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河原にて。

作者: 天

とある夏、とある大学の一室、オカ研…いわゆるオカルト研究会の張り紙のされた部屋から声が漏れていた。声は男女のもの。ミーンミーン…と蝉の声がその声を隠すかのように響いていた。

「このくそ暑い日に一体どこへ調査に行けと…」

何らかのオカルト関係の資料をペラペラとめくりながら、女子大生は同じくオカ研のメンバーである男、オカルト研究部部長にそう問いかける。

「今は夏だろう?人々が浮かれ、祭りなどのイベントが多く開催される時期である」

「まぁどこぞの世界では感染症が流行ってイベントも糞もありませんが。」

「そういうメタ発言はやめたまえ」

こほん、と部長が咳払いをして資料を女子大生に渡す。資料と言ってもとても薄いものだが。それをいぶかしげに受け取って、ソレまで読んでいたものをわきに置く。本当に少ない資料の、少ない情報を軽く読み込む。

「…情報がすくなすぎるんですが?もっとマシな資料を寄越してください?」

「すまない、今回の調査対象に関しては本当に情報が少なくて…」

不思議な話が噂される地には大抵は昔から続く伝承であったりだとか何らかの言い伝えがあったりするものだが、今回は例外らしい。資料を見れば、調査対象だとかいうものの位置情報や目撃者の噂のまとめなどという信憑性の非常に低いものばかり。女子大生が面倒くさがるのも無理はない。何といったって、了承して、現地に行って、情報を集めるのは彼女の役割にされるのだから。

「嫌なんですが。偶に当たりもありますが、これはあまりに情報が少ない。絶対現地の方の勘違いか何かでしょうって」

「誰も知らない怪異なんて夢があるだろう?!」

絶対に行きたくない女子大生とどうしても調べたい部長の押し問答はしばらく続いた。結果は部長の勝利。オカ研の本懐はオカルト事象の研究だ。部長の意思はオカ研としては正しいものだ。女子大生はとても渋々、了解した。

「部員を数名連れて行かせてもらいますからね!このくそ暑い中、田舎の広い範囲を一人で散策なんて無理ですから」

其の数日後、くそ暑い中、女子大生たち計三名は田舎の森の中のバス停に降り立った。


最寄りの村落まで歩き、手分けして住民から情報収集を行う。一人が目撃情報を得たので現場に行ってみると報告を受け、もう少し情報を集めたら合流すると伝えて聞き込みを続行した。

「え?お化けとか?」

「ええ、何かご存じないですか?この辺りでそういう類いの話」

にこやかに、近くの村落に住むというおばあさんから話を聞く。おばあさんはすこしの間悩むように押し黙ると、「あっ!」と声を上げた。曰く、よく村の男や子供たちが釣りもしくは遊びに行く川で妙なものを見かけたと。ソレに気が付く前にはもう子供たちも男たちもしばらく行ってなかったそうで、気づくのに遅れたらしい。

「これぐらいかねぇ、お嬢さんらの聞きたい話に当てはまるのは」

「その、『妙なもの』というものの外見特徴をきいても?」

「そうねぇ…お地蔵さんみたいにじっとしていて…能面みたいな…?」

なるほど…と呟きながらメモに素早くその情報を写し取る。だが突如、違和感を覚え、筆を止めた。不思議そうに見てくる部員になんでもないと言って、おばあさんと別れるのだった。

「ではその河原に行きますか。あ、水分は十分ありますかね」

この体温と同じ気温での活動というだけで命取りなのに水分が不十分ともなればあの世への道真っ逆さまである。更なるオカルトを増やすつもりは毛頭ない。水分は十分な量あったが、追加で補給及びに心配してくれたおばあさんに氷やアイスをもらった大学生たち。うれしそうに水分とともにクーラーボックスにそれらを突っ込んだ。

車を河原のそばに駐車し、研究?観察?対象を発見できるまで歩こうとしたところ、すぐに見つかった。おばあさんの証言通りの場所にソレはいたのだった。彼女たちのいる河原の対岸。いたといっていいのか、在ったというべきなのかはわからない。一見すればそれは確かに地蔵のようであり、地蔵の像のように無機物のようでありながら不思議と「生きている」ようにも見える。あれがオカルトや怪異の範疇であるなら生きている、という表現は間違っているのだが。

「明らかにあれですよね」

予想外に早く見つかってうれしいものの、明らかな異形のモノを直視して何も思わないわけではない。恐怖というものは大事だが研究のためには多少の犠牲もつきものだと部長は言う。部員を使い捨てにしようとするな。稀に見るクズである(案外筆者の周りにいないだけでそういう類の人間は世に溢れているのかもしれないが)。もう一人に頼んでカメラの設置を行い、観察を開始する。

流石に日向での観察は生命に関わるので木陰から、―映像に映らないタイプもしくは映像に映っても何かわからない程に改変してしまうタイプの霊障が起こった場合の時のために―スケッチを描いている。

「一時間経っても一切の動きなしと…」

案外無害なものなのかな、ともう一人と言葉を交わす。熱中症で意識が飛んでいないかなどの生存確認のようなものでもある。もしかしたらただの置物かもしれないという思考は脳の端に一旦置いておく。

(まぁ置物という可能性もなくもないが、そのような印象はなぜか受けないし、なぜあんなわかりやすいところに放棄するかも疑問点だ。あれが怪異だとしても…いや、無害であるならば別に問題ではないか。)

と、考えながら環境や外見情報をノートに更に書き込んでいき、何も書くことがなくなれば、ただひたすらに記録するのみ。

こまめに水分補給、塩飴も舐めながら記録を一人で続けていると、携帯の音が眠気に意識を失いそうになっていた女子大生を叩き起こした。

「誰だ…ああ、はい、何でしょうか部長」

携帯の画面に映し出された名前は『鬼畜阿呆部長』と書かれていた。可哀想なことに嫌われているかもしれない。そんなことはつゆ知らず、電話越しの会話を始めた。

『うん、そっちは何か収穫はあったかな?もしくは何か不便でも』

「何か不便があるなら対処してくれるんですか?」

『…』

この野郎、と思った女子大生だった。

「まぁいいでしょう。せいぜい寛大な私に感謝してください。」

『え…?うん…』

「ちなみに収穫ですが、ありましたよ。そしていましたよ。」

『はっ?』

「だから見つけたんですって。部長の言っていた噂。」

電話の向こう側が一気に騒がしくなった。全て部長の声である。呑気なものだ、と冷たい水とおばあさんに貰った一人分のアイスを入れたクーラーボックスを開いた。

『そっ、それで、何かわかったかな?ソレについて』

「いや全く。一切動きません。もしかしたらただの置物なのでは…とも思いましたが」

置物なんてものではない、という対象に対しての印象を部長に伝える。

「ちゃんと資料もとってありますから安心してくだ、さ…い…」

『どうかしたのか?』

「…靴が二つ。」

靴がどうかしたのかと部長が怪訝そうに尋ねた。河原、丁度怪異の正面に当たる場所にスニーカーと革靴が置かれている。埃もなく、何の汚れもないことからごく最近、もしかしたら今日置かれたものにも見える。あが、今日置かれたというのならば彼女が気づかないなんてことはあり得ない。なんせ彼女は正面から、朝からずっと怪異を見続けていたのだから。靴なんて置いてあったのならすぐに気づく筈だ。そして環境の資料に靴についてをつけ加えていたはずである。だが記述は一切ない。なぜか。突然現れたとしか思えない。

よくあるホラー話にこんなものがある。キャンプに数名で出掛け、道具を取り出すも、道具や食料が一人分多いのだ。そういうちぷの話の結論は「一人消えてしまった」というものがほとんどだ。

ならば、これもそうなのではないか?

ぶわりと汗が噴き出した。

「あれが、一切情報が出回っていないので誤解していましたが」

日本の夏特有の、うざったい暑さでかいた汗とはまた違う汗が背を伝い落ちるのを感じながら、河原の向こうに佇み続けているモノに目を向ける。

地蔵のように一ミリも動かなかったソレは、お面かと思われた顔を歪ませ、伏せていた瞼を見開き、こちらをじっと見つめていた。

「ガッ、ガがっ」と、カメラから異音が流れ出た。携帯の向こうから声が必死に応答を求めているが、その声は壊れてしまったラジオのように聞き取れない。

「噂が出ないのは、無害だからという理由だけというわけではないようです」

河原の向こうのソレが手招きした。ふつりと意識の主導権が奪われて、後には放り出された携帯と、彼女の履いていた靴のみ。


蝉は変わらず鳴いている。



「くっそ!神隠しの類かぁ…あの靴の二人が誰かはまだ分からんが、私だけでも帰れてよかった方か…」

深い山から獣道を下る女子大生が一人。あんなクズで危険性も確認しないような部長の下で彼女は異常な生命力を発揮している。

まぁ作者的にもこんなところで主人公的立場のキャラクターに死なれてしまってはたまったものではないから、いわば「ご都合主義」というものだ。つまらない終わりだと思ったならすみませんね。

山を無事下りた彼女は何とかして日常に戻ると部長には幽霊でも見たような顔をされたという。勝手に殺すなと拳骨が飛んだのは言うまでもない。

次は一体、どんな怪異に彼女は巻き込まれるのか。不憫である。


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