プロローグ・3
時間は進み、五限目の古典の授業。
眠い。ものすごーく、眠い。
昼飯を食べた後に授業を聞いていると、襲いかかってくる眠気。これと戦った事のある学生は多いと思う。というか、多分ほとんどの人はあると思う。
これ、すっごく眠くなるんだよなー。
しかも、俺の席は窓側で、季節は日差しが心地良い春。
授業の内容も古典で、よく分からない文を先生が朗読している。それが今の俺には、子守唄にしか聞こえてこない。
この魅惑の四重奏に抗える人居るか?いや、いない。
という事で、俺も、抗わずに……。
………………はっ。
ヤバイヤバイ。眠る所だった。
しかも、眠気で思考がおかしい事になっていた。
わざわざ意識を手放そうとするなよ、俺。
授業を理解する為に、教科書を読みながら先生の朗読に耳を傾けるが……駄目だ。これ続けていたら、確実に眠る。
けど、どうすりゃいい?
とりあえず、教科書を読むのを止めよう。
で、目を覚まさせる為に、周囲を見渡す。
何かないか?眠気吹き飛ぶ感じの奴。
あ、糸見寝てる。
あいつも眠気に抗えなかったのか……。
糸見だけじゃない。
その他にも、ちらちらと眠っている生徒達がいた。
おお、仲間よ……!
って、あれ?もしかして、守ヶ原さんも寝ている?
おお、守ヶ原さんの寝顔……!始めて見た……!
すっごい幸せそうな顔してるな。超可愛い。写真撮りたい。
…………っと、危ない。
今度は別の意味で授業に集中出来なくなる所だった。
ま、そのお陰で眠気も吹き飛んだし、結果オーライか?
そして視線を前に向けると――
「何処見てるのかなー?」
至近距離に、顔があった。
え、何!?誰!?
あ、何だ。ルリ姉か。
ルリ姉、フルネーム赤崎瑠璃は、古典担当の教師だ。
2年前に教師になったばかりの新米教師だが、年の近さから来る価値観の相似や気さくさで生徒達に人気がある。
そして彼女は俺の幼馴染みであり、俺の恩人だ。
彼女の両親と俺の両親の仲が良く、俺が小さい頃から親交があった。
何度となく遊んで貰ったし、彼女には色々と助けて貰った。
俺が今生きているのは彼女のお陰と言えるぐらいだ。冗談でも比喩でもなく、結構マジで。
だからこそ、俺は彼女の事を恩人だと思っている。
けど……何で、こんな怒っているの?
ルリ姉は、笑顔だ。これ以上ない程の。
でも、ルリ姉は昔から本当に怒っていると笑顔になる癖がある。
そして今迄の経験からすると、この笑顔はその類の物だ。
もしかして……授業聞いてなかったから?
とりあえず。
「…………ごめん」
「んー?何を謝っているの?」
ヤバイ。
これ、ガチ怒りの中でも特に怒っているド怒り状態だ。
けど、どうしてここまで?
…………分からん。
で、でもまずは、理由を言わんと。
「……眠って……授業……聞いて、なかった……から……」
「それは別に良い!」
イイんかい!
「それ言ったら、クラスの半分に怒らなきゃいけないでしょ。この時間に寝むくなる気持ちは分かるし。もちろん、成績は下げるけど」
成績という単語を聞いた瞬間、眠そうにしていた人達が、一斉にがばっと顔を上げた。
うん。その気持ち分かるよ。
成績下げられるのは嫌だよね。
……でも、だとしたらルリ姉は、何で怒ってるの?
「眠気で聞いていないならともかく、それ以外で聞いていないのは駄目でしょ!」
あ、はい。そうですね。
正論過ぎて、反論出来ん。
「それに、あんな愛しい者を見る様な目、私以外に向けちゃ駄目でしょ!(ぼそっ)」
「……?……何か、言った……?」
「べ、別に!とにかく、起きているんだったら、キチンと授業を聞きなさい!」
それもそうだな。
んじゃ、真面目に授業聞きますか。
「そうそう、それで良し。それじゃ、授業を再開……」
ん?どうしたルリ姉?
「な、何、あれ……?」
あれ?
ルリ姉が指差す所を見てみると、そこには、直径10センチ程度の円の中に様々な記号と図形が描かれた模様があった。
あれって……いわゆる、魔方陣的な奴?
でも、どうして教室に?
しかも、空中に浮いているよね、あれ。
有り得なくない?
とか混乱している内に、事態はどんどん進んでいく。
魔方陣が巨大化していき、教室中に広がっていったのだ。
この現象に、教室中の誰もが呆然としていて、反応出来ていない。俺も、ルリ姉もだ。
「……ッ!皆、早く教室から出て!寝ている人も起こして!!」
だが、魔方陣が光り出した事で、ルリ姉が正気に戻ったらしい。声を張り上げる。
「う、うわぁあああッ!」
「おい、起きろ!逃げるぞ!」
その声に、他の皆も我を取り戻し、我先にと逃げ出したり、仲の良い者を起こし出したりし始める。
しかし、それは遅かったらしい。
魔方陣が一段と光量を上げ、視界が真っ白に染まり――意識を失った。