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死霊術師のスローライフ  作者: おぼろくらげ
――エルフの森の事件――
10/28

8:異種族交流のススメ

「アーミリアさん、見えてきましたよー!」


 馭者席で立ちあがったユーミが、遠くを見つめて声をあげる。

 その言葉の通り、しばらくすると石造りの、真新しいものの武骨な城壁が見えてくる。

 辺境伯の街だ。


 ここはもともとそれほど大きな街ではなかったのだけど、二十五年前の邪竜戦役であの地が放棄された後、逃げてきた民衆を吸収することで大きくなったという経緯がある。

 その上で、死の荒れ地から湧きだしてくる不死者や魔物からの防衛を行うため、元からあった都市と城壁の外に新しい街が出来、さらにそれらを守るための防壁を作ったという流れがあって、今見ている城壁は、その新しい城壁のほうなわけ。


「はぁ……それじゃ物凄い大工事だったんじゃ……?」

「そうだね、完成したのはつい数年前、十年がかりの計画だったからね。あれこれ大変だったらしいよ」


 私の説明にユーミが目を丸くするけど、それもそのはず。

 建てると決めれば材料が湧いて出るわけもなし、何せ城壁を作る石材の調達から始めないといけない。

 この街を東西に貫くように河が流れているのだけど、これを遡ると西の、ドワーフたちの住む鋼火山脈があって、城壁を新造する際にはそこの石材を用いようという計画が建てられた。


 けれどドワーフたちからすれば、自分たちの領域から勝手に持ち出されては困るという話でもあり、どこから、どの程度の量を切り出すか、鉄なども必要ではないのかとか、その対価はどうだ等々、相当に揉めたらしい。


 同じように、その近在にあるエルフの大森林からも、新しい市街を作る際に必要となる木材を切り出す必要に迫られ……森をとても大事にするエルフたちからは拒絶されたのだけど、やっぱり粘り強い交渉の末に必要な量を確保した――という経緯があったりしている。


「……聞いているだけで物凄い大変だなぁ、って思うんですけど……」

「邪竜戦役の際には、その危機感を同じくして同盟を組んでいた間柄でもあるから、まるっきり何もないところから交渉を始めたわけではないとは言っても……やっぱり、それを成し遂げた辺境伯の手腕はかなり評価されているよ」


 何せ異種族交流というのは相当の難事だ。

 この辺りだとエルフとドワーフ、それと大森林でエルフと共存する形で住み着いている、獣人族が主なところかな。


 エルフは森に住み、森と共存することを選んだとされる種族で、その始祖は神に仕える精霊が肉を持ったものと言われ、一般的には長命、外見的には細身で長身かつ優美な容貌と、長く尖った耳を特徴としている。

 ドワーフも同じく、神に仕える精霊が肉を持ったという始まりとされているけれども、エルフとは真逆というか、エルフほどではないけれどそこそこの長寿と、背は低くがっしり……というか物凄い頑丈な体と、男性は立派な髭を蓄えている人が多い。

 獣人族は……ちょっと色々分かれてて一口ではちょっと。人間の体に獣の相を持っている人々なんだけど、ちょっとその種別がね……話をエルフとドワーフに集中させようか。


「エルフは見たことある? ドワーフもだけど」

「森も山脈も大地とは切り離せませんから、大地の神殿とはお付き合いがあるんですよ。森からこちらに来て、司教になっているエルフの方もいますし、同じようにドワーフさんの信者もいらっしゃいますよ」


 あんまりお話したことはないですけど、と付け加えるユーミ。

 まあ魔物退治がお仕事の聖騎士だとそういうものかなー。


「エルフは性質的には長命なせいか、物事に対する態度が保守的で、自分の住む森を物凄く大事にしているね。というかぶっちゃけ彼ら怖いよ、ちょっと前までは『枝の一本は腕の一本』とか真顔で言ってたくらいだから」

「え……脅しですよね? 神殿のエルフの方は凄く優しいんですけど……」

「いやあれは本気。大体はそうなる前に追い返されるんだけどさ」

「見てきたように言ってますけど……もしかして?」

「研究の一環で森に入って、警告までは行ったかなー」


 若い時分だったから色々無茶やったんだよね……。

 あの時はかなり命の危機だったと思う。一行に森出身のエルフがいなかったらどうなっていたことやら……。


「ともかくそのくらい閉鎖的で、森というものを凄く大事にしていた……いや過去形では言えないね、今でも森の奥の方に住むエルフは独自の文化と生活様式を貫いている」

「そういう人たちに、木を切らせてください、ってお願いするのって……」


 どれほど大変だったかは、あまり想像したくない。

 じゃあこれに比べると、ドワーフとの交渉が楽だったかというと、そういうわけではなかったらしく……。


「ドワーフやドワーフで職人気質の人たちが多くてさ……城壁の組み上げまで担当したんだけどさ」

「あ、わかりますよそれ。ボクが着てる装束も、神殿付きのドワーフの職人さんが作ってくれましたから」


 最初のリクエストが、小柄なユーミに合い、かつ動きやすくて防護もしっかり、更には聖騎士として貧相にならないように――とかなり面倒くさい注文だったそうで、職人も最初は渋い顔をしていたそうだけど、一度受けたあとは、納得できるものが出来ていないとかで散々待たされたそうだ。


「注文を出したのはボクじゃなくて、ボクを鍛えてくれた先代の聖騎士長さまなんですけど、かなり待たされたって言ってましたね。試着とか調整も何度もやりましたし」

「そういう風に、自分の納得できる仕事のためには人間の都合とかお構いなし、って人も少なくないし、その上で銅貨一枚まけない、ってくらい金に執着する人が多いね」

「……それって、石材の納入とか凄く大変だったんじゃ……」

「完成した城壁は、そりゃあ見事なものなんだけどね。剃刀一枚入る隙間もないくらい組み上げられた城壁は、結構な見どころだよ」


 こんな両種族を相手に交渉をやり切った、当代辺境伯の心労とは。

 今では王国随一の交渉役として名を馳せているのも当然というか、こんな経験があれば同じ人間相手はまだマシと思えるのか……とにかくお疲れ様です、と。


    * * *


 そのあとしばらくは他愛のない話をしていたのだけど、城壁が近づいてきた辺りで、ユーミがふと思いついたように疑問を投げてきた。


「アーミリアさんは色々な種族の人たちと会ったことあります?」

「魔術の学院の本で知っているだけ、っていうのも結構あるけれど、冒険者時代に会ったことのある連中も多いね。読むと見るとじゃ大違い、っていうのもかなりあるしさぁ」


 人間の他の異種族となるとこの辺りだとエルフ、ドワーフ、そして獣人族が大半だけど、細かいことを言えばもっと多くの種族が住んでいるし、世界全体に目を向ければさらに凄いことになる。

 海を越えた南方、ジャングルに住むダークエルフや蜥蜴人(リザードマン)、命ある鉱石である岩人(マテリア)、人間の数倍の巨体を持つ巨人族(ジャイアント)とその上位種、逆に人間より小柄で昆虫の羽を持つ妖精(フェアリィ)などなど……。

 人間に準じた姿じゃなくて、人間と同じかそれ以上の知性を持つ動物である幻獣(ファントム)なんていうのもいるし、数え上げれば夜が明ける、と言ったのは昔に知り合った小人(リトルフット)族の吟遊詩人の談。

 あまり触れられることはないけれど、魔物と他の種族との間で子をなした結果に生まれる、魔族なんてのもいるくらいだ。


 そこまで言うとユーミがちょっと困ったような、悲しいような顔になったけれど、どうしたのかと聞く前に話題を変えられてしまった。

 彼女的に何かあったんだろうか……?


「すごいんですね……そういう人たちとお付き合いするの、大変だろうなぁ」

「そうだね、それぞれ固有の文化や考え方を持っているから、なんだかんだでぶつかることも多い。でも話してみればそんなに悪いやつはいなかったな。せいぜい人間と同じくらいさ」

「そういう時に気を付けておくことって、何かあります?」


 むむむ。難しい質問だなぁ。

 幾つか挙げることも出来るのだけど、強いてこれを、というのを言うのなら……。


「彼らが何に怒るのか、何を誇りにするのかを知ること、かな」

「誇り、ですか?」

「うん、これはそれぞれの種族じゃなくて個人と付き合う時にも必要になるんだけど、結局ぶつかり合うのって、大事にしているものが危うくなるから怒って、衝突してしまうと思うんだよね」


 例えば、ユーミは大地の神の教えを奉じているけれど、それをそんな下らない教えなんて意味がない、って言われたらどう思うか。

 怒って相手を殴りつけるってところまでは行かないにしても、悲しいし辛いと思うんだ。


「確かに……そうですね。ボクだけじゃなくて、他の信者さんたち皆を馬鹿にされるのは、嫌です」

「だろう? 私だって自分が身に付けてきた魔法とか学問、あとは夢を馬鹿にされたら嫌だ」


 多分それは、誰だってそうだと思うんだ。

 ただその場所が、種族や生まれ育ち、それぞれが抱いてきた考えで違うだけで。

 だけ、と簡単であるかのように言い切ってはいけないのだろうけど、それこそが大事なんだと思う。


 まずは相手を知ること、学ぶこと。

 知った気にならず、たかを括らないこと。


 それがきっと、誰と付き合うにしても大事なことだと思うんだ。


「……難しいですね」

「口で言うだけなら簡単だよ。実際にやるとなるとすっごく大変だけど。がんばれ聖騎士、異種族融和は争いを減らす大事な要素だからね♪」

「うええええええええええ……」


 ユーミの悲鳴と共に城門を潜る。

 衛兵の人がその声を聞きつけて変な顔をするけれど、慌てて何でもないです、大丈夫と伝えて馬車を進める。向こうも向こうでユーミの装束を見てびっくりしていたようだけど、まあ気にしない。


 城門を潜ればこの街のメインストリート。流石にこの辺りの統治を行っている場所だけはあり、雑多で賑やかな空気が道の両側の露店から伝わってくる。

 客引きの威勢のいい声が心地良い。

 城門を潜ってすぐは宿屋の集まっている区画だけど、馬車を預けることの出来るところとなるとそう多くはない。

 馬車の預かり賃も込みで勉強するという、中堅どころの宿を確保し、ユーミと二人で街に出る。

 目的があって来たことだし、まずはそれに手を付けるとしよう。


「それで、この街のどこに行くんです?」

「そうだね、一応職人ギルドに顔を出して、それでダメなら知り合いのところかな。……まだ生きてるといいけど」

「生きてるかどうかって……お年を召した方なんですか?」

「いや、私よりちょっと上くらいだから、そういうわけじゃないかな」

「じゃあなんで……?」


 首を傾げるユーミ。

 そいつは私のいた冒険者の一行(パーティ)の一員で、一行の解散と共に私と同じように第一線を引いたやつなんだけど――。


「ユーミにはちょっと縁のない場所だと思うけどね。でもまあ、これも経験のうちってことで♪」

「……??」

「そいつ、多分盗賊ギルドの偉いさんになってるはずだからね」


 ユーミの疑問顔が驚き顔に変わるのに、時間はかからなかった。


    * * *



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