方向にいくつか、あっちに、ひとつ、向こうに……」
周囲の音を聞くのをやめて、心臓の鼓動と息遣いが聞こえた方向をみんなに伝えると、それに従ってエルフさんたちが走りだしていく。
この辺りにいる、という程度の事しか教えられなかったけれど、それでも十分だと言ってくれた。
何とか割り出せたのは良いけれど、あっという間に身体に力が入らなくなって、アーミリアさんに抱っこして貰わないとダメで、指一本動かすことも出来ないくらい疲れてしまった。
「まったく、なんて無茶をするんだい!? 感覚を身体強化の応用で無理やり高めたりしたら、下手をすれば発狂だってあり得たんだよ? そもそも反動だって……」
「えへへ……ごめんなさい。こうすれば、うまく探せるかなって……」
「……謝らなくていいよ、よくやった。――頑張ったね」
感覚強化は身体強化より高度で、身体にかかる負担も大きいんだって。
ボクは出来るかも、で何となくやってしまったけれど、本当は物凄い危険な行為らしい。
消耗が大きいのも、爆発的に増えた情報量がなんとかかんとか……。
けれど、そういうのは置いておいて……アーミリアさんが褒めてくれたのを聞いて、何だか凄くホッとして、眠く、なって……あれ……?
* * *
「その少女は大丈夫なのか?」
「ああ、眠っただけだよ。物凄い無茶をしたからね、しばらくは休ませないと」
外套を毛布代わりに敷いて、ユーミを寝かせてあげる。
やっぱり彼女が身に付けているやり方は身体に負担がかかり過ぎる。
戦うなとか加護を用いるなとは言わないけれど、身体への負荷を少なくする方法も教えていかないといけないだろうなぁ……。
そんなことを考えている間に、エシルゥアが戻ってくる。
なんだかえらく苦い顔をしているけれど、どうかしたんだろうか?
「そっちの方はどうだい?」
「お前たちの探し人は確保したのだが……」
「何か問題でも?」
見れば、エシルゥアの後ろに、一人の青年が立っている。
中肉中背……というには絞り込まれて鍛えられた体つきの、野外での活動が多いのか日焼けした赤銅色の肌と、色の褪せた金髪を持った不愛想な顔つきの人間。
うん、彼が夜だ。
「ジェレミアから言われて救援ついでに様子を見に来たんだけど、今の状況を聞いても良いかな?」
「警護の依頼を受けた隊商の目的が、帰路で入手した魔物をこの森に放ち焼き払うことにあった。護衛の代価は貰っているが、そこまでの行動は依頼に含まれていないので離脱させてもらった」
淡々と言われて流しそうになったけど、よくもまあ生き残ったものだ。
当然のように裏切者……依頼の上で裏切ったのは隊商側で、何をどうしてそんな暴挙に出たのかは調べねばならないだろうけど、それは然るべき立場の人たちがやることだから後回しで良いとして。
とにかく口封じか懐柔か何かされるはずのところを逃走し、数日間生き延びたらしい。
そこまではエシルゥアも発見してからここまでの間に、事情を説明されて納得したとのことなんだけど――。
「……そのことも問題だが、もう一つあってな……」
「何? そういえば情報を聞き出した霊が、女の子を攫って逃げたとか言ってたね?」
見れば確かに、ナハトが子供を一人背負っている。
その子供を一目見て、これはエシルゥアが渋い顔をするな、と納得した。
何せその子は、緑色の……いや、蔦の混じった髪を持ち、身体を服の代わりに植物の葉で包んでいたから。
見たところ年のころはユーミよりも少し年下、尖った耳はエルフそっくりで、私のことを金色の瞳で不安そうに見ていたけれど、実のところエルフではなく、この子はおそらく、エルフと魔族の間に生まれた魔族と言われる――
「この子、アルラウネかぁ……」
魔族とは、魔物と人間または様々な種族の間に生まれた存在であり、基本的には一人一種の存在ではあるのだけど、中には少数でも種族と言えるようなものもいたりする。
アルラウネはその一つであり、私も本で読んだことしかないのだけど、植物を操る能力を持ち、エルフには森の調和を乱す存在であるとして、敵視されているらしい。
エシルゥアがさっきから苦い顔をしているのはこれが理由か。
納得と言えば納得ではあるんだけど――。
「……お……おにいさんは、わるくないです……わたし、が……わるい、んです……」
そんな風に震えながら言われると、どうにも困ってしまう。
さて、どうしたものか――。
* * *
無理やりペガサスフォームと言えばわかる人もいらっしゃるでしょうか?
そういう感じです。




