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イライザと魔女の血脈


「それで話を戻すけど、そういう言葉の呪縛をのろいに変え、魂を縛るまで変異させる要素がひとつだけあるのよ。」


エレナさんの真剣な表情に、思わず零れ落ちた涙を拭う。

今は感傷に浸っている場合ではないのに、懐かしさのせいか悲しみに気持ちが引き摺られてしまった。


「それはなんですか?」

「"血"よ。」

「"血"?」

「言い換えると、魔女の血脈。言霊を操る能力を受け継ぐ者であること。」

「そんな…、まさか!!」

「ここから先は見たり調べた訳ではないから完全に推測ね。貴女の周りにいた言霊使いの血脈を継ぐ誰かが貴女にのろいを掛けた。もしくは…貴女自身が貴女の魂にのろいを掛けたか、の二択。つまり私のまじないを足掛かりに、言霊を操る資質を受け継ぐ者が、変異するほど強く貴女にのろいを掛けた。」

つまりかつて私の周りにエレナさんのような言霊使いの魔女がいたということか。

もしくは私自身が…そうだったと?

想像を超えた話の展開に思わず呆然とする。

知らないわ、そんなこと。

父も、母も、兄も、もちろん私も。

何も特別な能力はない、平凡な人間だったはずだ。


のろいに掛けられたとすれば三回目の時ね。先程も言ったとおり、ここで死因が変わる。病死に見せ掛けた他殺である可能性も否定できないけれど、地位も名誉も奪われ、国を追われる貴女を更に殺そうとするのは、リスクが高い。露見した際には何らかの関与を疑われる要素になる可能性もあるから国としては手を出さないでしょうね。ちなみに毒に耐性はあったの?」

「はい。かなり幅広い種を段階を踏んで服用し、耐性をつけていました。商売をしていたので、比較的そういうものが手に入りやすかったから。」

侯爵家に嫁ぐ予定だったから、彼らの要請で、毒や媚薬などの対策は早い段階から準備していた。

なんとも殺伐とした話だが、一定の効果が認められるのだから仕方がない。

侯爵家の要請で行われたあの訓練は体調が悪いときなんかはキツイのよね。

薄めた毒を煽り、徐々に量と品数を増やす。

体質で合う合わないがあるから効果が強く出てしまって寝込んだこともあったし。

まだアレクシス様と上手くいっていた時は、何度か見舞いの品や直接お見舞いに来てくれた時もあったな。

今思えばと私の体調を気遣いつつ、どこまで耐えられるか様子を探っている感もあった。

そこには、本当に愛情があったのだろうか?

私の身を守るためではなく、すべては侯爵家のため、国の具として役に立つためだ。

当時は私の身を心配してくれたと感謝の気持ちしかなかったけれど、恋は盲目という言葉が身にしみるわね。


「ならば耐性がある貴女に誰かが毒を使って、というのは難しいわね。それなら視点を変えましょう。ねえイライザさん、さっきのろいを掛けられた感覚をどこかで感じた記憶はない?その時がまさに貴女がのろいに掛けられたタイミングだと思うのよ。」

あの身体を縛るような気持ち悪い感覚か。

そう言われてみれば、確かに、どこかで…。

突然、記憶の片隅に蘇る。

あれは別室で王子殿下と話していた時のことだ。

死が決定事項のように思えてならなかった私の身を、見えない鎖が私を縛り付けて。

"なんだかとても気持ちが悪い。"

そう感じる直前に私が口にした言葉があったじゃないか。


『だから私は、死ななくてはならないのね。』


なんてこと。

今思えばそれは、まるでのろいの言葉だ。

「イライザ?!大丈夫?」

「ごめんなさい、私…。」

それ以上は何も言えなかった。

まさか私が私自身を呪った、なんて惨めなこと言えない。

関わりのあった人達を、そんな迷惑な理由で振り回してきたなんて図々しいことを言えるわけがなかった。

自分でもわかるくらいに青褪めた顔を母に向ける。

母は察するものがあったようで私の手を強く握りしめた。

「イライザさん、思い出すのが辛いなら言わなくていいわ。」

反対の空いた手を、エレナさんが握る。

彼女は私と視線を合わせ、ひとつひとつ、丁寧に言葉を紡ぐ。

「貴女が思い出した出来事が切っ掛けだとしても、のろいはすでに解かれている。先程も言霊で明らかにしたでしょう?のろいは二度と貴女の肉体と魂を傷つけることはないだろう、と。だからもう、誰だろうと(・・・・)貴女をのろうことはできないわ。」

「私だと、気づいて…」

「たぶんそうかな、と思っただけよ。あとは貴女の様子を見て、そうかなって。」

エレナさん曰く、魔女の血を引くものは容姿が美しく、歳を重ねても若々しい者が多いのだという。

そしてそれはわかりやすい"魅力"として高位貴族や富裕層の男性を引き寄せ、彼らとの間に子をなし、血を次世代に繋ぐということもあったらしい。

エレナさんもそうだけど、確かに母も同世代の女性と比べて若々しく見えるのはそのせいもあるのか。

「魔女の力は、広く浅く、民だけでなく地位のある人々にも受け継がれた。そこには言霊を操る魔女の力を受け継ぐ者がいたのかも知れないわね。伴侶を得た魔女の血脈は幾すじにも分かれ、血の繋がりを経て人々に受け継がれていく。その受け継がれた血脈の一筋が、かつての貴女に流れていたのかも知れないわ。」

そういえば、とふと思う。

貴族には元々弁の立つ者が多い。

発言力や政治的な駆け引きが要求されるから淘汰された結果とも考えられるが、人を惹きつけるような、人々が思わず耳を傾けてしまうような話し方をする人物が少なくなかった。

そんな彼らのことを"言葉に力を持つ者"と評することがあったと記憶している。

…冗談ではなく、本当に彼らが"言霊を操る力"を有する者だったとしたら。

それを知らずに使うのは危険なのではないか?

「エレナさん、私のように無自覚のまま力を使ってしまう危険は彼らにはないのでしょうか?」

「魔女としての力は、女性にしか発現しないわ。男性は血を受け継ぐだけの存在だから実質無害ね。しかもだいぶ血が薄まっているから貴女のお母様のように、現れるとしても普通の人よりちょっと抜き出ているくらいの力、なのよ。だから貴女のように身を害するような被害は起こり得ない…そうね、例えば先祖返りでもして突然強い力を発現しない限りはね。」

私のような例が稀有なことであると聞いて安堵する。

だがエレナさん曰く、血が薄まることにより、今度は別の弊害が生まれたのだという。

血により受け継がれた力の効果が弱まりになり、魔女の血筋なのか、能力の高い普通の人間なのか、力の現れ方を見るだけでは判断がつかなくなってきたそうだ。

だから問題が起きた時、魔女の血筋を引く者であるかを判断する材料が別に必要になる。

それが受け継がれる"まんげつのひみつ"のお話だった、というわけか。

「でも私、"まんげつのひみつ"のお話を知らないわ。」

「先程も言ったように、伝える側に選択肢があるのよ。だから伝えなくても害はないわ。ただ魔女の血筋であるという証を失い、私達の助力を得る術が失われるだけなの。もしかしたら前世ではお祖母様が伝えない選択をしたのかもしれないわ。もしくはお祖母様自身がご存知なかった可能性もあるわね。」

「お話にはエレナさんにたどり着くような重要な情報があるのですか?」

「いいえ、貴女達の方から連絡することはできないわね。だけど私達の方からはわかるの。お話の最後にある決まり文句によって掛けられたのろいの存在でね。」

"まんげつのひみつ"で孫娘に掛けられるのろいは彼女達の血筋を判断するための具でもあったのか。

会って血の繋がりを確認できた際に解けばよいという程度の弱いのろい。

「ちなみにお母様、今世のイライザさんにはお祖母様はいるの?」

「私の母は娘が生まれた時にはすでに亡くなっているから、いませんわ。」

「…そう、残念ね。今の貴女には伝えるべき存在がいないというわけね。でも貴女と同じ理由で"まんげつのひみつ"のお話が伝わらない事例が他にもあるから、決して特別なことではないのだけど。」

母が一層悲しそうな顔をする。

もしも祖母が生きていたら、と考えているのかも知れないが、祖母がいて、私がお話を知っていたら、過去の自分は変わっていただろうか?

答えは、否だ。

このお話がエレナさんの所在を示すものでない以上、こうして直接出会い、のろいを解いてもらうしか救われる道はなかった。

それはお話を知っていても同じだろう。

見つけてもらうしか、魔女には辿り着けないのだ。

まるで魔女が使役する蜘蛛の吐き出す糸のように、細く頼りない糸が辛うじて繋いだえにし

ここに至るまでのやり直し人生は運が良かったのか、悪かったのか判断に迷うところだけれど、今となっては最後に運が味方したと自身を納得させるしかないだろう。

それでも未来に希望が持てるだけ、はるかにマシな状況だ。


「さて、そろそろ夕刻に近づいたし、あと少しだけお話したら失礼するわ。」

エレナさんはそう言うと私と母に一枚ずつ名刺サイズの紙を渡す。

何が書かれているか全く読めないが書かれた文字の色は、青。

「青は友人の証。つまり魔女の血を引くことが確認できた場合に渡すの。」

赤は依頼人の証、最大限の注意を。

黒は取引先や知り合った人に求められた時に渡す、ごくありふれた付き合いの深さを表すものなのだとか。

促されるままに、裏面の余白にサインをする。

「それでいいわ。このまま持っていてね。ちなみに"つの月"というお店、知ってる?」

「ああ、あの…。」

胡散臭い、と続けて言いそうになった台詞をゴクリと飲み込む。

母も微妙に困ったような顔つきをしているから同意見らしい。

エレナさんは、楽しそうに笑う。

「あの胡散臭い店へ行って、同じくらい胡散臭い店主にこの名刺を見せれば私に連絡が取れるわ。何か相談事ができたらいつでも来てちょうだい。必ずこちらから連絡するから。ちなみにその名刺、貴女達が生きている間は有効だけど死ぬとただの紙に戻るから、ある意味貴女達専用よ。人に貸すのもダメね。」

「そんなものがあるなんて…。」

「そういう道具を作るのが得意な従業員がいるのよ。」

誇らしげにそう語る彼女は笑みを浮かべた。

そして笑みを消すと私の目を真っ直ぐに見た。

「ねえ、イライザさん。貴女は"まんげつのひみつ"のお話を知りたい?」

「はい、知りたいです。」

間髪を入れずに答えた。

母は私の手を再び握る。

「でもイライザ、貴女がその話を知れば、貴女は…。」

「孫娘に話すことになるかも知れないわね。」

「その選択を後悔することになるかも知れないわよ?」

母の懸念することはわかる。

知らなければ、そもそも話すか話さないかの選択をする必要はない。

話せないのだから孫娘にのろいを掛ける負い目を背負うこともないと、そう言いたいのだろう。

私の前世を知っているから、母は話さないという選択をするのかも知れないな。


「でもね、お母さん。選択肢すらないのは本当に辛いのよ。」


選べるのなら、自分で未来を選びたかった。

例えのろいを背負うとわかっていたとしても、生き残るための可能性となるなら私は知りたい。

三回目の人生では知ることのできなかった可能性だからこそ、私なら孫娘に残したいと思う。

これは私の自己満足だとわかっている。

それでも四回のやり直し人生を歩んだ私にとっては、彼に出会っても死ぬことなく、好きな人と結婚して運良く子を授かり孫娘ができるなんて、まさに奇跡としか言いようがないのだ。

だから奇跡の結晶である孫娘の道しるべとなるように、まじないとのろいを操る魔女の血筋の証となるお話を残してあげたいと思う。

困ったときに、差し伸べられる手があると知ってほしいから。

「ならばもし、お話を聞きたいと思ったなら、"六つの月"にいらっしゃい。話せる人を紹介するから。」

「エレナさんが話してくれるのではないのですか?」

「私は言霊を操る強い力があるの。だから私では言葉の持つ威力が上がってしまうのよ。わずかなのろいが強力な呪詛となって、その人を蝕み、生き筋を変えてしまうほどに。」

「その力、なかなか厄介ですね。」

「まあ便利なものというのは、使うリスクも高いということね。」

エレナさんは、私の手を握ると言った。


「覚えておいて損はないわよ?獣には牙や爪、鳥には羽という武器があるように、人間の最大の武器は言葉だということを。人を生かすのも言葉だし、人の死を告げるのもまた言葉である。貴女は自分の運命を捻じ曲げ(のろ)ったと、自分自身を責めるかも知れないけれど、そこまで貴女を追い詰めたのは他人の身勝手な言葉よ。悪意の有無に関わらず言霊の力を知る私なら彼らに罪がないなど絶対に言わせないわ。貴女を傷つけるために言葉を発した彼らには、貴女が背負う以上の罪がある。だからその罪は生きている間も彼らにつきまとい、いつか償う事になったでしょうね。」

「そういうものなのでしょうか?」

「それが言葉の持つ怖さでもあるの。のろいは自分を縛る。だからそれを知る賢者は沈黙を尊ぶわけね。」

"愚者は語り、賢者は黙する"。

無駄口を叩く者を諌める、この国で使われる古い格言だ。

黙する賢者は言霊使いの魔女とは、対局にある存在といえるかもしれない。

「まあ、本人としては、ただ話すのが面倒なだけみたいだけどね。」

「伝説上の人物のはずですが…まさかお知り合いですか?」

「さあどうかしら?。貴女も機会があれば会えるかも知れないわよ。それからもう一つ、助言を。今後、貴女がもしクラウス=アンダーソンの血と魂を受け継ぐ者と出会ったとしたら…周囲にいる人物に気をつける事ね。」

「それは…どういうことですか?」

「言霊の最も悪質な使い方はね、言葉を媒介に相手を意のままに操ることなのよ。貴女の話を聞く限り、縁なのか、そういう定めなのか…貴女と彼の歩む道すじにはそういうたちを持つ登場人物が干渉しているような気がするのよね。魔女の血を引く人物なのか、どの人がそうなのか判断するには情報が足りないから断定はできないけれど、(のろ)いは解かれたとはいえ、そういう人達が身近にいて、なんらかの干渉をしてくる恐れがあるという認識だけは持っておいた方がいいわ。」

私は頷く。

どちらにしても一番良いのは彼には出会わないようにするという事なのだろうな。

やはり前向きに国外へ転居する事を検討しよう。

もちろん今までと違い、移住先から気軽に里帰りも可能であるような、そんな軽やかな未来だけれど。

「エレナさん、ありがとうございます。お母さんも、今まで心配かけてごめんなさい。」

二人の手を握り返し、心からの感謝を込めた笑みを浮かべる。

お母さんは堪えていた涙を、ほろりとこぼした。

「貴女の心底嬉しそうな顔、久しぶりに見たわ。」

こんな風に心から笑うことが出来たのはいつ以来だろう?

誰を愛するかも含めて、未来を選択する権利が再び私の手に戻ってきたのだ。


全ての始まりだった、クラウス様の輝くような笑みを思い浮かべる。 

そして敬うように差し出された手を握る時にだけみせるダレルのわずかに赤らむ頬を、アレクシス様の背から伝わる優しい温もりを。

記憶が過去と繋がっているから、今でも鮮明に思い出せる。


なのに胸を焦がすような情熱だけは、どうしても思い出すことはできなかった。


もう過去の彼らに焦がれることはできないのね。

安堵しながらも、心のどこかでそれを寂しいと思うのは何故だろうか。

清々したと高笑いしながら振り切れると思っていたのに。

この情熱だけは失わずに済んだならば、どれだけ幸せなことだろうと、なぜかそう思った。

今まで散々振られてきたのに、まるで初めて失恋した時のような苦い気持ちを味わうみたいだ。

だけど恋を忘れるようと努力することすら、実は幸せなこと。

生きているからこそ、忘れようと努力できるのだから。


もう恋の続きを、次の生に望んだりしない。

それを学べたのは、やり直し人生の収穫だったと思う。


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