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イライザと六つの月、読心の魔女


時は遡る。

私がカテリアに出国する前の、とある昼下がり。


「まさかこの店の敷居を跨ぐとは、夢にも思わなかったわ。」


ええ、本当に。

母が緊張した面持ちで呟いた台詞に思わず頷く。

ガラス越しに店内を覗き込めば整理整頓とは程遠い状況だった。

床や棚には乱雑に書籍や品物が積まれて、その上にはさらに薬草や何が入っているか知らない方がいいような液体が封じ込められた薬瓶が無造作に積み重ねられている。

その上、動くかもわからないガラクタのような商品が、誰に見せるつもりなのか律儀に値札を下げて店内を占拠している模様だ。

いかにも怪しい商売をしているような風情を漂わせる店。


その店の名が、エレナさんの言っていた"つの月"だ。


間違いであって欲しいと願いつつ、今にも軒先から落ちそうな看板をもう一度確認してから扉を開け、店内に足を踏み入れた。

何かを跨いだような感覚があったが、足元を確認しても何もない。

ふわりと柔らかいものがあった気がしたのだけど、気のせいかしら?

不思議に思いながらも店内を見回せば、埃と乾燥した草花の独特の匂いが混じり合い鼻をつく。

唯一歩ける通路…そう呼んでいいのかも怪しいが、それを辿った先にはカウンターらしき長机と椅子。

偶然にも見下ろす形となった視線の先には、特徴ある容姿をした男の人が座っていた。


彼こそ、この"つの月"のご店主。

今はカウンターらしき場所に足を投げ出しながら本を読んでいる。

いつからここに住んで居るのか、今まで何をしていたのか、誰も知らないという謎多き人物。

着る物は手入れされたものを着ているらしいが自身の手入れは怠っているらしく、パサついて長く伸びた髪は紐で束ねただけ、髭も同じく伸びたままで手入れがされていないのは明らかだ。

そして身分は小さな店の店主のはずなのに身体から薬師や医師の使う消毒液のような薬品の匂いをさせているのはなぜだろう?

その得体の知れない雰囲気と見た目が異様すぎる故に年齢を推し量ることもできない。

外出を好む性格ではないようで、イライザも買い物がてら一度見掛けたきりなのだが、それでも纏う異質さは群を抜いていたため覚えていたし、すぐにわかった。

彼はこちらに気がつく素振りも見せず没頭している。

どうやら声を掛けるしか気付いてもらえる手立てはないらしい。


「…こんにちわ?」


たっぷり十秒くらい躊躇ってから彼に声を掛けた。

弾かれたように彼の視線がこちらを向く。

金とも琥珀色とも思えるような絶妙な色味を湛える瞳と視線が交錯した。


あら、この瞳は王の色(・・・)だわ。


この国では珍しい色の瞳は、かつての人生で取り巻く人々が持っていた色と同じ。

某国の王族、もしくは王家の血が流れる高位貴族にしか持つ者が生まれないとされた色だ。

今は血が薄まり、生まれ持つ人間も稀になった懐かしい色。

そういえば家族の中で妹だけこの色を持っていなかったわね。

一瞬過ぎった記憶を首を振ることで追い出す。

歴史にも残らない、瑣末なことだ。

とにかく彼は某国の出身で、世が世ならそれなりの地位にいた人物の血を引く子孫である可能性が高いということだけは覚えておこう。

彼は無言のまま誰何するような視線で首を傾げる。


「はじめまして。私はこちらにいる母と共にエレナさんに会いに来ました。」


紹介状の代わりにエレナさんからもらった名刺を差し出す。

彼は目を眇め、名刺を一瞥するとカウンターの奥の空間を指差す。

指差す方を確認すれば、積まれた薬瓶とガラクタの間に扉があることに気がついた。

あの扉から勝手に入れということかな?

あれだけガラクタが手前に積まれていて、ちゃんと開くのかしら。

さてあそこまでどうやって移動しようかと視線を巡らせれば、カウンターの端とガラクタの間に人一人通れるくらいの隙間があることに気がついた。

すれ違いざまに観察すると店主は興味を失ったようで再び視線を本に向けている。

ここに至るまで全く口を開かないなんて、ずいぶん無口な人だな。


「…お邪魔します。」


誰にともなく声を掛け、カウンターの脇を通り過ぎ扉まで辿り着く。

そして一点を見て固まる。

つるりとした扉の表面にはあるべきものがなかった。


開閉するための、取っ手がない。


遠目から見ていた時はわからなかったけれど、これはどうやって開けるのだろう。

戸惑う私の前で、突然、()()()()()()扉が開いた。

なるほど。

あちら側からは開けられる、つまり一方通行なのね。

開いた扉の奥には更紗のローブを纏い神秘的な雰囲気の女性が笑みを讃えていた。


「こんにちは、私はルーテ。エレナから聞いているわ。どうぞお入りになって?」


彼女もエレナさんとはまた別種の美しさを持つ人だった。

ローブから溢れる豊かな赤い髪と透けるような白い肌は同じだが瞳は灰色。

澄んだ淡い色合いが美しく思わず視線が吸い寄せられた。

まるで心の奥底まで見透かされそう。

だけどそれを不快に思わないのが不思議だ。


「はじめまして、イライザです。」


続けて母とルーテさんが挨拶を交わすと、ソファに向かい合って座る。

どうやって要件を切り出すか迷っていると、にっこりとルーテさんは微笑んだ。


「用件は聞いているから予想がつくわ。"まんげつのひみつ"のお話が知りたいのでしょう?」

「はい、教えていただけますか?」

「もちろんよ。同族の、しかも可愛らしい女の子から頼まれたら嫌なんていわないわ。」

「え、同族?同類ではなくて?」

「ええ、知る人は私を"読心の魔女"と呼ぶからよ。」


母と二人、顔を見合わせる。

まさか、それって…。


「血の繋がりがある、ということですか?」

「そうなるわね。嬉しいわ、私の同族は数が少ないから滅多に会うことができないのよ。」


そう言うとルーテさんは心底嬉しそうな表情で笑った。

エレナさんから私の話を聞いて会いに来るのを楽しみにしていたのだという。


「本当は貴女から聞くべきことなのだけど、知っておいた方がよいからと貴女とエレナの出会いからのろいを解くまでの出来事を全て聞いたわ。ずいぶんと辛い思いもして、大変だったわね。」


ルーテさんはそっと私の手を握る。

少し迷った末に、私は小さく首を振った。


「今だから言えることではありますけれど、もう過ぎたことですし、エレナさんに救われたところもありますから。」


あの時、私の恋心を認めてくれたのはエレナさんだけだった。

皆が諦めるように諭す中で、形は違えど好きでいることを許してくれたのは彼女だけ。


誰もが祝福してくれるような相手だけを選んで好きになれたらいいのに。


だけど気づいたときにはクラウス様を好きになっていた。

そこには悪意などなかったのに、皆がまるで罪を犯したかのような表情で咎めることが悲しかった。

片思いすら罪なのだといわれたら、もう人を好きになること自体が怖い。


「あのままなら、誰かを好きになる喜びを捨ててしまったと思います。縁あって結婚したとしても互いに尊敬し合うような穏やかな家庭を築いたとしても、私の気持ちは過去にずっと置き去りにしたままで決して報われることはなかったでしょう。それも生き方のひとつだし、否定はしません。だけど代わりに、無条件の愛情を捧げるはできなかったと思うのです。」


皆に祝福されるような相手だけを好きになる。

将来を見据えた選択は、間違っていないはずなのになぜこんなにも悲しいのだろう。


たぶんそこには、めくるめくような色鮮やかな世界はないから。


現実を知ってしまえば、もう恋に夢を見るなんてことはできない。

だけどそんなふうにして失いつつあった情熱を取り戻してくれたのが彼女だった。

生まれ変わるなんてことが本当にあるわけはないと思っていたから、それを信じたわけではない。

ただ彼女の言葉の裏には、人を好きになる気持ちを持つことは罪ではないと、痛みを忘れるまで好きなままでいてよいという救いがあった。


報われなくても、出逢えば私は彼を好きになる。

挙げ句、自身にのろいを掛け、命すら捧げてしまう程に…。


「それほどに私は彼を、彼ら(・・)の魂を愛していたのかも知れません。」


なんと歪な愛の形だろうかと、自分でもそう思う。

自嘲気味に笑う私を見つめ、ルーテさんはため息をついた。


「私達の存在は、時に人の運命を左右する。私の力は大したことはできないけれど、エレナは違う。彼女の言葉は直接的に人を活かし殺す武器にもなる。本当は自重して欲しいのだけど、気まぐれは…魔女の恩恵は神から私達に与えられた権利だからね、それを制限することはできないのよ。」

「気になっていたのですが、気まぐれって…魔女の恩恵とはなんですか?」

「まずは私が貴女に伝えましょう。"まんげつのひみつ"のお話を。それから自分なりに答えを探せばいいわ、私達が何を与えられて、結果として何をすべきかを。」


ルーテさんは雲の掛かる月のように淡く微笑んだ。

そして膝の上で手を組むと、歌うように言葉を紡ぐ。

不可思議な煌めきに満ちた『まんげつのおはなし』を。


「…これでお話は、おしまい。貴女に孫娘ができたら話してあげなさい。それ以外には誰にも話してはいけないよ。そうでなければ悪いことが起きるからね。」


決まり文句を最後に、ルーテさんは口を閉じた。

祖母から孫へと伝えられるお話は、時間にしてわずか五分程度。

原稿用紙に書けば二、三枚位のお話だ。


闇の力を受け継いだ満月の女王が、自分が死ぬときに六人の月の姫に力を分け与えた。

姫達は与えられた力を振るい、伴侶となる騎士を導きながら災いを退ける。

そのお話の一場面に、姫のひとりが魔女と出会い、魔女から恩恵を授かるという話が出てくるのだ。


表向き、魔女という存在は物語の脇役とされていた。

けれど裏に隠された意図を知れば別の側面が見えてくる。


「満月の女王は魔女のはじまりであり、私達の始祖。六人の姫は彼女達の直系の娘達。娘はそれぞれ満月の女王が持つ六つの力をひとつずつ受け継いだ。"言霊"、"読心"、その他にも四つあるとされた、神に通じる大いなる力を。魔女は人間を"気まぐれ"に助けるために存在する。その気まぐれが、別名"魔女の恩恵"。」

「助けるために、存在するのですか?」

「そう。満月の女王が神から闇の力を受け継いだ、その対価が人に"気まぐれ"を施すこと。」


魔女の気まぐれは人間を導くためにある。

与えてもいいと判断した時に施してよいとされた魔女からの贈り物なのだ。


だからエレナさんは権利があるとして私に謝罪しないと言ったのね。


ルーテさん曰く、神とは気まぐれな一面を持つ存在でもある。

分け隔てのない一面を光とするならば、自由奔放な一面は闇。


「善悪など存在しなかった太古、魔女は闇の力を与えられた神の代行者だったのよ。」


ところが人は進化の過程で善悪という概念を手にしてしまった。

増え続ける人々を選り分ける判断基準として活用するために。

その結果、いつの間にか闇は悪となり、闇の力を持つ魔女は悪しきものとされてしまったのだ。


「だから私達は最低限の干渉できる場所を残して、人々の前から姿を消したの。その場所が各国に散らばる"六つの月"というわけ。」

「では私達が"六つの月"に呼ばれたのは、ここが魔女の血脈を持つ人々の拠点だから?」

「そういうこと。だから"まんげつのひみつ"のお話を覚えてもらうまで、都合がつく限り、ここに通ってもらいたいの。」


そういうと、ルーテさんは別に名刺をくれた。

学校の友人がよく当たると噂していた占いの館の名前が書かれていた。

そう言われて辺りを見回してみれば、占いのためと思しき道具が並んでいる。

特に壁側、道具に紛れるようにして石の置物…結晶石が並んでいて、異世界のような雰囲気を醸し出している。


「占いの館…ということはルーテさんは占い師なんですか?」

「そう。貴女がこの部屋に入ってきたあの扉は、実は店の裏口なのよ。表の入り口は占いの館、つまり別店舗なのよね。だから今度からは、占いの館のお客様として入ってくればいいわ。あちらの入り口よりは難易度が低いでしょう?」


ルーテさんは先程入ってきた取っ手のない扉を指差して苦笑いを浮かべた。

確かに"六つの月"よりは占いの館の方が難易度は下がるし、誰かに見られても、あの店に出入りするよりは不審に思われないだろう。

だけど占いの館より胡散臭いお店っていうのも、正直どうかとは思う。


「彼は頑固なところがあるからね。他人にとやかく言われて従う人ではないのよ。だからこれからも強い理由でもなければ、店の中も見た目も変えようとしないでしょう。だけど、ある方面では抜き出て優秀な人ではあるし、門番としても最適だから任せているの。だから理解してもらえると嬉しいわ。」


ルーテさんは笑みを浮かべながら口を閉じる。

それ以上は聞くな、ということかな。

会話が途切れたところで裏口からノックの音が響いた。

ルーテさんが扉を開ければ、そこにはエレナさんが立っている。


「イライザが来てるって聞いたから遊びにきたの。調子はどう?」

「体調は問題ないです。気分は…なんというか開放感に満ち溢れています。っと、そうでした。エレナさんにもご報告があるのですよ。」


今日、もう一つの目的だったのは、エレナさんに就職して国外に住むことを報告しにきたのだ。

ついでに、しばらくは家族と離れて一人暮らしをすことも併せて伝える。

エレナさんはとても驚いた様子だった。


「ずいぶんと張り切ってるわね。それでどこへ行くの?」

「カテリアです。新たに開店するサジタリウス商会の二号店に勤務する予定なんですよ。」


そう言った瞬間に、二人は顔を見合わせる。

そしてエレナさんは興奮した表情を浮かべ、それを見たルーテさんは深々とため息をついた。


「エレナ、ダメよ。それはマルテに頼むべき…」

「いいえ、私が一緒に行くわ!!」

「は、え?一緒?」

「あら、イライザ。"まんげつのひみつ"のお話はもう終わったの?」


被せるようなエレナさんの言葉にルーテさんは天を仰いだ。

展開についていけなくて呆然とする私と、置いてけぼりにされたまま周回遅れ状態の母。

説得しようと言葉を重ねるルーテさんを無視して、キラキラ輝く瞳でエレナさんは私の手を掴む。


「私、カテリアに何度も行ったことがあるのよ。ガイドにも役に立つわ!!だから一緒にいきましょう!」

「え、ぇえ?って言っても私は会社から指定された部屋に住む予定で…しかも一人暮らしだと申請して…」

「大丈夫!!住む家はあるから。それに旅費も自分の分は払うし問題なし!!」


いや、スタートがすでに問題なんだよエレナさん。

誰にも止められないままに暴走した彼女は更に燃料を投下する。


「言霊関係の問題が発生しないように力を貸すわ。その代わりに、サジタリウス商会の人に私を友達として紹介して欲しいの。」

「それは、どういう理由からですか?」

「貴女も知っているように、サジタリウス商会は急激に売り上げを伸ばしているわね。理由はいくつかあるのだけど、一番は"評判になる新製品が、他の商会よりいち早く手に入るから"、よ。」


その言葉に私は頷いた。

まだ無名の商会であったころ、売れないだろうと見向きもされなかった新商品を発売したところ評判になって、そこから急速に売り上げを伸ばしたと聞いている。

その出来事を皮切りに、売れる商品を真っ先に販売することからサジタリウス商会が流行を作るとまで評されるようになったのだ。


「それがどうしたのです?」

「当たり過ぎなのよ、予測が。流行になるものを予測し全く(・・)外さないで真っ先に仕入れるなんて、普通におかしいとは思わない?」

「外していない、…そうですね。見方によってはそうなりますかね。」


今までサジタリウス商会が販売し、流行を生み出した商品を思い浮かべる。

最近は"サジタリウス商会が販売するものは流行になる"という評判のおかげで、"商会が売る物は流行る"だろうと皆がこぞって購入するという逆転現象も起きているとか。

だからなのか、商品が売れても流行るかについては、ずいぶんとバラつきが出てきたように感じる。

ただ"真っ先に販売した商品"に限ればイライザの知る限り十割に近い…いや、十割だ。


つまり見方を変えれば、流行りが()()()わかっていて、率先して買い付けたとも思える確率。


売れると予測したのではなくのではなく、買い付けた時点で流行になることを知っている。

ではそれをどうやって知ることができたのか。


「"言霊"と"読心"だけではないのよ。"先読み"の力もまた、与えられた力のひとつ。」


未来視とも呼び、予知夢という形で未来の一端を見ることができる能力。

とても有用な力の持ち主でありながら、常に危険と隣り合わせの存在。

なぜなら人にとって未来を知る力は憧れのものだから。

権力者に能力の一端を知られれば、全てを奪われ、死ぬまで繋がれてしまう。

そんなおとぎ話でしか知ることのできない稀有な力。


「高い的中率は商品の分析に長けた人間の仕業かもしれないし、本当に偶然が重なっただけで、たまたまなのかもしれない。でもね、どうやらその人物は、裏では最近こう呼ばれているらしいのよ。」


先読みの魔女、と。



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