(自称)悪役令嬢は嫌われたい。
【登場人物】
ステイシア=フォン=ローゼン
エスペラント王国公爵家の息女。婚約者の王子に好きな人ができたと聞いて、王子側から婚約破棄を言い出しやすくするために『悪役令嬢』と呼ばれるように行動する。頭はいいけど結構天然。鈍感。
エレオノーラ=ド=サンソン(エレナ)
男爵家の娘。半年前まで平民だったが、実は男爵家の隠し子で急遽呼び戻される。基本は家族や友達思いのいい子だが、少し腹黒い面も……?
シャルロッテ=デュラーク
デュラーク伯爵家の息女。ステイシアやエレナのクラスメイト。
レイ
ステイシアの侍女。ダークエルフの褐色銀髪巨乳メガネメイド。
「勉強を教えてほしい、ですの?」
そろそろ木々が青々とした葉をつけ始め、学園での生活に慣れてきた今日この頃。
本日の授業が終わって放課後はどうしようかしら、などと考えていたタイミングで、自分の席から移動してきたエレナさんが立ったまま私に声をかけてきました。
声をかけたはいいものの、気まずそうにしながら、でもとてもなにか言いたげな無言にさらされたわたくしは、微妙な空気に耐えられなくなってこちらから話しかけます。
「なにかご用事ですの?」と。
するとエレナさんは消え入りそうな小さな声で、勉強を教えてほしい、とおっしゃったのです。
そして冒頭のセリフに至る、というわけですわね。
「そうなんです……。実は私、この学園の編入試験はかなりギリギリでした。ですので、授業のレベルが高くて付いていけてないんです。そこで、もしよかったらステイシア様に教えていただけないかと」
「なるほど。確かにこの学園のレベルは、15歳まで家庭教師をつけて十分に教育がなされた子女に合わせていますわ。数ヶ月前までろくな教育を受けてこなかったエレナさんは、ついてこられなくて当然といえば当然ですわね」
となると、今までの授業は相当苦しかったのではないでしょうか。
エレナさんはとても真面目な方ですので、授業をないがしろにするようなことはないと思います。実際、彼女が露骨に「出来てない」姿を授業中に見ることは一度もありませんでした。
しかし、これまでのエレナさんの経歴を考えますと、今まで”ボロ”を出さずにやってきていたことのほうが異常です。一体どのような手を使っていたのかしら?
これは長い話になりそうだと感じたわたくしは、エレナさんを近くの席に座らせて、質問しました。
「エレナさん、入学してから今までは勉学についてどのようになさっていたのかしら?」
「それは……。授業は教科書通りに進んでいきますので、翌日やるであろう箇所を予習して回答をあらかじめ練っていました。しかし基礎があまりにもないため、場合によっては先生に聞きに行ったりしていました。ほかにも、空いた時間に先生から基礎の部分について教わっていたのですが、先生にもご都合があって中々時間が取れず……」
「なるほど……。だいたいわかりましたわ」
やはり、エレナさんは真面目ですわね。まさかそこまでしっかりされていたとは思いませんでしたわ。
しかし、わたくしもまだまだですわね……。少し考えればエレナさんの状況は察してあげられたはずですのに、相談されるまで気づかないなんて。
これは早急に手を打つべきですわ。彼女の楽しい学園生活のためにも、勉強のつまづきは早めに対処しておかなくてはいけませんもの。
「エレナさん、それでは今から、私の部屋へまいりますわよ」
「ステイシア様のお部屋ですか……!?」
「ええ。あそこなら邪魔されませんから丁度いいんですの。さあ、行きますわよ」
わたくしはそう言うと、鞄とエレナさんの腕を取って早足で教室を出た。
善は急げと申します。できるだけ時間を使ってあげたいですから、急いで寮に戻らなければいけませんね。
―――――――――――――――
「それでは勉強会を始めたいと思いますわ」
エレナとともにわたくしの部屋に戻り、レイの淹れてくれた紅茶で一服したのち、わたくしたちは本題に入った。
「よろしくお願いします、ステイシア様」
「ええ。それでまずは、エレナが特に難しいと感じている分野から始めますわよ。最初の試験は2週間後ですわ。そこまでに怪しいところをできるだけ減らさないといけませんからね」
「そのとおりですね。えっと、それでは今回教えていただきたい分野は数学とこの国の歴史、そして魔術学の基礎です」
なるほど、たしかにその分野はある程度基礎を理解していないと難しい分野ですわね。
「その他の教科は大丈夫ですの? 政治思想とか、国文学とか」
「はい、それらは特に難しいとは感じませんでした」
そういえばエレナさんは、平民出身で学は重んじられていなかったはずですが、読み書きは全く問題なくされていますわね。
「エレナさんはどなたから読み書きを習ったんですの? 普通の平民はあまり得意ではないはずですが」
「これは母から教えていただいたものです。母は貴族の侍女として働いていたという話は以前いたしましたが、貴族の邸宅では読み書きをできないと仕事にならなかったそうで、仕事の間に必死で覚えたそうなんです。そして私には同じ苦労をしてほしくないならと、幼いときから教えていただいていました」
エレナさんのお母様、どうやら素晴らしいお方のようですわね。是非一度お会いしてみたいものですわ。
「なるほど。それでは今後は、わたくしと数学、史学、魔術学の基礎をやっていくということで問題ありませんか?」
「はい! それでお願いいたします!」
とはいったものの、なかなか骨が折れますわね。なにせどの分野も基礎と呼ばれる範囲が広い。
とりあえずエレナさんの現在の実力を見て、次のテストまでに必要な部分を集中して教えなくては。
そう悩んでいた矢先に、意外なところから援護がやってまいりました。
「あの、お嬢様」
「なに、レイ?」
「実は私、数学にはそれなりに自信がありまして。お嬢様のご負担を軽減できるのでしたら、エレオノーラ様の数学の勉強のお手伝いをさせていただきたいのです」
「え、貴女、数学なんていつの間に学んでいたんですの?」
「実はお嬢様が家庭教師と勉学に励まれている最中に、私も他のメイドから色々教わっていまして……」
「そうだったのね、知らなかったわ。わたくしとしてはありがたい申し出ですけども、エレナさんはいかがですか?」
エレナさんはわたくしから視線を移して、レイをじっと見つめる。それに対抗するようにレイもエレナさんを見つめ返す。
な、なんですの、この雰囲気? 今にも弾け飛びそうで、なんだか緊張してまいりましたわ……。
数分か、はたまた数秒か。永遠のようにも一瞬のようにも感じられた無言は、エレナさんが目を逸らしたことでようやく終わった。
「私は問題ありません」
先程までも一触即発な雰囲気は嘘のように、エレナさんは笑みを浮かべながら答えました。
いや、あの、目が笑っていないように見えるのですが、気のせいかしら……?
す、少し、ほんのちょっとだけ恐ろしさもありますが、触らぬ神に祟りなしとも申します。話を進めましょう……。
「そ、それはよかったですわ……。それではレイ、よろしくお願いいたしますわよ」
「かしこまりました、お嬢様」
―――――――――――――――
その日から、エレナさんは毎日わたくしの部屋にやってきました。
エレナさんはさすがの吸収力で、わたくしが教えている史学と魔術学はとても良いペースで進みました。
レイが担当している数学も最初こそ怪しい雰囲気がありましたが、最近では他の2教科と遜色ないペースで進んでいたそうです。
先日、目標としていた実力テストがありました。エレナさんの勉強に付き合う中でわたくし自身も成長できていたようで、入試のときよりもスムーズに回答できました。
そして本日はテスト結果が発表される日。クラスの皆さま浮足立った状態で午前中の授業が終わり、お昼休みに入りました。
わたくしは授業の道具を片付けると、まっすぐにエレナさんの席に行きます。
「エレナさん、今すぐに付き合ってもらいますわよ!」
忘れてはいけませんが、現在わたくしは『悪役令嬢』。少し高圧的にしなくてはなりませんわ。
「うふふ。わかりましたわ、ステイシア様」
エレナさんの了承が取れたところで、二人で掲示板を見に行きます。
「わたくしが手をかけたんですもの、結果が出ていなければ困りますわ」
「私としては、そこそこ手応えを感じています。ステイシア様を失望させるようなことはない、と思いたいのですが……」
「貴女が自信なさげでどうしますの。しゃんとしなさい」
そんな会話をしながら廊下を歩きます。
ほどなくして目的地の掲示板が見えてきました。流石に昼休みというだけあって、人がごった返していますわね……。
わたくしたちの結果を見ようにも人が多すぎて見えません。かくなる上は……
「みなさま、わたくしとエレナさんが見えませんの。どいてくださる?」
少し声を張って呼びかけると、人混みが割れてわたくしたちの前に道ができます。
今まで見ていた人には申し訳ないですが、今のわたくしは『悪役令嬢』。これくらいやりますわ。
人が避けてできた道を二人で歩き、掲示板の前に到着します。
さて、まずはエレナさんから――
「あっ! さすがステイシア様、学年トップですね!」
――と思った矢先、わたくしがエレナさんを見つける前に、横にいたエレナさんが先にわたくしを見つけたようです。
「あら、本当ですわね。点数もいい感じですわ。調子の良さが出ましたわ」
「それでも一位なんて素晴らしいですよステイシア様! おめでとうございます!」
素直に褒められると存外嬉しいものですわね。少し照れくさいですわ。
「ありがとう、エレナさん。でも今日の本題は貴女の点数よ。さっさと探しなさい」
「そ、そうですよね。私の点数……」
二人できょろきょろしていると、偶然近くにいたシャルロッテ様がわたくしの肩を叩きました。
「そこの女の順位はあの辺りですわよ、ステイシア様」
「あら、シャルロッテ様。教えて下さりありがとうございます」
「いえ、別に」
それだけいうと、シャルロッテ様はどこかへ行ってしまいました。
こうやって教えてくださるなんて、やっぱりお優しい方ですわね。
それはそうと、わたくしはシャルロッテ様が示したあたりを探してみます。するとあっさりと『エレオノーラ=ド=サンソン』の名前は見つかりました。
「エレナさん、ありましたわよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「お礼ならわたくしではなくシャルロッテ様に申し上げてくださいな。見つけたのは彼女ですのよ」
「わかりました。そういえば、点数は……」
掲示板のエレナさんの点数を見ます。その点数は、どの教科も平均程度か、それより少し上くらいでした。
「良かったですわね、エレナさん。これで赤点は回避――」
「ううっ……ぐす……」
え、エレナさん!? もしかして泣いていらっしゃいます!?
「え、な、泣いてますの!? どうして……?」
「だって、だって、ステイシア様があれだけ頑張って教えてくださったのに、結果が出ていなかったらどうしようって不安で……。でも点数を見たら安心してしまいまして、そしたら急に涙が……!」
「まったく、その程度で泣くものではありませんわよ。貴族としては台無しですわ」
「ううっ、ステイシア様ぁ〜! ありがとうございます〜!」
「ちょっ、エレナ様! 泣き止んでくださいな! ほら、ハンカチを貸してあげますからそれで涙を拭きなさい!」
こうしてエレナさんは無事、成績アップに成功したのです。
―――――――――――――――
おそらく、私が助けていなくても、エレナさんだったら自力で勉強を追いついていたでしょう。
しかし、わたくし達で頑張ったことは変わりませんわ。それは思い出として、これからも心に残り続けるでしょう。
――などと回想していたとき、寮のドアがノックされました。
どなたでしょうか。わたくしはレイに指示して、相手を確認させます。
しばらくすると、レイが戻ってきました。その後ろにいたのは、なんとエレナさんでした。
「あれ、エレナさん。どのようなご用件で?」
「えっと、今日もお勉強に来たのですが……」
「え?」
「いえ、これまでのお勉強は試験に必要な範囲に絞ってやってましたよね? ですので、これからも他の分野や授業の予習復習などをしていきたいなと思っているのですが……」
「わたくしはてっきり、試験まで見てほしいというお願いかと……」
「それに、私としても学年一位の方にお勉強を見ていただくのは実りが多いかと思いまして」
たしかに、それを言われると何も言えませんわね……。わたくしの学年一位の結果は堂々とあの掲示板に飾ってあるのですから。
「しかたないですわね。わかりましたわ。レイ、紅茶の用意を」
「かしこまりました、お嬢様」
「うふふ……! ありがとうございます、ステイシア様!」
こうしてわたくしたちの『勉強会』は今後も続いていったのでした。






