第四話 豆乳の少女
目が覚める。
起き上がった僕を出迎えたのは、カーテンの隙間から差し込む、朝日の光だった。その光に照らされたことで、僕の頭が徐々に覚醒していく。
その頭で、昨日のことを思い返す。僕の彼女であるという赤尾さんから聞かされた情報では、扇さんが僕の記憶を奪い、瀧くんの命を奪ったということだった。それを聞いた僕は、扇さんへの憎しみを自覚した。
だけど一晩経って冷静に考えてみると、いくらなんでも早合点しているような気がする。赤尾さんの話が本当だという証拠なんて何もないし、僕が記憶を失っていた事件については、誰も目撃者がいないのだ。それで赤尾さんの話だけを信じるというのは無理がある。
ただ、それだとなぜ赤尾さんが僕を騙すのかという疑問が出てくる。可能性として挙がるのは、僕が扇さんを憎むのが、赤尾さんにとって都合のいい展開だというものだ。それならば、彼女が僕を騙すのは自然になる。
じゃあ僕が扇さんを憎むのが、なぜ赤尾さんにとって都合がいいのか? 理由として考えられるのは二つ。一つ目は単純に赤尾さんも扇さんに何か恨みを抱いていて、僕を協力者にしようとしているという理由。そして二つ目は……
僕の記憶を奪ったのは、本当は赤尾さんだという理由だ。
しかしどちらも確証がない。ないのだが、このまま赤尾さんの思惑通りに動くのは疑問が残るのも事実だ。しばらくは様子を見るべきかもしれない。
一通り考えた後で、適当に朝食を取り、身支度を済ませる。まだ時間はあるけど、今日は早めに学校に行きたかった。
そして僕が家を出ると……
「やあやあおはよう、いい朝だねぇ」
その手に豆乳飲料のパックを持った赤尾さんが、家の門の前で僕を待ち構えていた。
「……えーっと、何してるんですか?」
「うん? 君と一緒に登校したかったから、迎えに来たんだよぉ」
「え、ええ?」
動揺する僕に対して、豆乳飲料を飲みながらこちらに来るように手招きする。ううん……正直この人のことがまだ全くわからない……
「ほら、早くしないと遅刻してしまうよぉ。私はいいけど、君は困るんじゃないかなぁ?」
「は、はい。今行きます」
とりあえずは門から出て、赤尾さんと横並びになって学校へと歩き始める。彼女はまるで何事もないように鼻歌を歌いながら豆乳を飲んでいるが、僕としては女子と一緒に登校しているという事実に、少し照れくさくなってしまう。
改めて隣にいる赤尾さんを見る。女子でありながら僕よりも少し背が高く、それでいてスラリとした体型をしている。茶色く癖のない髪はヘアゴムで纏められて、首の後ろから肩の前に流れている。そしてその瑞々しい唇がストローを咥えている姿が、僕にはすごく愛くるしく見えた。そう、赤尾さんはとても綺麗な人だと僕の中で印象づけられている。
しかしこんな綺麗な人が、本当に僕の彼女なのだろうか? どう考えても疑問が残る。やはりこの人には何か企みがあって、僕に近づいているのではないか? その考えが僕の心から離れない。
「んー、どうしたのかなぁ、蓬莱くん。私の顔に何かついているかなぁ?」
そんなことを考えていると、赤尾さんが僕の方をジロリと見てくる。しまった、ジロジロ見ていたのがバレたようだ。
「す、すみません」
「どうして謝るのかなぁ。ああ、もしかして君はあれかなぁ? 私のことを、心の中で裸にして、スケベな妄想をしていたとか、そういうことかなぁ?」
「そ、そんなことありません!」
慌てて否定する僕に対して、赤尾さんはにんまりと笑う。ああ、この人、悪い笑顔が似合うなあ……
「あはは、いいんだよぉ。私と君は付き合っているのだから、いずれそういうこともなるかもしれないからねぇ。まあ、記憶を失う前の君とも、まだセックスしたわけではないけどねぇ」
「は、はあ……」
……記憶を失う前の僕、本当にどういう人間だったんだ? 今の僕じゃ赤尾さんと上手く会話すらできないぞ……?
その後、僕は赤尾さんのトークにろくな返答もできないまま、学校に着いてしまった。
「それじゃ、私は別のクラスだからねぇ。また昼休みにお会いしようかぁ」
「は、はい、よろしくお願いします……」
昇降口で赤尾さんと別れ、自分の教室に向かおうとして、少し立ち止まった。
さて、このまま教室に行っていいものか。教室に行けばまた、扇さんから暴力を受けるだろう。そうなれば、彼女への憎しみがまた復活する可能性は高い。
だけどこのまま赤尾さんの言うことを鵜呑みにして、扇さんを恨むのもおかしな話だ。まだ僕には知らないことが多すぎる。記憶を失う前の僕を知っている人に、何かを相談したい。
クラスメイトはダメだ。扇さんの暴力を黙認しているようだったし、そもそも記憶を失う前から、僕の評判はクラスの中では良くなかったようだし。そうなると……
意を決して、僕はある場所へ向かった。




