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昼に差し掛かろうとするころ、晴天で雲一つない空の中、学校の森の入り口のとある一角で多くの子供たちと教職員が集まっていた。子供の中には人間、エルフ、ドワーフ、獣人などのあらゆる種族やその混血の子がいて、千年前厄災が襲い掛かってくる前ではありえない光景であった。
「よーし、チビども!今日も元気に行くぞー」
「「「「「「はーい」」」」」」 筋骨隆々の熊の獣人であるガルドの声にこたえて子供たちは元気に返事した。学校では基本的な学力をつけることを目的とする座学と、魔物の解体や体力づくりといった実技の二つに分かれていた。実技の中でも体力づくりの授業は毎日行われ、これは全学年合同で行われる唯一の状業でもあった。ちなみにガルドは子供たちから教官と呼ばれていた。
「んじゃ、いつものコースを一周だ!上位のやつらにはお菓子用意しとくから、手抜くなよ?」 「「「「「「はーい」」」」」」 そして子供たちはやる気に満ち溢れながらそれぞれ自分の鞄を背負った。遊び盛りの子供たちにとっては座学よりも体を動かす実技の方が好きな様子であった。この授業では年齢ごとに専用の鞄を背負うことになっていて、年齢が大きくなるにつれ鞄の重さも重くなっている。ライガたちの年齢では約30kgの重さであった。鞄を背負う際に子供たちは全員身体強化の魔法をかけていて、その効果で全員から白いオーラが出ていた。魔法は現時点の見解としては、大気中のマナに干渉しておこるものとされ、この世界で勉学と同じぐらい重要なもので生きる上で不可欠なものとなっている。火、水、風、雷、氷、土、光、闇が基本属性となっている。この村では例外なく全員が魔法を使えるため、授業でも積極的に取り入れられている。ちなみに身体強化魔法は光魔法の一種であり、そのため子供たちは白いオーラが出ていたのである。
ライガはまだ先のテストのことを引きずっていた。
「ほら、ライ、いつまでも拗ねてないで、私たちも準備するわよ」 エレナがいじけているライガの腕を引っ張り上げるとしぶしぶ立ち上がった。
「漢字のテストは今度私が見てあげるから、それでいいでしょ?」
「ほんと?」ライガは顔を上げて言った。
「ええ、もちろんレアとフィーちゃんも見てくれるわよ」 エレナはそう言ってフィリアとフレアの方を見た。
「ったく、しゃーねーな」
「え?私も?」フィリアがめんどくさそうに言うと、エレナが笑顔のままフィリアにもちろんよね?と言うかのように威圧をかけた。
「わ、わかった…魔道具作る時間が…」 最後の方は小さくつぶやいていたが、フィリアは観念した様子であった。
「じゃ、じゃあ頑張る」
「なら行くわよ、早くしないと教官に怒られちゃうわ」 エレナはそう言い、三人は先に教官がいる方へ行ってしまった。「ま、まって~」ライガは慌てて身体強化魔法をかけて鞄を背負い、三人の後を追った。
ライガが三人に追いつくと、三人は背丈が高く、蒼い目を持ち柔和な顔をした白髪の青年と会話をしていた。
「ルイ兄!今日こそ俺が先にゴールしてやる!覚悟しろ!」
「ははは、お手柔らかにね」
「余裕かましてられるのも今のうちだからな!」
「じゃあ、僕も頑張らなきゃだね」
「当たり前だろうが!」ルイ兄と呼ばれたその青年はフレアの勢いに押され少し困ったようであった。彼の名前はルイスで、年は十四歳で、ライガたち四人が村で同い年以外で仲の良い子供のうちの数少ない一人であった。
「準備できたかー?それじゃ始めるぞー」 教官がそう言うと子供たちは校庭の森の入り口にあるスタートラインに一列横並びで並び、緊張が走っていた。
「よーい…スタート」 その瞬間子供たちは次々と森の中へ入っていった。その数は四十人近くいるうえ、全員が身体強化魔法をかけているため、傍から見るとかなりの迫力であった。
「おらおらおら~~」 その中でフレアが抜け出していた。ものすごい勢いで木々の枝を飛んで行っていた。そしてその後ろからルイス、エレナ、フィリアが続き、さらに後ろから大勢の子供たちが来ていた。
森を抜けると切り立った岩場がたくさんある川があった。フレアを先頭に子供たちは岩場のわずかな足場を使って次々と岩を飛んで行き、水の操作が得意な子は水を滑って上流へと昇って行った。
川を昇ること約七分、フレアは高さ二十メートルもある滝のそばまで来て、滝のそばにある崖をジャンプしながら軽々と登って行った。フレアが中腹に来た時 「おさきっ」 ルイスはそう言い滝に氷魔法で足場を作りながら一気に登って行った。 「くそぉ、待ちやがれ!」 フレアは闘争心を燃やしルイスを追うために登って行った。
フレアたちが滝につく頃、ライガはやっと森を抜けて息もあがっていた。前には誰もおらず一人だけ大きく遅れていた。身体強化魔法をかけていても魔法の練度や元の運動神経が低いと差が出るのである。ライガの場合は後者であった。「よしっ」 ライガは気合を入れ川の岩に飛び乗った。「うわわわっと、危ない」 しかしバランスが整うのに少しかかり、そこから一つずつ岩場に飛び乗ってはバランスを保つのを繰り返していた。
一方フレアたち先頭は滝の上のそばにあるにある洞窟に入っていた。洞窟の中はそれなりに広く迷路のようになっているが、今回はレースであるため正解の道には明かりがともされていた。明かりはあるものの視界を確保するには少し暗いため、子供たちは光魔法で自分たちの前方に光球を作りながら走っていた。フレアはルイスの背中を見て懸命に追いかけていたが、一向にその差は縮まっていなかった。そしてフレアの後ろからはフィリアやエレナを始めとして五人も迫り、それほど時を置かずにしてフレアに追いつき六人で集団を作っていた。
洞窟を抜けるとまた川があった。先ほどの川とこの川は上流では同じ川であり、途中で分かれているのである。この川のコース上には滝がなかった。フレアたちの集団は洞窟を抜けるころにはルイスにほとんど追いついていた。フレアたちは川にジャンプし、そこで水魔法を使って水の上を滑り、岩を避けながら激流を一気に下って行った。少しするとフレアがルイスに追いつき、並走する形となっていた。
そのころ、ライガは滝のそばまで昇ってきていたが、だいぶ遅れてしまっていた。そして滝のそばにある崖をわずかな足場を頼りに登っていた。が、登りきるまであと少しというところで足場が崩れ落ちて行ってしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」 身体強化魔法をかけていてもけがを負う高さであったが、地面に落ちる直前に上に向かって風が吹き、その結果着地の衝撃はほとんどなくなっていた。風を起こしたのはミーシャであった。
「先生、ありがとうございます!」 ライガはお礼をし、再び崖を昇って行った。ミーシャは手を振った。
「ガルド先生、こちらミーシャです。最後の生徒は上りの滝にいます、上りの森と川にいる先生方を退避させてください。私はこのまま後を追います」
「了解、先頭はもうすぐ最後の下りの森の中はいるところだそうだ。そっちは頼みましたよ」
「了解しました」コースのいたるところに教員がいて、子供たちの安全性を確保しており、ミーシャはその伝達役の一人であった。 ミーシャは時計型の魔道具の電源を切り、崖を軽く登り後を追っていった。
フレアたち先頭集団は川をしばらく下ったあと森に入っていた。行きの森と異なるのはあらゆる方向から赤色の光球が襲い掛かってくることだ。当たっても致命傷にはならないが身体強化魔法が解けてしまうため、全員避けて進んでいた。そんな中フレアがリードしていた。
「っへ、このままいけば…ってうおぁ!」 ゴール直前になり注意が散漫になったせいで危うく光球に当たりかけたが、何とか避けれた。しかしその隙にルイスが横を抜け、そしてフィリア、エレナもフレアを抜かしていった。
「!?やろっ!」フレアはここまで抜かされるとは思っていなかったらしく驚き、そして焦り始めた。森を抜けるとゴールは目前であった。ルイスは森を抜けると風魔法で一気に加速していった。ほかの三人も同じようにしたが彼に追いつくことはできず、結局ルイス、赤髪の少女、フィリア、エレナ、フレアの順にゴールした。
フレアは息を切らしながらも悔しそうに地団駄を踏んでいた。
「ハァ…ハァ…くそぉ、まさかルイ兄に勝てないだけじゃなく、お前らにも負けるとは…」 フィリアとエレナも息を切らしていたが、ルイスは疲れを感じさせない様子であった。
「今日も僕の勝ちだね、フレア」 フレアはそっぽ向いて「次は勝つ…」と小声で言った。
「お疲れ様、ルイス、速かったわね」
「ああ、でもファルも相当だったよ、危うく負けるところだった」 ファルはルイスの同級生で、先ほど二着でゴールした赤髪の少女であった。その間にもほかの子供たちが続々とゴールしていた。しばらくするとフィリアとエレナがルイスに話しかけた。
「次はルイス兄さんにも勝つからね!!」 「私も…」 二人とも呼吸を整え余裕ができたのか、次の勝負への布告をしていた。
「うん、よろしくね」 ルイスは相変わらず飄々としていた。「じゃあね、みんな~、いこ、ルイス」 ファルとルイスはそのまま三人のそばを離れていった。
それから十分後。ライガはへとへとになりながら森を抜けてそのままゴールした。
「よし、全員ゴールしたな!そしたら手を洗って昼飯だ!準備しろ!あと上位十人はいつも通り褒美の菓子があるから取りに来るの忘れるなよ!」
「「「「はーい」」」」 ライガが息を整えているとフレア、フィリア、エレナの三人がやってきた。「お疲れ~ライ、はいこれ」 エレナはライガに水の入った使い捨てのコップを手渡した。
「ありがとう…ぷはぁ、生き返った、それで今回はルイ兄に勝てた?」
「んや、今回は勝てないどころかこいつらにも負けたよ」フレアは悔しそうな顔をしていた。
「ええ!?」ライガは驚き、二人を見ると自慢げな顔をしていた。
「ふっふっふ、すごいでしょ」「ん、頑張った」
「ああ!もう、むしゃくしゃする、ご飯食べに行こうぜ」フレアはそう言って洗面所に向かった。
「ふふ、きっと悔しいのね」
「そうだね、今までずっとこの四人の中じゃ勝ちっぱなしだったからね」
「ん、おなかすいたから早くいこ」 フィリアは早くご飯が食べたいのか二人を急かした。
食堂のある建物へ行き、手を洗い、そして自分のご飯を配膳し、隅の方にあるテーブルに男子と女子が横並びになるように腰かけた。この建物は木造で横壁がないのだが、晴れている日はもちろん雨の日も利用できるように本来横壁がある位置に光魔法の一種である結界や、風が強いときのためにシャッターを下ろすことができるようになっていた。
「「「「いただいきまーす」」」」 四人は手を合わせてそう言い、自分たちのご飯を食べ始めた。この村がある地域は自然が豊かであるため、食事も必然的に豊かになっていた。白米や野菜はもちろんのこと肉も食卓に並んでおり、時には氷魔法を用いて輸送され持ち込まれた魚が並ぶこともあった。また、今回ライガ以外は上位10人以内に入っていたため、ショートケーキがそれぞれ並んでいた。
食事をしながらしばらく団欒していると、いつの間にかケーキ以外のものを食べ終わっていて、フレアもいつもの調子を取り戻していた。
「いいなーケーキ」 ライガは少し羨ましそうにしていた。
「あげないからな!食べ物の恨みはでかいんだぞ!」 「ライも頑張るべし、そうすれば食べられる」 フレアとフィリアはそう言いつつおいしそうに食べていた。
「まあ、頑張ってみるけど…まず最下位から脱出しなきゃ…」 ライガは気が遠くなりそうになっていた。
「お前、魔法全然できないもんな。運動神経は悪くないのに」するとライガは少し興奮気味になって 「うん、でもね、きっと勇者様みたいに特別な力があるに違いない!だから、頑張るんだ!そうすればいつか力が目覚めてくれるよ!」と言った。三人はライガの様子を見て嘆息していた。そしてライガもさきほどの発言は声が大きすぎたせいで周りの視線を少し集めていたため、アハハハと手で頭の後ろを掻いていた。
「それでも諦めずに毎日ゴールできてるんだからいいんじゃないかしら」
「んだな」エレナの発言にフレアは同意していた。
「でも!」「だから、今回ぐらいはご褒美をあげてもいいと思うの」 エレナがライガの発言にかぶせてそんなことを言ったため、ライガは不思議に思い口を少し開けたまま首を傾げた。その瞬間エレナが食べかけの自分のケーキを一口分フォークですくい、ライガの開いた口に突っ込んだ。ライガはケーキの甘さで幸せそうな顔をしたが、エレナにされたことを理解し、ありがとうと小さくお礼を言うと、顔を赤くしてうつむいてしまった。フレアとフィリアは驚いた表情でエレナを見ると、彼女はやっちゃったという顔をしていた。