2・白虎との出会い
…………綺麗だな。
そいつ――暫定的に白虎とする――を見た時、俺が思ったのは、恐怖よりも、絶望よりも、ただただその事だけだった。
この現象はこいつが原因で間違い無い。
そりゃあ、こんな覇気を纏った王者が近付いてきたら、普通の動物は逃げ出すか、息を潜めて何処かに行くのを待つかしか無いわな。
風が止んだのは偶然だろうけど、風すらもこいつに恐れて吹くのを止めた、と言われても納得出来そうだ。
そして恐らく、俺はここで殺される。
今の俺は、動く事もままならない、非力な赤ん坊だ。
そんな奴、この白虎からすれば単なる餌でしかないだろう。
だけど、それでも良いと思える。
もちろん死ぬのは怖いし、生きてやりたい事もたくさんある。
だけど、俺が今迄見てきた中で、最も綺麗なこいつの血肉に成れるのだったら、逆に本望という物だろう。勿論、出来るだけ苦しまずに殺して欲しいけど。
白虎が、俺の事をジッと見詰めてきた。
俺も、こちらを見てくる白虎の瞳を見詰める。
数秒の膠着の後、白虎がこちらに向けて脚を踏み出してきた。
俺は、潔く死を受け入れる為に、目を閉じる。
思えば、短くて、寂しい一生だったな。
両親は仕事が忙しくて、俺が物心付いてからは、あまり会えなかった。
幼稚園の頃も、小学校の頃も、喋らず、表情も変わらない俺といては楽しくないと、誰も相手をしてくれなかった。
ルリ姉はいてくれたが、年齢が離れている事もあって、ずっと一緒とは出来なかった。
中学校でも同様。いや、外見が厳つくなって、小学校以上に避けられていたか。
高校は、まあ、一番楽しかったかな。
糸見という、初めて俺といて楽しいと言ってくれた友達も出来たし、ルリ姉が担任になり、今までみたいな担任からも避けられるという事態も回避出来て、楽しくなった。
それに、人並みに恋愛という物も体験出来た。片思いだったけれど。
こんな事になるんだったら、早い内に告白しておくべきだったかな?
まあ、いっか。どうせ死ぬんだし。
せめて最後に、守ヶ原さんが俺みたいな状況に陥ってない事を祈ろうか。
……
…………
………………
あれ?死ぬまで長すぎない?
もしかして、白虎、俺の事を見逃したのか?
状況確認のため、目を開ける。
しかし予測に反し、白虎はすぐ側から俺を見下ろしていた。
見逃した訳じゃない?
なら、どうして手を出さないんだ?
混乱する俺を余所に、白虎はゆっくりと俺に顔を近づけてくる。
喰われる!
咄嗟に目を瞑ったが、痛みは幾ら待っても来なかった。
代わりに来たのは、首に軽い痛みと浮遊感。そして、体が揺られる感覚だった。
あ、あれ?
もう一度目を開けると、今度見えたのは、ゆったりとした速度で流れていく地面と、ぶらぶら揺れている体。
そして、首に感じる感覚も合わせて考えると――俺、白虎に運ばれてる?しかも、子供運ぶ時の様な状態で?
もしかして、俺を子供と間違えた?
いやいや。人間を子供と間違える筈が無いだろ。
いやでも、もしかして……。
悶々と悩んでいると、前方に切り立った崖らしき場所と、その崖の中央部下に、ぽっかり穴が開いていた。
これって、洞窟か?
白虎は、その洞窟の中に進んでく。
洞窟内部は、所々に岩が屹立している以外は障害物も無く、広々していた。
その洞窟の最奥。そこに、草と枝が集められた、白虎の寝床らしき場所があった。
白虎はそこに俺を降ろすと、その巨体で俺を囲む様にして自分も寝床に寝そべる。その姿は、まるで俺を外敵から守っている様に見えた。
やっぱり、子供と間違えられたのか?
いや有り得ないだろ。
とすると、非常食的な感じで連れてこられた、とか?
わざわざ殺さずにいる理由は分からないけど、子供と間違えられたよりは信憑性があるな、うん。
やっぱり、俺は死ぬ運命か……。
と、諦めの混じった考えで、白虎を見る。
けど、そんな考えは、白虎の瞳を見た時に吹っ飛んだ。
その瞳は、王者として獲物を見るものではなく、親として、愛しい我が子を見るものだった。
その目を見て、俺は確信した。
こんなに優しい目で見てくる者が、俺を殺す訳がない。
自分の子供と間違えたのか、違う理由があるのかは分からないが、俺を助けてくれた白虎を、この人を、信頼する事にした。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、白虎が俺を包み込む様に抱き、顔を舐める。
それは少しくすぐったかったが、同時にとても安心出来たのだった。