プロローグ
趣味を色々入れつつやってみようと思います。
もし良ければ読んでいただければ嬉しいです。
その日、私の世界は終わりを迎えた。
* * *
世界と言っても、そんなに広いものじゃない。
地図で言えば、ギリギリ辺境かな、という程度の少し大きな街だった。
朝起きて、家族と食事をして両親の手伝いをしたり、教会で司祭様から勉強を教わったり。
友達と一緒になって遊んだり、時々悪戯をしては近所のおじさんに怒られてみたり、泥だらけになって帰ってみては母さんの仕事を増やしてみたり、正直、お転婆だったと思う。
夕食を食べながら、大きくなったら騎士様になりたい、いや冒険者もいいなと夢を見てみたり、鍛冶師だった父さんに、幸せに誰かのお嫁さんになってほしいと言われて、皆で笑いあい、ベッドに潜り込んで世界を旅する勇者様になる夢を見て眠る――。
勉強を教えてくれた司祭様に、頭も良いですし、もっと立派な学院で学べば、もしかしたら学者や魔術師や自分のような司祭になれるかも知れませんね、そう言われたことを今でも覚えている。
それが、ちょっと成績のいい子供を発奮させるための方便だったとしても、とてもとても誇らしかった。父さんも母さんも、我が事のように喜んでくれた。
その笑った顔を見れたことが、何よりも嬉しかったから。
そんな、どこにでもあるような小さくて、当たり前の世界。
それが壊れる時が来るなんて、あの時、その瞬間まで思わなかった。
* * *
「魔物が、来た」
どうしてそうなったのかはわからない。
ただ判っていたのは、街が滅ぶ、というただそれだけ。
父さんたちは街の防衛を行うことになり、戦えないものは街を出ることになった。
そして母さんに手を引かれ、司祭様に先導されて街を出て、少しでも安全なところに逃げることを選んだ私は、見た。
燃えていく街と、魔物の群れと、その中に在った――ドラゴンの姿を。
ああ、あの姿は間違いなく、この胸に焼き付いてしまっている。
忘れようが無い。
遠くからでもはっきりと判る圧倒的な存在感。
飛ぶまでも無いとでもいうのか、悠然と歩みを進める暗紫色の鱗に包まれた巨体。
これから蹂躙することになる街と、それを守る人たちの存在など存在しないと言わんばかりに傲然と見下す瞳と、その向こうに在る巨大な魂。
見えたはずはない、と自分でも思う。けれど、感じてしまったのだ。アレはそういうものだと。
アレは、人間が敵うものではない、と。
そう思ったのは、私だけではなかった。
誰かが膝をついて、絶望の声をあげた。
あれは誰だったろう。
母さんだったかも知れない。或いは司祭様だったかも知れない。
いや、それを見た皆だったのかも。
もう駄目だ、と誰かが言った。
見る間に火の手は広がり、見慣れた街がそうであったものに変わっていく一部始終を、嫌でも見せつけられたから。
逃げなければいけないと判っているはずなのに、皆の足は動かなかった。
足を進めなければ、街を焼いた魔物たちがこちらにやってくるのに。
事実、私たちに迫ってくる姿が見えたのだから。
ここで逃げなければ、父さんたちが命を懸けたことが無駄になると判っているはずなのに。
今思えば、それは諦めだったのだろう。
生きなければいけないと判っている。判ってはいるが、もうどうしようもないと、心が折れた。
仕方のないことかも知れない。
それほどまでに、あのドラゴンという存在は絶大だった。
* * *
それを目の当たりにしながら、叫ぶ声を聞いた。
「……いや、だ……!」
嫌だと、諦めたくないと、こんなのは嫌だと。
その声を聞きながら、ふと気づいた。
これは、自分の声だと。
いや、私はそう叫んでいたのか、本当は今でもわからない。
足を止めて諦めた母さんの手を必死で引きながら、ただ泣き喚いていたのかも知れない。
心の中を埋めていたのは、憤りという感情。
奪われたくない、失いたくないという叫び。
何故そんなことになったのか、何故そう叫んだのか。何もかもわからないままに、激情のままに叫びをあげていることを知ったのだ。
ただ一つ解ることは、その時「私」が生まれたのだろう。
それはきっと、私のあげた産声。
声という叫びではなく、魂のあげた声。
その声と共に、私は何も知らない子供ではなく、諦めるのは嫌だと叫ぶ者になった。
転んで蹲っても、立ち上がれなくても、それでも、と這いずって前に進む者に。
燃えていく街とその中に悠然と立つ竜。
それは私の原風景。
何もかもを諦めることをやめて、何もかもを取り戻すことを選んだ、私の。
* * *
――これは、幸せな世界を取り戻すまでの、物語。




