プロローグ・1
人がたくさんいれば、その中に一人ぐらいは、何が起きても無表情だったり、話し掛けられても無口だったりする人がいるだろう。
そういう人達は周りの人から、感情があまり無いんだな、人と関わりたくないんだな、と思われる事が多いと思う。
でも、絶対にそうとは限らない!と俺は声を大にして叫びたい。
無表情でも内面では感情が爆発していたり、関わりたくても言葉が上手く出てこない、という場合もあるのだと!!
かく言う俺がそうである。
俺は無表情だが、感情が無い訳ではない。むしろ感情豊かな方だ。無口だが、人と関わりたく無い訳ではない。むしろもっと積極的に話をしたい。
無表情なのは、表情筋を上手く動かせず、表情を表せないから。
無口なのは、昔から口下手で、相手に勘違いや不快にさせてばかりで、“話す”という行為に苦手意識を持ってしまっているから。
仲の良い者や家族などの近しい人にはそれなりに話せるが、それも一節ごとに区切って、間を開けないと喋れない。
たったそれだけの事なのに、周りから誤解される。
しかもそれに加え、親譲りの巨大な体格と恐い顔のせいで、友達が一人しかいない始末だ。
そんな俺は、今、高校へと登校していた。
俺の通っている高校は、小高い丘の上にあり、校舎に続く道は一つしかない。
すると必然的に、全校生徒がそこに集中してしまう。
早い時間ならまだ大丈夫だが、今の様なピーク時には、人混みで埋まる。
その人混みの中に、見慣れた黒髪の少女を見つけ、思わず立ち止まってしまった。
その少女は、少し幼さが残っているが、可愛らしく整った顔立ちを持つ、美少女である。
彼女の名前は守ヶ原柚葉。俺の想い人だ。
人よりも背が高過ぎるのはコンプレックスだが、こうやって人混みの中から彼女を見つけられるので、その点にだけは感謝している。
止めていた足を再開し、彼女を視界に収めながら進む。
守ヶ原さんは、四人の友達と喋りながら、仲良く歩いていた。
話の途中途中で彼女が時折見せる笑顔が、本物の天使の様に輝いて見える。これが、恋している故の補正なのだろうか?
いや、彼女の笑顔は補正の有る無しに関わらず、絶対的に綺麗だ!
「よっ、黄金!」
なんて事を考えていた時、後ろから叩かれ、挨拶される。
振り返ると、茶髪のイケメンが笑みを浮かべていた。
「…………よう、糸見」
俺もそのイケメン、唯一の友達である糸見勇悟に挨拶を返す。
「今日も安定の無表情+無口+ぶっきらぼうだなー、お前。もうちょっと明るく行こうぜ?」
「……それは……無理……それが……俺だ……」
それらは、俺の気質というか性質というか本質というか、言い方は何でもいいが、とにかく俺という存在の核と言っていい。
俺=無表情+無口+ぶっきらぼう+内面だけは表情を変えて饒舌、だ
それが無くなったら、もうそれは俺じゃない。
「ま、それもそうだな。これでお前が表情をコロコロ変えて、明るく饒舌に話し出したら、驚き過ぎて俺、寝込むかもしれん」
冗談めいた、しかし結構誠実な口調で言われ、自分でも俺がそうなった場合を想像してみる。
…………これは、やばい。糸見の言葉を強ち冗談って言えない。
「で、お前は何を熱心に見ているんだ?……ああ、また守ヶ原さんか。よく飽きないなー」
「……飽きる訳……ないだろ……」
あのふわふわの黒髪に、宝石みたいに輝いている瞳や白磁気みたいな純白の肌。見ていて幸せにある様なあの笑み。
何処を取っても美しく、綺麗で、見飽きるなんて事は絶対に有り得ない。
「はいはい、そうですか。ったくもう。そんなに想っているんだったら、早く告白でも何でもしてみろよ」
「……いやだよ……俺では、似合わない……」
そうだ。
俺みたいな厳つくて強面な男なんて、守ヶ原さんみたいな可憐な人に似合う訳が無い。絶対に断られる。
そして、それ以前に。
「……守ヶ原さんは……俺の事を……恐がっているから……」
守ヶ原さんは俺と視線が合うと、表情が固まり、一瞬で視線を逸らすのだ。
それだけじゃない。
近くを通るだけで身体が硬直して俺が通り過ぎるまでそのままだし、声なんて掛けた日には、直ぐさま逃げられる。
どう考えても、俺の事を恐がっているとしか思えない。
恐がっている人からの告白なんて、受ける訳が無いだろう。つまり、完全に脈無しという事だ。
ああ、自分で言ってて泣けてきた……。
「……え?お前、それ、マジで言ってんの……?」
「……?もちろん」
冗談だったら、こんな悲しい自虐する訳ない。
「あっそ……これ、完全にカップル成立しないな……」
だからさっきからそう言ってるだろ?
「ま、それはもうどうでもいいや。それよりも、課題やったか?」
どうでもいいって……まあ、お前からしたらそうだろうけど。
そうして糸見と他愛ない話をしながら、教室へと向かって行った。